2008年01月31日

私が成し遂げたワケではありませんが、ちと自慢話を

ハンドボール五輪予選、選手の皆さん、感動を有り難うございます。
まだ道が断たれたワケではありませんので、次に期待しています。

で、私の母校(半田高校)、私が入学する何年か前に、ハンドボールで全国制覇をしています。私がいた頃もレベル高かったですね。

あと、同じく軟式テニスでも全国制覇していた、と当時の先生から伺いました。先生曰く「スポーツで優れている者は、ふだんの生活態度でも優れている」とのことで、全国制覇した生徒たちだけは当番で体育教官室を掃除する時など「掃除させて頂いて宜しいでしょうか?」と必ず謙虚に声を掛けるんだとか。

上下関係に厳しい体育系だから、だとしても立派ですよね。

今の若者なら・・・、

「先生、掃除の邪魔だからどいてよ」くらい言いそうですね???[???i?????????j
posted by poohpapa at 09:08| Comment(2) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

偶然が重なると恐ろしい

ここんとこ、不思議なことが度重なっている。

たまたま、かも知れないが、昼間、誰かのことが脳裏に浮かんで、その人のことで考え事をしていると、決まって夜には本人から電話やメールが入ったりする。或いは翌日、街でバッタリ会ったり、その人から贈り物が届いたりする。考える必然性が在って思い浮かべていたなら何の不思議も無いが、そうではないケースばかりである。

NYの大家さん、恩師、石川県在住の友人、宮崎県在住の友人、何人ものブログ仲間さん、昔の同僚などなど、それが一度二度ならば「単なる偶然」とも考えられるが、頻繁に起きているから怖くなる。

私の場合は、ちょっと頭を過ぎったという程度ではなく、誰かのことが頭に浮かぶと、道を歩いている間中でもずっとあれこれ思いを巡らしていたりする。(これは私だけではないと思うのだが)とくに好きという程でもない曲が「ふと頭に浮かんだらエンドレスで頭の中で鳴っている」ということも度々あって、誰かのことが気になると集中してその人のことを考えたりしている。だから、なんだろうか。

昨年の12月あたりから、一人二人のことでなく、およそ10人ほどについて重なって起きている現象である。

今まで私は信じてなかったけど、そういうテレパシーみたいなものって、この世に存在するんだろうか・・・。ここにきて急にそういうことが重なって起きているから、必ずしも偶然とは言い切れないように思えるし、もし、意識してそういうことが出来るものなら・・・、





今日は一日中、藤原紀香のことを考えていよう?h?????n?[?g
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2008年01月30日

3人の大学教授

うちの管理物件に、それぞれ3人の大学教授が入居している。

それがまたイソップ寓話にでもなりそうなくらい三者三様である。

一人目は、大変なクレーマーで「それって不動産屋の責任なの?」と言いたくなるような、しかも些細な問題で「オタクが責任を取れ、賠償しろ!」と文句をつけてくる某公立大教授。最初の頃は黙って聞いていたが、最近は私も反撃するようになった。家主さんの手前、出ていかれても困るが、入っていられると私のストレスは溜まる一方だから、退去するならそれでもいい。

だが、そういう奴は、えてして出ていかない?????[???i???j

次は、まともに挨拶できないセンセ。街でよく行き会うので、うちの入居者だし、お互いに顔は知っているのだから、そこは努めて明るく「こんにちは」、と声を掛けるのだが、コクン、と頭を下げるのみ。

偉そうに
、である。首から下は真っ直ぐ立ったまま、私の顔を一瞬だけ見て、すぐ正面に向き直って、進行方向に向かってコクンなのだ。

難関国立大学の教授、なんだとか。別に、私が嫌われているワケでなく誰に対しても同じようではある。「へえ〜、大学のセンセって、そんなに偉いんだ・・・」と思ってしまう。

昔、映画やTVドラマで、悪徳政治家が威張ってるシーンで見かけたような気もするが、今でもそういう人いるんだ・・・。ただし、始めに書いた教授からクレームを受けた後だったりすると、その教授でさえ人格者に思えてしまうから不思議ではある(*^^)v

長いこと入居しているが笑顔を見たことがなく、講義でもジョークの一つも言えないだろうから、その教授の講義はさぞかし不人気だろうと容易に推察できる。ユーモアのセンスを持ち合わせず、愛想も悪いのであれば、基本的に「教職には向かない」もの、と思う。

そして、三番目の教授。某有名私大の教授で、とてもハートがある。
昨年、更新契約に来てくださった際、私の独立の顛末をお話したら、帰り際に私の両手を握って「大変だろうけど頑張って!」と激励してくださって、恐縮して涙が出てしまった。

私に何か頼みたいことがある時など、私の立場や状況を配慮して仕事がしやすいように協力してくださったり、労いの言葉をかけてくださる。前者を見てるから「大学教授にもこんな人がいるんだ・・・」と感動さえ覚えてしまう。きっと苦労人でいらっしゃるのだろう。

先日も、学会で2ヶ月ほど日本を離れている間にガス器具の修理をしておいてくれるよう依頼され、留守中には出来なくて帰国後になってしまったのだが、それでも「あなたはとても信頼できる不動産屋さんで、今までいろんな不動産屋さんと関わってきたけど一番安心できると思ってます」と仰って頂いた。お世辞と解かっていても嬉しい。

一番目の教授なら、「私がガス器具の故障で大変な迷惑を受けたのは解かっていますよね。損害賠償を請求しますけど宜しいですね」とでも言っただろうし、二番目の教授なら、終わった時点で「ご苦労!」とばかりにコクンと頭を下げてお仕舞い、だったに違いない。

そりゃあ、大学に行けば皆から「教授」だの「先生」だのと呼ばれて尊敬もされるのだろうが、キャンパスを離れれば対等になるものだ。
それを理解できなければ結局は自分が損をすることになるだろう。

同じことを頼まれても、私は「拒否」したり「先送り」したり、「多少無理してでも何とかする」くらいの差をつけることになるのだし。

ま、そうでもしなければ「やってられない」商売、でもあるから???[???i?????????j
posted by poohpapa at 07:59| Comment(0) | お客さん(入居者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

またしてもSeeSaaの不具合で

コメントの返信、少々お待ちくださいませ。

昨日は終日、SeeSaaのシステム上の不具合がありまして、アップした記事や頂いたコメントが反映されなかったようです。RSSリーダーからは見られたようですが、何度「再構築」してもダメでした。

でも、不具合で都合が良かったこともありました。

ある読み手さんから「もう読む気がなくなった」との短いコメントが入りまして、お陰で、人目に触れさせることなく削除できました???[???i?????????j

「来る人いれば去る人あり」ですから、別に気にはしませんが・・・、
もう訪問する気がないなら黙って「来なければ良い」だけの話です。人を不快にするだけの話ですから、う〜ん、人間性を疑いますね。

私としても、返事の書きようがありませんし^_^;


広場で大道芸を披露している人がいて、人だかりが出来ている中に割って入って、演技の最中に「つまらないな」と思えば黙ってその場を離れるものでしょう。わざわざ「つまらないから向こうに行くよ」などと演技者に声を掛けたりはしないでしょう。

それとも、最初から「それが狙い」だったんでしょうかね??

ネットは顔が見えないから、平気でそういうことが出来てしまうものですが、そういうのは小心で卑怯な人間のすること、だと思います。
ネットであっても最低限のマナーくらいは守るべきでは・・・、

と、感じたものでした(*^^)v
posted by poohpapa at 08:50| Comment(10) | 連絡事項 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪知恵

長く空いていた物件に、同業者から申し込みが入った。

物件は凄くキレイで、駅からも近く、日当たりも良く、しかも安い。
広告はちゃんと継続して打っているのに、それでも最近はなかなか決まらない。ようやくに申し込みが入ったのでホッとしていると・・・、条件つき、であった。

私が帰省記を書き始めた頃、今月中旬頃の申し込みで「家賃発生は3月1日からにしてくれ」、というものであった。物件はキレイにリフォームも終えていて即入居可であるのに、1ヶ月半も家賃発生を後ろにずらせ、ということである。この時期だから、その間に「直ぐ家賃発生OK」という他のお客さんから申し込みが入る可能性もある。

私の判断一つで、家主さんの利益を損なってしまうことも考えられるし、家主さんに相談すれば「苦しい選択」を家主さんに迫ることにもなって、責任転嫁と受け止められてしまうかも知れない。

以前は、2千円の家賃交渉でお伺いを立てたら、「なんだ、アンタ、ずいぶん弱気なんだなあ」と怒って拒絶した家主もいた。自分としては言葉を選んで、ちゃんと状況を説明した、と思ってはいるが、家賃の値下げだの日割り発生日交渉だのの話は、タブーに近い。

それで過去の経験等から、自分で判断して断ることにした。もちろん、3月1日になって未だ空いていたなら、「あの時、決めておけば良かった」と後悔するかもしれないが・・・。

客付け業者の担当者に断りを入れようとして、ふと担当者の言葉を思い出した。「お客さんは社員寮に入っていて、2月末に出されてしまうことは確実ですが、転居先は早急に決めなければならないそうです。契約に関わる費用は全て会社から出ます」、とのこと・・・。

そこで閃いた(*^^)v

客付け業者の担当者に直ぐ電話して、「契約金は会社から全て出るなら、礼金1を2にしてもらって、その分を家主さんに渡して実質的には2月分の賃料と考えて頂ければ良い、と思うのですが如何でしょう?」と訊くと、お客さんと相談して直ぐOKの返事が来た。

それなら、家主さんもお客さんも損害は無い。会社に余計な負担が掛かるものの、寮の制度上のシステムに問題があった、とも考えられるから会社に責任が無いとは言えない。それで八方丸く収まる。

会社(勤務先)だけが内容を知らされてないワケで、そういうケースは実に多い。「規定で会社から出ない費用の分を家賃に上乗せしてもらえないか」と申込者から相談を受けることは、法人契約の場合にはよくあるし、たいていは相談に乗る。ま、こちらも商売だから?????[???i???j

既に契約金は振り込まれていて、もうキャンセルの心配も無い。本当は、一番ホッとして喜んでいるのは、家主さんではなく私である???[???i?????????j
posted by poohpapa at 08:08| Comment(0) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

温泉芸者さんの可能性、と10年後

おねいさんのことを「絶滅危惧種」的女性、などと大変失礼な例えで表現してしまいましたが、どういうことか、と言いますと・・・。

女性としては類稀なる「卓越した運転テクニック」の持ち主だから、ということであります。しかも、免許取り立てなのに、です。女性ドライバーの多くは、こんなのこんなの、でありまして、少なくとも、女性は「運転している時には自分のことしか考えていない」と思われます。この歳まで、私が「横に乗っていて安心して眠っていることが出来る女性ドライバー」は、たった2人しかいませんでした。兄貴の嫁さんと、懇意にしている千葉の不動産屋の社長だけです。3人に共通しているのは、全方向に目配りが行き届いていることと、判断能力に優れている、ということですね。おねいさんは、免許を取得する前に、きっと無免許で10年くらい乗っていたに違いありません(冗談です^_^;)

それくらいに珍しい、というか、滅多に会えない女の人、なんです。
だから、自然界で言う「絶滅危惧種」みたいな女性なんです。56年間でたった3人ですよ〜。この先も新種を発見できるかどうか???[???i?????????j

先だっても、同業者の女子社員の運転する車に乗る機会がありましたが、走行がスムーズでなく、カックンカックンするし、いきなりウィンカーを出したり、又は出さなかったり、流れに乗って車間距離を一定に保つことが出来なくて、近づき過ぎてはブレーキを踏み、離れてはアクセルをふかす、で、酔いそうでした。こんなんで、お客さんを乗せて案内できるのかなあ、物件は気に入ってもらえても断られてしまうんじゃないかなあ、と他人事ながら心配になりました。

名古屋(愛知)は大阪ほどではないにしても、道路事情や土地柄も影響して東京より運転が難しい、と思うのですが、おねいさんは自然に流れに乗ってますから、タクシーに乗ってるような気分でしたね。

お座敷と観光にお付き合い頂いて、つくづく思いました。私の勝手な思い込みかも知れませんが、おねいさんは将来的には会社を興されるのが良いのでは、と。それも・・・、

不動産会社、です。賃貸でなく、建売や開発がメインの、ですね。

理由は、性格と性質が経営者向き、であること。気配りと判断能力に長けていること。そして、人脈が築けていること。この三点です。とくに、人脈を生かさない手はありません。私なんかより凄いです。

あと、義理を欠かないことも経営者として重要な資質であって、もちろん文句なく備わっていらっしゃいます。

5年ほど地元の優良不動産会社で修行した後、独立して3〜5年もすれば相当な規模の会社にまで成長させているもの、と思います。というか、今直ぐどこかの営業会社に就職したとしても立派にリーダーが務まる、と思います。直ぐに頭角を現すことでしょう。


とりあえず、取引主任者の資格を取得するのでしたら全面的に協力いたしますので、どうぞお考えになってみてください。

これ、お世辞や冗談ではありません。芸妓を辞めれば、とそそのかしているワケでもありません。今のお仕事をこの先10年も続けていくのは大変だと思いますので、可能性として将来の選択肢にお入れ頂けたら嬉しいです。お節介で相すみませんが^_^;

ま、10年経っておねいさんの会社が軌道に乗った頃には私の会社は凋落してるでしょうから、恩を売っておいてその時には是非とも役員待遇で迎えてもらおう、との下心が無いワケではありませんが?????????????[???i???j


郷里の皆様、本当にお世話になりまして有り難うございました。

                            (完)
posted by poohpapa at 08:19| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月27日

豊川稲荷のお坊さんご紹介のお蕎麦屋さん

「いいかげん不動産ネタを書け!」とのお叱りの声が聞こえてきそうなので、私の08年正月帰省記は今回の記事で纏めにします。


おねいさんが豊川稲荷のお坊さんからご紹介頂いたお店は、

「懐石 旬菜処  紗藤」というお蕎麦と懐石料理のお店で、つなぎ未使用の十割手打ち蕎麦を食べさせてくれるお店でした。実は私は蕎麦粉十割の蕎麦を食べるのは初めてでしたが、まあ絶品でした。

お店の地図はこちら

頼んだのはお昼のコースで、一品ずつの料理名は失念していますので、材料だけ記します。

蕎麦粉十割の蕎麦
繋ぎ(小麦粉等)を一切使わない紗藤さん自慢の、いえ自信の蕎麦

見た目はプリンのよう
茶碗蒸しですが、「あんかけ」になっています。凝ってますね。

正月らしく金箔が乗ってます
ぼたん海老と帆立の貝柱。生モノは苦手なのでA君の胃袋に^_^;

鰤の照焼き、だと思います
天然モノの鰤(ブリ)だったと思います。上質な味わいでした。

鰊の粕漬けだったかと・・・
鰊(にしん)は小骨が多いので苦手な魚ですが、目茶ウマでした。

泣かせる〜(*^^)v
こういう店で食べる「とろろご飯」のまあ美味いこと???[???i?????????j

コースの仕上げのデザート
締めくくりのデザートはシャーベット。何の、かは忘れてもた?????[???i???j

どうです?、凄い内容でしょ?、これでいくらだと思います?

たった3000円(税別)ですよ。どの料理も手抜きは一切なし。ご主人が席に挨拶にみえて、「利益は有りません」と仰ってましたが解かります。値上げせずに行けるとこまで行くつもり、とのこと。立派ですね。石油業界を始めとする経営トップどもに聞かせたい言葉です。

で、そろそろお勘定、という段になって、私がA君に「俺、トイレ行くから、支払い済ませといてな」(お前の奢りな)と言うと、おねいさんが呆れて絶句してました。言われたA君、「おお、ええわ」と笑って気前よく奢ってくれました。何でも言ってみるもんですね〜。やっぱ、その朝A君だけ先に家に帰さなくて良かった(爆)

無事に初詣も、美味しい食事も済ませ、ホテルに一旦戻ってコーヒーを飲んでいると、おねいさんにとって日ごろ聞き慣れた声が・・・。置屋のお母さんがホテルに年始の挨拶にみえて、思いもかけずお会いすることが出来ました。それは嬉しかったですね。

帰り際、おねいさんから私とA君それぞれに、いっぱいお土産を頂戴しました。なんと、うちのにまでお酒を頂いてしまって、本当に恐縮しました。そういえば昨年の暮れにも、おねいさんから田舎のミカンを一箱送って頂いてます。至れり尽くせりで大感謝です。

接待疲れからでしょうか、おねいさんはインフルエンザに罹って、現在ようやくに快方に向かわれている由。誠に相すみません????????


12回にも亘って記事にさせて頂いた帰省記もようやく終わりです。最後までお付き合い(お読み)頂きまして有り難うございました。その長さからも、たかだか2泊3日(正味2日)の帰省が如何に充実していたか、得るものが多かったか、お解かり頂けるかと存じます。

休日出勤手当てを諦めて3日間通しで付き合ってくれたA君、いろんな手配やお気遣いを頂いた温泉芸者さん、そして、わずかなご縁を大切にしてくださった郷里の皆さん、本当に有り難うございました。

そうそう、例の絶滅危惧種の話ね、すみません、次回その話だけ別に書かせて頂きます。ご了承くださいm(_)m
posted by poohpapa at 07:29| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

蒲郡観光と豊川稲荷初詣 2

温泉芸者さんの案内で、午前中は蒲郡観光に連れて行って頂き、午後からは一路、豊川稲荷へ。お正月も6日、ということで、さほど混雑はしておりませんで、適度に賑わっていました。

実は、おねいさんには蒲郡市内を案内して頂くだけのつもりでしたが、「宜しければ豊川稲荷に初詣にお連れしますよ」と仰って頂き、図々しくお願いすることに。本格的な初詣はおよそ20年ぶりです。

境内は思ったより狭く感じました。実は、我が家から20mの距離にその豊川稲荷の立川分霊所があって、元旦には客人と初詣しました。うちの近所の分霊所は、ちょっとした家の庭くらいの規模でしかなくて、あまりご利益は期待できそうにない雰囲気ですが、お陰様で一気に有り難味が湧いてきました。根が単純なもので^_^;

豊川稲荷の正面入り口にて

立派な鳥居

さて、大晦日から元旦にかけて初詣客で相当に混雑する豊川稲荷ですが、毎年、翌2日のほうがもっと大変な混雑になるんだとか。

それでは、ここで問題です(またかよ!)???[???i?????????j

豊川稲荷が、元旦より2日のほうが混むのは、どういう訳でしょう?

ノーヒント、です(*^^)v

答えは・・・
posted by poohpapa at 06:24| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

蒲郡観光と豊川稲荷初詣 1

2泊3日の最終日6日は、温泉芸者さんが一日お休みを取ってくださって、蒲郡観光および豊川稲荷初詣にお付き合いくださいました。

先ずは、A君が希望した「蒲郡ファンタジー館」なるもの。
A君とは40年以上も付き合ってますが、こんな少女趣味をお持ちとは思いませんでしたよ(爆)

竜宮城の乙姫様

全部貝殻で作られた龍

どれくらいの数量の貝殻を使っているかは不明ですが、何百万、ではきかないかも知れません。壮観、ではあります。

次に、私が一番行ってみたかった「竹島」です。

竹島の遠景

竹島橋越しに竹島を見る


さて、ここで「問題」です(*^^)v

この竹島は車両通行禁止ですが、過去に一度だけ車が通ったことがあるとか。その車に乗っていた人物とは、いったい誰でしょう?

え?なに、「運転手に決まってるだろ」ですと?
それじゃクイズにならんでしょう、後部座席に乗ってた人ですよ!

第一ヒント、・・・・・有力政治家、ではありません。

第二ヒント、・・・・・ドラマの撮影で来た女優さん、です。

え?、それでも分からない?、「もっとヒントを出せ!」ですって!?

仕方ない、じゃ、もうちょっとだけ(*^^)v

博学で絵や司会でも有名な俳優さんと数年前に離婚しました。車で竹島に渡ったのは、高齢で自分の足で歩けなかったから、だとか。

答えは、こちらの方、です。

でも不思議なんですよ。だったら車椅子でもよい訳で、歩けるのに歩かなかった、のが真相だったのでは、と邪推してます。その・・・、「私を誰だと思ってるの!?車が通れるように交渉しなさいよ」って。

大した距離ではありません。潮風にあたりながら景色を楽しんでいればアッと言う間に渡れてしまいます。仮に私の想像通りだとするなら、そして私が当時の担当者であったなら、大女優にこう言います。

「仰せとあれば交渉いたしますが、土地の者に聞いたところでは、過去にこの橋を車で渡った無法者が何人かいたとのことで、彼らは皆、氏神様の祟りに遭って、ひと月以内に不審死を遂げている、とのことですが・・・、如何いたしましょうか?」、と。

「車通行禁止」と聞いて、「ならば(だからこそ)車で渡ってみたい」と考えたのではないでしょうかね〜。考えすぎかなあ・・・。


さて、と、気を取り直して、純真なカモメの写真を、

海の水がキレイでした


そしてそして・・・
posted by poohpapa at 07:44| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

快適だった平野屋旅館さん

今回の帰省でお世話になった宿は三谷温泉の平野屋旅館さん。

先ず、平野屋旅館女将の凄ワザをご紹介。

一日目にA君の車を駐車場に預けて、二日目、A君と車で墓参り等に出かけ、夕方帰ってきたら、入り口の自動ドアのところで女将が迎えてくれて、「お帰りなさいませ。お部屋は819号室でしたね」と我々の鍵を渡してくれるのです。フロントで、ではありませんし名乗ってもいません。自動ドアが開いた時には鍵を手に持っていて、渡す用意が出来ていたのです。

A君に「なんで分かったんだろうね」と言うと、「俺の車のナンバーでじゃないか」とのこと。たしかにそれしか考えられませんが、それにしても、車で来た客は我々だけではありませんから凄いです。

以前一度だけ似たような体験をしてます。嫌味な話になりますが、
パリの三ツ星レストラン(当時)「タイユヴァン」で、クロークにコートを預け、番号札も渡されず、帰り際には最初に預かった人と代わっていたのに、それぞれのコートが間違いなく渡されて驚いたことがあります。なんの躊躇いもなく、ですから、さすが三ツ星です。私なんか昨日契約してくれたお客さんの名前も思い出せないのに?????[???i???j

一方で、名旅館に有るまじき、こんな間違いも(*^^)v

お忍び、じゃなかったのに・・・
私は3日間、ずっと「東京からお越しの関さま」ということに????????

で、その平野屋旅館さんでの他の写真を何枚かご紹介。

平野屋旅館外観
温泉の湯温も熱すぎずに丁度良く、毎日朝晩2回ずつ入りました?????C???i?????j

ここにA君と並んで寝ました^_^;
室内の様子です。けっこう広いお部屋でした。ツインで良かった???[???i?????????j

遠く揺れる島影
高台にありますので、部屋からの眺望は、かなりグッド!

朝から凄い量・・・
こちらは朝食バイキングで私が完食した量。家では「しらす大根」が出されることはないので、目一杯テンコ盛りで取って食べました。偏食家にとってはバイキングは有り難いです。旅館の立派な夕食は、私は殆ど食べられませんので、朝、食い溜めすることになります。

旅館の手配は温泉芸者さんにお任せしておりましたが、実質的には友人の不肖Nさんが概ね手配してくださったとか。いい宿をご紹介頂き、そしてお世話になりまして有り難うございましたm(_)m
posted by poohpapa at 06:49| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

A君の奥さんとの再会

私が、2泊3日の帰省で、とても安堵したことがある。

この2年ほど、私はA君の携帯には電話しても、家の固定電話には電話していない。それはどうしてか、と言うと・・・、

もう10年ほど前のこと、私は、当時仕事での対人関係のストレスで晩酌の酒量が増えていたA君を誘って片山津温泉に行った。

その時のエピソードが、こちら。
(ワケあって2年ほど非公開にしてましたが、数日だけ公開します)
※1月28日より該当記事を再び非公開にしました。

非公開にした理由、というのが、「上の記事」のことを、あろうことかA君の奥さんに告げ口した同級生がいて、A君の奥さんをさぞかし傷つけてしまっただろう、と自責の念に駆られていたからである。

私と旦那がいくら仲の良い友人であって、また動機が何であろうとも「旦那を○遊びに誘った」相手を、女として妻として赦せるハズがなく、もう顔合わせできない=電話も出来ない、とも思っていたのだ。

家に電話して奥さんが出て私の声を聞いたなら、きっと「嫌な記憶」が甦るものだろう、と勝手に気にしていたものである。

先日の記事の時計を受け取りにA君の家に寄った時、私は「奥さん買い物にでも行っててくれるといいなあ・・・」と密かに期待していたのだが、奥さんの車は家の前にあって、しっかり家にいた^_^;

観念して家に入ると・・・、以前と変わらない笑顔で迎えてくれた。
何のわだかまりも無い笑顔だった。気にしてなかったのか、というとそうではなく、きっと内心ではいろんな思いがあるものであろうが、少なくとも、そんな気持ちは顔に出さない、つまり、人間が出来ている、ということなんだろう。本音では早く立ち去りたかったので早々に車に戻ったのだが、今回一度顔を合わせたことで以前のように家の固定電話に電話して奥さんが出たとしても大丈夫、になった。そのことが、今回の帰省の一番の収穫だったかも知れない。

奥さんの顔を見て、「そうだ、もうこれからは、良いことも悪いことも正直に話せるような生き方をしよう」、と思った。なまじ嘘をついて誤魔化そうとするからド壷に嵌ってしまう。正々堂々と正直に生きてさえいれば言い訳など不要になるし、無用なトラブルも防げる。

最近、ふと思うことがある。私は若い頃は「その場しのぎのウソ」をよくついていた。若い頃はそれでも良かったのだろうが、この歳になると、やはりウソは良くない。下手をすれば致命傷になったりする。

ただし、歳を取って、「ウソ」はつかなくはなったが・・・、
その分、逆に「隠し事」は増えているような気がする(爆)
posted by poohpapa at 08:33| Comment(1) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

儲からない陶器屋さん(*^^)v

常滑に行ったならA君に必ず案内してもらう所に、陶器店がある。

うちで使っているプーさんの急須がヒビ割れしているので、今回も何かいいものがあれば新調しようと案内してもらうことにした。いつもなら「とこなめ焼卸団地セラモール」あたりに行ってもらうのだが、A君曰く「あそこは高いで、知り合いんとこに連れてったるわ」とのことでA君懇意の街中の窯元直販店に行くことに。

以前、うちのお客さんで私がお世話になっている人が「茶道を習っていらっしゃる」ということで抹茶茶碗を贈ったことがあって、その時にA君に頼んで1万円で譲ってもらった茶碗が実は14万円の品で、全くの赤字で提供してくれたのが今回訪れたお店、とのこと。

A君に「気に入ったのが無かったなら買わないで出てきても平気か」訊くと「大丈夫」とのこと。少し気楽になって店に行くと、作業中のご主人が我々をにこやかに迎えてくれた。ご主人とA君の会話を聞いていると、A君がその店を訪れたのも相当に久しぶりだったようで、

「○○町にあったオタクの店が無(の)うなったもんで、まあはい死んじゃったかと思っとっただが、こんなとこに店出しとったんだねえ」
「かなわんなあ、勝手に殺すなや」という会話で商談が始まった???[???i?????????j

何年ぶりかで訪れたA君を暖かく迎えてくれるご主人と奥さんを見て、私は大変な勘違い、いや間違いをしていることに気が付いた。

何かいいものがあれば買おう、というのでなく、無くても買うのが当たり前だったのだ。気に入らない部屋を借りて毎月8万の家賃を払い続ける、なんて話ではない。たかが急須一個の話である。自分の家に合わなければ誰かに使ってもらえば良い。私は危うくA君の顔を潰すところだった?????[???i???j

私が探していた形は2品しか無かったけど、幸いそのうちの一方が気に入って、それに決めておカネを払おうとすると、ご主人が「ああ、A君の連れ(友だち)なら千円でええわ」と言う。定価は2500円で、卸価格1600円とあって、その金額だと思っていたし、1品しか買わないのでナンだか申し訳ない思いでいたのだが・・・、

店を出て車に乗り込むと、店の奥さんが車の前に飛び出してきて進路を塞ごうとする。何ごとかと思ったら、ご主人が「縁起物だで、これ持って行きん」と、座布団の上に小さな焼き物のネズミが乗っかっている置物を持たせてくれた。しかも5色ある置物全種類を、である。

「セントレアでも売っている」とのことで、これでは儲からないどころか全くの赤字で、「来てくれないほうが有り難いくらいの客」であろう。そういうことで、A君が如何に皆に好かれているかが解かる。

ご主人からすれば、顔が広いA君が、数ある陶器店の中から真っ直ぐ自分の店に友人を連れて来てくれた気持ちが嬉しかったに違いない。商談の内容云々はどうでも良いことだったのであろう。

私も「利益追求型の仕事」はしないけど、その陶器店には負ける。
私だって「利益はお客さんが喜んでくださる後からついてくるもの」と思ってはいるが、余程のことが無い限り赤字承知の商売はしない。

ご主人は、僅かな利益を求めるより仲間やお客さんを大切にすることで生き残っていく、という真の処世術を自然体で身につけているようだ。いい買い物もさせて頂いたが何より良い勉強をさせて頂いた。

今度、A君に何か送るついでが有ったら、美味しいお菓子でも一緒に入れて届けてもらおう、と思っている。そういうのは「わざわざ」でないほうが良いものだろう。多少の間が空いても「忘れないでいてくれた」ことにこそ意味があるものだから。
posted by poohpapa at 06:34| Comment(6) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

帰省の最終日は蒲郡観光・・・その前に

2泊3日での慌しい帰省の最終日である1月6日は温泉芸者さんがお休みを取ってくださって、蒲郡市内観光と豊川稲荷に車で案内してくださいました。実に楽しかったのですが、その模様は後にして、

田舎でのこんな話を、

4日の夕方、セントレアを見学してA君と常滑駅で待ち合わせ、A君の車に乗り込んで直ぐ、こんな話がありました。

「おい、時計(腕時計)要らんか?」
「どうしただ?」

「こないだオークションで舶来の時計を落札しただがん。思っとったのと、ちょっと違っとっただ。だし、ベルト詰めるのが面倒だで。時計好きだらあ。よかったら使やええが」
「くれるんなら貰っとくわ、おおきんね」

で、A君の家に寄って化粧箱入りの時計を貰い、見ると正札が・・・。
「え〜っと、1、10、100、1000・・・ほえ!?24万だと!」

そういうのをアッサリくれちゃうのも凄いけど、「ほんならおおきん」と貰っちゃうのも凄いことだと我ながら呆れました?????[???i???j

そういえば私も友人に腕時計を折々のプレゼントでよく贈ります。A君ともまた互いに損得など考えずに付き合える間柄で嬉しいです。
正直なところ私にとっては実の兄弟以上です、それは間違いなく。血を分けた兄弟以上の友人は何人もいますが、A君は特別です。

で、(有り得ませんが)気が変わらないうちに、と、しっかりリュックに入れて持ち帰りましたですよ、ハイ???[???i?????????j

贅沢言わんで自分で使うか子供さんに使わせりゃええのに、と思いつつも、「こりゃ自分に合わん」と感じた時に、「じゃ、さかちゃんに」と直ぐ私のことを思い出してくれたことに感激しました。

A君、重ね重ね、おおきんね(^^ゞ
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2008年01月20日

40年ぶりに再会した近所の奥さん

私が生家跡の周りを写真に収めていたら、坂の上から自転車を引きながら下りてきた奥さん(と言っても80歳に近い)が私の顔をジロジロ見やる。私のほうは見覚えが無かったので、まあ「よそ者が来てこんなところでどうして写真なんか撮ってるんだろ」と思われてるんだろうな、このままでは不審者と思われてしまうかも、と、こちらから愛想よく声を掛けると・・・、

私が小学生の頃に引っ越してきたご家族の奥さんだった。向こうは「なんか見覚えがあるような・・・」と訝しく思っていたらしい。

私が、「実は40年前まで、こちらの家が建っていた所に住んでいた者です。今は東京で暮らしていますが、懐かしくて様子を見に来ました」と言うと、「ああ、どうりで・・・、だけど兄弟がぎょーさんおったけど、アンタ、他の兄弟と全然似とらんで判らんかったがね」とのこと。たしかに、私の兄弟6人は顔が似てなくて、本当に同じ親から生まれたのか疑わしいくらいであった(*^^)v

ところが、この奥さんの記憶は私より確かで、「だけど、兄弟の中ではまあ似とるかなあって人もおったでしょう?」と訊く。次男と三男のことである。強いて言うなら似てなくもない。相当な記憶力だ。

私のほうは、と言うと、私が引っ越した時には今のうちのと同じくらいの年齢だった奥さんが40年の時を経てイイお婆ちゃんになっていたので、誰だか全く判らなかった。面影さえ忘れていたのである。

不審者ではない、と判ると、そこは愛知県人、親切に近所の人の近況を教えてくれる。私が挟む話も「そこに居た人間でなければ知りえない話」だったので、すっかり打ち解けて話が弾んでしまった。

「向かいのKちゃんとこの奥さんも亡くなったがね。そこの○瀬さんの家も建て直して息子さんは(指差して)向こうで商売しとるが。○田さんの息子さんも商売しとるよ」

いずれも私の幼なじみで、よく一緒に遊んだ仲だから凄く懐かしい。
どんな商売かは聞かなかったが、まあ不動産屋ではないだろう(爆)

「そういえば、この上はお寺さんだったけど、まあはい無いね」と私が訊くと、「火事で燃えちゃって、うちも燃えちゃって大変だっただがん。仕事に行っとる間だったで知らせてもらった時には、どうはいも出来んかって、ぜ〜んぶ燃えちゃって・・・」と言う。お寺の跡地には今は豪邸が建っていた。和風の庭も広く、相当な優良物件だ(爆)

「お宅、娘さんが二人おったでしょう?」
「まあはい子供がおるがん」

「じゃあ、さっき出ていかれた娘さんは・・・、お孫さん?」
「そうだよ」

私がいた頃の娘さんと同じ年頃である。私は上がりこんでママゴト遊びをしていたこともある。そこに父親が帰ってきて、何故だか解からないが追い帰されたこともある。そのご主人も、今は介護を受ける身だとか・・・。奥さんの明るさと達者ぶりが救いであった。

その奥さんに会えて良かった。訃報もあったが皆の消息も判った。

もう訪れることは無いと思う。充分目に焼き付けたし、この先の田舎の人達の日々の営みは、私にはもう全く関係の無い世界だから。

別れ際に丁寧にお礼を言って、「一緒に写真を撮らせてもらっていいですか?」と訊くと、快く応じてくれた。その時の一枚が下の写真。



私の宝物の一枚になるだろう。
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2008年01月19日

40年ぶりに訪ねた私の生家跡

これは私の備忘録みたいなものなので、つまらないと思いますので、どうぞスルーなさってください^_^;


今回、「お座敷遊び」と「両親の墓参り」と「南吉記念館訪問」以外の大きな帰省の目的が、自分が生まれた家(の跡)が今どうなっているのか知ること、でした。そこで、A君に廻ってもらいました。

訪ねてみたら、まるで街並みが変わっていたし、距離感が狂ってしまっているようで、子供の頃より見るもの全てが近く見えました。え?こんなに近かったっけ?って感じです。川の対岸も市役所も幼なじみの家も、もっと遠かったハズだったのに・・・。ずっとそこに住んでいたなら何の違和感も無いものでしょうが、凄く衝撃的でした。



川沿いの道から生家跡を見る
川沿いの道から坂を下ったところ、赤い車の左側が生家跡。右側高台の空き地は、伊勢湾台風の際に避難した製縄工場跡。私の記憶では、この坂道、もっと急だったハズなんですが・・・。


生家跡に建つ家
生家跡に建つ家(向かって右側の家)
と言っても、実際には2軒続きの長屋で、しかも平屋でした。なので土地面積はこの半分しかありませんでした。一緒に行ってくれたA君も「こんなだったかや・・・?」と周りの変化に驚いていた様子。


家側から見た川の対岸
対岸に見えるビルはミツカン本社。その手前には有名料亭「魚福」本店が移転していて、そこの社長は現在、私にクラシック音楽の手ほどきをしてくださった恩人でもある中学時代の先輩が就いています。


手前はダンスホール跡の空き地
生家跡の向かい側。一軒はさんで、この空き地にはダンスホールがありました。住宅地にダンスホールがあって、夜中まで生バンドが演奏していたのですから、騒音なんてモンじゃありませんでしたね。でも誰も苦情を言ったりはしませんでした。今なら訴訟騒ぎでしょう。


見違えてしまった源平橋
何度も渡った源平橋。片側2車線で広くなってました。


ザリガニ釣りをした川
この川沿いの道を通って小学校に通ってました。昔はヘドロが堆積して臭かったですけど、すっかりキレイになってましたね。川岸でアメリカザリガニが釣れました。初恋の人「まりちゃん」が引っ越していった時、この川沿いの道を送っていって、途中、草で腕輪を作ってくれました。今もとっておけば良かった、と後悔しています。


家が無くなってる・・・
道がもっと狭くて、歩道みたいな部分には昔は家が建ってました。


源平橋から市役所方向を見る
道が拡張されて両サイドにあった幼なじみの家が無くなってます。
正面の突き当たりが半田市役所。


北朝鮮に帰還したセイゴ君の住居跡
右側の黒っぽい倉庫風の建物が、小学校3年まで一緒によく遊んでいた北朝鮮人のセーゴ君の家の跡。北朝鮮帰還事業で母国に帰りましたが、もう私のことは憶えていないか、既に亡くなっているかも。



懐かしかったですね・・・。鮭が産まれた川に帰る気持ちが解かるような気がします(違うか^_^;)


この「私の生家跡」の話は、思わぬ展開がありました。

                             続く
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2008年01月18日

新美南吉の生家と記念館

今回の帰省で、どうしても行きたかった所、それは「ごんぎつね」を書いた新美南吉の生家と記念館でした。

生家のほうは開けっ放しになっていて、見学は無料。大型バスが停められる駐車場もありました。私の生まれた家と似ていますが南吉の家(養子先)のほうが遥かに広くて立派です。

新美南吉の生家外観

室内の様子

当時の道具



生家とは少し離れた所にある新美南吉記念館。小川が流れ、遊歩道や森がある敷地は庭も広くて、なかなかの造りでした。

横を小川が流れる遊歩道

入り口にある南吉の等身大人形

ここから先は写真がピンボケ気味です、あいすみません????????

ごんぎつねの紹介プレート

「ごんぎつね」のストーリー展開に沿ったフィギュアです。

ごんの住処のあたり

兵十のはりきり網を破るごん

兵十のおっかあの葬式とごん

ごんの後悔

そりゃあ神様がしなすったに違いねえ

ごん、おまえだったのか・・・

館内では「ごんぎつね」をアニメで観られますが、私は止めました。
たぶん、涙が溢れてしまうでしょうから^_^;


長い間、行きたくて、とても気になっていましたが、A君、連れて行ってくれて有り難う。この世に思い残すこと、一つ減りました???[???i?????????j
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2008年01月17日

墓場でプチ同窓会

「お座敷遊び」から一夜明けて、いよいよ両親の墓参りへ。

途中、携帯に小学中学と一緒だった親友のMちゃんから電話が。

「さかちゃん、年賀状見てビックリしちゃったんだけど、去年は大変だったんだねえ。頭の怪我はもういいの?」とのこと。

「うん、入院もしなかったし薬も出されなかったし、もう平気だよ」
「いつまでこっちにみえるの?」(昔から敬語を使う友だちで、今は地元の信用金庫の偉いさんになってる)

「昨日来て、明日には帰るんだけどね。Mちゃんに年末電話したんだよ。出なかったから、ああ忙しいんだろうな、と思って、その後は電話しなかったんだけど・・・」と言うと、着信記録に気が付かなかったとのことで、時間が足りず今回の帰省では会うのを断念。

車を出してもらった友人A君の親父さんの墓参りを先に済ませて、(どこにあるか定かでない)私の両親が眠る墓地に「新美南吉の墓」を目標に向かうと、さすがに地元の名士の墓だけに案内の看板が立っており、その二つ隣にあるハズの両親の墓に向かうと・・・、

「え〜っと、4つ目のブロックまで進んで、右へ10mね・・・」と、4つ目の角を曲がってヒョイと見ると、墓石に見覚えのある名前が・・・、

ついさっき電話をくれたMちゃんの名前である。

そこで、「ねえ、Mちゃん、平成4年に墓を建立した?」と電話すると「うん、したよ。なんで?」と訊く。

「今、半田工業の裏の墓地に両親の墓参りに来てんだけど、Mちゃんの名前があったから。お花の用意してなくて申し訳ないけど、お線香だけあげさせてもらうね」と言うと、「じゃ、待ってて。今、近くにいるから飛んでくよ」とのことで、10分ほどで来てくれた。

まさか、直ぐ近くのブロックに互いの先祖代々の墓がある、とは思ってもみなかったが、話はそれだけで終わらなかった。Mちゃんを待つ間に、両親の墓参りを済ませておこうと探すと、A君が「オイ、同じ名前の墓石があるがん、どっちだや?」と訊く。

「一個しかねえだらあ。二つもあるかや・・・、あ、本当だ・・・」
「裏に廻って何て書いてあるか見てみりゃ分かるがん」

で、裏に廻ってみると、やはり私と中学まで一緒で、年末に喪中葉書が届いていた同級生のS君の名前だった。「平成19年11月建立」とある。狭い町とはいえ、こんなに近くに互いの家のお墓があるとは思ってもみなかったから懐かしく、互いにもうそんな歳なんだ、と感慨深かった。うちの墓も先年、男の兄弟4人で費用を出し合って建立していた。ついで、になってしまったが、そちらにもお線香を上げさせて頂いた。

それくらいだから、ちゃんと探せば、同級生の家の先祖代々の墓などゴロゴロあるんだろう。と思って墓石の名前を読み始めたら、相当数は「榊原」であった。うちの田舎では最も多い苗字である^_^;

こちらが墓場での同窓会の記念写真。背後霊は写ってなさそう???[???i?????????j



そんなちょっとした偶然が重なって、このへんで、「今回の帰省ではこれ以上の用を済ませてしまうとヤバそう」、と感じたものである。

                       (まだまだ続く)
posted by poohpapa at 07:28| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

初めての「お座敷遊び」

今回の帰省の目的は「両親の墓参り」でしたが、それとは別にとても楽しみにしていたものがありました。それは、この方にお願いしての「お座敷遊び」、つまりその・・・俗に言う「芸者をあげて遊ぶ」こと、であります。ま、自分にとっては分不相応なものであって、実際にお会いしたことこそありませんが、気心の知れた芸者さんがいればこそ体験できるもの、ですね。一生で「最初で最後」でしょう。

食事の部屋に来て頂いたのは温泉芸者さん(以下おねいさん;おねえさんではない・・・ワケの解からない拘り^_^;)とベテランの芸者さんのお二人で、舞い上がってしまって最初から大チョンボしました。

先に入ってきて前に座った芸者さんがおねいさんだと思って丁寧に挨拶したのですが、後ろから奥ゆかしく入ってきたのがおねいさんでした。なので、挨拶のやり直しを余儀なくされまして・・・?????[???i???j

テレビドラマなんかでは、たまに芸者さんの姿を目にすることはありますが、生で本モノを観させて頂くのは初めてのこと。ことに、お正月ということで黒の留袖姿でして、その凛とした艶やかさは素晴らしいの一言でした。しばらくはブログ談話に花を咲かせて・・・途中から友人主導でギャンブル談義、踊りを披露して頂くのも忘れて話し込んでしまって、あっと言う間に2時間が経ち、場所を我々の部屋に移動しての延長戦。そこでも酒と話で瞬く間にまた2時間経過(*^^)v

ちゃんと用意をしてきてくださったのに、ついに日本舞踊ひと舞も観ることもなく終わってしまい、プロの芸者さんをコンパニオンにしてしまった感は拭えませんで、我々は「おととい来やがれ!」的な客になってしまったのでは、と不安になったりして・・・(爆)

でもね、杯を受けたり勧めたり、の僅かな動作にも何とも言えぬ色香が漂っていて、遊びの中にまである日本の文化の「粋」ってイイもんだなあ、と改めて実感しました。一度は経験しておくもんですね。

で、お座敷遊びって「どれくらい費用が掛かるものなんだろ」と思われる方がいらっしゃるでしょうけど、目の玉が飛び出るような贅沢なものでなく、何人かのグループで呼んで割り勘したならたいした料金にはなりません。どんな話にも付き合ってくださるし、よく勉強していることでは銀座の一流クラブのホステスさんと変わりませんね。新聞を何紙も読んで、しっかり情報収集していらっしゃるようです。

あと、作法として何がしかのご祝儀はお出しするものだと思います。私は、こんな出し方をしました。動画で撮りましたが、ボカシを入れるのが大変なので、言葉での説明だけになりますが、

両手を拍手をするように胸の前で開いてもらい、その真ん中に一万円札を指先で挟んでぶら下げます。指を離してお札が落ちるのを手の高さを変えずに瞬間的に両手で挟み取る遊びで、挟めたらそのまま差し上げることになりますが、フライングは反則です。これ、ピン札を用意します。シワのある札は空気抵抗を受けてゆっくり落ちますから挟まれる可能性が高いのです。固体が落下する時には加速度が付きますが、縦に落下する紙幣は初速が一番速いものです。まず、ほとんど成功しません。「なら、やって見せてよ」と乞われて、私も3度チャレンジして、3回目にかろうじて成功しました。これ、反射神経とか動体視力、でなく、ほとんど心理戦なんです。相手が「いつ指を離すか」心の動きを読んで神経を集中しなければなりません。実際には、指を離したのを見てからパチンとやったのでは間に合いませんから、そういう意味ではサッカーのPKと似ていますね。

お二人にチャンスはそれぞれ3回差し上げましたが、全部失敗いたしました。まあ、最初から見越してましたので、残念賞という名目で別にお年玉を用意してあって、それをお渡ししました。これで「惜しかったねえ」で帰らせたなら本当に「二度と来るな!?p???`」でしょうね。

ちなみに、私の子供たち3人に同じチャレンジをさせたことがあります。目の前の万札に真剣に挑みましたが誰も成功せず。その時は「残念賞」も無し。怒る子供たちに「それが人生」と言い切りました???[???i?????????j

でもって、おねいさんとの記念の一枚がこちら



一生の思い出になる一枚です。

おねいさんにはその翌々日の6日にも大変お世話になりましたが、その時の模様は続編で紹介させて頂きます。
posted by poohpapa at 10:50| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

10年ぶりの帰省の初日

女房の風邪を貰って体の節々が痛く、薬で抑えている状況ですが、ずっと更新しないワケにもいかず、ぼちぼちアップさせて頂きます。
ちなみに、私に風邪をうつした女房ですが、引き始めから13日経った今も未だ回復していません。昨日やっと外出しましたが相当に疲れたようです。この冬の風邪は滅茶苦茶しつこいようであります。



この正月の帰省は、私にとっては相当にヤバイ帰省になりました。

と言いますのも、2泊3日でありながら、長年の夢を叶えたり、会いたい人に概ね会えてしまったもので、ほとんど「人生の区切りがついてしまった内容」だったのです。残すは、中学時代の恩師や幼馴染みの友達に会うだけ、でありまして、車を出してくれた友人に頼めば廻りきれたもの、と思われましたが・・・、怖くなって止めました。

今、私を「殺したいほど憎んでいる人もいる」でしょうから、万一の時を考えて「悔いを残さないように片付けてしまう」より、「まだやり残した事が有るほうが良いのでは」と考え、残りは次回、ということにしました。全部の区切りをつけてしまったら今年のうちに死んでしまいそうな予感がしたのですが、やり残した事が有って死んだとしたら「それが人生」と諦めます。ですが、今生きている間は「次の目標」が有ったほうがいいかな、という微妙な感覚ですね。

さて、帰省初日の昼間はセントレア見学でして、こう言ってはナンですが、成田を利用している者からすれば寂しい限りの内容でした。

発着便が少ないのは仕方ないとしても乗り入れ航空会社の数がまだまだ少なくて、国際線はUAがアメリカ西海岸に飛んでるのが目立ったくらいで、アジア便中心に5〜6社程度。航空会社のカウンターも人影が疎らで職員も手持ち無沙汰って感じ。開港当時より国際線の便数が減って(減らされて)いる、とのことで、それも頷けます。

ただ、空港の造りは上手くローカル色を出して、レトロとモダンな両方の雰囲気が味わえるように工夫されています。年配の利用者にとっては、どこか懐かしい雰囲気が漂っています。


で、我ながらつまらない写真、と思いますが、せっかく撮ってきましたので初日に撮った写真を何枚かご紹介(IXY900ISにて)



これは、空港に向かう名鉄特急の車内。私が田舎にいた頃は、いつもの電車がそのまま「ただ座席指定されるだけ」というものでしたが今は特急らしく垢抜けています。

名古屋⇔空港、28分

こちらは、雲の帽子をかぶった富士山

「のぞみ」の車窓から

JRから名鉄に向かう間に、立川のルミネにもあるお店が・・・

へえ?こんなとこにも

中部国際空港(セントレア)のエントランス。2Fの向かって右側にレトロな造りのレストランや土産物店が並び、左側はモダンな造り。

正面エントランス

もっと近くから「三丁目の夕日」風のレトロ調ブースを、

路地まである(*^^)v

こちらは洋風なモダン調

コンセプト不明^_^


この後、友人と常滑駅で待ち合わせて、一路「蒲郡」の三谷温泉へ。夜は今回の旅のハイライトであります(*^^)v


                             続く
posted by poohpapa at 07:27| Comment(2) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

とりあえず「予告編」^_^;

両親の墓参りの為に帰省して、ホッとして帰った私を待ち受けていたのは珍しく風邪を引いていた女房で、しかも相当重症でした。当然に私にも飛び火して体の節々が痛く、更新も返信もサボってました。
まことに相すみませんm(_)m

今回の帰省は2泊3日で、実質的には2泊2日でしたが、内容的には非常に充実していました。こんなに中身の濃い帰省は、18歳で上京した最初のGW以来です。その時は、田舎の名鉄半田駅の改札口に高校の時の同級生や後輩達が出迎えてくれて、母校で後輩たちも交えて大勢で(もちろん酒抜きの)宴会を開いたりして、まあ、その頃から「賑やか好き」だったもので?????[???i???j

さて、4日の朝まで友人が泊りがけで遊びに来てくれていて、その友人と一緒に家を出て東京駅に向かい、11時03分発の「のぞみ」で一人名古屋へ。それから名鉄の特急に乗り換え中部国際空港に。その特急がナンと、従来の終点駅の常滑の先にある空港まで28分で行ってしまうのにビックリ。しかも特急券(ミューチケット)が350円ですから、東京の中央ライナーの500円より安くて2度ビックリ!!
こちとら、なんせ10年ぶりの郷里で、浦島太郎状態でした???[???i?????????j

セントレアを3時間ほど見学して、常滑駅まで2駅戻って高校時代からの友人と待ち合わせ。中部国際空港駅から常滑駅までは6分ほどで到着しますが、運賃は300円・・・、こちらはメチャ高でした。

友人は仕事を早退して迎えに来てくれて、翌日は私の墓参に付き合うために有給休暇を取ってくれましたが、後で聞いた話では、5日は出勤すると本来の給料以外に2万5千円の手当てが出たんだとか。ご家族にとっては大きな額だったと思いますが、何の躊躇いもなく休暇を取ってくれたのですから、友達って、ホント有り難いですね。

で、友人の車で向かったのが蒲郡の三谷温泉。そう、このお方が芸者さんをしていらっしゃる三谷温泉であります。かなり前から「一度伺って、お座敷遊びを体験させて頂きます」と約束をしていて、今回ようやく約束が果たせました。まあ、墓参りの前の晩に芸者さんを上げてるんですから、両親も草葉の陰でさぞかし呆れていたでしょう。

そうそう、当ブログをお読みの家主さんにお願いがあります。

「うちの空室が未だ埋まってないのに、いい気なもんだ」などとは、どうか思わないでくださいね。私は約束を果たしただけのことで、その為には自分にとっての「今の±は考えない」主義なのです。それは、仕事の上でも同じことで、家主さんやお客さんと約束したことは一時的にマイナスが生じても必ず守ります。長い目で見れば、それが信用であって、いつか我が身に帰ってくる、と信じていますので。

もちろん、約束以前の問題として、「お座敷遊び」というものを一度経験してみたかったのと、あの温泉芸者さんに是非ともお目にかかりたい、という願いもありましたが(*^^)v

ところで、温泉芸者さんのサイトでは、その時の模様が既に、と言いますか、まるで選挙の開票速報よろしく即日アップされているようであります。どうぞ一足お先にそちらの記事からご覧ください。

今回、友人にはいろんなリクエストをして全部叶えてもらいました。体調が回復しましたら写真を添えて詳細に報告したいと思います。
posted by poohpapa at 07:27| Comment(1) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする