2015年10月06日

メルマガ「60億人の名言」の≪ 今日の名言 ≫より

 私が取っているメルマガ「60億人の名言」に大村先生の言葉がありましたのでご紹介、

≪ 今日の名言 ≫

 何にしても一生懸命やっていると、必ず支えてくれる人が現れてくれるものです。

 (大村 智 天然物有機化学者・2015年ノーベル生理学、医学賞受賞者)


激しく同意、であります。自慢じゃありませんが(自慢ですがたらーっ(汗))私も今まで何度も壁に突き当たりましたが、その度に必ず、損得抜きで支えてくださる人、支援してくださる人が現れましたから。



 

posted by poohpapa at 07:56| Comment(4) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年も昨年に続いて日本人がノーベル賞

大村智(さとし)北里大特別栄誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞することになった。

msn.の毎日新聞のニュースから (政治関連の記事でなければ安心して読めるわーい(嬉しい顔)

ノーベル賞:「泥にまみれる仕事」…大村さんが金字塔

 手作業で採取した土から、有用な化学物質を作り出す微生物を探す地道な研究に、大きな光が当てられた。ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった大村智(さとし)北里大特別栄誉教授(80)は、スキーの国体選手、高校の夜間部教師と、アカデミズムとは無縁な世界を経て研究の道に入った。記者会見で「このような賞をもらっていいのかな」と喜びを語った大村さんに、同僚ら関係者からは祝福の声が寄せられた。

 「泥にまみれる仕事」。大村さんは、土の中の微生物が作り出した化学物質を調べる自身の研究を、そう表現する。

 山梨・甲府盆地の自然豊かな環境で育った。学生時代は勉学よりスポーツに熱中し、距離スキーで国体にも出場。東京都立墨田工業高の夜間部の教師として社会人のスタートを切ったが、ある日、試験用紙を配る際に、生徒の指先に昼間働く町工場で付いた油がこびりついているのを見て胸を打たれた。「真剣に勉強したい。自分も学び直そう」

 大学院を経て、郷里の山梨大へ。ここでブドウ酒の研究に関わり微生物の面白さに触れた。29歳の時に北里研究所(東都港区)に入所。誰よりも早い朝6時に出勤し、教授の講義時の黒板ふきと論文の清書に明け暮れた。

 大きな転機は、6年後の71年に訪れた留学の機会だった。

 米国とカナダの5大学から招きがあり「直感で」最も給料の安かった米ウェスヤーレン大に客員教授として赴任。大村さんを招いたマックス・ティシュラー教授は、当時世界最大規模の製薬企業・米メルク社の元研究所長で、大村さんの渡航後間もなく米化学会の会長に就任した。大村さんは補佐役として大物研究者と交流を深めるうち、自分で研究費を集め、社会に還元するというスケールの大きな米国流の研究スタイルを学んでいった。

 2年後に帰国する際、メルク社と共同研究の契約を交わした。研究室のスタッフは、高卒と大卒が主体のわずか5人。資金提供を受ける分、重圧も大きかった。全員、外出時にはいつも小さなポリ袋とスプーンを持参し、各地で土を採取して持ち帰った。顕微鏡で微生物を探し、生産している化学物質を分離・培養する。地道な作業を繰り返した。

 熱帯地方の感染症・オンコセルカ症の撲滅につながる「エバーメクチン」は、静岡県伊東市のゴルフ場周辺の土から見つかった。これを基に開発された「イベルメクチン」は動物でもヒトでも、寄生虫がもたらすさまざまな病気に驚くほど効いた。79年、学会で成果を発表すると、会場は異様な興奮に包まれた。「なぜ1回の投与で効くのか?」。相次ぐ質問に、大村さんは「効くから1回なのだ」と答えたという。

 2004年、大村さんはエバーメクチン発見から25年を迎えたのを機に、初めてアフリカのガーナを訪れた。過去にオンコセルカ症が流行した地域では、安全地帯を求めて捨てられた集落の跡がいくつもあった。集団投与を終えた集落の学校に立ち寄ると、好奇心に満ちた目で子どもたちが待っていた。

 簡単な英語で自己紹介したが「ジャパン」にも「トーキョー」にも反応はない。「メクチザン(イベルメクチンの商品名)知っていますか」と問いかけると、歓声が上がった。案内役が「この先生はメクチザンを作った人です」と紹介すると、子どもたちが駆け寄ってきた。「自分の研究が役に立った」と初めて実感できたという。

 「僕は役に立つ物質を作るんじゃなく、見つけているだけ。だから微生物へのリスペクト(敬意)を忘れない」。数々の学術賞を受けるたび、大村さんはそう語る。研究室の成果をまとめた冊子のタイトルは「微生物からの素晴らしい贈り物」だ。【清水健二】



東大でも京大でもない北里大というのにも価値がある。馬鹿にしているのではない。国からの補助がまるで違うからである。何といっても、東大だけで全国の国立大学が受ける補助金の1割を得ている。

経歴も異色で驚きだが、このニュースの中で私が感動した話が二つ、
 
東京都立墨田工業高の夜間部の教師として社会人のスタートを切ったが、ある日、試験用紙を配る際に、生徒の指先に昼間働く町工場で付いた油がこびりついているのを見て胸を打たれた。「真剣に勉強したい。自分も学び直そう」

苦労人なんだと解かる。たいていの人は生徒の指先が油で汚れていても「教室に入る前に手くらい洗えよ」くらいにしか思わないだろうし、そういうのが人生の転機にはならないもの。私も、もしかすると(今までに何度かあったであろう)人生の転機になりそうな出会いを見過ごしているかも知れない。そんな大村先生の研究と成果にノーベル賞という栄誉が与えられるのは凄く嬉しい。

そして、もう一つが、

米国とカナダの5大学から招きがあり「直感で」最も給料の安かった米ウェスヤーレン大に客員教授として赴任。

この時、カネで決めていたら今回の受賞は無かったかも知れない。もしかすると、韓国人がノーベル賞を獲れない理由も根底にそんなことがあるのかも知れない。彼らは「一番給料が安い大学」など選択しないだろうから。いや、もしかすると、大村先生の研究も「韓国が最初」などと言い出すかも(^◇^)

いずれにしても、人との出会い、ご縁、が大きかったと思うし、それも普通の人なら見逃していた話。先生が謙虚で、真剣に地道に生きていらっしゃったからこそ、そういうご縁を見逃さなかったんだろう。

何より、日本人の研究で多くの人が救われたのが嬉しい。先生の受賞は「天からのご褒美」だと思う。




posted by poohpapa at 07:01| Comment(8) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする