2016年06月19日

私は納得

麻生太郎財務相が北海道小樽市で開かれた自民党支部大会で講演し、「90になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」と述べたことに批判が集まっているそうだが、私は「激しく同意」である。

麻生氏のこの発言は、国内の消費拡大などが必要と指摘したうえで、「お金を何に使うかをぜひ考えてほしい。金は使わなきゃ何の意味もない。さらにためてどうするんです?」と述べた後に発言したもの。

さすが毎日新聞である。話の順番を変えるとニュアンスが違ってきたり、酷い時は全く別の意味になることもある。(順番通りに)述べられた前提から書けば良いモノを意図的に第一印象を悪くしている。

私は元々、「財産を築いた本人が一代で使い切れなかった(居住不動産を除く)現金や証券などは、遺族が一息つける程度の一定の額を控除して、残りは国が没収すべき」と考えている。後期高齢者になっても蓄財をしようとするのは愚の骨頂。大金を子孫に残すのは諍いの元にもなるし、為にもならない。

で、そう思っていたら、たけしがこんなことを言っていた。

「姥捨て山を復活させろ!」超高齢化社会に向けたビートたけし4つの提言

元々が「新潮75」の記事で、お笑いの延長のような切り口だが一理ある。

■ 75歳以上からは選挙権を取り上げろ
■ 姥捨て山を復活させろ
■ 75歳からは医者にかかっちゃいけない
■ 切腹を復活させる

この中で、「75歳からは医者にかかっちゃいけない」というのは至極ごもっとも。医療技術が進歩することはいいことだが、80歳や90歳を過ぎてなお延命治療をするのはナンセンス。既に何の生産性も無い高齢者に高度な最先端治療を施してベッドの上で生き永らえさせたならどれだけの税金が掛かるのか。最先端医療は若い人たちの為にこそあるべきもの。私も、うちのに「高額な最先端医療を受けなければならなくなって私が自分で意思表示できなくなっていたら拒否してね」と伝えてある。

たぶん、「他の人の人生」何人分にもあたるくらいにいろんな体験をさせてもらっているし、今直ぐ死んだとしても「めちゃくちゃ楽しい人生だった」と思えるから、私個人はそれでいい。

まあ、この4つの提言を真っ先に実践して頂きたいのは政治家の皆さん、ではあるけど (*^_^*)

先日もテレビで、中津川市の救急車とは別の(医師が乗り込んでいる)「ドクターカー」というものを紹介していて、その中で、緊急で駆け付けた医師が、倒れた老人の家族に「応急処置をすればその都度回復するかも知れませんが、同じことが繰り返されるだけだと思います。病院に搬送して治療を受けさせるか、ここで皆さんで見送るか、どちらが宜しいですか?」と訊いていて、家族は延命処置を辞退して、その場で皆で見送っていた。医師の判断と言葉は素晴らしいものだと思った。もちろん、ご家族も。

75歳を過ぎて、「今まで苦労の連続だった。ようやくこれから自分の人生を楽しみたいと思っているのに、ふざけたことを言うな!」とお怒りの向きもあるだろうけど、だったらパアッと使って最期に人生を謳歌して社会に貢献すればいい。使い切れなければ寄付等で社会に役立てればいいだけのこと。

と・・・、ここまで書いていて、ぜんぜん関係ないことが頭をよぎった。

舛添、「給与も退職金も辞退するからもう少し知事でいさせてくれ」というようなことを言っていたと思うんだけど、結局は自分の意思に反して辞めさせられることになって、退職金はどうするんだろう・・・。「続けさせてくれなかったから貰うよ」になるんだろうな・・・。それで退職金を辞退したなら少しは評価も変わ・・・らんか

posted by poohpapa at 05:52| Comment(22) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする