2016年09月24日

また繰り返される精神鑑定の愚

ニュースによれば、

神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害された事件で、植松容疑者は現在も重い障害がある人を侮辱する言動を繰り返していて、警察と検察は事件当時刑事責任能力があったか見極めるために精神鑑定を行うとか・・・。ただし、警察は「事前に凶器を揃える」など犯行が計画的であることから容疑者に刑事責任能力があるとみて捜査を続ける方針とのこと。

毎度毎度、それこそ何度も何度も書いているが、

刃物で急所を刺せば人は死ぬ、首を絞めれば人は死ぬ、銃で撃てば人は死ぬ・・・、それが解かっていて犯行に及んでいたなら「責任能力(判断力)はあった」ということではないのか。

そもそもが、誰もが人を殺す時点で尋常でない精神状態になっているんだろうし、「責任能力なし」と言えるのは白痴の場合のみ、つまり、自分が誰であるかさえ分かっていない人だけ。逆に、そういう人は殺人など犯さない。そもそも「そういう(誰かを殺そう、という)概念」など持ち合わせていないのだし。

今の「責任能力鑑定」は全く無意味で、容疑者の人権ばかりに配慮した仕組みでしかないと思う。この植松がもし「責任能力なし」で不起訴(措置入院)になったとして、いつかは娑婆に戻る。その時、再び殺人を起こさない保証はない。いや、偏見なんかでなく、この手の精神異常は完治せず、簡単にスィッチが入って必ず殺人を繰り返すだろう。その時、誰が責任をとるのか。護るべき対象は誰なのか。

私は死刑制度の存続に賛成だが、今の制度で「責任能力なし」となった殺人者に関しては「仮釈放なし」の終身刑が存在してもいいと思う。本音では、死ぬまで税金で食わせるのは納得いかないが。

植松は「障害者は生きている価値が無い」として犯行に及んだが、ならば「オマエこそが生きている価値のない正真正銘の障害者、気違いだよ」と言いたい。

もう、何でもかんでも「精神鑑定」なんて止めてもらいたいし、やるならハードルを高くしてほしい。


ところで先週と今週の水曜日、テレ東で「模倣犯」というサスペンスドラマが放映されたが、見応えがあった。これ、制作した局は日テレか?、と思えるほどに豪華な(演技派の)役者を揃え、観ていくうちにぐいぐいと引き込まれていった。ま、現実離れした構成もあったけど、それでも素晴らしかった。

で、思った。もしこれが現実の話なら、この犯人は精神鑑定を受けるだろうな・・・、と。

精神鑑定・・・、遺族感情を逆なでして甚大な二次被害を及ぼす制度でもある。



posted by poohpapa at 05:03| Comment(8) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする