2017年05月26日

読売新聞の気流欄(読者投稿欄)から二つ

一つ目が、京都のある駅で、ツバメの(作り始めていた)巣が撤去されてビニールシートで覆われているのを悲しむもの。私も、駅の対応に憤慨しているクチである。

駅長や駅員の判断ではなく、利用者の誰かが苦情を申し入れたことによるものだろう。ほとんどの利用客は微笑ましく見守っていたと思う。よしんば、スーツの肩に糞や土が落ちてきて汚れたとして、もし勤務先や取引先で指摘されても、「今朝ね、〇〇駅の構内を通過してたら上から落ちてきたんですよ。卵が孵って無事に巣立ってくれたら嬉しいですね。今から凄く楽しみにしているんですよ」と返したなら、評価が上がるくらいの話だろう。だいいち、頭上の巣に気付いたなら自分が真下を歩かなければ済む話。

声の大きな極めて一部の利用者のクレームに配慮して営巣途中の巣を壊す・・・、バカげている。そういうクレームを申し立てる人こそが普段は自然保護や環境保護を声高に訴えていそうだが・・・。


もう一つの話、

個人情報保護法が壁になって学校の連絡網が作れないことを嘆いている投稿。名簿から個人情報が洩れることもあるかも知れないが、即座に連絡が行き亘って事件や事故を未然に防げることもあるだろう。

なんでもかんでも「個人情報だ」「プライバシーだ」と騒いで必要な情報を提供しないのは愚かなこと。いたずらに先生方の負担を増やすことにもなる。どういう利用目的であればどこまでが必要な情報なのか、個別のケースで線引きすることも必要だろう。あ・・・、今度、小田原潔事務所に行ってこよう。

どちらも、投稿者の方の意見に賛同する。今の世の中、余裕が無くなっている人が多い。物質面や経済的には豊かになっても精神的な部分で「ゆとり」が無い。「ゆとり」はカネの有無とは関係ない。

「ゆとりが無い」と言えば・・・、昨日、ガストでこんな光景が・・・、

我々はレジの前の席にいたのだが、中年のオバサンが帰りがけに何やら怒っている。一人で来て喫煙席を希望して、そこそこ混んでいたので少し待たされていて、ホールを担当していたマネージャーが「直ぐにお席をご用意しますので少々お待ちください」と言って、空いたばかりの席のお皿などを片付け始めたのだが、先に席に案内しなかったことを怒っていたもよう。通常は食器を片付けてテーブルを掃除して、それからお客さんを案内する。作業の手順は正しいし、それに要する時間は掛かっても1分ほど。

よほどお腹が空いていて、早くタバコを吸いたかったとしても、待てないほどの時間ではないだろう。帰る際、マネージャーが深々と頭を下げてお詫びを言い、「どうぞまたお越しください」と言ったら・・・、

「もう来ない!」と捨て台詞を残して帰って行った。マネージャーも本音では「二度と来てくれなくていい」だったことだろう。歳をとると、時間に対する許容度が減少していくようだが、600円前後のランチを頼んで「私は客よ」という態度をとるのは情けない。「客」ではなく「それだけの客」だと思う。

昔は日本人はみんな経済的には貧しかったが、人を思い遣る心のゆとりは今より持ち合わせていたように思う。根本的に教育が悪いんだろう。そのオバサンは「ゆとり教育」以前の年齢と思われるが、「ゆとり教育」が今の日本社会から「心のゆとり」を奪ってしまっている一面もありそうだ。人権だのプライバシーだの個人情報だのと騒がれるようになって日本という国が住みにくくなっている。

それでも他の国と比べたら民度は高いと言えそうだが、もしかすると、「(優先して)本当に護るべきもの」を私たちは間違っているのではなかろうか。

posted by poohpapa at 04:46| Comment(8) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする