2017年07月30日

嬉しい「暑中見舞い」のお葉書

長いこと仲介管理の仕事をしていても、お客様(入居者さん)から暑中見舞いのお葉書を頂くことは滅多にない。年賀状を頂くことはあるが、入居中のお客様からより退去なさったお客様からのほうが多かったりする。


いきなり脱線するが、中学以上の学校の先生と似ているかも。在校生からの年賀状より卒業生からの年賀状のほうが多くて当たり前だから。その昔、私が社会人2年目くらいの時、母校の中学校に恩師を訪ねて、職員室の真ん中で他の先生たちに聞こえるように大声で、「卒業して最初の年は先生に年賀状を出すこともあるだろうから、卒業して2年以上たった卒業生からの年賀状が一枚も届かないような教師なら教師を辞めたほうがいいと思う。そんな教師は生徒の心に何も遺せなかったんだから」と言い放ったことがあって、恩師が「オマエ、言いたいことをハッキリ言いやがって」と苦笑いしていたっけ。それ、不動産屋にも言えたりして。

従業員が多くて誰が担当してくれているのかハッキリしない大手か、個人経営か、の違いはあるだろうけど、賃貸の仕事をしているなら、退去したお客様からの年賀状が一枚も届かないような不動産会社は「どうか」と思う。良く言えば「ビジネスに徹してお客様と接していた」ということだろうけど、感謝されていないのは明白。私なんかは逆に、退去なさっても私のほうが「ずっとお付き合いさせて頂きたい」と思えるお客様は多い。


さて、私に毎年暑中見舞いのお葉書をくださって、いつも私の体調を気に掛けてくださる入居者さんがいる。実は、ワケあって、それは凄く嬉しいこと。

その方は、現在某市で生活保護を受けていらっしゃる(まだ若い)独身女性。昨年まではお母さんと一緒に暮らしていたが、そのお母さんも亡くなって、現在は天涯孤独のようなもの。ようなもの、というのは、兄弟はいるものの母親の介護はその娘さんに押し付けて、それぞれは家庭を持って幸せに暮らしているみたいで、もう連絡は取っていないようだ。娘さんは部屋から一歩も外に出られない母親の介護を長く続けていて結婚もしていない。いや、結婚はおろか、男性と交際したことも無いとのこと。

何も援助や協力をしてくれない他の兄弟に「協力してほしい」とも言えず、一身に背負って頑張っていて、それでも陰では良く言われていなかったようだ。それを廻り回って耳にした時は辛かったとか・・・。人間、何かあれば頼みやすい者に頼む(押し付ける)もの。税金のシステムなんかと同じである。

失礼な話だが、母親の介護で、自分も買い物以外で部屋から出ることがなく太ってしまわれているけど、もしダイエットしたなら見違えるようにキレイになることだろう。現在も生活保護を受けているのは、長い介護と親族間のゴタゴタで心を病まれたから。うら若き女性が一人で背負うには重すぎたのだから無理はないと思う。

優しいし謙虚な人柄だが、一番の問題は、彼女自身が今「何かにつけて自信を失っている」ということ。お母さんが亡くなったことで介護の負担は消えたのだが、逆に「喪失感が心に広がってしまって・・・」とも仰っていて、それは解かるような気がする。ただ、そういうのは私の力ではどうすることもできない。

「立川駅方面には用事でたまに出ます」とのことなので、「その時には声をかけてよ。一緒に食事しましょう」とお誘いしたら、「レストランなんかに行くとどうしていいか分からなくて動悸が激しくなるので行けないのです」と残念そう。それほどまでに今まで一般社会から遮断されていたということか・・・。

友だちもいない、とのことで、「私で良ければ愚痴くらい聞きますよ。いつでも声を掛けてくださいね。ただし、私のほうがいっぱい愚痴を零しそうですけどね」と言うと笑っていた。

手書きの暑中見舞いの葉書の文字、けっして美しい文字ではないが、心が籠っていて本当に嬉しい。

そういうのは、この仕事をしている私にとっては「お客様から頂く勲章」のようなもので、宝物である。


posted by poohpapa at 03:49| Comment(0) | お客さん(入居者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする