2017年09月12日

悩ましき「カメラへの拘りと煩悩」を捨てて・・・

今月、Nikon が久しぶりの高級一眼デジカメD850を発売した。私が今所有しているのはD800Eで、年式としては古くなってきたがそこそこ良いカメラだとは思う。D800Eの後で発売されたD810は今も旧製品にはなっておらず普通に販売されている。違いは、連続撮影が4コマ/秒から5コマ/秒になったことと、液晶の画素数が少し増えたくらい。ほんと、重箱の隅を突くくらいの差でしかない。

D810の後継機種が出たら買って、終のカメラとして死ぬまで使おう、と思っていたのだが・・・、

イマイチ、現物を見てもD850に魅力を感じない。と言うか、D800Eに愛着を感じている。上を見たらキリが無い。いや、同じ条件で撮った写真を見比べてみても、きっとプロでも違いが判らないと思う。

ニコンの一眼デジカメで最初に手にしたのはD70だった。それからD200、D300と買い替えてきたが、今から13年前、憧れのD70を持って撮影に行った国立市の桜は実にキレイに撮れていた。もしかしたらD70の性能でも十分なのかも知れない。間違いなく、D850の4575万画素なんて無用だろう。そのD70、今は娘が使っている。今私が使っているD800Eとレンズ(5本)は私が死んだらうちのの弟さんに使って頂こう。

元々が、単なる趣味であってプロではないのだし、たまに旅行に持参して撮る程度。カメラって、重要なのはカメラ本体ではなくレンズではないか、と思うようにもなってきた。まあ、この先、旅先で新製品を持っている人がいると羨ましく思うだろうし、古いのを使っていて恥ずかしくなったりするかも知れないが、一つの道具を大切にボロボロになるまで使うのもアリかな、と最近は考えている。縁あって私のところにやってきたカメラである。コンデジの SONY のRX100と同様、壊れるまで使うことにしよう。

と、D850を諦めて、ふと、新製品を買うための軍資金にしようと貯めこんでいたヘソクリがあることを思い出した。旧札や最近は見かけない2千円札などのピン札で20万ちょっと。それを昨日の朝、うちのにあげた。そんなの持っていると再び新製品のD850が欲しくなるかも知れないから。だいいち、自分は行けないのにいつも気持ち良く旅行に送り出してくれているのだから、それくらい当然だろう。

自分で言うのもナンだけど、と言うか以前も書いたけど、私はカネに関してはキレイなほうだと思う。コツコツ貯めてケチらずパアッと使うし、誰かと食事に行っても年齢性別を問わず、何か特別な事情が無い限り、なるだけ相手に出させないようにしている。ヘソクリも(ある程度貯まると)うちのに「好きに使っていいよ」と言って渡してしまう。景気が良かった時代には50万とか100万を渡したこともある。もっとも、うちのは無駄遣いをしないものだから、それらはみんな家を買う時の頭金になってしまったけど 💧

それくらいだから「細かいことを言う奴」(特にカネに汚い男)は大嫌い。「カネに関してはキレイであれ」というのは親父の教え。特に「ギャンブルでの借金は直ぐ返せ。負けて悔しい時だからこそ、直ぐ返すかどうかで真の人間性が知れてしまうから」と、よく言い聞かされていた。

で、ヘソクリは・・・、まだある。あとは硬貨だけど・・・、記念硬貨や鳳凰の百円玉とかで10万くらい。それも近いうち、うちのに渡ることになるだろう。どうせ私はそんなに長生きできそうもないから (*^_^*)




posted by poohpapa at 04:58| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする