2017年11月02日

なんか、おかしくないか

日本が少子化問題で「将来たいへんなことになりそう」と言われていて、「待機児童が無くならない(何人いる)」だの「保育園に入れない」だの「政府が手厚く保護しろ」だの「学費を無償にしろ」だのと、皆、国に好き勝手な要求を突きつけるけど、「国や福祉でしっかり面倒みてくれないなら子供を産めない」とか「育てられない」と言うのは甘え過ぎじゃないか。「だから少子化問題が解消されない」という主張も的外れではないか。

手厚く国が保護してくれないと子供が産めないと言うなら、産まなくていいと思う。我々の子供の頃は今よりもっと貧しくて、子供を幼稚園や保育園に入れられなくても、ちゃんと子供を育てていた。私自身、いきなり小学校だった。教科書が買えず、近所の初恋の女の子(1年上級)のお下がりをもらって使っていた。私の家族も、親父は日雇いの土方でお袋は病気(関節リューマチ)があって専業主婦、それでも6人の子供を産んで育ててきた。と言っても、私が物心ついた時には一番上の姉は後妻に行って、2番目の姉は小学校を中退して浜松の芸者置屋に売られていったけど、でも、何とかなった。生活保護を受けていなかったのが不思議なくらいの暮らしぶりで、長兄(3番目)は小学校の修学旅行の積立金を払えず、担任が「修学旅行に行けないのは可哀想だから」と費用を出してくださった。もうご存命ではないと思うが、日比先生というお名前だった。

時代が違う、と言ってしまえばそれまでのこと。ただ、今の若い人は、何かにつけて「覚悟が無い」、と思う。困ったことがあれば「国が何とかしてくれて当たり前」とでも思っているかのよう。子供を産む産まないは個人の問題。国の制度や政策とは何の関係も無い。多少助かるかどうかくらいのもの。覚悟が無いから、ちょっと子育てで行き詰まったり自分が遊びたかったりすると育児放棄したり虐待して、時に自ら手に掛けてしまう。

で、私が山尾志桜里が嫌いなのは、国会議員のくせに不倫をしたから、ではない。例の「保育園落ちた、日本死ね」という、子育てに対して何の覚悟も持ち合わせていないで国に責任転嫁している馬鹿な母親のブログの戯言を国会審議の場に持ち込んだからで、あんなのは「母親の悲痛な叫び」でも何でもない。私からすれば「だから何なの!?」くらいの話。検事としては優秀でも国会議員としては無能なオバサンでしかない。

「日本死ね」の母親も、(総理に対して)「オマエが国難」というプラカードを持って街頭に立っているオバサンも、母親たる資質はゼロ。今は、質の悪い夫婦にたくさん子供を産んでもらうより産んでくれないほうがいい。でないと、先々もっとカネが掛かることになる。

今の若夫婦、とくに奥さんに対しては声を大にして「甘ったれんじゃないよ!」と言いたい。

生活保護受給者だって、見ていると「そうなったのは自己責任」というケースが多く、「なんでこんな人たちを税金で面倒みなくちゃいけないのかねえ」と思うこともしばしば。当然の権利でなく社会からの恩恵であることを理解していないから、生活一切の面倒をみてもらっていながら不満を口にする人は多い。

故ケネディ大統領の演説ではないが、「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何をなすことができるのかを問うて欲しい」という言葉の意味を、今こそ日本人は考えるべきではないか。財源のことは何も考えず、あれもこれも政府に面倒を見させようとする野党や(多くの)国民も、国民の顔色を窺って応えようとする政府もアホ。できないものはできない、とハッキリ示すべき。私は何度も言っているが、「この国は北朝鮮のミサイルによってでなく、都合よく解釈された人権と福祉で潰される」ように思う。



posted by poohpapa at 06:52| Comment(17) | 経済・政治・国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする