2018年03月17日

こんな問題を小学生に理解させる必要があるのか

少し前に、ネットでこんなニュースを見掛けた。

「私は男で生まれましたが」真っ赤なミニスカートで授業

こういうデリケートな問題を小学生に理解させる必要があるのか、と、ずっと疑問に思っていた。伝えるなら高校生になってから、どうしても義務教育中に理解させたいなら中学2年あたりがベストかと私は思う。今の世の中、minority (少数派)に配慮することが人権、と思っている風潮があって、そういうのを押し付けられるのは不快である。なぜなら、性同一性障害は心の病気であって、本人から「理解してくれ」と訴える話でなく、周囲が気付いていても触れないでいてあげるだけで充分、それが「そういう人たちへの配慮」だと思うから。自分から小学校に出向いて教壇に立って伝えるような話ではないだろう。

個人的には、オカマや女装は個人の趣味の問題だから全然OK、もちろん、その逆もアリだと思う。体に障害を持つ人に配慮して公共施設などでバリアフリーに改修するため税金を使っても文句はない。

私は世の中の大半の人がそうであるように、もし女として産まれてきてもそれを受け入れて生きていたと思う。男として産まれてきたから男として生きているだけの話。それが受け入れられなくて「女に(男に)産まれたかった」というのは「無い物ねだりの我が儘」くらいに思っている。まあ、私みたいな人間にこそ理解させる必要がある、くらいに人権団体は思うだろうけど、心の病は、人様に理解や配慮を求める話ではないと思う。

世の中の少数派に対して理解をしなければならないのは事柄によりけり、人権の名の下に理解を無理強いされるようで、時と場合によっては逆差別になるのではないか。そういうのは個人の問題で、本人が先ず「そういう病気」を受け入れて生きていけばいいだけのこと。受け入れられなければ本人が悩んでいればよい話で、一種の自己責任。配慮するのが常に人権保護、とは限らないのだし。

ハッキリ言って、60に近い元男(?)が、真っ赤なミニスカートを穿いて人前に出る・・・、私からすれば立派にゲテモノの範疇で、児童に見せるべきではないもの。伝える対象と方法が間違っている。あ・・・、念のために言うと、私は、60近い女が真っ赤なミニスカートを穿いていてもゲテモノだと思う。

いずれにしても、小学生に解からせるのは無理というもの。この企画をした小学校の関係者・・・、著しく児童への配慮に欠けているのではないか。

posted by poohpapa at 05:22| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする