大相撲の土俵上に、挨拶中に倒れた市長を救護しようと駆け上がった女性に対して、若い行司が「女性は土俵から降りてください」とアナウンスして降ろした件で、相撲協会が非難を浴び、理事長も陳謝したが、これは「分けて考えられない」典型的な例。
相撲は神事であるから伝統(しきたり)として女性は土俵に上がれない、というのは致し方ないとしても、人の命に関わる緊急時であるなら話は別。このご時世、そんなアナウンスをしたなら後で批判が殺到するであろうことは容易に想像がつく話。ただし、女性が土俵に駆け上がったことで焦ってしまった若い行司を責めるのは酷かと思う。先輩行司の指示もあったようだし・・・。
それに、上がっちゃったもんはしようがないだろう。「女が土俵に上がった」という事実は消せないし。慌てて降ろしたところで間に合わない。そのまま救命措置をしてもらえば良かったんじゃないか。女性が16歳で結婚すると民法上は成人として扱われ、すぐ離婚しても「大人になった、という事実は消えない」として民法上は大人と見なされるのと同じ。関係者、優先順位も解かっていないように思う。
ボクシングの世界選手権なんかだとリングサイドに医師が待機しているけど、巡業とはいえ(男性の)医師を誰も土俵下に待機させていなかったのは協会の落ち度。相撲協会なら専属の医師くらいいるだろうに・・・。それに、行事としては伝統に則って「女人禁制」であったとしても「緊急救命」のための行為は行事ではないのだから、そこは分けて考える必要があったと思う。ちなみに、女性首長の挨拶は「行事の一環」だと思う。
それにしても、まさか市長が土俵上で挨拶中に倒れるとは誰も予測してなかったとは思うけど、まさかの事態に備えることは大切、それらが無駄になることこそが幸せ、と考えて備える必要がありそうだ。しかし、あれだけ観客がいて、中に一人も男性医師がいなかったとは考えにくいんだけど・・・。国際線の機内で「お客様の中にお医者様はいらっしゃらないでしょうか」とのアナウンスには何度か遭遇しているけど、数百人の乗客の中にも一人くらいは医師がいるのに・・・。ああいう時にサッと動けるのは男性医師より女性看護師かも。
ここで相撲協会が陳謝したことで、神事としての伝統が「なし崩し」になりそう。八角理事長では「男女平等」だの「女性の権利」だのと声高に叫ばれたら屈してしまいそう。マスコミの論調も「見直し」させるべく後押ししているようだし。市長の命を助けようとして土俵に上がった女性にあのようなアナウンスをしたことの非は認めて謝罪しても、今後も神事としての伝統は守り抜く、それでいいと思うが。
で、馬鹿な市長が出てきた。兵庫県宝塚市の中川智子市長(70歳)が、大相撲春巡業で土俵に上がっての挨拶を協会から認められず土俵下で挨拶させられたことに対して「悔しい」と発言しているとか・・・。
世論に押されて協会が女性の知事や市長を土俵に上げるのを認めたなら自分の実績にもなる、くらいの判断だろうけど、女の浅知恵。分別や教養のある女性なら、そういうことで「女性も〜」などとは騒がないもの。大田房江と同レベル。そういえば、大田房江がいろいろコメントしているけど、相変わらずKY女でしかない。
日本人は、いつの頃からか、一点のミスを執拗に追及して全部が間違いであったかのように認めさせようとするようになった。そういう「声の大きな人たち」とマスコミは同じ論調で動いていて、さも、それが世論の大勢であるかのように印象操作する。国民は自分の頭で考えて判断する必要があるだろう。
さて、八角理事長、暴力問題とも相まって、保身の為には「神をも売る」のではなかろうか。