2018年08月02日

こんな会合が開かれていたんだ・・・

思い切りプライベートな話、個人的な恨みつらみの羅列なので読んで頂かなくてかまわない (おい)

別件で調べ物をしていて、母校(半田高校)の HP の、あるページ に辿り着いた。

それによると、2年半前に地元で半高21回生の同窓会「卒業45周年ひいらぎ21同窓会」が開催されていたらしい。私も21回生なので、当然に出席していても不思議はないが、お声は掛からない。何故なら、卒業する際に同窓会の会員になることを拒否したから、である。その際は、職員室に呼び出されて、いろんな先生から説得を受けたが拒否の姿勢を貫いた。同窓会への加入は自由、と言っていながら半ば強制になっていて会費も高かったから、である。入会金なのか年会費か不明だが、たしか3千円だったような・・・。創立50年で同窓会加入を拒否されたのは初めてのことらしい。だが、私に感化されて他にも拒否した奴が二人いた。

友だちは大勢いて、同窓会に加入してもしなくても友情は変わりなく、会おうと思えばいつでも会えるが、同窓会に出ていけば会いたくない奴とも顔を合わせることになる。カネを払ってまで不快な思いはしたくない、というのが本音。私にとっては同窓会費は無駄な出費でしかない。

学年主任からは、「同窓生で医師になる生徒もいるから、将来、夜中に子供が病気になって、『そうだ、あいつが医者だったハズ』と思い出して同窓会名簿を見て連絡して助けてもらえたりして、『ああ、同窓会に入っていて良かった』と思うこともあるハズ」などと、取ってくっ付けたような理由で説得されたが断った。学年主任は、そういう例えで押せば必ず説得できる、と思い込んでいたようで、「どうだ、同窓会に入るだろ?」と訊かれて私が「いいえ、お断りします」と言った時の顔ったらなかった。そもそもが私はその学年主任を信用していないから、どう言おうが受け入れるワケがない。中学時代には今も心から尊敬していて「恩師」と呼べる先生がいたけど高校時代にはいなかった。

HP の同窓会の様子の写真には親友 K 君も、昨年一緒にクロアチアに行った A ちゃんも写っている。だが、顔を見ても誰だか判らない奴がほとんど。歳より若く見える奴もいれば老け込んでいる奴もいる。みんなすごく変貌を遂げている。男はほとんど白髪かハゲ、あるいはその両方。もうみんなリタイアしているだろうから、ここから先はみんな一気に老け込むのではないか。私はまだ髪が残っているほうだし黒髪で、自分の歯も全て残っているから、そのうち飛び入りで参加してやろう。

その同窓会には私が室員だった新聞室の顧問も来ていたようで、むこうは忘れているだろうけど私とは確執があるから、呼ばれていたとしても行かなくて正解だったと思う。

ところで、後に自殺した高校3年時の担任から、当時、「半高からは有名人が出ないなあ」と小馬鹿にされたことがある。担任は愛知県で一番の進学校である旭丘高校出身で、たしかに有名人は多数出ていたかも知れないが、うちの高校からもその後にいろんな分野で活躍している同窓生が出ている。2年から3年に進級する際のクラス分けで、私のことを「アイツの担任にはなりたくない」と教師たちが押し付け合って、一番若いその先生が受けることになった、ということで、「お手柔らかに頼む」と言われたことがある。当時から「扱いにくい奴」だったんだろう。だが、教師がそんなこと言うものかねえ、である。

歴代経団連会長14人のうち3人は半高の出身らしい。ちなみに、日比谷高校出身者が4人。それがために東京支部の同窓会は経団連ビルで開かれる。俳優の渡辺哲さんは2年先輩、作家でタレントの家田荘子さんは7年後輩。家田荘子さんは在学中からタレント活動をしていたようなので、先生方からは疎まれていたのではなかろうか。「生徒はおとなしく勉強だけしていればいい」という風潮だったから。昔から「自由と質実剛健」の校風を売りにしていて、おとなしく勉強だけしている生徒は不自由を感じないから「半田高校は自由」だと思っていただろうけど、学校の校則や方針に「それはおかしい」と異を唱える私みたいな生徒からするとまるで自由だとは思えなかった。生徒たちもみんな「事なかれ主義」で、「波風を立てる仲間」を嫌うし。

ただし・・・、全員が私みたいになったら、つまり、ハッキリと意見を言うようになったなら、それはそれで世の中の秩序が乱れたりするものだと思う。客観的に見たら「私みたいな人間も必要」程度のものなんだろう。人に言わせておいて自分は「いい子」になる奴は昔も今も大勢いるし、好きではないけど。

などと、単に「自分が劣等生だったから」というのが最大の理由なんだろうけど、私は今も根に持っていることが多々あるし、半田高校に関しては屈折している。中卒と高卒、ということでも世の中に出れば違いはあるけど、中卒で就職すれば良かったかな、と思うくらい半田高校の教育方針や教員たちは好きではなかった。ただ、新聞室の1年先輩のMさんが後に半田高校の校長になっていたから、その間に訪ねたかったな、とは思う。ズカズカと校長室に入っていって「しげさん、久しぶり〜」とやりたかった (^◇^)

ところで、私が生徒会長として文化祭と体育祭の企画や指揮をしていたのが、ちょうど50年前。もう半世紀にもなるが昨日のことのように覚えている。むしろ20年くらい前の出来事のほうが昔の話で、高校時代のほうが最近の話と思えるほど。当時は日曜日も夏休みもなく毎日登校して(定時制高校の生徒と間違われるくらい)夜遅くまで準備をしていた。生徒会の執行部は9人で、今も全員健在で仲が良い。

今年が創立100年の節目で、当時は創立50周年ということで、私の発案で「学校創立50年の歩み」というのを文化祭のパンフレットに盛り込むことにした。資料集めはたいへんだったけど、みんなで協力して「良い50年史」ができた。その文化祭のパンフレット・・・、私が持っていても仕方ないから母校に電話して「欲しい」と言われたら送ってあげよう。ついでに生徒会の顧問に「蜂蜜太郎という美味しいお菓子がありますので、執行部の皆さんのおやつに、箱でお送りしましょうか?」と訊いてみよう。


ふう〜、スッキリした (爆

posted by poohpapa at 05:55| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする