2018年08月25日

友がみなわれより偉く見ゆる日よ・・・

「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻といたしむ」  (石川啄木)

昨日、しみじみとこの短歌を噛みしめた。現代語に訳すと下記のようになる。

https://sooda.jp/qa/219692

昨日の記事で、母校「半田高校」の100周年の柊祭(文化祭 + 体育祭)に展示して頂くべく50年前の学校祭のパンフレットを母校に送る、と書いていて、昨日、「パンフレットと、その各頁をコピーしたもの、印刷に使った版、在学時に発行された新聞等」と、差し入れの「蜂蜜太郎」を別便で母校に送った。

先生からは「着払いで・・・」と申し出て頂いていたが、そういう時に「ああそうですか、では」と着払いで送るのはポリシーに反するしケチ臭くなるから、どちらも元払いで、なおかつ、蜂蜜太郎は2箱送った。現在の執行部員は11人。我々の時は9人だったが、一学年の定員450名が300名に減っているのに生徒会執行部員数は増えている・・・。先生に「文化常任委員長とか含めてですか?」と伺うと、「執行部員だけで」とのこと。若いし、11人もいれば一箱(12袋)だとアッと言う間に食べ終えてしまうだろうから2箱送ることにした (^◇^)

そうそう、我々の頃は定員450名で男子300名、女子150名になっていたから、どこぞの医科大と同じく男女で合格者を調整していたのは間違いない。今なら大問題になるところだ。

で、夜、一緒に生徒会の役員をやっていた親友K君に電話すると、ちょうど晩飯を食べ終えて晩酌に入ろうか、というところだった。昔の思い出話に花が咲き、高校だけでなく中学の同級生の消息などもいろいろ教えてもらった。地元にいれば、東京にいる私よりたくさんの情報が入ってくるもの。それで、落ち込んだ・・・ (^^;

私は今も当時からの付き合いが多く残っていて、名前を聞けば「ああ、アイツね」と直ぐ顔が思い出せるのだが、名前を聞いても「え?、そんな奴いたっけ!?」というのがいて、そいつが同期の出世頭の一人だった。現在は柊会(同窓会)会長をしていて、なんと、愛知県の副知事にまでなっていたという・・・。私が存在さえ知らないくらいだから在学中は地味で目立たない生徒だったと思う。

同期には国土交通省の審議官になった奴もいるし、上場企業の役員になっている奴や医師弁護士も多い。OBの中には経団連会長も二人いて、錚々たる地位に就いている人たちも多い。だから100周年記念事業の寄付金が1億1千万も集まるんだ・・・。K君によれば「寄付の依頼が3回くらい来たよ」とのこと。しかも「同期で医者になった人、知りませんか?」とまで訊かれたらしい 。何それ!?、である。まあ、そういう奴を狙い撃ちしなければ1億も集まらないだろう。

私は「みんな今ごろは嘱託も終えて家に籠って趣味の世界に浸っていることだろう」くらいに思っていたが、なんのなんの、優秀な奴は今も様々な分野で活躍しているようだ・・・。振り返って我が身を見れば、「今にも潰れそうな自営の不動産屋」である。「この差って何?」くらいの話だが、勉強したかどうかの差、でしかない。

それで、冒頭の「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻といたしむ」、である。

と言っても、私は他人や仲間の成功を嫉まない。羨ましくは思うが、嫉んだりはしない。そういうことで他人と比較しても仕方ないから、である。高校卒業時に、受験勉強で頑張っていた(頑張らざるを得なかった)ある同級生から陰で、「坂口みたいに自分の好きなことだけやっていられたら幸せだよな・・・」と言われたことがあって、当時は「ザマア見ろ!」と思っていたが、年金の支給額など、今になって大きな差になって出てくる。

思えば、私みたいなのが一番中途半端かも知れない。しっかり勉強して老後も安泰でいるか、生活保護を受けて働かないで食べていくか、両極端の「ちょうど中間」に位置していて、何とつまらない生き方をしていたことだろう。良き女房とノルンがいて、友人知人に恵まれて、年に一度は海外旅行をして、テレビやラジオに呼んで頂いたりして、いろんな経験をしていても、そんなのは自己満足に過ぎない。

K君と話していて、「みんな凄いな・・・、頑張っていたんだ・・・」と、つくづく思った。

ところで、(昔、よく学校に出前を頼んでいた)雀屋の本来は跡取りになっているハズの同級生、元気だと知った。逆に訃報も聞いた。人間、死んだらお仕舞い。不平不満を口にしていても、生きていてこその幸せで、死んだら幸福も不幸も無い。私なんか、家に帰れば、何でも本音で話せる女房がいて、私には懐いてないけどノルンもいるのだから、それ以上の贅沢は無いかも知れない。などと己を納得させようとする自分がいる (爆

もし50年前に戻ることが出来るなら、或いは生まれ変わることが出来るなら、今度はしっかり勉強して・・・、とは思わない。学校の(教科書での)勉強は好きではないから。きっと今と同じような人生を歩むことだろう。どうせ同じだから50年前に戻らなくても生まれ変わらなくてもかまわない。

9月9日・・・、田舎に帰って、当時の執行部の仲間を集めて現在の柊祭を見てこようかな、と思う。

posted by poohpapa at 06:12| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする