2018年09月11日

半田高校創立100周年記念柊祭訪問記 (1)

母校半田高校(愛知県)の100周年記念「柊祭」に行ってきた。当日は知多半田駅前の名鉄インに一泊して翌早朝に発ったのでホテルに宿泊した分を入れても滞在時間21時間という弾丸帰省ツアー。ではあるが、学校関係者の方々、中学時代の恩師、同級生のお陰でとても充実した楽しい時間を過ごすことが出来た。行く前は「思い出が壊れるのも嫌だし、帰らないほうが正解かなあ・・・」と悩んだりもしていたが、行って良かった。もう「柊祭を観るために帰省する」ということは二度と無いだろうし。

一般公開は10時から。同級生A君と待ち合わせして、駐車場を探したりしていたので少し遅れての訪問。最寄りの住吉町駅も学校までの景色もすっかり変わっていて浦島太郎状態。一番驚いたのは・・・、

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一般来場者が正門で受付をするための長蛇の列 (スゲ〜)

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我々がいた頃の一般公開の時は来場者はまばらで閑古鳥が鳴いていたが、小雨の中、徒歩5分の住吉町駅まで続いているんじゃないか、というくらいの列。まるで人気ラーメン店のオープンか皇族や著名人の葬儀の際の記帳みたい。こんな行列に並んでいたら昼飯も食いっぱぐれることになる。そこで、先生と思しき男性に「T先生はいらっしゃいますでしょうか?」と訊くと、「さっきまでいたんですが・・・。職員室はあちらなので事務室に声を掛けてみてください」とのこと。もしかすると「一般公開の日は10時前には着くかと思います」と伝えてあったので、正門前でお待ち頂いていたのかも。そうだとするとたいへん申し訳ないことをしてしまった。

それで、長い行列を横目に見ながら、記帳せずに事務室へ。すると、要注意人物の侵入を水際で阻止するかのように現れたのが教頭先生。「Tは校内にいると思いますので伝えておきます。校長も今は他の用事で出ていますが11時頃に戻ります。校長も『お話を伺いたい』とのことなので11時過ぎに事務室に声を掛けてください」とのこと。へ・・・、オレ、何かやっちまったかな・・・、ま、いっか (^◇^)

実は、もう一人、お目に掛かりたかった先生がいるのだが、その日はご不在。私が資料をお送りした一連の流れの中で最初からいろいろご配慮を頂いていたN先生である。N先生からは「新聞部の顧問のTに伝えてありますので」と言われていて、それでT先生をお訪ねした。そのN先生とT先生、そして新聞部の後輩たちにはお土産にお菓子を持参した。東京土産の定番「東京ばな奈 見ぃつけたっ」と「原宿 焼きショコラ」である。

ところが、である。新聞部の部員は3年生が(進学に専念するため)退部して、現在は2年生二人と1年生一人の三人のみ。生徒会執行部員に送ったのと同じ蜂蜜太郎も持って行ったから量的に多すぎたかも。ま、若いから、それでもアッと言う間に食べてしまうだろうけど、最初に部員数を確認しておくべきだったか (反省)

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新聞部の後輩と ( こころなしか我々の頃より賢そうな面構え・・・、いや、本当にそうなんだろう )

いささか緊張しているのか警戒しているのか、表情がこわ張っているけど。

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T先生も一緒に記念撮影。裏表なく優しい雰囲気で、失礼ながら、実際は写真より遥かに美しい。

高校時代はマドンナだったんだろうな、きっと。こういう女性は高校時代の同級生とご結婚なさっているんじゃないかな、と思う。半高新聞は3ヶ月に一度の発行とのことだが、こんな先生が顧問なら打ち合わせが楽しくなるから毎日発行したくなる。悪口になるが、我々の現役時代の顧問は凄く陰険で、日常的に無言の圧力を受けていたから。今で言う「パワハラ」とか「モラハラ」みたいなものだったと思う。性格的に屈折していたし。などと、こんなことを書いている私は「セクハラ」だけど ( おい )

新聞部の展示は過去の新聞を第一号から時系列に並べていて、「どうやって集めたんだろ??」と思った。我々がいた頃、それより前に発行された新聞などほとんど残っていなかったのだから。100周年とはいえ、それを収集し、整理して並べるのは大変な作業だったと思う。後輩たちを誇らしく思えた。

どういうワケか今も保管されている「半高新聞の第一号のコピー」をN先生とT先生が用意してくださっていて、事務室で受け取らせて頂いた。どこまでも行き届いていて凄い。

いちおう、念のため、「顔出し」は皆さんから了解を頂いている。


                   続く



 
posted by poohpapa at 04:57| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

先日の台風21号で店の2階の窓が吹っ飛んでいた

北海道地震の前に襲来した台風21号で、うちの店の2階の窓(木枠)が吹っ飛んでいた。

隣りのスナックのほうから「グワッシャーン!」という音が聞こえたので、うちの2階だとは思わず、翌日のワイドショーを観ながら、「ああ、屋根や壁が飛ばされちゃって・・・、気の毒に・・・」と同情していたのだが、ひとんちのことを同情している場合ではなかった 💧

昨日、少し2階を片付けよう、と思って上がっていって窓が無いのに気が付いた。窓が強風で外れて隣の庇に落ちた音で「隣で何かあったか」と思っていたが、うちの窓が飛ばされていたとは・・・。

2階は物置にしていて、過去の帳簿や契約書類や封筒などが置いてあるだけだからとくに影響はないけど、いちおう家主さんにお願いして直してもらうことに。

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すっかり窓が無くなって、鳥でも猫でも入り込めそう

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隣の一階の庇部分にうちの窓が落っこちている

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隣りの駐車場のほうから2階を見上げる

今から25年前、私が借りる前までは年配の女性が暮らしていたようだが、私はそこで暮らすワケじゃなし、建物はかなり老朽化していて、うちが出て行けば建て替えるかもしれないから、2階は窓でなく塞いでもらっても構わない。多少暗くはなるけど、家主さんには普段からよくして頂いているのでカネを掛けてもらうのは憚られる。雨水さえ入り込まなければ良いのだから応急処置でいい。そう伝えよう。

それにしても、「灯台 下暗し」とはこういうことか (^◇^)




※ 1 明日の記事の更新はお休みさせて頂きます。母校の文化祭を観るためにとんぼ返りで田舎に帰ります。これから出発して、中学時代の恩師が晩メシをご馳走してくださる、とのことなので、向こうに一泊して、アサイチで帰ってきます。明日の午前中には戻れそうですが、コメントの返信は遅れます。ご了承ください。

※ 2 今回の帰省・・・、田舎の親友3人に「形見分け」の品を持って行きます。私が生きているうちに渡したかったので。それが何か、は秘密ですが、考えようによっては「これ以上の形見は無いかも」という物です。同じ物を恩師にもお渡しします。恩師は私より一回り年長ですから形見分けを渡すのは変ですが、私が先に死んでもおかしくないもので。もう、断捨離と言うより身辺整理ですね。

※ 3 たまたま昨日見た msn.ニュースの記事の中に、母校の名前がチラッと出ていました。東大野球部の部員の出身校ランキングで7位になってました。あの高校生クイズの常連、東大寺学園(奈良)より上です。それはちょっと嬉しいかも ♪

 

posted by poohpapa at 03:59| Comment(0) | うちの店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

今、業協会(とくに立川支部)に欠けているもの

昨日の記事に補足するような形で、(以前も書いているが)改めて提案したい。


この業界、5年後にどう変わっているんだろうか・・・。今のままの形態で存続している、存続できる、なんてことは考えられないだろう。我々の業界だけでなく、他の様々な業界でも言えることだが、とくに不動産業界は時代の変化の波を強く受けることになると思う。

既に、飛び込み客などほとんど無くなっているし・・・。昔は不動産屋に行って、「このあたりに7万円までで2DKで何かいい部屋はありませんか?」と訊いていたが、今は不動産屋に足を運ばなくてもネットでいくらでも物件が探せる。写真もいっぱい貼ってあるし、いちいち案内されなくても内容は判る。

そうじゃなくても怖くて信用できそうにない不動産屋になんか行きたくないもの。できれば手間を掛けずに楽して部屋探しをしたいし、ならば、ネットで目星を付けて直接管理会社(元付け業者)に行ったほうが話が早い、と消費者が考えるのも当たり前。足を運ぶなら、もし目星を付けた物件がハズレでも他にもたくさん物件を持っていそうな駅前の大手の業者に行けば間違いはない、と考えるものだろう。

そうなると、管理物件を多く持っている(資金力のある)大手業者が圧倒的に有利になる。国交省も「不動産業者は管理か仲介のどちらかに特化すべき」とか「民法の規定に照らして、本来は利害が相反する売主(貸主)と買主(借主)の双方代理が認められているのが不合理」と考えているようで、これからは両手数にならなくなる可能性がある。その一方でADを野放しにしているのだからおかしな話だが。

不動産業者に宅地建物取引士以外の資格を必須にするよう制度や法律を変えようとしている兆しもある。根底は、「不動産屋の数が多すぎる」ということで、どうやら国交省の意図は「不動産屋の数を半減したい」ということらしい。それは、協会の幹部の方から伺った話で、単に私の想像ではない。

そうなってくると、真っ先に打撃を受けるのは「爺ちゃん、婆ちゃん」でやっているような弱小の店である。だが、そういう業者も会員、つまり我々の仲間であって、協会の役員たちが、皆が生き残れるように検討することなく、何も手を打たない、ということは、「自分の会社は大丈夫」と考えている、つまり、自分のことしか考えていない、ということになる。ならば業協会の存在意義が無い。

5年後・・・、元々個別の浮き沈みが激しい業界ではあるが、少なくとも、2〜3割の業者は消えてなくなっていると思う。それも、早めに業者間で知恵を出し合って手を打てば生き残れるのかも知れないが。

私が立川支部に提案したことの中には、そういう問題の他にも、「不動産業に関わる資格が50以上もあるが、本当に必要なもの、これから取っておいたほうが良い資格を協会として会員業者に示すべきではないか」とか、「不動産屋はタダの仕事が多すぎる。プロが長年の経験と知識で何か仕事をしたのなら当然に手数料を貰えるシステムを構築して、逆に、貰ってはいけないカネは受け取らないようにすべきでは」とか、「個々の不動産業者が日常の業務の中で、こうやって解決した、失敗した、という事例を持ち寄って、会員業者にフィードバックしたらどうか」とか、「悪質な客のブラックリストを作る必要があるのではないか」とか、もちろん「立川支部の支部長選挙の立候補規約が明らかに八百長選挙なので改めるように」とか、いろいろ。当然に、それらは全て会員業者のためになることだろう。

「上(本部)から下りてきたいろんな案件をただ追認して事務的に処理するだけでなく、時に立川支部から上に提案していく、ということがあってもいいのでは」、とも言ったが、そういう気概は全く無いみたい。私の提案が全て正しい、とまでは思わないが、検討する余地はあったのではないか。

だが、当時の福本支部長からは「回答いたしません」という返答。たぶん、私から「八百長選挙」だと指摘されたことを不快に思っているんだろう。何度も書いているが、当時、福本氏の会社は5年間に不動産業での仲介および管理の収益が12600円、というのだから、不動産業は何もしていないのと同然。そんな人が支部長になるのが間違い。福本氏を自分の後継に指名して理事に協力するよう睨みを利かせた元支部長の山田氏も、福本氏本人も、支部を私物化しているに他ならない。

流れてきたFAXには「理事の総意として回答いたしません」とあったが、理事会で採決したのでなく一部の(元支部長とかの)役員が決めたことで、「オマエの言うことなんか誰も聞かないよ」と示して落胆させて、今後、何も言ってこないようにするのが狙いであろう。他の会員ならともかく私には通用しないのだが (^◇^)

ちなみに、立川支部は一部の役員の息が掛かった人間が後継に指名されて支部長は順送り人事。私の目から見て、次や、次の次を待っている奴も碌なモンじゃない。支部の私物化は半永久的に続くと思われる。他の支部の役員さんから、「立川支部は異色ですね、そんな支部は立川支部くらいのもので、他の支部はもっと民主的ですよ」と笑われたことがあって、なんとも恥ずかしい話である。

それらが最も顕著なのが、栄町にあった支部事務所を元支部長の会社が保有する「なかやま本社ビル」に移したこと。そういうのを私が総会などで「おかしい」と指摘しているのだから、そりゃあ私の提案など聞く耳は持たないものだろう。大切なのは「誰が正しいか、ではなく、何が正しいか」なのだが、福本氏も山田氏も情けないくらい器が小さい。そういうのを間近で見ていて誰も何も言わない幹事(旧役職名;理事)も同じ。だから「役立たずのポンコツ」ということ。向こうは私のことを「あの人は仲間の足を引っ張る人だよ」と陰で非難しているようだが、本当に仲間の足を引っ張っているのはどちらなのか。だいたいが、私は会員ではあるけどオマエらの仲間じゃないし。

普通は「中山さん(元支部長)のビルも空いてるんだったら中山さんのビルに移転させましょうか」と言われても固辞すると思う。自身が役員でもあったならなおのこと。これが我田引水でなくて何なのか。

今の役員たちにはもう溜息しか出ない。それほどのクズっぷりである。

と言うと、中には「じゃあオマエがやれ!」と言う奴もいるだろうけど、うん、やってもいいよ。その代わり、今の役員全員が辞表を出して二度と復帰しないと約束してくれるなら、である。腐ってカビだらけのミカンが30個入っているミカン箱に放り込まれたらこっちまで腐るのだし、突っ込みどころ満載の現状を見ていて何も声を上げない今の役員たちと一緒に動こうとは思わない。

とどのつまりは「危機感なさすぎ」ということ。だから大規模災害の備えに関しても「協力するよ」というポーズだけで何も具体的には決めていない。所詮は他人事なんだろう。あるのは「自分のこと」だけ。業界の将来的なビジョンなど持ち合わせていないのだ。

ついでに、これも以前書いているけど、我々会員業者もいけない。本来なら1千万を供託しなければならないところを全宅か全日どちらかの協会に所属すれば60万で済むので加入して、「後は知らない、勝手にやってくれ(文句は言わないから)」と人任せにして無関心でいるから、業界がどちらに向かおうとしているのか情報が入らない。協会の役員の耳には入っても、それを一般会員に伝えることはないから何の疑問も持たないでいる。私みたいに声を上げる人間はどちらからも嫌われたりして・・・。

だが、無関心や人任せでいることが、やがて自分たちの首を絞めることになる、と知るべきである。

posted by poohpapa at 05:54| Comment(4) | 宅建組合の行事と活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月07日

私が全宅東京都本部に提案したこと

先ず、この度の北海道地震で被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。一日も早い復旧と、いつも通りの生活が営める日が帰ってくることを願っております。震度7といえば、阪神淡路大震災、東日本大震災と同じレベルの震度で、その恐怖たるや想像を絶するものがあります。先日の台風21号の襲来に続く大きな災害で、この国はどうなってしまうのか・・・、とさえ思います。


さて、本題に、

今から2週間ほど前、私は全宅の東京都本部に電話して、こんなことを質問していた。

「現在、空き家問題の解決が協会としても喫緊の課題になっていると思いますが、その前に、もし大災害などで緊急事態が発生した際に、空き部屋を役立ててもらうよう国や自治体と話し合っていますか?」と。最初に電話に出た職員に用件を伝えると、「では、担当者に代わります」とのことで代わってもらったK氏は我々の同業者でなく職員、とのこと。丁寧に話を聞いてくれ、「何がしかの提携はしているかと思います」と言う・・・。おそらくは、具体的な話でなく「何かあったら我々も協力する用意と意志が有りますよ」と表明しているだけの話かと思われる。それだとイザという時に間に合わない。それで、

「各不動産会社が管理している物件の家主さんに具体的に『その時に空いている部屋を提供して頂くことが可能か』意思を確認して、 『ライフラインが遮断されていないとして、風呂だけなら貸せる、あるいは、台所も貸せる』とか、『仮設住宅代わりに使ってもらって良い』とか、『無期限でも良いか、例えば半年くらいなら、なのか、災害が発生後数日のことなのか』とか予め確認しておいては如何でしょう。もちろん、家主さんにもいろいろ事情があることでしょうから強制ではなく判断は自由で、提供する意思があってもたまたま満室になっていたりもするでしょう。意思確認しておけば緊急時にも直ぐに対応できますよね。そういうのを各会員業者にさせて、本部に登録して本部で管理すればいいと思いますよ。『人手が無い』ということでしたら、4〜5人スタッフを付けてくれれば私がやりますよ」、と提案した。

全てのデータを本部で一元管理して大きな白地図にマークしておけば、帰宅難民をどう受け入れるか、も直ぐに指示が出せそうに思う。そして、こうも提案してみた。

「家主さんがご厚意で協力してくださるにしても、それぞれに事情があるでしょうから、国や自治体から補助金みたいなものを出して頂けるかどうか、そういう交渉も協会がすべきでは」、と。

私のところに支部から「各家主さんに意思を確認するように」という指示は届いていないから、本部はまだ具体的に動いていないと判る。2週間前にはまだ北海道地震は起きておらず、緊急性の無い提案、くらいに先送りしているのかも知れないが、ほんと、下から提案しても反応しないのが宅建業協会。

実のところ、私が提案して私も協力して「良いシステム」が出来上がったとして、そんなのは私の手柄にしてくれなくていい。自分の手柄にしたい人が手柄にすればいい。と思っていたが・・・、ブログで書いてしまったから実現した際「誰が言い出したか」は判ってしまうもの。まだ提案してから2週間で、返事が届かないからと騒ぐほどの期間ではないだろうけど、放っておかれるなら書いてしまおう、と思った。

K氏には最後にこう伝えた。

「東京都本部で作ったものが『良いもの』であるなら、他の道府県にも情報提供して役立ててもらって、全国にそういうシステムが完成すると良いでしょう」、と。東京都本部が先にやって全国に広まれば、東京都本部の格好も付くもの。

何より、緊急時に直ぐに役立つ(機動性がある)システムの構築が必要だと思う。

で、本来ならば、そういう話は立川支部に提案して立川支部から本部に上げてもらうべきかも知れないが、過去に私が立川支部に対して10項目ほど「支部運営に関する改善提案」をしているが、当時の福本支部長からは「理事の総意として回答いたしません」というFAXが一枚流れてきてお仕舞い。本当に理事会(現在の幹事会)に諮ったかどうかは疑問だが、当時の理事の大半が現在も幹事のまま。

現在の永井支部長にも時間を作って頂き、直接同じ提案をして、支部長はメモを取りながら聴いてくれてはいたが、私の提案は何一つ生かされていない。なので立川支部は信用していない。仮に「そんな話なら支部を通すのが当たり前だろう」と言われても、信用できないのだからしょうがない。

と言うか、30人近く役員がいて、誰からも私のような提案や意見が出ないのが不思議。だから私から「立川支部の役員はみんな無能で役立たずのポンコツ揃い」と言われるんだけど。

先日、路線バスに乗っていて、ふと「東京バス協会」の広告を見たら、下のほうに「一般社団法人」とあった。公共交通機関の一翼を担っているバスの協会が一般社団法人で、単なる営利団体でしかない宅建業協会が公益法人・・・。我々が公益法人というなら、今まさにすべきことがあるだろうに・・・、と思う。

さて、北海道地震もあったことだし、そろそろ本部のK氏に「その後」を問い合わせてみよう。

posted by poohpapa at 05:32| Comment(4) | 不動産業界(全般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月06日

人生の終末点が見えてきたので・・・

あちこち旅行に行かせてもらっているが、年齢的に体力の衰えには逆らえず、そろそろ片道で10時間以上かかる遠方への旅行が厳しくなってきて、残るところは船旅かな、と思っていたのだが・・・、

鉄道の旅行もアリかな、と思った。

鉄道での旅も船旅も一緒で、(最初から日本を船で発って、でなく)何処か近くの国まで飛行機で行って、そこから船や鉄道に乗り換えて、また飛行機で帰国する、というのが安上がりで良さそう。ただし、船旅ほどではなさそうだが、鉄道の旅もまたドレスコードとか気にしなければならないかも。最近は豪華客船でもカジュアルなスタイルでレストランとかに入れるものもあるらしい。正装一式を持参するのは辛いからそれは嬉しい。まあ、そうは言っても料金的には高嶺の花、私には敷居が高い。

豪華鉄道の旅、と言えば直ぐ思い浮かぶのがオリエント急行だが、日本にもそれを凌ぐ豪華鉄道がある。言わずと知れた「瑞風(みずかぜ)」である。ま、一生乗ることは無いと思うけど。

私には旅行会社各社から毎日メルマガが届くのだが、見ていると、ランクの差こそあれ他にも豪華鉄道はあるみたい。その中で、気になったものがある。それが、これ、

<ひとり旅>『ハイグレード列車「なごみ」に乗車 「昼」と「夜」二度楽しむ 秋の高山祭 2日間』【1名1室確約/バス席1人2席】10/9発 出発決定!  旅行代金: 59,900 円 〜 59,900 円

お召し列車にもなるハイグレード列車「なごみ」に関して、詳しくはこちら

実は、「越中八尾 おわら風の盆」と「高山祭」はいつか観てみたいと思っていたし、一人参加の旅なのでちょうどいいかも。火曜日発で一日休めばいいだけだからそれも有り難い。料金的には近隣アジアに行くのと同じくらいだけど、躊躇っていると一生機会を失うかも知れないので前向きに考えている。


などと、いろいろ書いてきたが、これこそが究極のツアー、というものをご紹介、

主催は近畿日本ツーリストのクラブツーリズム、


<終活講座> 『オリジナルエンディングノート付 はじめての終活準備講座』 【新宿開催】【横浜開催】【近畿日本ツーリスト・新宿旅行サロン開催】旅行代金: 1,500 円 〜 1,500 円

まあ、たしかに、「人生は旅」と言われているが、旅行会社が終活講座とは・・・(*´з`)

でも、宅建協会の人権ボケ研修より役立ちそうだし、決意の断捨離も遅々として進まないから、いつか受講しよう、と思っている、ほんと (*^_^*)

posted by poohpapa at 04:38| Comment(6) | 旅行・地域 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月05日

事件の「その後」を聞いてはいたけど怖い話

同じ事件の「その後」を書いた三つの記事、

「綾瀬コンクリ殺人」の元少年Cも再犯!戦慄走る周辺住民、30年前の記憶と恐怖
週刊女性PRIME [シュージョプライム] 2018/09/03 23:00

「東京・綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」犯行グループのその後… 4人中3人が再犯
NEWS ポストセブン 2018/09/03

犯行少年が再犯で逮捕、女子高生コンクリ殺人事件の凄惨さ 2ページ
女性セブン 2018年9月13日号 2018/08/30 07:00


もう30年も経っていたのか・・・。日本の犯罪史上、これ以上凄惨な事件は無いのでは、と私は思う。様々なそれぞれの事件の被害者のご遺族には申し訳ない言い方だが、「被害者が一人」でも、見方によっては、池田小の事件より、酒鬼薔薇聖斗の事件より、山口県光市の事件より、遥かに凄惨であろう。

記事を三つ並べたのは、足りない部分を補足したり、捉え方が違っていて印象が変わるのを避けたいから。それぞれの記事を「もし自分が被害者だったなら、このような状況で40日間も耐えられるだろうか」という視点で目を背けずに読んで頂けたらと思う。被害者が「殺してほしい」と懇願したのは当然だろう。

拉致監禁していた家には親もいて、自宅での女子高校生の拉致監禁を知っていて放置していたようだ。犯人が未成年なんだから親は当然に監督責任を問われなければならないし共犯とも言える。何より怖いのは、出所後。刑期が短すぎたこともあって、反省などしておらず、事件で箔を付けて更なる凶悪犯罪を重ねていること。成人なら死刑だろうし、いくら未成年でも、ここまでの事件を起こして5〜8年で娑婆に出てくるのは、足の裏の肉球の棘を抜いて治療を終えたライオンを市街地に放すのも同然。

「少年なんだから更生の機会を与えるべき、犯人にも人権があ」と主張しているアホな人権団体や人権ボケの弁護士たちが新たな被害者を出している、と言えなくもない。護るべきは「社会のルールを守って平穏に暮らしている市民」なのか「犯罪を犯して刑務所に送られても反省することなく再犯に走る気違い」なのか、そんなことは子供にでも解かること。被害者は全ての権利を奪われているのだし。

全ての犯罪者が「出所しても再び犯罪を犯す」と言っているのではない。立川市の清水現市長が、私の「なぜ立川市の生活保護受給者が増え続けているのか」という質問に、「毎年刑務所を出てきて就職できない人を10人ほど立川市が受け入れているので、まあ、そういうことだと思います」などと的外れな回答をしていて、生活保護受給者が増えている理由としてはそれは不正解だが、市長の言っていることが現実に起きているなら、我々の周りにも凶悪犯罪を犯した人が住んでいるのかも知れない。もちろん、更生しているなら良いが、上記の事件のように凶悪犯罪を再び繰り返すような奴であれば市民の生活が脅かされることになる。

刑務官も、「ちゃんと更生しているかどうか」の判断くらいできそうなものたが・・・。ちなみに、会ったことは無いが、私の(母方の)祖父は大阪拘置所で刑務官をしていたようだ。

「未成年だから」とか「更生の機会を」とか「加害者にも人権が」と言っても、綾瀬の女子高校生拉致監禁殺人では量刑が余りに軽すぎたと思う。光市の事件と同様、死刑でも良かったのではなかろうか。


posted by poohpapa at 04:49| Comment(2) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月04日

過ちは過ちだけど、加害者に少し同情

このニュース、

あおり運転に逆上 車から引きずり下ろし顔蹴る (神戸新聞)

 あおり運転をされたことに立腹し、運転していた男性らに暴行してけがをさせたとして、兵庫県警網干署は3日、傷害の疑いで姫路市の男(31)を逮捕した。

 逮捕容疑は2日午後11時40分ごろ、同市広畑区鶴町1の国道250号で、普通乗用車を運転していた会社員男性(24)=たつの市=の顔を殴った上、車から引きずり下ろして顔を蹴って重傷を負わせ、助手席の会社員男性(23)=同=の顔も殴って軽傷を負わせた疑い。同署の調べに容疑を認めているという。

 同署によると、男は知人と3人でバイクのツーリングをしていたが、会社員らに車間距離を詰められたり、パッシングをされたりしたため立腹。会社員が追い越し、信号で停止したところで犯行に及んだという。


暴力はもちろん良くないよ、でも、被害者のほうにも落ち度があって、ヘタしたら今回の加害者が死亡してしまう事故が起きていたかも知れないから。まあ過失割合(被害者)4:6(加害者)くらいかな。

その昔、今から30年以上前のこと、私がゴルフ会員権の営業をしていた時、千葉や茨城に二人一組で車で高速道路を使って営業に行ったんだけど、同僚がよく「あおり運転」をする奴で、幅寄せや車間距離違反なんて日常茶飯事。渋滞してノロノロ運転になっているインターの合流なんかでは横から本線に入ろうとしてくる車を、前の車にピッタリ詰めて入れさせないこともあった。

「どうして入れさせてやらないんだよ、交互に合流するモンでしょうが?」と訊くと、「アイツは窓から手を出して挨拶しないから入れてやんない。ふつうは挨拶くらいするのが当たり前」とのこと。そのうち後続車が我々の車の前に割り込んで運転者が下りてきて、「入れてやれよ」と注意された。一緒に乗っていて怖かったし恥ずかしかった。その運転者、実に勇気がある。こっちがヤクザかも知れないんだから。

子持ちバツイチで、毎日の通勤電車の中で見染めた女性を強引に口説いて結婚することになった時には結婚式に招待されたけど出なかった。相手の女性が幸せになれるとは思っていなかったから。以前も書いたけど、結婚式の少し前、銀座のクラブに「相談がある」と言って呼び出され、「夜がしつこくて嫌になったから別れたいんで、〇子を坂口さんの愛人にしてくれないかなあ」というのが相談内容。「ナニそれ!?」、である。

勝手なんてもんじゃない、メチャクチャである。もう間に合わなくて式は挙げたけど、そんな事情があったのに知らん顔して披露宴に出られるワケがない。上司は「坂口は仲間の幸せを嫉む器量の小さい奴」と非難していたようだけど、その上司だって碌なもんじゃない。私の顧客から「お客さんを紹介してくれる」電話があり、私が営業に出ていたので上司が電話に出て、自分が申し込みを貰って黙っていて、後日、顧客から「こないだ紹介した〇〇さん、どうなりました?」と問い合わせがあって事情を知ったのだが、知らなかったのだからお礼も言ってないし、まさか「上司に横取りされました」とも言えないもの。

そう言えば、全宅立川支部のF前支部長、私のことを陰で「あの人は仲間の足を引っ張る人だよ」と言っていたそうだが、昔の上司とよく似ている。自分をヨイショしてくれる部下のことは可愛がるが、「そんなの八百長選挙でしょ!?」と抗議する会員を悪く言う・・・、どちらも情けないくらい器が小さい。

その上司と私の運転で高速道路に入る時、料金所の係員に私が「おはようございます」「ごくろうさま」と声を掛けていたら、「おまえ、変わってるな。あんなオヤジに声を掛けたってしょうがないだろ!?」と言われて、「こんな上司には付いていけないな」と思った。だから何を言われようがかまわないけど。

おそらく1年くらいで離婚していることだろう。今頃は「バツ8」くらいにはなっているかも。

当時の仲間で今も付き合っているのは横浜のTさんだけ。Tさんとは今年も一緒にイタリアに行っている。昨年のクロアチアも一昨年のペルーもご一緒したが、夏の旅行は体力的にも経済的にもキツイので、もう遠方には行けないかな、と思う。行けたとしても、せいぜいあと3年、70歳くらいまでかな・・・。まあ、無理してでも、うちのと約束しているノルウェー(北欧3ヶ国)には必ず行くけど。

それはさておき、「あおり運転」をする奴は精神異常者、それこそ昨日の記事で書いた発達障害なんだろう。私なんか、年寄りが道のド真ん中をゆっくり歩いていてもクラクションは鳴らさない。窓を開けて「すみませ〜ん」と声を掛けるようにしている。クラクションを鳴らすと「邪魔だ、どけ!」と言ってるようで。

なので、今回の事件の被害者には同情できない。いい薬になったことだろう。

posted by poohpapa at 05:25| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

「私は発達障害なんでしょうか?」

あるお母さんからそんなことを訊かれた。お子さんが医師から「発達障害」と診断されていて、「もしかすると、自分もそうではないか」と疑いを持っているようだ。

私からすると、いたって普通の常識的なお母さんで、そんなことを言ったら、私も、いや、そもそも「人間は誰でもみんな発達障害である」と言えなくもないのではないか。医学的な発達障害の定義は私には解からないが、「同世代の子供と比べて知識が劣る」とか「勉強についていけない」とか「友だちと上手くコミュニケーションがとれない」とか「親や先生の言いつけが守れない、理解できない」とか、そんなことで判断されるのであろうが、ほとんどが「大人になれば自然と治るもの」と私は思っている。

例えば、完成された人間、何事にもパーフェクトな人間の指数を100とすると、ほとんどの人は「20〜30」の中で生きていて、どんなに優秀な人でも50くらいのもの、と私は思っている。得手不得手や能力の差、個性の違いであって、昔は、そういう人を「変わった人」と表現していたが、今は「発達障害」と言っているだけ、だと思う。言っている、というより、レッテルを貼っている、という感じ。

それにより自分が優越感を得たり、批判する時の正当性を持たせたリしているのではなかろうか。

私なんかは昔も今も「立派な発達障害」であろう。貧しくて、うちの兄弟6人は幼稚園にも保育園にも行っておらず、いきなり小学校。元々「入れるつもり」は無かったから「日本死ね!」などとも思わない。高校まで進学させてもらったのは6人兄弟の中で私だけ。小学校に入るまでは、「傍にお母ちゃんの姿が見えない」ことに気付くと泣いて探し回っていたし、小学5年までオネショもしていた。

紙と鉛筆だけを与えられて一日中お絵描きをして過ごしていて、テレビも無いから世の中の情報も全く入ってこない。それで「発達障害」にならないワケがないだろう。いきなり小学校に入って、それで同級生とのコミュニケーションがとれなくて困ったか、というと、実は全く逆であった。同級生という存在が珍しくて積極的に輪の中に入っていって、通信簿に「落ち着きが無い」と書かれていたのを覚えている。当時は「発達障害」という言葉はなかったから、今なら「発達障害の疑いあり」と書かれていたかも。

中学の頃から先生や大人に対してハッキリ「ものを言う」ようになって、こんどは教師や一部の同級生から「問題児」というレッテルを貼られていたが、幸い支持して応援してくれる人のほうが多かったからなんとか持ちこたえた。教師の中にも「あいつは面白い、見所がある」と言ってくれる人もいて、それは今も同じ。私が尊敬して今もお付き合いさせて頂いている恩師はどうだったかと言うと・・・、私を高く買ってくれていたワケでなく、冷静に分析して「ここは違うと思うよ」と意見してくれていた。自分は「正しい」と思って発言しているから、「間違っている」とか「そんなふうに考える人ばっかじゃないぞ」と言われると一時的にカチーン! とはくるけど、不思議に「根に持つ」ようなことは無かった。

そうやって、いろんな意見の人と議論や喧嘩をして、自分が社会で生きていけるよう棘とか角(かど)を落としてもらって、発達障害が「社会に順応できる程度」までになっていった、と思う。ようやく「その程度になった」ということであって、「発達障害が全快した」ということでなく、死ぬまで発達障害なんだろう。

人と比べて自信を失くしたり、根拠もなくレッテルを貼られたり、そんなことで悩むのはナンセンス。もしかすると周りの人のほうが遥かに発達障害であるのかも知れないし。私の周りを見回してみても、「あ、この人も、あの人も・・・」で、そんな人ばっか、である。完全な人などいなくて当然なのだ。

例のゴミ屋敷の住人も、勝手なことばかり言う客も家主も、何ら感謝の気持ちを持たない生活保護受給者も、会員業者のことなど全く眼中になく自分のことしか考えない立川支部の役員たちも、みんな立派な発達障害ではなかろうか。むしろ、大人になっても改善されていないどころか加速しているのだから重症である。


私に相談してきたお母さんには、「あなたは発達障害じゃないと思いますよ」ではなく、「そう、あなたも私も発達障害、みんな発達障害なんですよ」と伝えた。程度の問題で、たぶんそれで正解だと思う。

posted by poohpapa at 05:50| Comment(12) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月02日

嬉しいご連絡

昨日、某アパートに更新通知書を届けに行く途中、携帯が鳴った。

画面で発信者を見ると、母校の半田高校からであった。掛けてきてくださったのは、夏休み中に私が「50年前の学校祭のパンフレットが出てきたのですが、ご入用でしょうか?」と問い合わせた際に対応してくださったN先生であった。パンフとお菓子(蜂蜜太郎)をお送りしたのは1週間ほど前だったが、学校は夏休み中で、新学期が始まった昨日、無事にそれぞれの担当者や生徒会執行部に届き、そのお礼の電話である。

N先生、事務的な話し方や声でなく、誠実なお人柄が伝わってきて、「思い切って電話してみて良かった」と心から思えた。私がお送りした資料を心から喜んでくださっているのが声のトーンで伝わってくるのだ。あれで本当は「余計なゴミを増やしゃがって!」と思っていたとしたら日本一の営業マンになれることだろう (^◇^)

電話を頂いたついでに、こんなことを訊いてみた。「私たちがいた頃、新聞室(部室)で、半高新聞の第一号をお茶の缶に入れて保管していましたが、まだありますでしょうか?」と。

50年前の話で、半高新聞の第一号はそれより更に遡ること数十年・・・、校舎の建て替えや部室の移動などで行方不明になっていても不思議ではない。人も(長くて3年で)入れ替わるのだし・・・。

すると、N先生、「少々お待ちください。担当者に確認して折り返しお電話します」とのことで、直ぐに電話が掛かってきた。「半高新聞の第一号、ありました。もうずいぶん変質していますが、私の目の前に今、コピーがあります」と仰る。感動モノである。我々がいた時も、ここに「半高新聞の第一号が保管されている」と認識していたワケでなく、「この缶、なんだろうね・・・」くらいに思っていて、開けてみたら第一号だった、というくらいの話で、保管していたのでなく、そのへんに置いていただけ。ゴミに紛れて棄てられていてもおかしくない話。私が送った50年前の学校祭のパンフより遥かに貴重な資料である。

9月9日、およそ50年ぶりに「半高新聞の第一号」に再会できるかも。

うちのが、「おとうちゃんは母校に対する思い入れが強いね〜、そういうの、珍しいと思う。私なんか何も無いから」と言っていて、たしかに、普通はそうだと思う。高校より前の中学時代の恩師や仲間と今も交流があるし、小学校卒業と同時に引っ越してしまった同級生とは今も年賀状でのお付き合いがある。最初に就職した会社の上司(先輩)の方とも年賀状は欠かさない。

では、高校時代が楽しかったのか、と言えば、逆である。いい思い出のほうが少なくて、嫌な思い出のほうが圧倒的に多い。一生付き合っていける友人も多くできたが、劣等生の私にとっては居心地が悪かったから。ただ、それはそれ、自己責任だと思っているし、後輩が有名になったり成功したニュースを聞くと嬉しいもの。

先日も同級生と電話で話していて、私と違って優等生で、嫌な思いなどしていないだろうな、と思っていたのだが・・・、母校に対して私以上に蟠りがあるみたい。人はみんな人知れず「いろんな事情や経緯」があって、他人には理解しがたかったりするもの。私の周りにも、一見すると明るくて幸せそうで実は心に闇を持っている、なんて人も何人かいる。気付いたとしても、とくに相談を受けていなければ触れないようにするのが最善なんだろう。私は相手の心の中にズケズケ入っていってしまうけど (こら)

たまに、「そんなのが苦労なの?」と思えてしまうケースもあって、大して苦労もしていないのに「どうして私ばかりがこんな苦労を・・・」と思い込んでいたりして・・・。代表的なのが、私の長姉である。6人兄弟の一番上で、末っ子の私とは20歳も離れている。物心ついた時には家にいなかったから何の思い出も無い。この「逆のケース」は本当に面倒臭い。苦労をしても身に着いていない人、本音では、姉弟でも付き合いたくはない。人は誰も不条理と向き合いながら生きているものなんだから。

話が横道に逸れたが、ま、私が大切にしているのは、良くも悪くも「思い出」だけ。母校や後輩に対して思い入れが強いワケではないのかも。なので、1週間後の9月9日に母校の柊祭を観に行くのは、思い出を掘り返しに行くのが目的。その後は、たぶん二度と母校を訪問しないことになると思う。



posted by poohpapa at 06:35| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

気仙沼から、ドーン!と秋刀魚が届いた

以前、気仙沼から上京して、うちの店に「このアパートはどこでしょう?」と場所を訊きに入ってきた奥様、当社から直線距離で200mもない場所だし、ショートカットで行けるが、口で説明しても地図を書いても分かりにくい場所だったので、どうせ暇だしアパートまで一緒に行ったのだが、気仙沼にお帰りになった後で、とても美味しいお米とお菓子をお送りくださった。その後も上京された際にはうちの店に律儀に顔を出して下さる。

地図、と言えば・・・、「こんなところに日本人」みたいな番組で、タレントが現地の人に目的地までの地図や道順を書いてもらっているが、たいていは実際と違っている。とくに距離。地元の人には分かっても、土地勘のない人からしたら、よほど正確に分かりやすく書いてなければ、かえって迷うことになりかねない。幸い、私は不動産屋で店には住宅地図もあるのだが、尋ねられたらたいていは一緒に行っている。

で、それがご縁で不動産取引に関するご相談に乗らせて頂いていたのだが、電話で話していたら「坂口さんて秋刀魚は好きですか?」だと・・・。好きも嫌いも、私が好んで食べる魚は塩鮭と秋刀魚しかない。「大好きですよ。だって、日本人で秋刀魚が嫌いな人、いないでしょう?」と、刺身が苦手な私が偉そうに言うと・・・、「いますよ、うちの息子、秋刀魚が嫌いですもん」だと。それは気仙沼が日本で有数の秋刀魚の水揚げ量を誇っていて、いつも食べていて飽きた、ということだろう。

あ・・・、待てよ、その新鮮な秋刀魚を送ってくれる、ということかと思っていたら、やはり「秋刀魚、送りましょうか?」と言う。それで図々しく「30尾くらい送って」と頼んでしまった。先方も「秋刀魚食べますか?」と訊いて「はい」と言われたからといって、まさかに5〜6尾送ってくるワケにもいかないだろう。それなら「スーパーで買えば良い」のだから。私も30尾全部をうちで消化するつもりは無い。当然にあちこちお裾分けするつもりでいた。そのあたりもご承知の上で快く承諾して頂き、昨日その秋刀魚が届いた。

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水揚げされたばかりの秋刀魚を魚屋さんから送って頂いたもので、氷を除けた写真

去年は不漁だったが今年は豊漁で、太っていて脂の乗りも良さそう。それを前日までに「要るか要らないか」確認していた人に( × 家族数で)配るべく、保冷剤をセットして、新鮮なうちにお届けしてきた。うちのお隣、店の大家さん、伊勢丹の売り子さん、ソムリエさん、極めつけは東急ストアのスタッフ。伊勢丹も東急ストアも当然に秋刀魚を扱っているのだから簡単に手に入るのだが、話をしたら凄く喜んだ。

東急ストアに届けに行って、ついでに買い物をしてレジに並んだら、私の前の奥さん、籠に秋刀魚(1尾)を入れていた・・・。値段は198円、それでいて気仙沼からお送り頂いた秋刀魚より少し痩せているような・・・。「勝ったね」と思った。それは凄い優越感(性格が悪い) ^^;

伊勢丹では1尾500円くらいしていて、昨年は最高値800円ほど。以前は98円で買えたのに・・・、大衆魚の代表格の秋刀魚も庶民の口には入らない高級魚になってしまうのか、心配になる。

ところで、せっかくたくさんお送り頂いたので、うちのと、夕食に「一人2尾ずつ」食べることにした。凄く美味しかった。以前は磯丸水産でも「秋刀魚2尾定食」をやっていたが最近は見かけない。

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お陰で、めったにできない贅沢をさせて頂いた。「ご縁」に感謝、である。

posted by poohpapa at 06:00| Comment(4) | グルメ・クッキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする