2018年09月11日

半田高校創立100周年記念柊祭訪問記 (1)

母校半田高校(愛知県)の100周年記念「柊祭」に行ってきた。当日は知多半田駅前の名鉄インに一泊して翌早朝に発ったのでホテルに宿泊した分を入れても滞在時間21時間という弾丸帰省ツアー。ではあるが、学校関係者の方々、中学時代の恩師、同級生のお陰でとても充実した楽しい時間を過ごすことが出来た。行く前は「思い出が壊れるのも嫌だし、帰らないほうが正解かなあ・・・」と悩んだりもしていたが、行って良かった。もう「柊祭を観るために帰省する」ということは二度と無いだろうし。

一般公開は10時から。同級生A君と待ち合わせして、駐車場を探したりしていたので少し遅れての訪問。最寄りの住吉町駅も学校までの景色もすっかり変わっていて浦島太郎状態。一番驚いたのは・・・、

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一般来場者が正門で受付をするための長蛇の列 (スゲ〜)

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我々がいた頃の一般公開の時は来場者はまばらで閑古鳥が鳴いていたが、小雨の中、徒歩5分の住吉町駅まで続いているんじゃないか、というくらいの列。まるで人気ラーメン店のオープンか皇族や著名人の葬儀の際の記帳みたい。こんな行列に並んでいたら昼飯も食いっぱぐれることになる。そこで、先生と思しき男性に「T先生はいらっしゃいますでしょうか?」と訊くと、「さっきまでいたんですが・・・。職員室はあちらなので事務室に声を掛けてみてください」とのこと。もしかすると「一般公開の日は10時前には着くかと思います」と伝えてあったので、正門前でお待ち頂いていたのかも。そうだとするとたいへん申し訳ないことをしてしまった。

それで、長い行列を横目に見ながら、記帳せずに事務室へ。すると、要注意人物の侵入を水際で阻止するかのように現れたのが教頭先生。「Tは校内にいると思いますので伝えておきます。校長も今は他の用事で出ていますが11時頃に戻ります。校長も『お話を伺いたい』とのことなので11時過ぎに事務室に声を掛けてください」とのこと。へ・・・、オレ、何かやっちまったかな・・・、ま、いっか (^◇^)

実は、もう一人、お目に掛かりたかった先生がいるのだが、その日はご不在。私が資料をお送りした一連の流れの中で最初からいろいろご配慮を頂いていたN先生である。N先生からは「新聞部の顧問のTに伝えてありますので」と言われていて、それでT先生をお訪ねした。そのN先生とT先生、そして新聞部の後輩たちにはお土産にお菓子を持参した。東京土産の定番「東京ばな奈 見ぃつけたっ」と「原宿 焼きショコラ」である。

ところが、である。新聞部の部員は3年生が(進学に専念するため)退部して、現在は2年生二人と1年生一人の三人のみ。生徒会執行部員に送ったのと同じ蜂蜜太郎も持って行ったから量的に多すぎたかも。ま、若いから、それでもアッと言う間に食べてしまうだろうけど、最初に部員数を確認しておくべきだったか (反省)

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新聞部の後輩と ( こころなしか我々の頃より賢そうな面構え・・・、いや、本当にそうなんだろう )

いささか緊張しているのか警戒しているのか、表情がこわ張っているけど。

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T先生も一緒に記念撮影。裏表なく優しい雰囲気で、失礼ながら、実際は写真より遥かに美しい。

高校時代はマドンナだったんだろうな、きっと。こういう女性は高校時代の同級生とご結婚なさっているんじゃないかな、と思う。半高新聞は3ヶ月に一度の発行とのことだが、こんな先生が顧問なら打ち合わせが楽しくなるから毎日発行したくなる。悪口になるが、我々の現役時代の顧問は凄く陰険で、日常的に無言の圧力を受けていたから。今で言う「パワハラ」とか「モラハラ」みたいなものだったと思う。性格的に屈折していたし。などと、こんなことを書いている私は「セクハラ」だけど ( おい )

新聞部の展示は過去の新聞を第一号から時系列に並べていて、「どうやって集めたんだろ??」と思った。我々がいた頃、それより前に発行された新聞などほとんど残っていなかったのだから。100周年とはいえ、それを収集し、整理して並べるのは大変な作業だったと思う。後輩たちを誇らしく思えた。

どういうワケか今も保管されている「半高新聞の第一号のコピー」をN先生とT先生が用意してくださっていて、事務室で受け取らせて頂いた。どこまでも行き届いていて凄い。

いちおう、念のため、「顔出し」は皆さんから了解を頂いている。


                   続く



 
posted by poohpapa at 04:57| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする