2018年09月14日

半田高校創立100周年記念柊祭訪問記 (4)

我々が現役高校生の頃に存在したクラブがいくつか消えている中で、当時では考えられないようなクラブが誕生していた。ダンス部、である。最近はTBSテレビの金曜ドラマ「チア☆ダン」を欠かさず観て、その度に「互いに仲間を思い遣る姿」に感動して涙を流しているのだが・・・、母校にもダンス部ができていたとは・・・。

人前でダンスを披露する・・・、私からすると、渋谷のスクランブル交差点のド真ん中で独唱させられるようなもの。昔は、営業研修の一環として銀座の歩行者天国で一人ずつ大声で歌わせて、教官からダメ出しされるとやり直しさせられて、恥とか恐怖心を克服する、なんてのもあった。突然自分の後ろから大声で「ポッポッポ〜、鳩ポッポ〜♪」なんて歌い出されたら迷惑以外の何物でもないし、経験者なら「ああ、やらされてる」と笑って見ていられるが、そうでない人からしたら「ただの気違い」でしかない。

私なんか(別の理由で)フォークダンスでさえ逃げていたので・・・。女の子と手を握る・・・、そりゃあ堂々と「好きな女の子の手を握ることが出来るチャンス」ではあるけど、恥ずかしかったから。まあ、そういう純情な時代もあった、ということで、すっかり社会の荒波に揉まれてスレてしまった今なら考えられないこと。大義名分が立つから「セクハラだ」などと言われる心配もなく「ごっつぁんです」になるもの。

盛況で、観客からは贔屓の部員に「ひだか〜!」だの「りな〜!」と黄色い声援が送られ、田舎の高校の文化祭とは思えない一種異様な雰囲気。田舎の高校もここまで来たか、という感じ。私も思わず「わかば〜!」「しおり〜!」とチア☆ダンに出てくるロケッツのメンバーの名前を呼びそうになった (^◇^)

我々の頃は、男子は3年の2学期から髪を伸ばすのを許されていて、それまでは男子は丸刈り。当時、生徒議会で1年生から「長髪を認めるよう校則の変更を学校に要請する」との議案が出されたが、その度に2、3年生により否決されていた。当たり前である、既得権みたいなものだったのだから。2年生からすれば「ちょっと我慢していれば長髪が認められる時が来る」のだから1年生の肩をもつ、なんてことはしないもの。3年生と共闘していた。いつ頃から全員長髪になったんだろ・・・。それも「人権があ」「生徒の自主性があ」「個性があ」という話だったのかな、と思う。良くも悪くも時代は確実に変わっている。

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振り付けは生徒が考案

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ハーフっぽい部員もいて、笑顔が可愛かった

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天候が心配されたが、頭上には虹が

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観客も多かったけど、最前列にお尻を下ろしていた私の背後から声援が飛ぶのは辛い

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衣装を着替えるスペースなんか無かったけど、しっかり着替えていたりして

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3年生はこの舞台が最後、感極まって泣きながら踊っていた部員も・・・

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最後に、司会者(部員)から「一緒に写真を撮ってやってください」との話があった。贔屓の部員を指名すれば一緒に写真を撮らせてくれるらしい。時間があれば私も撮りたかった (おい)

我々の頃は、体育館での、演劇部の上演や、吹奏楽部とかコーラス部、箏曲部の演奏がメインだったように思う。野外の展示や演技はほとんど無く、教室での各展示は規模が小さかったから。

ところで、ダンス部の演技、写真では判りにくいので、いちおう、動画を以下に、

https://twitter.com/HDCcrew2015/status/906498851657285632

それにしても、校舎も建て替わって、生徒たちの気風も変わっているだろうし、ここが母校なのかなあ、と不思議な感覚。父兄として見学に来たような錯覚に陥ったりして・・・。何より、50年前に、我々が中心になってここで学校祭を企画運営していたことが信じられない思い。あれは夢幻だったのか・・・。

お昼、懐かしい「雀屋」の焼きそばを食べに行こうと思ったが、閉まっていて断念。仕方なく、車で少し走った所にある「はなまるうどん」に入った。行ったことは無いが立川にもあるから珍しくもないけど。

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う〜ん、丸亀製麺のほうが好きかなあ・・・



                       続く


posted by poohpapa at 05:32| Comment(2) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする