2019年01月12日

後悔の念

私は、後を引く(根に持つ)タイプなので、死ぬまで折に触れて思い出しては後悔することだろう。まして、それが自分の責任で起きたことなら尚更のこと。

日本の諺(実際には中国の故事)だと「覆水 盆に返らず」、西洋の諺だと、

「 A stone once cast, and a word once spoken, cannot be recalled 」
 (一度放たれた石と言葉は呼び戻せない)
 
ってことか。ただ、「覆水 盆に返らず」に関連して、こんな諺もある。

「 It's no use crying over spilt milk 」
 (こぼれた牛乳を嘆いてもしかたがない)

というもので、「起きてしまったことは仕方ない、前向きに生きるしかないんだよ」という教え。

だからと言って、人を傷つけておいて自分だけサッサと立ち直って「良し」とするのも納得がいかない。友人は「気にしなくていいと思う。互いに連絡を取らずに自然にフェードアウトするのが最善。ご縁が切れたのに、どこかで『まだ繋がっていたい』と考えているとしたらアンタが女々しいだけ」と言う・・・。厳しいけどそのとおりだと思う。私には後ろを振り返っている時間は無いのだし。

友人からは、「ちゃんとお詫びをしてケジメを付けたいというのはアンタの勝手。そのことで更に相手を傷つける、とは考えないのか。馬っ鹿じゃないの。言いたいことがあっても黙って消えていくのが大人の分別」とまで言われていて、返す言葉も無い・・・。ケジメを付ける、と言えば聞こえはいいけど、どう理由を付けようが「ただ自分が可愛いだけ」だとよく解かっている。他人様には偉そうに意見してるけどね。

それにしても、つくずく、私は良い友人を持った、と思う。うちのにはことの経緯を伝えてあって、うちのに話したら「私もそう思うよ」とのこと。ならば私が間違っているんだろ。


ところで、Wikipedia で「覆水盆に返らず」の由来を調べてみたら面白かった。

(ふくすいぼんにかえらず)は、ことわざの一つ。下の由来から、「一度離婚した夫婦は元に戻ることはできない」、転じて「一度起きてしまったことは二度と元には戻らない」と言う意味。覆水収め難し、覆水不返(ふくすいふへん)、覆水難収、覆水不可収とも。

由来

太公望が周に仕官する前、ある女と結婚したが太公望は仕事もせずに本ばかり読んでいたので離縁された。太公望が周から斉に封ぜられ顕位に上ると、女は太公望に復縁を申し出た。太公望は水の入った盆を持ってきて、水を床にこぼし、「この水を盆の上に戻してみよ。」と言った。女はやってみたが当然できなかった。太公望はそれを見て、「一度こぼれた水は二度と盆の上に戻ることはない。それと同じように、私とお前との間も元に戻ることはありえないのだ。」と復縁を断った(出典は後秦の時代に成立した『拾遺記』によるとされる)。中国語の「盆」(拼音: pén)は日本語の「お盆」ではなく、鉢、ボウル状の容器のことである。

現代に言い換えれば、売れない芸人の下積み時代を支えてきた彼女が、「もう嫌、こんな生活!」と見切りをつけて去った後で彼氏が大ブレークを果たし、それを見て彼女から復縁を迫ったけど断られた、って感じか。

なので、太公望の言ってることは間違いではないけど「正しい」とも言い切れない。古代も現代も、相手の成功を見て復縁を迫るのはあまりに打算的ではあるけど、それまでに支えてくれていたのは事実なんだから、なにがしかの補償はしてあげても罰は当たらないように思う。などと考えるから私はいけないんだろうな。

一度だけ、太公望と同じようなことを私もしたことがある。私は出世していたワケではないけど、

元妻と暮らしていた二世帯住宅を出る際、「僕と一緒にこの家を出るかどうか」を訊いて、「お父さん(私)にはついていけない」ということだったので、「それだと本当にこれっきりになるけど、それでも良いか」と言ったら、予想どおり「いい」と拒否。それで家を出たんだけど、後で、うちの(現妻)という女の存在を知ったら、「これからお父さんのために尽くすから、もう一度やり直そう」と言ってきた。もちろん拒否。

「あなたは僕とやり直したいのでなく他の女から私を取り戻すのが目的なだけ。僕を取り返したら目的は果たしたのだから(私を粗末に扱う)元の生活に必ず戻るよ。だから断る」と言い放ってしまった。

共稼ぎであっても、食事の支度以外の毎日の家事一切、食後の洗い物と翌日の朝食分の米研ぎ、洗濯、アイロンかけ、家じゅうの掃除、犬の散歩などを押し付けられていて、フラストレーションが溜まっていた、ということもある。今さら家事を負担してくれても、安らぎは得られないのだから。

仮に、言葉どおりに努力してくれたとして、互いに本音は判っているのだから、それではどちらもストレスが溜まるだけで夫婦関係は上手くいかないもの。以前よりヒドクなることだろう。何度も書いているが、もしも義父母の老後のお世話を我々が看させて頂こう、と考えなければ、いろいろあっても今も夫婦でいられたと思う。

元妻が、私が家を出た後で、取引先(同業者)や、元妻がたまたま知っていた当社の管理物件の複数の家主さん宅を訪れて、自分が如何に辛い思いをしているか松居一代のように悲劇の主人公を演じて話していて、裏を返せば、私がどれだけヒドイ人間性かアピールして廻っていて、後でいろんな方から話を聞いて驚いた。もしかして、私には言ってきていない家主さんが他にもいらっしゃるかも知れない。ただ、15年経った今も、どなたとも縁を切られていないのは、直接接していたのが私であったことと、仕事とプライバシーを分けてお考えくださったからであろう。でもって、それでも私は元妻のことを怒ってはいない。立場が違えば、私も元妻と同じことをしていたかも知れないのだから。


そう言えば、良し悪しは別にして、私の周りに「仮面夫婦」のなんと多いことか・・・。


さて、もう手遅れではあるし辛いけど、今回ばかりは(これ以降は)友人の助言に従おう。

posted by poohpapa at 12:08| Comment(6) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする