2019年02月06日

嬉しい電話

1月24日付けの記事で、「伊勢丹の解体セールでバームクーヘンをしこたま買い込んであちこちにバラ撒いた話」を書いているが・・・、その中のお一人から電話を頂いた。

改めて概略を書くと、うちの管理物件の入居者さんで、独身の娘さん。母親の介護を他の兄弟姉妹から押し付けられて、それがために結婚もできず、心の病を患っているが、それだけにとても心優しい人。毎年、年賀状を頂いていて、今年は切手シートが当たっていたので、お礼にバームクーヘンを(プレーンと苺味をセットにして)届けたもの。それがとても美味しかった、とのお礼の電話だった。そういう連絡は凄く嬉しいもの。

トータルで10人くらいにセットで差し上げていて、たいていは次に顔を合わせた時に「こないだはどうも・・・」というお礼で終わる。もちろん、それで十分だし、電話を頂くことまでは望んでいない。

自分でそういうお菓子を買うことは無いんだろうな、と思う。私は切手シートが当たって、その幸せのお裾分けで届けただけのこと。普段は切手シートが当たってもいちいちお礼はしないのだが、その入居者さんに対しては「何かお礼をさせて頂こう」と思った次第。それにしても、あんなに喜んでくれるとこっちまで嬉しくなる。それで、「もう一組だけあるんで、今度届けましょうか?」と訊くと、「いいえ、もう充分ですから」と遠慮する。

だが、ひと押ししたなら「では頂きます」と言ってくれそうな雰囲気。「遠慮しなくて大丈夫だよ。あなたが『要らない』と言ったら他の人に廻るだけのことだし」と言うと、思ったとおり「では頂きます」とのこと。

今は人間不信に陥っていて、他の人との接触を避けているが、彼女にとって私は数少ない相談相手の一人になれているみたい。

先日聞いた「同じアパートのオヤジからストーカー被害を受けている話」に関して、「相手のAさんに、『いつも気に掛けてくださっているようですが、彼女はずっと強い人間不信に陥っていて人との会話や接触ができない状態なので、気になるでしょうけど、できればそっとしておいてあげてください。私も気になってはいますがなるだけ声を掛けないようにしているんですよ』と遠回しに話してみましょうか?」と言ったら、「最近は言い寄ってこないので大丈夫です」とのこと。ならばしばらく様子を見よう。

まあね、私も親切心の度が過ぎて「一歩間違えばストーカー体質」であると自分でも解かっていて、その私がストーカー被害の相談を受けているのも奇妙な話。いや、だからこそ相手の心理が解かるのかも。

彼女からはまだ他に何かの相談を受けたワケではないけど、何かあれば私に相談してくださると思う。不条理な苦労をして、人間不信に陥っていても人を恨むことが無い人だから、私も、何かあればお力になりたい。


posted by poohpapa at 03:48| Comment(3) | お客さん(入居者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月05日

中学、高校(生徒会執行部)の同窓会

毎年必ず4月29日に開催、と日を決めて半田中学校時代の(学年の)同窓会が行われていて、数年前に一度だけ参加したことがある。先生方もご高齢になってきて、同級生の訃報もちょこちょこ入るのと、今年は海外には行かないだろうから帰省して出席しようかな、と思っていたが、出来なくなった。

昨年、半田高校創立100周年記念の文化祭を見学して、「そうだ、我々の生徒会執行部の同窓会、卒業後2度開かれただけで立ち消えになっていたから今年あたり開こうか、私と千葉で薬剤師をしているMちゃん以外はリタイアしてるから集まれるだろう」と思って、幹事のA君とK君に声を掛けると、「うん、やろうか」という話に。元々が「次の幹事は誰」と決まっていて毎年開催するハズだったが、A君とK君を組ませたのが間違い。男女二人一組で幹事をやらせるべきだった。あの二人ならそりゃあ止まる。

まあ、それでも重い腰を上げてくれたので、今年は開催できそう。そうであれば、4月29日の中学の同窓会の翌日に執行部の同窓会を開いてくれれば帰省が一度で済むから助かる。今年のGWは世の中10連休と言われていて、幹事は「1〜2ヶ月前に連絡すれば集まれるだろう、それでいこう」と言っていたが、もしかすると、もう予定を入れている人もいるかも知れない。私は心配していて、その不安が的中することになった。

根回しの為に何人か電話したら、そのうちのNちゃんが「娘が旦那様の仕事の都合でドイツのボンに行っていて、家族で2週間くらい遊びに行くのよ」とのこと。Nちゃんの娘さん、名門女子高を首席で卒業して東大の工学部の博士課程まで進み、なんと中退して進路変更、今は弁護士をしている。東大時代はうちの娘の家庭教師をして頂いていた。妹さんもいて、その妹さんも素晴らしい人柄。この親にしてこの子アリ、の良い例。

となると、たった一人の不参加でも執行部の同窓会を開く意味が半減する。「私にかまわず開いて。次は参加するから」と言うが、全部で9人しかいないのに一人でも欠けたら辛い。ならば、中学の同窓会への参加も諦めて、全く別の日で考えてもらおう。何も盆休みや正月休み、GWでなくてもかまわない。暑かったり寒かったり、世の中が混み合っている時期でなく、陽気のいい季節で開けばいい。

私にとっては、中学の学年の同窓会より高校の生徒会執行部の同窓会のほうが大切。中学のほうは、互いに「アンタ誰?」みたいなのばっかで、会場のあちこちに小さな塊が出来るだけだから。それなら同窓会に出てきて話さなくても、気心が知れ 合った仲間だけで居酒屋に集まれば事足りる。

幹事の二人にそう伝えて、別の日で模索してもらうことにした。今も互いに年賀状での交流はしているみたいだし、9人全員が集まれたら楽しい。ただし、漏れ聞こえてくる話は、誰の息子さんや娘さんが東大に入ったとか名大に入ったとか超一流私大に入ったとか、そんな噂ばかり・・・。

「私にかまわず開いて」と言うNちゃんに、「いや、一人でも欠けたらやめるよ、9人しかいないんだし」と言うと、「坂口君らしいね」と笑う。幸い、「それなら8人で・・・」と言うメンバーはいない。それに、じゃあ来年で、なんて言っていると誰かが亡くなったりすることもあるかも知れない。私が一番危ないか (汗

せっかく帰るんだから、Mちゃんの都合が良ければ一泊してあちこち連れ回そう。うちら9人、強烈な個性の持ち主ばかりだから(個別では会っているが)46年ぶりの全員での再会が凄く楽しみ。

posted by poohpapa at 05:18| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

人間、ではないけど、一昨日入った訃報

一昨日の夕方、旅仲間の茨城の歯医者さんからメールが届いた。

「うちのハッピーが、さっき4時半に亡くなりました。21歳と半年でした」とのこと。

ハッピーちゃん、ご夫妻が愛してやまなかった飼猫、である。

家に帰ってご主人の携帯に電話すると、出ない。それで奥様の携帯に電話したら出られて、ずっと泣きながら話していらっしゃった。一緒にいると、猫談議に花が咲くこともあるし、とても可愛がっておられたのが伝わってきていて、うちのノルンも今は具合が悪いから他人事ではない。

今日、荼毘に付されるようだ。お坊さんも呼んでいるとか。土曜日、亡くなる1時間ほど前から奥様がお腹をさすっていらっしゃったとか。10日くらい前までは年老いてはいたものの元気で、最後は苦しまずに眠るように亡くなったようだ。ただ、ずっと目は開けていたようで、可愛がってくれていた飼主さんのことを目に焼き付けて死んでいったものか。21歳と半年・・・、人間で言えば100歳を超えているから、ま、大往生ではある。

それにしても、土曜日の夕方亡くなって、今日が荼毘、旅仲間さんの歯科医院は日月が休みだから、昨日はハッピーちゃんのご遺体にゆっくり1日寄り添って、今日月曜に荼毘・・・、まるで飼主さんの都合まで考えてくれていたかのような亡くなり方である。利口な猫だった、と伺っているが、たしかにそうかも。

歯医者さんご夫妻、20年ちかく前に同じトルコ旅行で知り合って、トルコが20年ぶりの大雪に見舞われてスケジュールが大幅に狂って、参加者の多くが現地ガイドさんに文句を言って詰め寄っていたが、我々と歯医者さんご夫妻だけは一切の文句を言わなかった。そのトルコ旅行はそのまま終わってしまったが、のちにスペインを旅していた際に、バレンシアのデパートの入口でバッタリ会った。その後にプラド美術館でも・・・。

何も打ち合わせしていたワケでなく、日本から遠く離れたバレンシアのデパートの入口でバッタリ会う、なんてことは、時間も場所も「まさにピンポイント」で、これ以上の奇跡は無い、と思えた。

これはもう「この人たちと付き合いなさい」という天の声だと思った。それからというもの、ポルトガルにもご一緒したり、東京ディズニーランドやディズニー・シー、更には、私のクレジットカードでの特典で「クラブ33」にもご一緒している。昨年の5月には、私の「これから横浜の『みなとみらい』に遊びに行ってきます」という記事を読まれて、奥様と茨城から飛んできてくださって、一緒に観光させて頂いたりもした。

うちのが、奥様のことをいつも「日本一素敵な奥様」と言っていて、私もそう思う。もっと言うなら、「旦那は歯科医師といっても、あの旦那には勿体ない」 「美女と野獣」だと思っているほど。お医者さんの奥様でありながら控えめで、どこまでも謙虚で優しいし美人。つくずく、世の中、不公平で不条理だと思う。

それはともかく、21年も家族の一員として共に暮らしていたハッピーちゃんが亡くなったこと、さぞかしご心痛のことと思われるが、なるだけ早く普段の生活にお戻り頂けたら、と心から願っている。

うちの共々、遠く立川から茨城のハッピーちゃんのご冥福をお祈りさせて頂きたいと思う。

posted by poohpapa at 05:41| Comment(6) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それは「無理」というもの

うちの店と自宅は徒歩3分くらい。昨日、夕方6時過ぎに店を閉め、7時に、いつものように軽い夕食を済ませて、風呂に入っている間に携帯が鳴ったようだ。うちのが「おとうちゃんがお風呂に入って直ぐ電話が鳴ってたよ」と言うので発信者を見たら、近所の連棟式の貸家に住む生活保護の老婦人・・・。

時間的に「隣の部屋の爺さんがうるさくて寝られない」というクレームじゃないだろうし、「刺身を買ってきたから来てくれ」かな、と思って「どっちにしても嫌だなあ・・・」と思いながらも電話すると、出ない・・・。しばらくして向こうから掛かってきて「渡したいものがあるんだけど、今来れる?」と言う。

用件は後者だった・・・。「いや、今お風呂から上がったばかりだし、湯冷めしちゃうからキツイわあ」と言うと、「今日中に食べてもらわないといけないんだよ、恵方巻」とのこと。いやいや、夕食も済んでるし。

そういうことなら事前に連絡を入れておいてくれると有り難い。そうすれば、夕食の支度もしないし風呂にも入らないでいたのだから。距離にすれば100mくらいのものだけど、風邪をひいたら辛いし、今日中には食べられない。そう伝えると、怒って「じゃあ、おっぽっちゃう(棄てる)しかないね」と言う・・・。

は?、それって、私の所為??

そう言えば、たしか去年も恵方巻を頂いていたような・・・。だけど、事前に連絡が無ければ「今年ももらえる」とは考えないもの。だいいち、うちには「節分に恵方巻を食べる」なんて習慣は無い。それどころか、コンビニから始まった「節分には恵方巻を食べる、という習慣の押し付け」を不快に思っているほど。

最後は老婦人も「ごめんね」とは言っていたが、「まあ、明日でもいいわ」とも言っていて、「棄てるんじゃなかったんかい!?」である。賞味期限と、縁起モノだからということで「昨晩がリミット」だったかと思うのだが、もしかして、「明日の朝取りに来て一日遅れの恵方巻を食べろ」ってこと??

この老婦人、(一方的であっても)厚意を無にすると激怒するタイプだから扱いが難しい。

今日、店に出る際に立ち寄って声を掛けたほうがいいんだろうな・・・。はあ、憂鬱・・・。


posted by poohpapa at 04:52| Comment(6) | お客さん(入居者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

我ながら、ちょっとカッコ良かったかと・・・

駅前の銀行に行った帰り、ある路地で、私の目の前を80代後半と思しき老婦人が歩行補助器を押しながらゆっくり歩いていた。その路地は車が通ることはほとんど無いのだが、たまたま商用車が入ってきて、道の真ん中をゆっくりゆっくり歩く老婦人の後ろを老婦人のペースに合わせるかのようにゆっくり進行していた。

私がそれに気付いたので、老婦人に寄って行き、「後ろから自動車が来ていますので端に寄りましょうね」と声を掛けると、ゆっくり後ろを振り返り「あら、ほんとだ」と言い、端に寄ろうとするのだが、時間が掛かる・・・。「お手伝いしましょうか?」と言うと、「大丈夫ですよ、自分でできますから」と言い、相当に時間を掛けて端に寄る。私が車に向かって手を挙げると、運転者が笑いながら会釈してくれた。

その運転者は偉い。普通ならクラクションを鳴らすところである。老婦人のペースに合わせて距離を取り、嫌な顔もせず付き合ってくれたのだから。私も、運転していたなら、こういうケースではクラクションを鳴らさず窓を開けて「すみませ〜ん」と声を掛ける。同じように考える運転者がいてくれて嬉しい。

で、その路地を抜けると、今度は大きな交差点。どうするのかな、と思っていたら(信号待ちをしていたから)横断歩道を渡りたいようだった。さっきのペースだと一回の青信号で渡り切るのは不可能。片側3車線で、途中に中央分離帯もないので、二度に分けて渡るワケにはいかず、渡り始めたら一回の信号で渡ってしまわなければならない。それで、私が横について一緒に渡ると、案の定、2/3も渡らないうちに左右の信号が青になった。このままでは車が交差点に進入してくる。

それで、左側から交差点に入ろうとしている車に私が手を挙げて制止して待ってもらい、無事に老婦人を渡らせてから、待ってくれていた車に一礼した。フロントガラスは反射して中の運転者の表情は分からなかったが、きっと「お疲れさま」と心の中で声を掛けてくれていたと思う。老婦人も、渡り終えた後で丁寧に「ご親切に有り難うございました」とお礼を仰ってくれた。昔、時代劇でこういうシーンをよく観たっけな。決まり文句が、「どこのどなたか存じませんが・・・」だったような (*^_^*)

私は、そういうことが「躊躇せずできる」人間。自分でいうのもナンだが、ちょっとカッコ良かったかも。

本当は早く店に戻らなければならない用事があったが、こういうことで遅くなるなら仕方ない。待てよ・・・、これって、まるで「老老介護」みたい。もしかすると老婦人の息子だと思われてたりして(*´ω`)

私がそういうことが自然に出来るのにはワケがある。30歳で、普通車の免許より先に原付の免許を取って、その免許証を貰いに川越に行った時のこと、駅前の大通りの横断歩道の渡り口で名門「川越女子高校」の生徒が3人くっちゃべっていたが、そこにお年寄りがやってくると、話を中断して、お年寄りに付き添って向こう側に渡り、また戻ってきて、何事も無かったかのようにおしゃべりを再開したのを見た。

これ、お年寄りと一緒に渡った後で自分たちも「じゃあね」と別れていったなら何とも思わなかったのだが、元に戻って「何事も無かったかのように」おしゃべりを始めたから強く印象に残ったんだと思う。

その姿に深く感動したので36年経った今でも昨日のことのように覚えているし、今も教訓になっている。いい大人が女子高校生に「一つのお手本」を示されたのだ。学校での指導の賜物なのか家庭での躾けによるものなのか・・・、あ、その両方なのか。さすがに名門高校の生徒は違う。きっと今も変わっていないことだろう。

先般の町田総合高校の生徒(悪ガキ)とは真逆である。親も教師も、だろうけど。

posted by poohpapa at 04:55| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

不可解な二つの事件

一件目が、野田市の10歳の娘さんの虐待死、

母のDV把握も保護解除 児相「対応に不足あった」 千葉女児虐待死

ワイドショーなんかで詳しく取り上げていて、それを見ていると、学校も教育委員会も、児童相談所も、共通して言えるのは「みんな他人事くらいにしか思っていない」ということ。教育委員会の課長、アンケート結果を親に渡した理由を尋ねられて「怖かったから」と正直に語っていたが、「大人のアンタが怖いと思うくらいなら年端の行かない子供からすればもっと怖いだろう」と、どうして思い至らないのか不思議。

「訴えるぞ」と言われたら「どうぞ、どうぞ」でいいのに・・・。人数的に言えば、 1対100くらいなんだから、ビビるのが不思議。ではあるけど、国や企業にたった数%の「声の大きな人」がいるだけで乗っ取られてしまうのは、こういうことかもね。毅然とした態度が取れなければ国も企業も潰れるわ。でもって、コイツらが今後も税金から給料を貰い続けて巨額の退職金を得るとしたなら赦せない思い。

あと、同じくDVを受けていたと言われている母親が何をしていたのか、ということも不思議。

話が脱線するけど、

以前に、私が立川市の生活福祉課のカウンターで職員に対して大声で怒鳴りつけたことを書いたら、同業者から「自分の希望通りにいかないと直ぐに大声で怒る人がいて、そういうのはみっともない。まして同業者であれば恥ずかしい」と批判をされたことがあって、一読するとそれは極めて理性的で正しい意見のように思えるが、役所なんて、みんな自己保身に走るからおとなしく対応していたら何も動かない。時に大声で怒鳴りつける人間も必要。私は人から嫌われることは何とも思っていない。みんな自分が可愛いから、周りから「いい人」だと思われたいんだろうけど、私は違う。次に私が窓口に行った時、「あ、嫌な奴が来た・・・」と緊張感が走ってくれればそれでいいと思っている。それこそが怒鳴る目的。

記事をちゃんと読んでくれれば、私が単に腹を立てて瞬間湯沸かし器のようにカーッとなって怒鳴ったのか、他に意図があるのかくらいは解かりそうなもの。言ってることは尤もらしいけど、その同業者とは友達にはなれないな、と思った。そういうの、ただの偽善者で、誰の役にも立たない人間だから。世の中、「自分が捨て石になれる人間」なんて稀有な存在。そういう馬鹿も必要だと私は思っている。

話を戻して、

立川市で同じことが起きたら・・・、立川市の職員なら、野田市とは違って、父親にアンケート結果は渡さなかっただろうな、と思う。娘さんの安全の為に、でなく自己保身の為に。同じ自己保身のためでも、野田市は「訴えられたりしたら面倒」ということで逃げ、立川市は「後々個人情報保護法違反を問われるのを避けたい」ということで逃げる・・・、結果と理由は違っても、どちらも「自分が可愛い」だけ。

それと、「親からのいじめ」という言葉にも違和感がある。子供に対して「虐待」と言っても解からない(ちゃんと通じない)だろうけど、親が暴力を振るったり精神的に追い詰めるのは、子供同士での「いじめ」とは全く別物だと思う。だから、子供相手のアンケートに「親からいじめを受けていませんか」と書くのは仕方ないとしても、ワイドショーなんかで「父親からいじめられていて」とずっと言っているのは変。


もう一件が、薬科大学生が殺された事件、

女子大生、事件当夜「男とトラブル」と近隣住民に 茨城の遺棄容疑

ネットで知り合った相手に遠路はるばる会いに行くもんかねえ・・・。容疑者の顔を見たら、そりゃあ何かされそうになれば騒ぐよな、と思った。ソムリエールさんから「いくらカネを積まれても無理」と言われている私よりもっとキモイ感じ。ネットじゃ(イケメンである)別人の写真を貼ったり修正していたり、なんてことはあるだろうし、約束したとおり待ち合わせの場所に着いても、私なら遠くから様子を窺って、「なんだよ」と思ったら帰ってきてしまうだろう。みんなそうするんじゃないかな。

この事件をきっかけに、「ネットで知り合って直接会う」ということがどれだけリスクが高いか、危険なことなのか、よく周知されたらいいかな、と思う。このお嬢さんだって、普通に彼氏ができそうに思えるし、親からもネットでの出会いの怖さは教えられていたのだから、なんで?、と思ってしまう。このお嬢さんには申し訳ないけど、殺されてしまったのにはこのお嬢さんにも責任があると思う。

そういえば、昔は近所に一人くらい世話好きの「私設結婚相談所」みたいなオバチャンがいて、「この人なんかどう?」と見合い話を持ち込んでくれていたが、今は合コンでの出会いが主流だったりして。結婚するなら自由恋愛よりお見合い、もっと言うなら、見合いから交際を開始して恋愛に進む「見合い恋愛」がベストなんだろうと思う。見合いなら双方の学歴とか家庭環境、趣味や収入などが最初から判っていて概ね「不釣り合い」なんてことは無いのだから。合コンも、言わば集団見合いではあるけど、大半は駆け引きで決まりそう。今回のように「ネットで知り合った相手と・・・」というのはリスクが多いくて怖い。

見合い、って、したことないけど、してみたかったな、と思う。ちょっと憧れる (^◇^)

まあね、棺桶に片足突っ込んでるような歳の男が今さら望んでもしょうがないんだけど・・・。

さらにさらに、昔は文通(恋人同士なら恋文ね)でやり取りしていて、あの「封を切る時のドキドキ感」、今はもう無いんだよね。今はメールで瞬時に伝えてしまうから、風情も余韻も無くて、何でも「便利で早けりゃいい」てもんじゃないんだろうに・・・、と思う。不便だった頃が懐かしい・・・。



posted by poohpapa at 06:10| Comment(13) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

たぁさんから「かもめの玉子」と岩谷堂羊羹がドーン!と届いた

うちで6回(もしかして7回?)も部屋を借りてくれて数年前に郷里の岩手に帰られた「たぁ」さんから、またまた「かもめの玉子」と岩谷堂羊羹がドーン!と届いた。

かもめの玉子」は期間限定のみかん味で4箱、岩谷堂羊羹はいつもの粒栗で4本。そんなに送ってくれるのは私の「バラ撒き魔」という性癖をよくご存じで、配られるのが前提になっているから。うちだけで食べるには多すぎて、もしうちだけで食べるとしたなら食べ終える前に次が届いてしまうほど。たぁさんは「かもめの玉子」の新バージョンが出るといつも岩谷堂羊羹と一緒に送ってくれる。

岩手に越されてから4年くらいかなあ・・・、その後も交誼が続いているのは嬉しい。

先日、私も伊勢丹の解体セールで見つけたチーズあられなんかを送っているが、どう考えても倍返し以上。いつもそうだから、申し訳ない、とは思わず、もしかして10万円現金で送れば20万円にして返してくるかも、と思ったりして・・・、なワケないか (^◇^)

うちのは無類の人間嫌いだが、たぁさんとは私と一緒に親しくさせてもらっている。言うなれば、家族以外にはけっして心を許さないド―ベルマンが尾っぽを振って懐いている感じかな。そういう人は数人しかいない。

あ・・・、うちのがド―ベルマンみたいに凶暴で怖い、と言ってるワケじゃないよ、怖いけど・・・ 💧

で、私が解体セールのあられを送った後で、たぁさんを激怒させるようなメールを送っていて、「怒」の文字が並んだ返信が届いたが、私は気にしていない。その後で「かもめの玉子」なんかを送ってきてくれるのだから本気で怒ってはいないと判る。たぁさんくらいじゃないかな、互いに「あれ送って」と頼んでも、お互いにカネを払わずにいて平気でいられる女性は・・・。普通なら信頼関係が崩れそうなもの。

たぁさんくらい、ということで言うと、もう一つ、こんなことが言える。

もしも私がたぁさんから嫌われるようなことがあったとしたら、その時は本当にダメな人間になっている、最低の人間にまで堕ちた、ということじゃないかと思っている。たぁさんの人を見る目、判断というものが私の価値を量るバロメーターになっている、ということ。だから、たぁさんに嫌われていないうちは私は人間としてまだまだ大丈夫なんだろう。男の友人には何人かいるが、女性では、たぁさんともう一人・・・、

伊勢丹のマネキンのUさん、である。Uさんも、長く販売員としていろんな客を見てきているから、あまり口には出さないが人物評価は厳しい。私が「まだ(私は)大丈夫?」と訊いたら、「大丈夫、私は本当に嫌ったら、たとえお客さんでも口を利かなくなるから」だと・・・。なら、まだ大丈夫か。

Uさんは、私が、UさんよりUさんが紹介してくださったお客さんでもある販売員のNさんを大切にしていることを喜んでくれていて、そういう関係が続いているうちは大丈夫かな、と思う。

商売の上でも、「この家主さんから縁を切られるようなら不動産屋をやめよう」と私が思っている家主さんが何人もいらっしゃる。そのことで、私は凄く恵まれている、と実感できる。

ちなみに、私がたぁさんに送った「たぁさんを激怒させるようなメール」の中身は、下ネタ系のキツイ冗談。普通なら縁切りどころか刃物で斬り付けられかねない内容で、近隣に住んでいたなら送ってなかったかも。迂闊に「これを言ったらお仕舞い」という地雷もなく、いや、本当はあるかもだけど、異性であるのに何でも安心して無造作に話せる間柄の友人は実に有り難い。と、自分で思っているだけで、深く傷つけてたりして(滝汗

posted by poohpapa at 05:38| Comment(2) | お客さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする