2019年02月03日

我ながら、ちょっとカッコ良かったかと・・・

駅前の銀行に行った帰り、ある路地で、私の目の前を80代後半と思しき老婦人が歩行補助器を押しながらゆっくり歩いていた。その路地は車が通ることはほとんど無いのだが、たまたま商用車が入ってきて、道の真ん中をゆっくりゆっくり歩く老婦人の後ろを老婦人のペースに合わせるかのようにゆっくり進行していた。

私がそれに気付いたので、老婦人に寄って行き、「後ろから自動車が来ていますので端に寄りましょうね」と声を掛けると、ゆっくり後ろを振り返り「あら、ほんとだ」と言い、端に寄ろうとするのだが、時間が掛かる・・・。「お手伝いしましょうか?」と言うと、「大丈夫ですよ、自分でできますから」と言い、相当に時間を掛けて端に寄る。私が車に向かって手を挙げると、運転者が笑いながら会釈してくれた。

その運転者は偉い。普通ならクラクションを鳴らすところである。老婦人のペースに合わせて距離を取り、嫌な顔もせず付き合ってくれたのだから。私も、運転していたなら、こういうケースではクラクションを鳴らさず窓を開けて「すみませ〜ん」と声を掛ける。同じように考える運転者がいてくれて嬉しい。

で、その路地を抜けると、今度は大きな交差点。どうするのかな、と思っていたら(信号待ちをしていたから)横断歩道を渡りたいようだった。さっきのペースだと一回の青信号で渡り切るのは不可能。片側3車線で、途中に中央分離帯もないので、二度に分けて渡るワケにはいかず、渡り始めたら一回の信号で渡ってしまわなければならない。それで、私が横について一緒に渡ると、案の定、2/3も渡らないうちに左右の信号が青になった。このままでは車が交差点に進入してくる。

それで、左側から交差点に入ろうとしている車に私が手を挙げて制止して待ってもらい、無事に老婦人を渡らせてから、待ってくれていた車に一礼した。フロントガラスは反射して中の運転者の表情は分からなかったが、きっと「お疲れさま」と心の中で声を掛けてくれていたと思う。老婦人も、渡り終えた後で丁寧に「ご親切に有り難うございました」とお礼を仰ってくれた。昔、時代劇でこういうシーンをよく観たっけな。決まり文句が、「どこのどなたか存じませんが・・・」だったような (*^_^*)

私は、そういうことが「躊躇せずできる」人間。自分でいうのもナンだが、ちょっとカッコ良かったかも。

本当は早く店に戻らなければならない用事があったが、こういうことで遅くなるなら仕方ない。待てよ・・・、これって、まるで「老老介護」みたい。もしかすると老婦人の息子だと思われてたりして(*´ω`)

私がそういうことが自然に出来るのにはワケがある。30歳で、普通車の免許より先に原付の免許を取って、その免許証を貰いに川越に行った時のこと、駅前の大通りの横断歩道の渡り口で名門「川越女子高校」の生徒が3人くっちゃべっていたが、そこにお年寄りがやってくると、話を中断して、お年寄りに付き添って向こう側に渡り、また戻ってきて、何事も無かったかのようにおしゃべりを再開したのを見た。

これ、お年寄りと一緒に渡った後で自分たちも「じゃあね」と別れていったなら何とも思わなかったのだが、元に戻って「何事も無かったかのように」おしゃべりを始めたから強く印象に残ったんだと思う。

その姿に深く感動したので36年経った今でも昨日のことのように覚えているし、今も教訓になっている。いい大人が女子高校生に「一つのお手本」を示されたのだ。学校での指導の賜物なのか家庭での躾けによるものなのか・・・、あ、その両方なのか。さすがに名門高校の生徒は違う。きっと今も変わっていないことだろう。

先般の町田総合高校の生徒(悪ガキ)とは真逆である。親も教師も、だろうけど。

posted by poohpapa at 04:55| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする