2019年04月22日

今日はノルンの誕生日

ブリーダーさんで繁殖させてるから生年月日が判るけど、あとは「動物園で産まれた」とかでない限り、普通は動物の誕生日なんて判らないよね。で、何歳になったか、と言うと・・・、14歳です。

ノルウェージャン・フォレストキャットの平均寿命は11歳〜14歳、ということで、平均寿命の上までは十分に生きていることになりますね。人間で言えば88歳まで生きたようなもので、ここから先は100歳超えを目指して生きてほしいものです。ノルンと暮らす毎日の一日一日が我が家にとって宝物です。

先日、必要があってノルンを抱き上げましたが、あまりに軽くなっているのに驚いて、涙がスーッと流れてしまいました。お袋をおぶって「軽くなったなあ・・・」と思うのに似ているかも。おぶったこと無いけど。

毎日が怖いです。朝起きてノルンの様子を見て、「ああ、今日も生きててくれた・・・」と安堵しています。

posted by poohpapa at 09:46| Comment(5) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

未完に終わった親父の発明、と、いろいろ

この記事を見て、親父のことを思い出した。長々と思い出話になるけど・・・、

「義父の頭に液体500種類を塗布」がきっかけ、うどん店ママによる大発明とは
週刊女性PRIME [シュージョプライム] 2019/04/21 17:00

戦前は(お袋の地元の)大阪で八百屋をやっていて、戦後は愛知に流れ着いて日雇いの土方で(生活保護も受けずに)6人の子供を育ててきた親父が、一度だけ発明にチャレンジしたことがある。

うちの近所に、「イボタ」という植物があって、その葉っぱを疣(イボ)に貼ると、数日して嘘のように疣が落ちるのだが、親父が「その葉っぱの中に疣を落とす成分があるハズ」と考え、搾り取ろうとしたり煮詰めたり実験していたのを思い出した。まあ、この記事の母子のように執念も根気も無かったし、成分を抽出したとしても、その後どうしたら良いかも解かっていなかったから商品化は無理だったと思うけど。

日銭が入ると家計に入れるより先にパチンコ屋に行っていた親父が喜々として実験していたのを思い出す。おそらくは「疣取りの妙薬を発明して一攫千金」を狙っていたんだろうけど、今思えば微笑ましい。今は医療技術も進んでいるから疣で悩んでいる人などいないだろうけど、半世紀以上前の話だから当時もし発明していたら注目くらいはされたかも。

「イボタ」は通称で、正式名称は違うと思う。疣が落ちるからイボタと呼んでいただけではないか。親父が見れば「これがイボタだ」と判るだろうけど、それにしても、親父がどうして「イボタ」のことを知っていたものか。少し肉厚な普通の葉っぱで他に特徴は無かったから、私が今見ても解からない。

パチンコだけが楽しみだった親父には創意工夫も執念も根気も無く、有ったのは「あわよくば・・・」という夢だけ。それでも、私が子供の頃から「商売の秘訣」やら「人間の本質」、「戦時中の出来事」なんかを他の兄弟には一切話さず私にだけ話して聞かせてくれていたし、私は親父を尊敬している。

まあ、親父よりお袋かなあ・・・。間接リュウマチで手の指が曲がって肌はテカテカに光っていて、歯は虫歯で一本も無く、歯科医院にも行かず、根元が緑色になって残っている歯茎で噛んで食事していた。歯がそこまで溶けたなら虫歯の激痛もあったと思うし、間接リュウマチの痛さも半端ではなかっただろうけど、お袋から「辛い」だの「痛い」だのという愚痴を聞いたことはただの一度もない。洗濯機も冷蔵庫もガスコンロも無い家で、洗濯も買い物も洗い物もこなしていた。今は「どうして気付いてあげなかったんだろ。手伝ってあげなかったんだろ」という後悔ばかり。うちが生活保護を受けていなかったのが不思議。

私が元妻の実家での二世帯住宅を出て、うちのと同居し始めた頃、親父は既に他界していたが、うちのを一度だけ愛知の実家に連れて行ったことがある。もちろん、「今、この人と付き合っています」とは言えないから親友に同行してもらい、「親友の従姉妹」ということで紹介したけど、帰る際に離れの窓からずっと我々の姿が消えるまで見送ってくれていたから本当の関係に気付いていたと思う・・・、親だから。

今思えば、あの時、嘘をついてでも会ってもらっておいて良かった。例え気付いてなかったとしても。

実家(他の姉兄たち)との関係は自然消滅していて、お袋が無くなったことも知らせてもらえなかった。なぜそうなったか、は、たぶん元妻が原因だろうな、と思う。復縁を持ちかけられて私が断った際、うちの管理物件の大家さんや、うちの店の大家さん、仲良くしていた同業者さんなどを廻って、「自分がどんなに辛い思いをしているか、夫(私)からどんなに酷い仕打ちを受けているか」を話しているし、当然に私の実家にも電話して泣いて訴えていたと思う。元妻はまるで松居一代で、そうなるとどうなるか、

うちの家系は常に身内より他人を庇う傾向がある。どんなにこっちの言い分が正しかろうが、そんなことに関係なく「奥さんのほうが正しい、オマエが間違っている」になるもの。喧嘩はしていても仲が良い時ならそれでかまわないのだが、離婚話になっていても、理由に関係なく「オマエが悪い」は辛い。私が元妻の実家でずっと「どういう扱いを受けていたか」「元妻や元妻の親族が私に対して何をしたか、何をしなかったか」など関係ない。こっちの言い分など聴かないから完全に私が悪者。

それでも、実家(他の姉兄たち)との関係修復を図ろう、などとは全く考えなかった。うちのにそういう煩わしい親族と親戚付き合いさせたくなかったから、である。岩手と愛知では風習やしきたりなんかが違うもの。両方に合わさせていたら神経をすり減らしてしまうだけ。唯一、私が「申し訳ないな」と思っているのは、両親を最期まで看取ってくれた義姉さんに対してのみ。他の姉兄たちからどう思われていようが一向にかまわない。

同業者さんや家主さんからは、ずいぶん経ってから「実は、前の奥さんが訪ねてきたんだよ」と聞かされた。そのことで関係が壊れた人や会社は全く無い。私に今も話してない家主さんもいらっしゃることだろう。元妻は「関係修復は有り得ない」と知っていたと思う。もし復縁したならば、そして自分がしたことで関係が壊れた相手がいたならば、(私の)収入も減るだろうし自分の首を締めることになるのだから。

私が一番大切にしなければならないのは「うちのと私」という単位。そう思えなくなったから元妻とは離婚したのである。元妻は「関係が戻らない」と知っていて、私が良好なお付き合いをしている人たちとの仲を壊そうとしたのである。夫婦で築いた資産も「全部くれ」と言うから一円も貰わず置いてきたのに、私が全部持って行ってしまった、と周りに吹聴しているし・・・。ただ、それでも私はかまわない。そういう話にしてないと、自分は家に残っていて亭主が出て行ってしまったのだから世間体が悪いものだろうから。

まあ、私は、こうやってブログに愚痴を書けるしね (^◇^)


posted by poohpapa at 05:35| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする