2019年05月29日

痛ましい事件・・・

川崎市多摩区でスクールバスを待っていた児童らが殺傷された事件・・・、

先ず、犠牲者の方、ご遺族の方には心からお悔やみ申し上げます。子供たちも、一瞬のことで何が起きているのか解からず、さぞかし怖かったことでしょう。命は助かったとしても、一生消えない傷、トラウマを背負うことになるでしょうから被害は計り知れません。

昨日、「とくダネ!」を観ていて、事件の速報が入った時に、私がうちのにすぐに言ったのは「これ、犯人は捕まっても精神鑑定だろうね」ということ。無関係の人間、しかも無差別に大量の人を殺傷したなら精神が正常なワケがないのですから、捕まっても弁護団は「精神鑑定」を要求して、当然に不起訴になったことでしょう。後に犯人が死亡したと聞きましたが、正直、「死んで良かった」と思いました。

心神耗弱のため不起訴とか、起訴されても無罪になったなら、犠牲者は浮かばれません。だいいち、精神異常者と正常な者、同じように裁けばいいのです。どちらも起訴をして有罪の判決が出された上で、罪の服し方が違う、ということで当たり前だと思うのです。ここまで言うと問題があるかもですが、何人も殺傷しておきながら精神鑑定で不起訴や、起訴はされても無罪になるような人間、生かしておく必要があるのでしょうか。社会の役に立つことはなく、いつ同じことをするか分からず、周りに恐怖を与えるだけで、生かしておく間、税金が無駄に使われるのですから。

私は、いろんな事件での「精神鑑定を請求」「心神耗弱で不起訴、あるいは無罪」などというニュースは見たくありません。たとえ精神異常でも、精神異常でない人と同様に死刑で良いでしょう。でなければ明らかに逆差別です。平穏に暮らしている人と精神異常者、守るべきはどちらの人権なんでしょう。

同様の事件で、よく容疑者が現場で自殺するケースがありますが、いつも「死にたきゃテメエだけ勝手に死ねばいいじゃねえか」と思います。無関係の人を巻き添えにする必要がどこにあるんでしょう。どうしても「人を巻き添えにしなきゃ自分だけだと怖くて死ねない」というなら、誰の目から見ても世の中に害を為す人物を道連れにすればよい、と思ってしまいます。例えば、〇〇洋平とか〇〇由紀夫とか・・・。

池袋の「上級国民」による事故でも思いましたが、朝、元気に「行ってきます」と出て行った子供とか家族が、ある日突然帰ってこなくなる、生活の中から一瞬で消えてしまう・・・、ワケが解からないと思います。理不尽な現実を受け入れるのには相当な歳月を要するでしょう。上級国民が心から反省しているなら、そして高潔な人であるなら、「踏んだけどブレーキがあ」とか言わないと思いますね。

なんか、ここんとこ「やりきれない事件や事故」が続きますね・・・。お互い、気を付けましょう。



posted by poohpapa at 05:39| Comment(6) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする