2019年07月16日

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日本はなぜ極端な"不寛容社会"になったか  PRESIDENT Online 門倉 貴史  2019/07/15 09:15

日本人だけでなく世界的な傾向で、中韓はとくにそう。ネット社会が発達して、誰もが身分を明かさずに好きなことを言えるようになったことで、昨今は「寛容(思いやり)の心」が失われているように思う。

私は、今は身分を明かした上で、時にキツイ意見や批判を書いていて、当然に、その分だけ強烈な反論や批判を受けることもあるが、それは覚悟の上のこと。そんな覚悟が要らないならもっとキツイ書き方もできるもの。身分を明かさずに誹謗中傷するのは卑怯と言える。ネット社会では誰もがサイコパスになっている。

ネットの社会だけでなく、不祥事を起こした企業や個人に非通知で電話して抗議するのも同じ。反論や弁解できる立場になく、ただ頭を下げるしかない相手に対して集中砲火を浴びせる。それって、もう白旗を挙げている敵陣に対して攻撃の手を緩めず皆殺しにするようなもの。気が小さくて、ふだんは面と向かって意見が言えない奴に限ってその傾向が強い。信念や自信を持っている人間はそういうことはしない。そいつらが「今までに間違いなど犯したことは無いのか」と言えば、絶対にそんなことはない。

にも拘らず、みんな「他人や企業の粗探し」をして次なる憂さ晴らしのターゲットを探っている・・・。


話が飛ぶけど、太平洋戦争末期に中国や北方領土に居留していた日本人に中国やソ連がやったことも同様。中国は南京事件の真実を歪曲して日本人の残虐行為だと非難しているが、中ソがやったことはそれどころでなく、人間の所業ではない。中ソは民族的に残虐なDNAを今も受け継いでいる。


で、私なんかは政治家や芸能人の不倫が発覚しても何とも思わない。自分とは関係ないし、むしろ「ああ、同じ人間なんだ」と安堵したりして。「これが、企業のトップが何十秒も深々と頭を下げて謝罪しなきゃならないような事案かねえ」と思うこともしばしば。そうしないと世間が赦さないからなんだろうけど。

一人じゃ何も言えないくせに集団の中に紛れてなら言える・・・。そんな奴とは友達にはなれない。ネット社会は生活環境を飛躍的に便利にしてくれたけど、我々から「寛容の心」を奪ってしまったのも事実。

「日本はなぜ極端な"不寛容社会"になったか」と問われれば、「自分には火の粉が飛んでこない安全な対岸から見物して好き勝手を言っていられる観客席が用意される社会になったから」ということに尽きる。

まあ、以前も書いたけど、「日本人は何かで懲りると極端に針を反対側に振る傾向」があって、身分を明かさずモノが言えるようになったら、この時とばかり、事実確認もせず、相手の事情や心情も考慮せず、一方的に非難して個人的な溜飲を下げる・・・、そういう民族に成り下がっているのも事実。

どんなに世界や生活環境が変わろうが、日本人としての稔侍を失わないで毅然としていることが、国際社会からの日本に対する信頼や国益に繋がる、と思うんだけどね。って、言うのは簡単だけど難しい。



posted by poohpapa at 05:55| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする