この仕事をして30年、今までに3度ほど引越し立ち会いで無性に感傷的な気分になったことがある。
引越し業者によって家具などが全て持ち出されてガラ〜ンとなった部屋を見ていて、「この入居者さんは、この部屋で大変な苦労をして慎ましく生活していたんだな・・・」と、つい感情移入して胸が締め付けられるようになるのだ。それは、性別や年齢に関係ない。私が何かの相談を受けたりして、暮らしぶりをよく知っていたり、いろいろ理不尽な仕打ちを受けながら頑張っているのを見てきたからに他ならない。
「まだ弟もいるから」と、仕送りを辞退して風呂無しの部屋に住み、学業とバイトを両立させて卒業した一橋大の苦学生(男子)の立ち会いでは涙が零れた。彼はどんな仕事に就いても成功するだろう。
学友は皆、立派なマンションに住んでいるのに、風呂こそ付いているが安いアパートに入居して頑張っていた音大生(女子)の引っ越し立ち合いでも、しばらく作業に入れず立ちつくしていたなあ・・・。
音大を卒業後、フランス歌曲の勉強をするためにフランスに留学することになり、「もしフランスにおみえになることがあったら是非声を掛けてください、案内させて頂きます」と言われて、私の田舎の兄貴と本当に訪れてしまった。その際には、お返しにミシュランの三ツ星レストラン(当時)「タイユバン」にご招待させて頂いた。そんな「入居者さんと不動産屋の関係」も珍しいと思う。普通は行かないだろうし。
タイユバン・・・、創業オーナーだったブリュナ氏が亡くなり、総料理長が代って、今は一ツ星になっているのが残念。後年、三ツ星時代に、うちのとも訪れている。最高のレストランで、「アンタが今までに食べた物の中で一番美味しかったのは何か?」と訊かれたなら、迷うことなく「パリ8区のタイユバンで食べたブルターニュ産オマール海老のプータン」と答える。気取っているのでなく本当に美味しかったから。
さて、空っぽになった部屋を見ていて寂しい気分になったのは昨日が4度目かなあ・・・。
母子家庭で3人のお子さんがいて、お一人は重い障害をお持ちで、2階の部屋ではいろいろ困難なことがあるので別のアパートの1階の部屋に移ることになったのだが、何も無くなった部屋を見ていてジーンときた。プライベートなことでも相談を受けていたりしていたから余計に、なんだろうな。
その入居者さん、「お世話になったから」と、菓子折と猫柄のタオルとバスタオルをくださった。家計も楽ではないだろうに・・・、なんか申し訳なく思う。後で別の美味しいお菓子をお子さんに送ってあげよう。
ちなみに、頂いた「アップルバターフィナンシェ」、もの凄く美味しかった。初めて食べたんだけど、仄かな林檎の風味と甘さで衝撃的な美味しさ。いろいろ送って差し上げたい人がいるから、今調べている。
帰りに、近所にお住いの家主さんのお宅に伺って、さらにお菓子を頂いた・・・。うちの在庫のお菓子だけでも三日くらいはゆうに食い繋げることだろうから、この週末、全ての店が閉まっても困らない。
で、いろいろ思い出して感傷的な気分になってしまった・・・。ま、時に不動産屋にはそういう日もある。
ところで、高島屋立川店は今日も営業するみたい。臨時休業するのは日本橋本店のみのようだ。うちの店も今日と明日はお休みしよう。不要不急な用件以外での外出は控えるように、とのことだが、街の様子は見てみたい。こんなことでもなければ二度と見ることができない景色だろうから。