2020年05月18日

(失礼ながら)見かけによらず聡明な女性と、見かけどおり軽薄な男

検察庁法改正、著名人の抗議は「勉強せずという人が多い感じ…」(指原さん)⇒EXIT兼近さんは「批判することって自由」

検察庁法改正案を巡り、Twitterでは著名人が相次いで反対を表明し、抗議のうねりを生んだ。一方、指原莉乃さんは5月17日のテレビ番組で、自身の迷いを語った。
HUFFPOST  國崎万智  2020年05月17日 16時12分

記事の中の指原の指摘は全くもってその通りで、一方、兼近は「自由の意味」をはき違えている。

自由の裏には責任というものがある、ということがまるで解かっていない。家で晩飯を食べながら「こんなの最低!」と言うなら何をどう発言しようが自由だが、著名人が公共の電波(テレビやラジオの番組)や、誰でも目にすることができるネットで発信したなら、それなりに影響があるもの。

「こういうふうに考えられませんか?」と問いかけるならまだしも、誰に唆されたものか「もう日本に未来は無い」だのと酷い論調で批判してファンや視聴者を誤誘導するのは「自由」の一線を超えているだろう。ネットなんかだと、身分を明かさず済むから、批判に止まらず人格の全否定までする奴もいて。少なくとも、著名人が意見を発信するなら、それなりに勉強したり調べてからにしなければ恥ずかしいだろう。

イジメに例えれば、指原はクラスの多くが加担しているイジメに、少なくとも自分は加わらないが、兼近は「どこに問題があるのか」など考えずに「みんながやってるんだから仲間に入ろう、そんなのボクの自由じゃん」と加担するタイプ。ま、「イジメを制止しないなら同罪」という見方は置いといて。

記事の中で紹介された指原の発言、

「私も実際に芸能の方のツイートを見て、ああこういうのがあるんだと知ったので、それを知っている人がそういうふうに広めてくれて、勉強する、関心を持つという点に関してはすごくいいなと思いました。

ただツイッターですごく簡単に表された(改正案の)相関図が載って、それが拡散されてここまで大きくなったと思うんですけど、本当にそれを信じていいのか、双方の話を聞かずに、どっちもの意見を勉強せずに、偏ったやつだけ見て、『えっそうなのヤバイ広めなきゃ』という人が多い感じがしています。正直この件に関しては私はそこまでの信念がなかったのでつぶやけなかった」


ド真ん中の正論である。一方の兼近の発言は、

「一番残念なのは、きゃりーぱみゅぱみゅさんがツイートして叩かれて、それを見た若者たちが、やっぱり政治に参加したらこういう嫌な思いするんだな、大人からこういうこと言われるんだなっていうので衰退していくのが一番ダルイっすね」と、嫌悪感を示した。

とある・・・。ズレている、というか、勘違いも甚だしい。自分は「批判は自由」と言っておきながら、批判されると「嫌な思いをする」と言う・・・。ここまでの馬鹿はそうそうお目に掛かれない。

ま、指原は「いいお母さん」になれるけど、兼近の子供はロクな人間にならないかも。別の見方をすれば、指原はきっと人知れず苦労をしていてそれが身に着いていて、兼近は苦労が足りないんだろうな。



さて、昨日、更新契約におみえになるお客さんを待っていて、ふと見ると、店の前の横断歩道の渡り口で、クロネコのいつもの配達員さんが信号待ちしていた。それで缶コーヒーを持って行って、「いつもご苦労さま。今はとくに物流の皆さんの頑張りのお陰で私たちの生活が廻っていて本当に感謝しています。気を付けてくださいね」と言って渡すと、「有り難うございます、励みになります」と笑顔が返ってきた。

こういうのを「自己陶酔」と言うんだろうけど、「まあ、なんて私はイイ人なんでしょ」とウルウルきた。少なくとも兼近とは真逆の人間なんだと思う。って、私も人格の全否定をやらかしているか・・・💧








posted by poohpapa at 04:55| Comment(11) | 芸能・アイドル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする