2020年09月28日

ちよっとした騒ぎになってるらしいけど・・・

古市憲寿、「母親らしい服を着ろ」の声に反論 「よくぞいった」「本当にそれ!」と称賛の声
By - grape編集部  公開:2020-09-25

フジの「とくダネ!」のコメンテーターとしても出演していて、時に独自の視点から意見を述べていて面白いんだけど、これは違うと思う。これを 「よくぞいった」「本当にそれ!」と称賛する奴って??(^◇^)

タレントの紅蘭が、記事にあるような(危うく乳首が出そうな)服で子供を抱っこしている写真をネットにアップしていることに対する批判に古市憲寿が反論した形。

日本のお母さんってとにかく周りにいろんなことをいわれるんですよ。

働いただけで「子供がかわいそう」とか、遊んでると「子供がかわいそう」とか…。

だから、これもその一環だと思うんですけど、本来は別にどんな服を着ようとどんな髪型をしようと完全に個人の自由なので。

それを他人が、とやかくいう問題じゃないのかなと僕は思いますね。



「これもその(かわいそうと批判される)一環」、ではない。洋服も髪型も個人の自由だが、ものごとにはTPOというものがある。家の中で着ているだけなら自由だが、こんな写真をネットにアップするのが間違い。こんな服で街を歩いたり誰かと会ったりしているなら「自由」の意味を勘違いしている。

これで暴漢に襲われても文句は言えない、くらいの話。本人はそのつもりは無くても「男を誘っている」と思われても仕方ない。紅蘭を批判している人たち、いつもの「匿名をいい事に誹謗中傷しているコメント」と違って当たり前の常識や節度を持つことの必要性を述べているに過ぎない。

これ、子供とのツーショットだから、ということもあるんだろうな。単独でなら非難されなかったかも。

古市を擁護するコメントの中に、

・古市さんのいうように『○○らしさ』って呪いだと思います。「男らしく生きろ」とか「女らしくない」とか、そういう考えはもう古い。

とあるけど、救いようのない馬鹿だと思う。「〇〇らしく」という価値観はとても大切なもの。時代がどんなに変わろうが大切にしていかなければならない普遍的な価値観。男らしく、女らしく生きている人のほうが好かれるし、結局は得をするもの。何でも「古い」「時代が違う」で片付ける奴、ほんと、浅慮だと思う。

自分と考え方がちょっと違うだけで(ネットで)身分を明かさずボコボコに叩いたり、コロナの陽性患者を特定して非難したり、火事場泥棒みたいなことを平気でやったり、攻撃対象が自殺するまで追い詰める・・・、昔は無かった、とは言わないが、人を思いやる心、謙譲の心を大切にしていた「日本人らしさ」は失われつつある。「自由」だの「(ゆき過ぎた)人権やプライバシーへの意識」だの、そんなものを重視し始めたことで日本が住みにくい国に変わってしまったように思う。

「男らしさ」「女らしさ」「日本人らしさ」は尊いものである。欧米を真似る必要は無い。時に多少の「不自由」も大切、ということがあるし。「自由」や「人権」に対する意識が台頭してきた代わりに「恥」の概念や「武士の情け」みたいな配慮が失われてきて・・・、ほんと、昭和の頃が懐かしい。

不自由や貧困や劣悪な環境は人を強くするしね。最初から自由で平等で完全な社会を用意しておく必要など無い。だいいち無理だし。人権も「基本的人権」だけで良く、後は自分の努力で何とかすればいい。国や行政を当てにして「そんなのは福祉があ」と不平不満を言って騒ぐような奴は切り捨てていい。

何度も書いているけど、3.11の際に避難所で、ある少年が警察官から「お腹が空いているだろうから」と渡された食べ物を「僕よりもっとお腹が空いている人がいるだろうから」と配給の棚に置いた、それこそが「日本人らしさ」なんだと思う。「らしさ」が呪い・・・、何を見て生きてきたんだろ、愚かだねえ。

grape編集部は、

『母親』といってもそれぞれに個性があり、好きなファッションや選ぶ服が違うのは、当たり前のこと。

古市さんや紅蘭さんのような、『らしさ』に囚われない自由な考え方がもっと広まってほしいものですね。


と記事を纏めているが・・・、不快に思う人、これはどうかな、と思う人が大勢いるのも事実。そういう人たちに配慮せず、「古市さんや紅蘭さんのような、『らしさ』に囚われない自由な考え方がもっと広まってほしい」とは・・・、世の中すべて相手のあること、「自由」の意味をはき違えないで頂きたい。



posted by poohpapa at 05:29| Comment(6) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする