2008年08月26日

この報道の「あり方」に疑問

昨日、ニュース等で頻繁に取り上げられていた下記の事件で、マスコミの扱い方に対して大いに疑問がある。

16日午後7時20分頃、栃木県鹿沼市の東北自動車道の下をくぐる市道で、軽自動車を運転していた45歳の女性が、大雨による冠水で車が水没し車内に閉じ込められて死亡した、というものだが・・・、

番組でインタビューに答えていた母親は、「車内から数回『助けて。川に流された』と携帯電話で連絡してきており、『お母さん、さようなら』という電話が最後だった」と述べている。母親も119番し、目撃者も警察や消防に通報したが、どちらも直ぐ動かなかったことで女性を死に追いやった、という内容であった。

ひょっとすると母親の言葉は前後が切り取られている可能性もあるので母親を責める気は無いのだが、大事なことが抜けていないか。

この女性は「崖下に転落した」のでも「海に落ちた」のでもない。
東北自動車道の下をくぐる道を通過しようとしていたのである。

母親は「あそこは大雨になると危険だということは皆が知っていて、(市道を管理する)市が放置してきたことに問題がある」とも語っている。だとすると、亡くなった女性も「知っていながら冠水を始めている道に(通り抜けられると判断して)突っ込んだ」ことになる。

女性の車は鉄砲水で流されたワケではない。冠水している道路に、電子部品で制御されている車が入ったなら「車は止まってしまう可能性が高い」ということや、「冠水してドアが開かなくなった車からどうすれば脱出できるか」ということを知らなかった、或いはパニックになってしまって正常な判断が出来る状態ではなかったとしても、この事件は元々は本人の判断ミスから始まっているのではないか。

留学先から帰国した息子を迎えに行こうとして、豪雨の中(早めに家を出て安全な道を選択することなく)冠水している道に突っ込んだのである。もし、ワイパーを高速で動かしていても視界が悪く、冠水しているかどうか判らなかったなら、なおのこと「皆が危険だと知っていた道」は避けるべきだったろう。酷なようだが、先ず一番の責任は「直ちに救出に向かわなかった消防や警察、市道を管理する市」ではなく、運転していた本人にある、と思えてならない。

更に言うなら、車が止まった時点でなら車は即冠水してはいなかっただろうから、携帯で消防や家に助けを求めて電話しているくらいなら、(既に水圧でドアが開けられなかったとしても)自力で助かる方法とチャンスはあったのではないか、と思わずにいられない。と言っても、パニックに陥っている人に求めるのは無理ではあろうが・・・。

たしかに消防や警察もミスを認めているし責任はあると思う。だが、こういう事故が起きた時、行政の対応を批判するだけでは次の事故は防げない。マスコミが日本人の特性上「人が亡くなっているのに死者や遺族を批判できない」という姿勢になるのは解からないでもないが、「全ての責任が行政側にある」「行政の怠慢だ」という内容に偏って報道し、視聴者の意識を誘導するのは如何なものか。この機会に、「冠水した車からの脱出方法」を解かりやすく伝授してくれる局(番組内容)は、私の知る限り無かったし。

番組に出演しているコメンテーターも誰一人として疑問を呈することはなく、全員が「善人」になっていたようで、観ていて「ああ、こうやって医療ミス(?)なんかも作り上げられていくんだろうな」と思った。

私なんか、「出会いがしらの交通事故で生死の境を彷徨い、今も後遺症と闘っている実の娘」に対しても「お前が悪い」と言い切っている。それは、もう同じ事故を起こしてほしくないからであって、例え娘が亡くなっていても「相手のほうが悪い」とは言わない。

この事故だけでなく、政治(とくに対中国、韓国)問題ではマスコミは事実を曲げたり隠したり一定の方向に誘導することが多い。事実を正確かつ公正に伝えないことは国民の不利益に直結するのに・・・。
posted by poohpapa at 08:04| ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする