2008年12月18日

つかれる側から見れば「嘘」は2種類

一面的な見方で、なおかつ私の価値観から、ということだが、

嘘、というものは、つかれる側からは結果的に2種類に分けられる。

「赦せる嘘」と「赦せない嘘」、である。

私自身、嘘を全くつかずに生きているのかと言えば、当然にそんなことはなくて、時には仕事を潤滑に進めるためだったり、人間関係を円満に保つためだったり、ま、嘘の言い訳には不自由しないが・・・。

私が全く嘘をつかずに接してきた相手は、自分の子供だけである。

子供に対しては、(訊かれた時に)「子供はどうやって生まれるのか」とか、(子供が横道にそれそうになった時に)「お父さんも子供の頃に万引きしたことがあるよ。その時は何も悪いと思ってなかったけど、後でそのことでお袋をどれだけ傷つけてしまったか、今でも凄く苦しんでいるんだよ」などと話したりしている。自分に都合の悪い話でも正直に言わないと信頼関係は生まれないし維持も出来ない

だから、イザとなった時に「俺が今まで一度でもお前に嘘を言ったことがあるか!」、と凄むことができる。これは効く、実に効く。

では、うちのに対してはどうか、と言えば、適当に嘘もついている。

「愛してるよ」(愛してない、てことはないけど、ま、そこそこに^_^;)
「おまえだけだよ」(男なら絶対ない。そんな奴いたら気持ち悪い)
「他の女性には興味が持てないんだよね」(なら人生終わってる)
「浮気したいなんて考えたことも無いよ」(男だから常に考えてる)

もちろん、ハナから信じてもらえてはいないけどたらーっ(汗)

で、以前も書いたけど、私は子供の頃にこういう体験をしている。

私が小学3年の時だったと思う。田舎の町で、テレビ番組の収録が行われることになった。各家庭に何枚かずつの招待券が配られたが、うちは子沢山で足りなかった。すると、お袋は「一枚どっかいっちゃったんで後で届けるから、って言って入れてもらえ」と言う。

言われたとおりに入口で言うと、若い市職員は「そんなのダメだよ」と入れてくれなかった。ま、それで当たり前ではある。

すると、傍にいた年配の市職員が、若い職員に目配せして、「いいよ、入りなさい」、と入れてくれた。若い職員は「そんなのダメですよ」と何やらブツブツ言っていたが、私は「気が変わらないうちに」と走って中に入ってしまった。

あの時、本当は、年配の職員も「嘘」だと判っていて入れてくれた、と子供心にもよく解かっていた。

自分が大人になったら「そんなふうに嘘が赦せる人」になれたら、とずっと思っていたが、それでも「赦せる嘘」と「赦せない嘘」がある。どこが違うんだろ・・・、と考えてみたが、

「自分のためだけにつく嘘」か「周りに配慮したりしてつく嘘」の違いなのかも知れない。ただし、いくら周りに配慮して、と言っても内容や程度にもよるが。もちろん、その時の状況や私の価値観にもよる。

仕事をしていても滞納者から嘘の言い訳をされることはよくあって、それらの全てに怒ったり反論したりはしない。適当に「嘘」を飲み込んでやらないと、支払い意欲も無くなったりするものだし。

これは、国税庁の査察なんかと似ている。脱税している法人に追徴金も含めて満額納税させようとすると、下手すれば倒産してしまうし納税意欲も無くなるから若干の手心を加える、と聞いたことがある。

高等テクニックだけど、「ああ、自分の嘘は見抜かれてるな。でも、この人は飲み込んでくれているんだ・・・」と相手に思わせるのが最も上手いやり方で、ただし滞納している人の多くは、そういうことを機敏に察してくれるような頭は持っていないのが問題ではある^_^;

仕事の上下関係でも言えると思う。部下の嘘を(その時は)追求せずに上手く飲み込んでやって、別の機会に穏やかに指摘してやれば、「この上司には嘘は通用しないんだ」「こういう上司ならついていける」と思ってもらえるものだろう。ま、部下の器量にもよるが。

と言っていながら、私は最近、即座に追及して失敗しているがたらーっ(汗)


今・・・、いろんな人の「嘘」をいっぱい飲み込んでいて・・・、

もう「もどしそう」なくらいで、気分は最悪であるふらふら

posted by poohpapa at 04:09| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
う〜ん。深いですね。
私もそういう「大きい人」になりたいです。
が、現実は即座に反応・追及。
難しいです。。
Posted by けろけろ at 2008年12月18日 05:05
けろけろさん、おはようございます

あの時の年配の市職員の方、もうお顔も覚えていませんが、雰囲気や様子は今も忘れません。半世紀近くも前の出来事なのに・・・。

きっと、たくさんのご苦労をなさっている方だったんでしょうね。そして、それが身についているから人に優しくできるんだと思います。

もうご存命ではない、と思いますが、こんなふうに「誰かの心に残っている」というだけでも素晴らしいことでは、と思いますね。

私が死んだら・・・、誰かの心に残るでしょうか・・・。

「野郎、やっと、くたばりゃがったか!」ばっかだったりして(*^^)v
Posted by poohpapa at 2008年12月18日 07:20
『三丁目の夕日』じゃないですけど、そのような時代だったんじゃないでしょうか。
嘘を飲み込む心の広さが日本人の中にまだ残っていた古き良き時代。(そこにつけ込むということにまだ忸怩たるものがあった、日本人の伝統文化的モラルがなくなる以前。)
というほど、自分には懐古趣味はないのですけど・・・
でも、子供を授かってからは、小さい子供(とその連れ)に優しい眼を向けられるようになりました。(大人だ・・・やっと。)
胸の奥がキュンって。
Posted by ハリケーン at 2008年12月18日 10:35
ああ、私にも同じような経験があります
子供映画の割引券でした
父が同じことを言いました^^;

そんなことを言うぐらいなら見たくないって思ったような・・
でも二つ下の妹を一人で行かすわけにもいかず
必死の思いで嘘を言ったら
すんなり入れてもらえた気がします

きっと分かっていたのでしょうね
ちょっと涙が出てきました
Posted by えあろ at 2008年12月18日 18:42
ハリケーンさん、おはようございます

古き良き時代・・・、そういう思い出ならいっぱいあります。多少「苦かったり恥ずかしかったり」はしますけど^_^;

年配の市職員さんね・・・、本当にイイ人でした。若い職員の方、後できっと「あのガキを入れたのはおかしいよな」と同僚に話していたんじゃないかな、と思うのですが、その後にいろんな経験をして「ああ、こういうことか」と解かって成長してくれたかも、と期待しています。

いい時代でしたね(*^^)v
Posted by poohpapa at 2008年12月19日 08:44
えあろさん、おはようございます

私と似たような体験をなさったのですね。

その時は「辛い思い出」でしかなくても、そういうのは大人になってみれば「いい思い出」になるものですね。

でも、子供のほうは堪りませんね。私の親ともども、反面教師だったんですね。今なら、絶対に入れてなどくれないでしょう(*^^)v
Posted by poohpapa at 2008年12月19日 08:51
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