2012年03月19日

シャネルは好きでないけど社長の言葉には同感

泉ピン子が自他ともに認める「シャネラー」ということで、私の中ではシャネルのイメージは傷ついているが、東日本大震災に関するシャネル日本の社長のご意見には全く同感である。



「『絆』はどこに?」 シャネル日本法人社長が小説で警鐘

2012.3.18 21:19 msn.ニュースより

 シャネル日本法人社長のリシャール・コラス氏(58)が今月、東日本大震災を題材にした小説「田んぼの中の海」を母国フランスで出版した。

 欧州の人々に津波被害の実態を伝えるとともに、日本社会が抱える問題を描きたいと筆を執った。同氏は、多くの自治体が、がれきの受け入れを拒否していることについて「どこに『絆』があるのか」と述べ、震災から1年を経て連帯意識が失われた日本に警鐘を鳴らしている。

 コラス氏は震災後、避難所や仮設住宅にメークアップアーティストを派遣して被災者にメークをするなどのボランティア活動に取り組んできた。その中で、震災を忘れたかのような東京の「日常」と、困難な生活を強いられている被災地との差に「日本が2つの世界に分かれてしまった」と感じた。欧米で東京電力福島第1原発事故ばかりが注目されることも執筆の動機になった。

 小説は、津波で家族全員を失った漁村の少年と、東京で無目的な人生を送ってきた若者が主人公。2人の対比を通じ、失われつつある「伝統的な日本の価値観」への思いも込めたという。

 コラス氏は日本在住歴35年以上の知日家。震災直後の日本社会の連帯を評価する一方、がれきの受け入れ拒否や福島県から避難した児童へのいじめには憤りを隠さない。「日本人に助け合いの気持ちがなくなっている。それを外国人(の自分)から指摘されるのは、さみしいことです」

 小説の印税は、被災地の育英基金に全額寄付するという。




これは私も思っていた。瓦礫の受け入れを拒否する自治体なんてあってはならないもの。

<<震災を忘れたかのような東京の「日常」と、困難な生活を強いられている被災地との差に「日本が2つの世界に分かれてしまった」と感じた。

震災直後は多くの援助が寄せられたものの、被災地以外に住む人にとっては次第に「他人事」になっているし、「あの時すぐに私も義捐金を送ったから、いちおう、やることはやった」と自身に言い訳している人も多いだろう。私は「特別なことをしなくても、それぞれが出来る範囲で協力すればいい」と言っているが、それすらしようとしない人たちがいるのはどうしたことか。逆の立場になれば、それがどんなに辛いことか解かりそうなものである。

コラス社長が言うように「外国人(の自分)から指摘されるのは、さみしいこと」だと私も思う。ましてや「福島から避難した児童へのいじめ」が起きているのは日本人として恥ずべきこと。親も悪いし、そういう親にした戦後の教育も歪んでいたんだろう。私は、巷間で言われているように日本人の価値観が「欧米化」しているのでなく、まさに「中国化」しているんだと思う。個人主義でなく利己主義になっているから。

私が住む東京都が瓦礫の受け入れを決めているのは凄く嬉しい。逆に、受け入れ拒否をしている県や町には私は絶対に旅行などしない。物産もなるだけ買わないようにしたい。住民に罪は無くても、である。心ある住民は情けなく思ってるだろうけど、そういう運動が全国に広まっていったらいいのに、とさえ思う。

もっとも、国のトップからして中国の顔色を気にして、義捐金を(総額でもGDP比率でも)最も多く送ってくれた台湾の代表に国としての献花をさせなかったのだからどうしようもない。中国や韓国が何をしたのか。韓国など、教科書問題を理由にして集まった義捐金を寄付した人たちに返してしまったくらいなのに。日本は中国の属国ではないし、今に始まったことではないのだが「これじゃ舐められてお仕舞い」であろう。


うちも生活は楽ではないので継続的に義捐金を送ることは難しいが、それでも溜まったポイントなどを義捐金に交換して送らせて頂くことはしている。以前も触れたが、この夏のドイツ旅行の7人分の航空券をカードで購入したポイントも、参加者のご了解の下、全てそのまま寄付させて頂くことになった。今までに我が家で溜めた分と併せると2万円くらいになる。世の中には「ポイント命」という人も大勢いるようだが、うちの場合は元々当てにしてなかったものであって、言わばアブク銭みたいなものだから、そういうのなら負担も軽い。個々は少なくても纏まれば大きくなるだろうから、多くの方が賛同してくれたら、と思う。


ま、それより何より、早く被災地の人たちの手元に義捐金が届けられるようにしてもらいたいものだ。

posted by poohpapa at 06:10| Comment(10) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
震災以降の生活が既に日常になってしまった感のある今日この頃ですが、瓦礫の受入拒否に関しては原発事故を原因とするプロ市民の影響でしょう。
もっともどの自治体も一般廃棄物の処分場については、自分のところでいっぱいいっぱいだとは思います。
福島に関しては、復興はほぼ無理な地区もあるし、そういう地域や東電の土地を強制収容するしかないような気がします。
そうなると福島としてはほぼ終わりでしょうけど。
今では更地にされた宅地はどんどん増えているし、近所の不動産屋もなくなっていってます。
5年もたてば、『脱原発』よりも『脱原っぱ』が叫ばれていることでしょう。
Posted by ハリケーン at 2012年03月19日 06:25
山本太郎とかいう人やプロ市民は原発を停止せよと執拗に運動を繰り返して
いますが、一般市民との間では溝ができつつあるような気がします。
停止しても、メルトダウンが発生したりとか放射性物質が拡散しないように
厳重に管理は継続しないといけませんし、不足するであろう電力は
どこから供給するのか等問題は山積みです。

廃棄物はハリケーンさんのおっしゃる通り各地の自治体の焼却場、処分場は
限界近くまで来ているので、受け入れたくても難しいのが実情だと思います。
プロ市民による出鱈目な「放射能ガー」による間違ったイメージ植え付けも
問題ですが・・。
韓国の原発は安全とプロ市民は言っていましたが、停電が発生し今でも
復旧しないままになっているという重大トラブルについてはちゃんと
報道されていないという事にはマスコミも口を閉ざしています。

日本のマスコミが正しい報道が出来なくなっている状況こそ深刻な問題だと
考える次第です。
Posted by ブロンプトン at 2012年03月19日 07:41
ハリケーンさん、おはようございます

これは基地問題と似ていますね。必要なのは解かっていても「うちの近所には出来てほしくない」というのと・・・。東京なんかも奥多摩はあっても他県に比べれば処分場の用地候補になる土地は少ないと思いますね。それでも「受け入れる」と手を挙げてくれたのは嬉しいです。地下水の汚染がどうの、と心配したところで同じ日本の国民です。難儀している人たちを見て「あっちに行け」はないものです。

<<福島に関しては、復興はほぼ無理な地区もあるし、そういう地域や東電の土地を強制収容するしかないような気がします。

ですが、まさかに「どうせ津波で流されて、しかも放射能で汚染されてて復興は無理なんだから」と、そのまま被災地に積み上げておくことも出来ませんもんね。そういうリスクは国民皆で公平に負うのがスジ、健全な国家のあり方だと思いますね。明日は我が身、ということもありますし。

ほとんどが東電の所有地である尾瀬に運んで埋め立てる、なんてことも出来ませんしね。いっそ法律で、面積や人口や産業など考慮した上で各県に受け入れ義務を負わせたらどうか、と思います。

(出来るのに)寄付もせず、(瓦礫の)受け入れも許容しない奴がいたら、そいつは人間じゃないように思いますね。うちは福島産の農産物も購入しますよ、何の躊躇いもなく。検査済みかどうかも関係ないし、それがたとえウソであってもかまいません。

受け入れに反対している人たちに限って、被災地でボランティア活動などしてないんじゃないでしょうかね、なんかそんな気がしますね・・・。



Posted by poohpapa at 2012年03月19日 07:42
ブロンプトンさん、おはようございます

ハリケーンさんへの返信にも書いたのですが、これは「うちはもう一杯で・・・」という話を聞いていたのではどうにもならないように思います。公平に(平等に、ではありません)受け入れ義務を負わせて、場所などは各県で検討させるしかないかと・・・。いずれにしても、今ある処分場を使って、というのは無理で、新たに建設しなくてはならないものでしょう。

ただ、「場所がない」というのは何処も同じで、本音は「汚染されたくない」というほうが大きいのでは、と思いますね。反対する団体に気を使っているのが透けて見えていて、中には、むしろそういうのを利用しているように思える首長もいますね。

私は、かかる事態が起きていても原発容認の考えなんです。重大な事故が起きても、代替案がないのだし、あっても間に合わないのですから、今反対してもどうにもなりません。現実主義、でもあります。

以前、宅建組合のハイキングで尾瀬に行く、と書いたら、「尾瀬は盗電の持ち物ですよ、盗電にカネを落とすんですか、おかしくね?」とコメントされたことがあります。その人、家では電気を使っているし、電気が無ければ生活が成り立たない人なんですが、所詮は「東電(原発)が諸悪の根源」くらいの意識なんですね。自分は蝋燭生活を送っている、というなら納得しますが、要は勝手なんですよ。東電の人為的な責任と不可抗力の部分はちゃんと区別して考えなければならないものですが。

<<日本のマスコミが正しい報道が出来なくなっている状況こそ深刻な問題だと考える次第です。

これはもう、ブロンプトンさんのご指摘通りだと思います。

物事を正確に判断するためにも、マスコミの都合で情報を漏らしたり隠匿するのだけは止めてもらいたいものですね。国のトップもお粗末ですが、マスコミはもっとヒドイですね。
Posted by poohpapa at 2012年03月19日 08:08
poohpapaさん、おはようございます。

私は東電=悪という論調が嫌いです。原発は電力会社が勝手に作れるものではなく、国の認可と地元の誘致があって建設できるもの。リスク管理のため、国はその運用を監視していたはず。津波で電力を失う状態を想定していなかった責任が、すべて電力会社にあるとは思えないのです。
それと地図を見ると分かりますが、第一、第二原発両方とも2つの町にまたがっています。その理由は想像できますよね。
私たちは湯水の如く電力を消費してきました。「おまえのせいだ責任取れ!おまえらの言うことは信用できない。おれは関係ない」という雰囲気は嫌ですね。
Posted by バラキ at 2012年03月19日 09:35
徳島県の目安箱によれば、「原子力発電所の事業所内から出た廃棄物は、100ベクレルを超えれば、低レベル放射性廃棄物処分場で厳格に管理されているのに、事業所の外では、8000ベクレルまで、東京都をはじめとする東日本では埋立処分されております」ということです。

田中康夫が抉る定見なき「震災復興」の闇!を見ると、陸前高田市は、瓦礫処理施設を地元に作ることで、処理と雇用ができると提案したところ、国に拒否されたとのことです。
福島の雇用の確保を切り捨てて、全国の産廃業者に仕事と金をばら撒くことが、そんなに良いことなのでしょうか?

>私たちは湯水の如く電力を消費してきました。「おまえのせいだ責任取れ!おまえらの言うことは信用できない。おれは関係ない」という雰囲気は嫌ですね。

私もその通りだと思います。でも、このままでは年金が破綻するだとか、今の若者は年金が貰えないよだとか、今の若者は負担が大きくなるだとか笑っている日本人も、嫌です。だって自分が贅沢して、子供や孫に大きな負担を残すことを笑っているわけですから。

それと自己責任論を掲げてきたのは一体誰だったのでしょうか? どのような理由であれ、経営判断として選択したのであれば、自己責任ではないでしょうか?
Posted by 三河屋彦衛門 at 2012年03月20日 00:41
バラキさん、おはようございます

仰るとおり、だと思います。今まで黙っていた人たち・・・、「知らなかった」「こういうことが起きて始めて知った」であったとしても、電気の安定供給という恩恵を受けて今まで快適に暮らしていたハズなのに、掌を返すように「原発反対!、直ちに停止しろ!」と叫ぶのはあまりに節操が無いと思います。ちゃんと事態が解かっていて反対しているのか、国や大企業に対するちょうどいい攻撃材料が見つかったから運動を起こしているのか、も疑問です。

何より、震災直後から危険を冒して現場で作業に当たっている職員の方たちがどんな思いでそんな声を聞いているのか、やりきれません。的外れな言い方でしょうけど、今、「原発を止めてくれ」と最も言いたい人たち、そして言う資格があるのは彼らだけではないでしょうか。

私はいつも、駅前で原発反対の署名運動をしている人たちを意識して避けて歩いてます。
Posted by poohpapa at 2012年03月20日 06:55
三河屋彦衛門さん、おはようございます

いいHNですねえ、時代劇好きの私でもちょっと思いつきませんでしたね(*^^)v

ところで、陸前高田市の瓦礫処理施設の話、知りませんでした。うちのともよく話していますが、どうも正確な情報が国民に知らされていないように思いますね。都合のいい話は漏らすけど、そうでない話は秘匿されているようで・・・。「中途半端に情報を出しても、いたずらに不安を与え混乱を引き起こすだけ。それは被災地の為にならない」というふうに国民や被災地の方たちを思い遣っての話でなく、自分たちの身の保全のためにそうしているだけ、と思えます。

もちろん、私が考えている「全ての都道府県が瓦礫の受け入れに協力すべき」というのは、全国の産廃業者の雇用の確保が目的ではありませんが、結果的にそうなってしまうかも知れませんね。福島で処理できるのであればそうして頂くのが良い、とは思います。どうして国が反対したんでしょうね??

原発に関しては、福島の人たちは辛いでしょう。いろいろあって原発を誘致して、結果として故里を失ってしまっている人たちもいるワケで。中には誘致に反対していた人もいるでしょうから個々の心中は複雑でしょう。もちろん、誘致に賛成した人たちには文句を言う資格は無い、と言ってるのではありませんよ。過去の立場や言葉に関係なく、自由に意見が言えなければ建設的な議論は起きませんもんね。

東電も、国と国民の間に入って非常に厳しい立場なんでしょう。言いたいことも言えないでいるんじゃないでしょうか。全部が東電の所為、原発の所為、というのでなく、国と東電と自治体と国民の責任は、それぞれにちゃんと分けて考えるべき、だと思います。重なってる部分もあるでしょうけど・・・。

年金に関して、政治家や評論家が、よく「このままでは年金が破綻する」「今の若者は年金が貰えなくなってしまう」と言いますが、「そうしたのはあなた方であって、何ら責任を取らずに国民を脅迫するのですか?」と言いたい思いです。国民に理解や協力を求める手段が姑息ですね。

まあ、これから真相が少しずつ明かされていくのでしょうけど、はたして何年掛かることやら・・・。
Posted by poohpapa at 2012年03月20日 07:22
おはようございます。

この小説読んでみたいです。

最近、「寄り添う」とか「絆」なんていう言葉が空々しく聞こえますよね。

瓦礫受け入れ反対を叫んでいる人に
よくインタビューしていますが、その時に
「もし逆の立場で、貴方が被災して一年たっても瓦礫が山積みで、
復興もままならない生活を強いられていたらどうしますか」
くらいは聞いてほしいですね。
マイクの前で何と答えるのか。

わが故郷の神奈川県でも大反対していましたが、
四年以内に70%の確率で首都直下型大地震発生が言われていて、
とても他人ごとではない状況で、
拒否できるのってすごいなぁと感心してしまいました。

こういうことしていると「天罰」が降って来そうで怖い。。。。
Posted by hortensia at 2012年03月21日 09:48
hortensiaさん、おはようございます

<<瓦礫受け入れ反対を叫んでいる人に
よくインタビューしていますが、その時に
「もし逆の立場で、貴方が被災して一年たっても瓦礫が山積みで、
復興もままならない生活を強いられていたらどうしますか」
くらいは聞いてほしいですね。

まさに、全く仰るとおりですね。我が意を得たり、の思いです。本当に有り難うございます。

被災地では今も、我々の想像を絶する暮らしを余儀なくされています。近々、予想されているような大地震に我々が遭わないとも限らないのですから、その時に他県から受け入れ拒否されたらどう思うか、考えなくても解かりそうなものですもんね。

瓦礫も、ですが、福島からの転校生がイジメに遭う・・・、もっとヒドイ話ですね。自分が生まれ育った故里や家を離れて、いつ戻れることになるのか気が遠くなるほどの絶望感の中で暮らしている人たちも大勢います。自分さえ良ければ、というのは情けないですね。

神奈川県も他の県も、瓦礫受け入れ反対、というのは県民全体の声、ではなく、次の選挙をにらんで、というのが透けて見えてますね。県民が皆反対しているのでなく、むしろ「受け入れてもいい」と考えている人のほうが多いのでは、と私は思っています。

とかく「反対する人は声が大きい」ということですね、きっと。
Posted by poohpapa at 2012年03月22日 08:15
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