一度だけ、アパートに火を点けられそうになったことがあります。
あるアパートの住人の女性から、「今、たまたま外に出てみたら、隣に住む男の子が新聞紙まるめて火を点けようとしてたんで、怒鳴って止めたんだけど、直ぐ来てください」との電話。急いで行ってみると、その女性の傍に青年がポツンと放心状態で立っていました。
女性にお礼を言って、「後は私どもで対処しますので」、と、青年を部屋に入れて話をしました。アパートに放火しようとした理由、私には聞かなくとも分かりました。ですから警察には連絡しませんでした。私が家主さんにお話ししたのも2、3年後のことです。すぐにお話しするとショックが大きくて、余計な心配をおかけするからです。
青年がその部屋に入居してきたのは、その1年ほど前のことです。飛び込みで来店して「ワンルームを借りたい」とのこと。今は会社の寮に入っていて、先輩や仲間にいじめられるので、会社も辞めたいし、寮も出たい、と言うのです。話してみると、とても真面目で純朴な青年でしたが、彼には致命的と思われる欠点がありました。返事に時間がかかるのです。「どんな仕事してるの?」「お風呂とトイレが一緒になっててもいい?」と聞いても、答えが返ってくるまでに30秒以上の間合いがあるのです。仕事は電器店の販売員とのことですが、これでは客が出て行ってしまいます。
最初、私は「なんて頭の回転が遅いんだろ」と、ただ思っていました。でも、ゆっくり話を聞いてみると、何故そうなるのか分かり始めました。
彼は東北のとても寒い田舎町の出身で、小学校の低学年の時に、病気で両親を相次いで亡くしました。少し歳の離れたお姉さんと2人残されて、親戚の家をたらい回しにされて育ったようです。その後、地元でお姉さんが結婚するのですが、お姉さんの新婚世帯の2DKに置いて貰うことになりました。私が後でお会いすることになるお姉さんは、とても弟さん思いの優しい方ですが、それ迄の間、青年がどんな苦労をしたかは容易に推測できます。言葉の一語一語を慎重に慎重に選んでから発するようになってしまったのも無理ないことでした。
私は青年に適当な部屋を紹介し、「もう少し辛抱していなよ。知り合いの社長さんにお願いして面接が受けられるようにするから」と言いました。ひと月ほどして、その青年を連れて一緒に面接に伺いましたが、後で社長から「君の紹介だけど、あそこまで返事が遅いとなア、うちでは難しいよ」と断られてしまいました。青年は焦っていたと思います。いよいよもって我慢できなかったのか、会社も辞めてしまい、収入もなくなりました。それでも、家賃はちゃんと払ってきました。私も気がかりでしたが、どうしてあげることもできませんでした。
火を点けようとしたのは、それから数ヵ月後のことでした。それは、私に対する抗議でもあったと思います。
その日のうちにお姉さんに連絡すると、すぐに東北から飛んできてくれました。弟さんの様子を見て、「私が連れて帰ります」とのこと。郷里でお姉さんが一緒に暮らしてくださる、とのことで、私もホッとしました。
青年が郷里に帰った後も、ずーっと気がかりだったので、1年ほどしてお姉さんに「その後はいかがですか」と電話をすると、「弟は精神病院に入退院を繰り返しています」とのことで、口調は私に何か訴えるような厳しいものでした。正直、電話などしなければ良かった、と後悔しました。
今でも「どうしているかな・・・」と、ふと思い出されることがあります。一番辛い思い出です。
2004年02月22日
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Tracked: 2004-05-27 15:14
倖田來未が最近急激にエロさを増し始めたが
Excerpt: 俺はもう何年も前からエロいんちゃうかっちゅうとんねん。
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Tracked: 2004-05-29 18:07
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Excerpt: 俺はもう何年も前からエロいんちゃうかっちゅうとんねん。
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Tracked: 2004-05-30 05:00
口先だけの平等を唱えるのは簡単ですが、相手がその人生においてハンディを背負っているとき彼の現在行為をハンディを差し引いて評価する、あるいは自分が同じ境遇であったらと仮定して相手と同じ土俵上での真の意味での対等になった上で人に対峙する。と教えていただきました。感謝。
そんなに難しい話ではなく、当たり前に「人の立場や気持ちを考えれば良い」だけのことですね。
その、当たり前のことを「自然に」出来るかどうかが、その人の人格の評価の分かれ目になるものでしょう。
コメント、有り難うございます。
ぼちぼち以前のコラムをじっくり読ませて頂いています。
実は私の妹も自分の意見をいうのが遅いんですよね、この青年のように特別な事情があったわけではないのですが、年の離れた兄(6才の差です)が先に分かったようなことをいつもいっていた影響かなと思ってます。
彼女が大学生になったころから、『あれ?』と思って、自分の意見をすっと出せるようにサポートしてあげることにしました。本人も気にしていたようで、いまは大分改善しました。
いまでも、どう彼女の気持ちをサポートしてあげたらいいのか不安になることがあります。
振り返って、その時に戻れるのなら、poohpapaさんならその青年にどう接してあげますか?もしよかったら聞かせて下さい。
それはもう、「ただひたすら彼の口から言葉が出るのを待つ」、だと思います。けっして答えを急がせない。「何も心配しなくていいんだよ」、という態度で接するしかない、と考えます。途中からはそうしていました。
一度、他のお客さんとかち合ってしまったことがありますが、他のお客さんのほうに出直してもらうことにしました。そのお客さんは再び来店しなかったので、見込み客を逃した、と考えられなくもありませんが、それは分かりませんもんね、気にしてもいません。
もし、あの時、私が他のお客さんの相手を始めていたら、彼は更に傷ついたと思うのですよ。だから、それで良かったと思っています。
お医者様のすいしょうさんからすればどうするのがベストなんでしょう。
今度お聞かせください。
医者ではありますが、(決してお医者様、といわれるほど偉くはありませんし)ひとりの人間として、悩んだ人に接していけたらなあと考えています。
そういう意味でも、poohpapaさんのほうが大先輩で、たくさんの場数を踏んでいらっしゃるので、教えていただくことがたくさんです。
わたしも相手の言葉を待つ、ことに終始すると思います。そして発してくれた言葉になにかのヒントを必死で見つけ、相手の心の奥を読み取ろうとします。
あまり先走ったり、私の思い込みを押し付けたりしなように気をつかながら、次の相手の心の声を引き出してあげていくと思います。
そうしていくことで、心のつかえが取れていくのかなあと思ってます。
なんにしても、まだまだ修行が足りません。一つの言葉から汲み取れる人間の心の機微が、わたしのなかにはまだまだ足りません。
いろいろ教えてください。
意見が一致してとても嬉しいです。
その青年が必死で言葉を探しているのを根気よく待てたのは、高校時代に出会った大らかな先輩たちのお陰です。
友達にも恵まれましたが、良き先輩に恵まれたのが大きいですね。
実は私が高校3年の時、受験勉強まっしぐらの同級生に向かって、「受験勉強なんか人生の役には立たない。人の言葉の裏側にある本音を正確に読み取ることが出来るなら、一生食いっぱぐれることはないよ」、と言ったことがあります。本当は負け惜しみでしたし、誰も相手にしてくれませんでしたけど、今は「当たっていた」と思えます。
ですが、人の話を聞けるようになったのは40歳を過ぎてからで、何ともお恥ずかしい話です。
私は年齢だけの大先輩ですよ(汗)
あ、先日のニフティ病院の例え話は拙かったですかね、失礼いたしました(爆)
Cyberです。
poohpapaさん、すいしょうさんへの横レスお許しください。
すしょうさん、お恥ずかしながら似たような件で家庭を崩壊させてしまった身としてはかなり気になってしまい、、、コメントさせて戴きますご無礼お許しください。
素人ながら問題に向き合う為に、、今は元妻と一緒に暮らす娘の心のケアの為に、、色々と思い巡らしながらこの分野を勉強中の身です。
顕著な引例で恐縮ですが、元妻には所謂鬱症状があり、そうなった場合には家事も育児も放棄して、一日中ベッドに潜っているばかりで、食事も採らないという状態でした。
引き篭もりという状態が適当なのだと思いますが、元気な時、調子の良い時もあり、鬱状態ばかりでは無かったと思い返されます。
大抵そうなる時は世間的に躓いた時や、私に対して自分の思いが通らなかった時など、心が挫けてしまった時にその状態になったように記憶しています。
その状態になった時は、とても会話が出来る状態ではなく、「あ??」とか「う??ん」とか、せめて声を引き出してやる位のもんでしたけど、元妻は相当言葉を選んでいました。
元妻は共依存の自覚が有ったらしく、それを克服する為の本を見せられた時は、かなりゾッとしました(4年前から勉強はしてました)
何が原因でそうなってしまったのかは、専門医によるカウンセリングに頼るしか無いのでしょうけど、、、トラウマは素人が手出しするものでは有りませんのですが、、彼らは知能が劣っている訳でも、言語中枢が鈍い訳でもなく、言葉を選ぶ時間が長いだけ、、適当に相槌を打てない、、打てば話が何処に展開するか判らない、、等々、恐れの気持ちが過分に有るのだと思います。
言い換えれば心の弾力に乏しく、相手の言った何気ない言葉でも、それが予想外であった場合には深く傷ついてしまうものと、思っております。
またしても不適当な引例ですが、恋愛下手の男性がマニュアル雑誌に頼ってデートをするみたいなものかも知れません。
TPOを知らない男性諸氏が常に何を言おうか、どうやって誘おうかと気を巡らすばかりで女性の話も聞いていないのと同じです(経験者談;爆)
基、そういう状態の彼らには、残念ながら相手が言う事を聞く力が足りていないのだと思います。
ですけど本音は自身の事は聞いて欲しくてたまらない、、人間だったら当たり前の事なんですけど、、ちょいとばかり表現するテクニックとタイミングを覚える事を忘れてしまっただけなんだと思います。
残念ながら忘れただけではなかった彼ら、、私は過去に知的障害者施設とも関わって来ましたが、彼らが感ずる伝わらないもどかしさというものは健常者が感じるその数倍でもあり、そのもどかしさの為に事件を起こすという事も有りました。
仰るように、問い詰めない事、追い込まない事が一番大事であり、受け入れる力を身に付ける、、、これが一番大変なんだと思いますけど、、、更にどうやら特別視される事が一番嫌なようで凄く難しいんですけど、、、不謹慎なんですが、話を聞く側が、感じている問題意識を一時的に忘れる事でうまくいく事が結構有りました。
ノーマライゼーションの基本なんですけどね。
これらを忘れていて家庭崩壊しましたが(爆)
生意気な事を長々とすみませんでしたm(__)m
Cyberさんも御無沙汰しています。
Poohpapaさんに『意見が一致している』なんていわれるとうれしくて、舞い上がってしまいますね。これからもよろしくお願いします。
奥さんと一緒に記事とお返事を読みながら、poohpapaさん、お元気そうでよかったね、と話をしていました。
病院の例え話、当意即妙でしたよ。
最後まで頑張って下さいね。
さて、cyberさん、御意見ありがとうございます。もうすこし、じっくり読ませて頂きます。すいません
Cyberさんのコメント読み込ませて頂きました。
聞く側が、感じている問題意識を一時的に忘れる、、ですか、、、おそらく、いろんな経験をしてこられて、身につけられた術なんでしょうね。
きっと、わたしもいろいろ経験をしていってこの言葉がすっと腑に落ちるときがくるのだ思います。かつ、そうなるように進んでいきたいと思います。
また、いろんなアドバイスよろしくお願いいたします。ありがとうございます。
Cyberさんの言葉、奥が深いですね。私もそこまでには到達していません。私の場合は、長い営業経験からの直感で、「あ、これは、彼の口から言葉が発せられるまで何事も無いように待つべきだな」、と判断しただけですから。まだまだ修行が足りませんね^_^;
(内容のことではないのですが…すみません)
私は丁度一年くらい前に、転職を考え、不動産屋の仕事が知りたくて検索していたところ、偶然poohpapaさんのページにたどり着き、こちらを拝見したものです。
以来、ちょこちょこと訪問させていただきましたが、今日、本当に久しぶりにこちらに来て、こんなことになっていて終わってしまうことを知り、びっくりしました。
とても楽しく拝見させていただいたので、一言お礼が言いたくて思い切ってコメント欄を使用させていただきました(笑)!
本にならないのは本当に残念ですが…。本当に色んなことを教えていただき、ありがとうございました。m(__)m
また機会があったら、どこかで拝見できたら、と思います。
これからもがんばってください!
私の記事が何かのお役に立てたなら、これほど嬉しいことはありません。こちらこそ有り難うございます。
もし、お時間がおありでしたら、いつかゆっくりコメント欄も併せてお読み頂けたら、と存じます。皆さんのコメントも、かなり良い読み物になってますよ(*^^)v
コメント、有り難うございます。