2004年04月18日

「義父母と同居」、私の思い

私は20歳で結婚し、30年近い結婚生活を送っていましたが、3年ほど前に家を飛び出しました。うちのが同意していないのでまだ離婚には至っておりませんが、以下はその顛末です。己の恥を晒すようですし、話は長くなりますが、特に「これから義父母と同居をされる方」の何かのご参考にして頂ければ嬉しく思います。

私が結婚するとき、披露宴の控え室で親父からこう言われました。
「東京の人と結婚するんなら、もう田舎(愛知県)では暮らさないんだな。だったら○○さんの両親を自分の実の親だと思って尽くしてあげなさい。わしらのことは気にしないでいいから」、と。

私は、その時、「人の親として当然の言葉」、だと思いました。
ですから、30年間、そうしてきたつもりです。

義父母と別々に暮らしていたときは何の問題も起こりませんでした。
今から17年前、義父母が建替えを検討していることを聞き、うちのが三姉妹の長女ということと、性格的に私達夫婦が老後のお世話に一番向いている、との判断で、こちらから同居を申し出ました。

「二世帯住宅」を希望したのは義父母の方です。土地もそれほど広くはないし、台所も風呂も階段もトイレも2個ずつ作るのは無駄だし、何より毎朝顔を合わせただけで健康状態を知ることができるから、「二世帯住宅」には本当は反対でした。同居が決まってから以降の計画は、義父の考えをこちらが追認する形で進みました。「それは反対です」、とは言えるものではありませんでしたから。

でき上がった設計図を見て、私は血の気が引きました。1階に9畳のリビングと3畳のキッチン、2階に6畳の洋間が一部屋、うちのスペースは1LK、それだけです。今まで3LDKに入っていたのに、それでどうやって親子5人暮らせというのでしょう。義父母のほうも2DKで、今まで7DKに2人で暮らしていたのですから狭くはなりますが、2人だけだから、うちの比ではないでしょう。間取りを見ても何も言わない義父に、「お父さんのほうも狭くなって大変ですね」、と声をかけてみると、「う??ん」、と唸ったきり無言でした。

同居にあたっては、双方から条件が出されました。
義父の方からは、「建物の名義は○○ちゃん(女房)にしてもらいたい」、うちの方からは、「うちは相続は一切受けない」、というものです。うちがなぜそんなことを言ったのかは後ほどふれます。

うちのには、「1戸建てを持つことが目的ではない。両親の老後のお世話をすることが同居の目的なんだから、向こうでそれが条件と言うなら、俺はそれでもかまわないよ」、と言ったものの、内心、不愉快ではありました。当時、私名義の3LDKのマンションがありましたが、それで私名義の不動産は無くなることになります。義父の条件は、「自分の娘には財産をやるけど、アンタにはあげたくない」、と言ってるようなものです。もし、義父母よりうちのが先に亡くなったら、私はそこには住めないことになります。たとえ「住んでてもいいよ」、と言われても、住めるものではありません。

先に述べた条件とは別に、うちのにはこう言いました。
「どんなに良い人柄の両親と、であっても、一緒に暮らしている者にしか分からない苦労や辛さは必ずある。何があっても我慢してやるけど、ひとつだけ条件がある。それは、俺がこれから抱える苦労や辛さを、おまえや義妹たちが、ちゃんと分かっていてくれてるかどうか、それだけだ」、と。

私は「二世帯住宅の計画を妹たちに事前に話しておいたほうが良いのでは」と、義父に言いましたが、「その必要はない」、と言われてしまい、それで妹たちに事前に話すことができなくなって、そこからも誤解が生まれたようです。

建物が完成して引っ越してきて、1週間後、真ん中の妹がうちのにこう言いました。
「私はかまわないけどお姉ちゃんとこで(財産を)全部持ってったら承知しないからね」
その話を、帰宅してすぐうちのから聞きましたが、「たぶん下の妹を気遣っての発言だろう。俺たちがすることを見てれば、そのうち分かるよ」と、その時は言いました。

義父母は経済的には何の不自由もありませんし、まだまだ健康です。良く旅行にも行きます。その度に、羽田だ、成田だ、と、頼まれもしないのに私が車で送迎します。家は多摩の府中市ですから、そこそこの距離です。

で、ここからは義父母妹批判ばかりになってしまいますが、どうぞご容赦ください。

以前、うちで義父母にハワイ旅行をプレゼントした時のこと、いつものように成田まで迎えに行って、帰宅してすぐ義父がトランクを開けて土産物の分配を始めました。
「これはHさんのご実家の分、これはYさんのご実家の分(義妹たちの旦那の実家)」、で、私の実家の分はありません。
妹夫婦たちが一体どんな貢献をしたというのでしょう。ならば、私の前で分配などしなければ良いのです。せめて出発前に、「○○さんのご実家には、どんなお土産が良いかね」、と聞いてくれれば、「うちの実家にまでご心配頂かなくて良いですよ。それよりご旅行を楽しんでいらしてください」、と言ったでしょう。それで、うちの実家の分が無いのなら何とも思いません。

懸賞で、「アメリカ西海岸ペアご招待」、というのが女房の名前で当たった時も、うちのは、「娘と行きたい」と言ったのですが、「娘はこれからいくらでもチャンスがある。最初にお母さんに声をかけてあげて、『行かない』、と言ったら娘と行けば良い」、と言って声をかけさせ、「行きたい」という義母に行ってもらいました。それはいいのですが・・・、

自由行動の日が1日あって、ふたりがOPでどこに行こうか迷っていたんで、「グランドキャニオンの遊覧飛行をすれば?アメリカらしい景色だよ」、と勧めて、帰国後、どうだったか聞くと義母が、「季節外れの吹雪で2時間半も待たされて、やっと飛び立ったけど雲の切れ間から少しだけしか見えなかった」、とのこと。それで、待ってましたとばかり義父が、「それ見ろ、だから僕は反対したんだ。生きて帰って来たのが不思議なくらいだ」、との言葉。応募葉書を出したのは私です。義父母は知っています。子供たちも大きいです。本音では、「せっかく当たったんだから2人で行っておいでよ。子供たちくらい見ててあげるから」って言ってくれたら嬉しかったな、と思います。そう言ってもらっても、どのみち私は仕事の関係で行けませんでしたが、こんな言われ方をするなら娘に行かせてやればよかった、と後悔しました。

他にも、私の方の家の2階に一部屋増築した時、私が義父から外に呼び出されて、「庇がこっちに出っ張っているのは納得がいかない。切ってもらいたい」、と言われて、大工さんに完成していた庇を切ってもらったこともあります。名義人は私ではないのに、です。

14年間、うちのが、私の気持ちを代弁してくれることは全くありませんでした。代弁できない気持ちはよく分かります。義父母は怖い人ではありませんが、「何かを言い辛い雰囲気」を持っています。「言ったらおしまいになる」、という雰囲気が常に漂っています。
自分の実家でありながら、うちのが隣に行く時には、「ちょっと上がっていい?」、といつも了解を求めています。不思議な親子関係です。

それやこれやで色々悩んでいて、ある方に愚痴をこぼしたら、その方はこう言いました。
「○○さん、それはあんたが悪い。あんたは良いお婿さんになろうとして、頼まれもしないのにあれこれ世話をやくでしょう。だから不満にもなる。だいいち、向こうからすれば頼んでないことをやってくれても、感謝などしないもの。これからは、頼まれたことだけを気持ち良くしてあげなさい」、と。

なるほど、と思いました。その通りでした。帰宅して、うちのに宣言しました。
「俺はもう、隣には、頼まれなければ何もしないからね」、と。

すぐに事件は起きました。義父母が北海道旅行を予約したのです。いつもなら、それだけ聞けば、送迎は私の仕事です。
「おかあさん、足が悪いし、送迎してくれるんでしょ」、と、うちのが言うんで、「行かないよ。こないだ言ったでしょ。なんなら、おまえ、隣に行って、『うちの人に送迎を頼めば』、って水を向けてみれば」、と隣に行かせたのですが、返ってきた返事は、「いいよオ、悪いから」でした。何とも微妙な言い回しです(爆)

帰りの便は、羽田に23時着です。夜8時を過ぎた頃、うちのが、「ねえ、行ってやってよ。おかあさんの足じゃ大変だし、お願いだから」、と泣いて頼みましたが、「俺が行ったら元に戻ってしまう。隣は、『頼まなくても来るもの』と思ってるよ。でも、本来なら計画段階からうちに相談があるべきだよ。『北海道に行きたいんだけど、予定表を見たら夜11時着なんで、○○さんにお迎えを頼めるんなら申し込みたいんだけど、どうかね』って。ともなければ、『あてにして申し込んじゃったんだけど送迎頼むね』、って事後承諾でもかまわない。もし、俺が義父の立場なら、『こんな奴に』、と思っても頭下げるよ。だって、おまえの膝が悪くて杖ついて歩いてんだったら、自分の面子よりおまえの足の方が大事だろう。面子の方が大事、っていうなら自分で責任とればよいだけのこと。本当に冷たいのは俺ではないよ。だいいち、辞退するなら、『いいよオ、悪いから』、なんて中途半端な断り方をしてはいけない。相手に余計な気を使わせることになるから。たまには妹達の旦那にでも行かせれば」、と言って動きませんでした。

翌朝、庭で顔を合わせたときはさすがに気マズかったけど(苦笑)
義父母は、深夜に、モノレールとJRと京王線とタクシーを乗り継いで帰ってきたそうですが、おカネなら持っているのだから、「羽田からタクシーで帰ってくればいいのに」、とは思いました。

義妹たちは、義父母にはお中元だのお歳暮だの届けます。毎週のように隣に遊びに来ていても、帰りに、「お姉ちゃんいる?お隣に来たから寄ったよ」、なんて声をかけてくれたことは、14年間、まずありません。そのことでも妹たちが何を考えているか、よく分かります。私にとってはそれが一番寂しいことでした。

同居開始から10年経って、真ん中の義妹だけうちに呼んで、説教しました。
真ん中の妹だけを呼んだのには訳があります。下の妹に意見をすれば、「そんなこと言うんなら、最初から一緒に暮らすなんて言わなきゃいいじゃない!」、と言うのは分かっていましたから。性格がキツイのです。

で、「俺たちがここに越してきて最初におまえから言われた言葉、あれは逆だぞ。本来なら、『私たちは何も要らないけど、その代わり両親の老後は最後までちゃんと看てやってよ』、と言うのが当たり前だよ。
お中元、お歳暮も、親のところになんか持って行かないで、俺んとこに持って来い。そしてこう言え。『くれぐれも両親のことよろしくね』、って。そしたら、うちは、『妹たちがこんなこと言って届け物してくれましたよ』、って隣に持って行くだろ。そうすると、普通の親なら、『まだピンピンしてるのに馬鹿なことを』、と言いながらも心遣いを喜ぶもんだ。なのに、おまえたちの親は、『あら悪いわね』、って受け取っちゃって、向こうから、『半分要る?』、って、こっちにお裾分けが来る。それはとても不愉快なことなんだよ。おまえたちは何も分かっていないんだ。
毎週日曜日には隣に遊びに来てても、うちには顔も見せないだろ。それがどういうことか分かるか。そのうち気が付いてくれるか、と思ってたけど、10年も経っちまった。おまえたち皆いい歳をして、それくらいのことも言われなければ分からないなんて情けないだろう」、と。

その後、4年経っても、事態はまるで変わりませんでした。
妹たちのふだんの様子で、もし相続が発生したときには、モメるであろうことは、分かりきっていました。うちが「相続を受けない」、と宣言しているのは、そんなことで姉妹仲が悪くなってしまうのは避けたい、と願っていることも理由です。うちのは、「全部もらう気はない。3分の1でかまわないんだから、ハナから『要らない』なんて言う必要はない」、と言ってましたが、私はそれすら嫌でした。私は、旅行や食事の招待から日々のお手伝いまで、いろんなことをしますが、その様子を「財産目当て」と見られるなら、何もできなくなってしまいます。本来は義父母の財産は私には何の関係もない話です。生前の相続放棄もできないことは知っていますが、それでも、そう言わざるを得ないのです。

3年前、たまたま私にとって許せないできごとがあって、遂に家を出ることにしました。
私も初めて、今までの鬱憤を義父にぶつけました。義父が、「私は今まで○○さんを実の息子のように思って接してきたつもりだ」、と言ったので、「冗談言わないでくれ。私はこの家に来てからというもの、一度だって、『この家の家族の一員』だと思えたことはありませんよ」、と言い返すと、下を向いて黙ってしまいました。まあ、少しは楽しいこともありましたけど。

私は家を出る時、うちのに言いました。「もう、相続を受けることに反対する人間(私)はいないのだから、今までどおり両親の世話をして、当たり前に相続を受ければいい」、と。ついでに、こんな余計なことも・・・、
「世の中に、『(財産は)何も要りません。でも、老後のお世話はいたします』、と言ってくれる人間がどれだけいるか、探して来い。おまえと義妹夫婦の5人が束になっても俺の代わりは務まらないだろう。気が利かない人間が何人いても糞の役にも立たないのだから。○○家は俺に逃げられて『一生の不作』になる、それだけのことだよ」、と。
傲慢だと思われようが、私は本気でそう思っていました。今も、思っています。

これは、ガス漏れ事故に似ています。「ガス臭いよ、漏れてない?このままだと爆発するかも知れないよ」、と何度も警告していたのに、元栓の確認や換気をしないでいて遂に爆発してしまったようなものです。うちのにはその都度話してはいたけど、「まだ大丈夫」、「まだ我慢してもらえる」、と、ガス抜きまではしてこなかった当然の結果です。
小さな不満は、一つ一つは大したものではありませんが、溜まれば線香一本の火でも一気に爆発するものなのです。

私が家を出た後、うちのが生まれて初めて実家で文句を言った時の末妹の言葉。
「だったらお姉ちゃんとこが今まで私たちに何をしてくれたというの?」
予測どおりでした。末妹の性格からして、ま、そんなモンでしょう。
モノやカネをもらうことだけが、「何かしてくれた」ことになる訳ではありません。
義父母はまだ寝込んでいるわけではありません。ですが、「私たちがいつも隣にいる」、というそれだけで、自分たちは「自分たちのことだけを考えて生活していられる」、ということに思い至らないのです。
その時、2人の妹夫婦も義父母も全員その場に居合わせていて誰も、「そんなこと言うものではない」、と言わなかったということだから、それが全員の総意だった、ということになります。話し合ってもいたのでしょう。

私は、自分の親には特別なにもしてあげませんでした。帰省の度に両親に、「こないだ、うちの奴の両親に旅行にいってもらったんだよ」、などと言うと、「そりゃあ良かった。喜んでくれただろう」と、自分のことのように喜んでくれるし、お小遣いやお土産を渡そうとすると、「○○ちゃん(同居している義姉さん)にはあげたのか?」と、必ず聞かれます。「大丈夫だよ、先に渡したから」、と言うと、はじめて受け取ってくれます。

思うんです。親父が披露宴の控え室で私に言った言葉、あれは信頼という前提があっての話ではなかったか、と。
私が先方の家族から、家族の一員として大切にして頂けるもの、という。
今の私の状況を見たら、亡くなった親父は何と言うでしょう。いや、うちの親父なら、「それでも我慢しろ」、と言ったかも知れません。

私は親孝行しそびれました。こんなことなら自分の親にも、せめて同じくらいしてあげれば良かった、と、心底後悔しています。

他の兄弟姉妹に親と同居してもらっている人は、「一緒に暮らしている者にしか分からない苦労や辛さというものが必ずある」、と、どうか理解してやってください。
もし、親から、同居している兄弟姉妹(嫁や婿)に関する愚痴を聞かされたなら、親を嗜(たしな)めてください。世の中の大半の兄弟姉妹は、「うん、あるある。あの人はそういうところ有るワ(そりゃあ、私たちの方が人間性は上よねえ)」、と喜んで聞いてしまうものです。たとえ本当にそうであったとしても、同調することだけはどうかお止めください。

こんな話を長々と書き連ねてきたのは、それぞれのケースで何かを感じ取って頂ければ、という思いからです。

今、私は別の女性と暮らしています。そのことも当然別居と関係していますので、それは近いうちに続編として赤裸々に書かせて頂くつもりです。
今まで書いてきたことは、「家を出た理由の半分」、でもあります。

最後に、もし親との同居を、これから始める予定の方がいらっしゃるなら、親の方から「一緒に暮らして欲しい」、と言ってくるまで、けっしてこちらから「一緒に暮らそうか」、などと切り出さないことをお勧めします。どちらから話を切り出したか、は、経済力の差同様、後々大きく影響するものですから。
posted by poohpapa at 06:00| Comment(23) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうも初めまして。ココの更新を楽しみにしている一人です。
前に恋愛の第6感が鋭いと書いてありましたが
別居している嫁さんとはそういうのは感じなかったのですか?
Posted by カズ at 2004年04月18日 08:48
はじめまして♪
俺も最近『常識』の無い人と戦っております

そういう人は大抵
・自分の事しか考えていない
・ミスは他人のせいにしたがる(自分の非であると認めない
・改善する気が無い
です!

・・・義父さんと似てますね

そういう人は改善しなければ、と思うような大ダメージを食らわないと、改善しよう、なんて考えないので
さっさと関係を切るようにしています。

まだ20そこらなのにこんな考えになる自分が悲しいですよ(´д`。)
Posted by ふま at 2004年04月18日 09:01
はじめまして。
いつも更新を楽しみにしています。
読んでいて、私の両親を思い出しました。うちの場合は母が嫁の立場でしたが。
意地汚い相続争い(大した財産もないのに??)を見てきましたので、今日のお話を読んでどこもよく似たもんだなぁ・・・としみじみ思いました。
Posted by オリーブ at 2004年04月18日 09:34
カズさん、おはようございます

なかなか鋭いご指摘で(爆)

実は、今でも、「相性は良い」と思っています。
読み違えたのは、「うちのが『相続しない』ことに賛成してくれるもの」、と思っていたことですね。義妹夫婦には最初から期待していませんでしたし、ある程度のトラブルも予測はできていましたから最初に釘を刺しておいたのですが、世の中には自分の努力だけではどうにもならないことがあるものだ、と今更ながら痛感しています。

コメント、有り難うございました。
Posted by poohpapa at 2004年04月18日 10:14
ふまさん、おはようございます

それ、違います。

20歳で、それに気付いていることが凄いです。
私なんか、50歳近くになってようやく気付いたのですから(汗)

ただ言えるのは、こういうのは理屈じゃないんで、「分からない人には永遠に分からない」、ということですね。そう割り切らないと、生きてなんかいけません。

人のペースに惑わされず、お互い頑張りましょう。
Posted by poohpapa at 2004年04月18日 10:21
オリーブさん、おはようございます。

私が家を出た後で、うちのが、「お父さん(私)より辛い思いをしている人は世の中にいっぱいいるじゃない!」、と私を非難しましたが、こう答えました。

「そうだよ、もっともっと辛い思いをしている人はいっぱいいると思うよ。だからといって、『我慢してくれて当たり前』という理由にはならんだろ」、と。

言ってることの意味が分かってないんですよね。親族みんなそうなんです。

お隣は億単位で持ってますが、私にとっては「所詮は他人のカネ」なんで、できれば生きてるうちに遣い切って欲しかったです。「ああ、いい人生だった」って、思えて死んで欲しい、というのが偽らざる思いでした。子供なら皆んなそう思うもの、だと考えていましたが、私が間違っているのかも知れません。

コメント、有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年04月18日 10:33
毎日、更新楽しみにしています。

せつない、やるせない話ばかりで、読むたびに凹むのですが、とても勉強になります。
人付き合いが上手でない私は、(相手と)分かり合えない自分に非が有ると思いこみ、自分を責めることに徹してきました。

しかし、現実としては、どうしても、どうやっても、わかりあえない人はいるものです。
そして、お金があって、声が大きな人の意見が通ってしまう。
だれとでも、いつかは分かり合えるという幻想は、キッパリと捨てた方がよいのでしょうか。
そう思うのも、なんだか淋しい気がしたりして。

poohpapaさんみたいに、強い意志が持てたらなぁといつも思いながら読んでいます。

お仕事に負担にならない程度に、更新がんばってください。
Posted by ANN at 2004年04月18日 13:04
ANNさん、温かい励ましのお言葉、本当に有り難うございます。

強がり言ってても、本音ではいろいろ辛いものがあります。

ANNさんはご自分をお責めになってる由、私とは全然違います。
私はこの歳で未だに「責任転嫁」しておりますから。

私が家を出た後、うちのを除く義父母姉妹とその連れ合いたちは共同戦線を組んでいて、それにより「自分たちは悪くない」ということを確認しあっているようです。
私が全財産を持って出たことにもなってるようで、「そういうことになってても良いから、もう関わりたくない」、というのが本音です。

人を信じられるから人生って素晴らしいのに、本当に切ないですね。

幸い、私個人は友達や周りの仲間に恵まれました。
「もうこれでオシマイかな」、と思ってると必ずどこかから助け舟が出るんですよね。本当に不思議なんです。今、なんとか生きていられるのも良き仲間にたくさん巡り会えたからです。

ふだん、虚勢を張って生きてるから、正直なところその分疲れています。これから、もう少し自然体で生きられるように心がけます(笑)

優しいお言葉に心から感謝しております。有り難うございました。
Posted by poohpapa at 2004年04月18日 15:10
poohpapaさんの『他の兄弟姉妹に親と同居してもらっている人は、「一緒に暮らしている者にしか分からない苦労や辛さというものが必ずある」、と、どうか理解してやってください。』,お知り合いの方の『向こうからすれば頼んでないことをやってくれても、感謝などしないもの。これからは、頼まれたことだけを気持ち良くしてあげなさい』という言葉が響きます。

うちの母の場合がそうでした。うちは父母と父の父母の三世代同居でしたが,よく祖父母は同居していない父の姉妹に愚痴をこぼしていました。母は子どもの目から見ても祖父母の我がままをよく我慢していたと思います。ちなみに父は何の助けにもなっていませんでした。--;;

こちらが善意でしていることも,されてる側が「あたりまえ」と感じていると,ごくたまに出来なかったときに愚痴られる,むなしいものですね。
Posted by dadaofeng at 2004年04月18日 20:56
dadaofengさん、こんばんは

やはり、お悩みの方は本当に多くていらっしゃいますね。
dadaofengさんのお母さんのケース、本当に良く分かります。
人間、「自分がその立場になってみないと分からないこと」もあるもの、とは思いますが、今よりほんの少し相手のことに関心をもつだけで分かり合えることもありますよね。たったそれだけのことで、世の中の争いごとはずいぶんと減るものだと思います。

お母さんは、dadaofengさんが分かっていてくれるだけで、きっと心強かったと思います。お母さんも、どこかで「ガス抜き」や「爆発」ができれば良かったのでしょうが・・・。

本当は「実の子」である立場の者が、間に入って上手くとりなしてくれれば良さそうなものですが、意外とできないでいるケースが多いものですね。

私の場合も、最後に義父から、「○○さんも男なんだから、言いたいことがあればボクに直接言ってくれれば良かったじゃないか」と言われて、「実の娘でさえ言えないのに、僕が言える訳ないでしょう」と反論しました。「口に出した時が最後の時」で、その前に腹を割って話せないことこそが問題だったのです。

今はお母さんもお幸せなんでしょうね、きっと。

コメント、有り難うございました。
Posted by poohpapa at 2004年04月18日 22:30
poohpapaサンはもう充分家族に尽くしてきたと思いますよ。
自分にとっての本当の幸せを今からつかみましょ♪(^^)

しかし親と子という関係。。。
血がつながっていて、しかも人としての形成過程に影響を
与えてきた者に対して『第三者として観る』というのは簡単
そうにみえながら、実は難しいものです。
私も母を『一人の女』として観るのに時間がかかりましたが、
それは自分がまだ自立してなかったからなんだなぁと思いました。
それと同時に、自立というのは親と同居しているとなかなかでき
ないものなのだなぁとも思いました。生活空間に、子供の頃の
自分がまだそこにいるからかもしれません。
生活空間を切り離し、子供の頃のことはきっぱりと思い出のハコに
入れ、そうやって血の確執をいったん切り離すと、フシギと自然な
思いやりが生まれてきました。
poohpapaさんの元の奥さんが、すごく苦しんでいるのがなんと
なく感じられますが、そのご両親と一緒にいるうちはとても小さな
世界に居るままかもしれませんね。poohpapaサンの大きな愛情に
気づかないままで。。
Posted by zazou at 2004年04月19日 01:20
zazouさん、おはようございます。

頂いたコメントで「ああ、今日もご無事だったんだ」、と確認している自分がいる、というのも妙な気分ではあります^^;

実はzazouさんが仰るように、私と「長男と次男」とは、私が家を出た後に以前は無かった「理解」が深まりました。適当な距離ができたことで、お互いを良く理解し合えるようになった、ということでしょうか。うちのには内緒で月に1度、3人で食事を共にしていますが、私にとっては何より楽しい時間です。

長男から、「○○(末娘)が、『お父さんは勝手に家を出て行った』と怒ってたから、『お前の知らない事情がいろいろ有るのだから、そんなこと言うもんじゃない』と言って、僕からちゃんと話しといたからね」、と言われて、ちょっと嬉しかったですね。これも親馬鹿かも知れませんが、「少しは気配りできるようになったか」、と(^^♪

zazouさんのコメントの冒頭のお言葉と同じことを長男からも言われました。「お父さんは今まで充分隣(義父母)に尽くしてきたと思うよ。それが分かってもらえないんだからもういいんじゃない」、って。そういう言葉に弱いんで涙が出ましたし、思わず「小遣いやろうか」って言いそうになっちゃいました(爆)

私が家を出たもう1つの理由と、「ドタバタの後日談」を近いうちにUPする予定でいます。そこで改めて書かせて頂きます。(「読め」と言ってるようなものですが^^;)

コメント、有り難うございます。
それでは、今日もどうぞご無事で(真面目に)
Posted by poohpapa at 2004年04月19日 05:29
 poohpapaさんこんにちわ。
ウチも嫁の両親と二世帯ですが・・・嫁の兄弟に救われてます 汗 
 それから「頼まれもしない事やるべきじゃない」は真理ですね。私も世話焼きで結婚当初は色々とやってましたが、ある時を境にやめるとウチの中が格段と暮らしやすくなって 苦笑
 義母がかなりの困った君&キツイ人なんですが、この話読んでみると恵まれているんだなぁ??って思ってしまいました。そんな義母でも私にだけは感謝ちゃんと言いますし(嫁・義父はまるで小間使い 汗)
 家庭上手く廻していくのは「感謝する心」なのだと改めて痛感した次第です。私も日々嫁さんに感謝する事忘れないようにしていきたいと思います。
Posted by やす at 2004年04月19日 11:40
poohpapa様、今の彼女とは、どんな感じで
お暮らしでしょうか?
漫画『釣りバカ日記』で主人公の浜ちゃんが
みち子さんにプロポーズする時に言った台詞で
「(結婚で)みち子さんを幸せにする自信は無いけど、
僕が幸せになる自信はある」
というのがずっと心に引っ掛かっていました。
結婚は相手だけでなく、その家族とも
一生付き合う覚悟がいるし、
自分が死んでも家族を幸せにする覚悟くらい要るだろうと
考えていましたから・・
家事一切しなかった私が、結婚を機に料理洗濯掃除を
こなす様になり、気を使いすぎて、
義父に「召使いじゃないんやから・・・」と言われ
それでも背伸びして「いいヒト」を続けた挙句
破綻してしまいました。
離婚して別々に暮らすのは、娘には本当に申し訳無い
のですが、壊れた自分を再度立ち上げるのに「独り」
に戻る事が必要だったのです。
それぞれに生き方が違いますが、poohpapa様の生き方は
相当に素敵な方ですよ?
このコラム、本にするなら、買いますよ、1500円でも
初版を買いたいですネ。
Posted by 街のクマ at 2004年04月19日 12:29
やすさん、こんにちは

それは良かったですね。私の両親も、義姉がとてもよくできたお嫁さんで、とても助かっています。
7年前に田舎に帰って友人宅を飛び回って深夜に帰ると、内職をしながら待っていてくれました。それで話を聞くと、「夜中に3度は(寝たきりの)親父に起こされる」のだとか。私も離れていて気が付かなかったのですが、それを、恩に着せるでもなく淡々と「私にとっても親なんだから、気にせんでもええだよ」、と言ってくれました。いい勉強をさせてもらいました。

モノもカネも要らないんです、欲しいのはハートなんですよね。

義母さんも、キツクともやすさんに感謝を忘れない人なら、まあ良いほうかと^^;

このコラム部だけ印刷して(奥様から)義母さんに読んでもらうと良いのかも(爆)

コメント、有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年04月19日 13:00
街のクマさん、こんにちは

そうかあ、クマさんも似たような境遇だったのですね。
お独りなんだろうとは思っていましたが・・・。

ところで、今の彼女は・・・、今度コラムの中で紹介しますね(苦笑)
破局の、もう一つの理由として。

自分の今の生き方は自分でも気に入ってます。先日も、東京在住者の高校時代の同窓会があって、会場から私の携帯に電話が入って、次々に替わって皆んな言うのです。「お前の生き方が羨ましいよ」って。ただ「若いノと暮らしている」のを僻んでいるだけかも知れませんが。それぞれに、官庁やら大企業でかなりのポストに就いていて収入も凄いのですが、無い物ねだりでしょう、きっと(^^♪

クマさんも「独り」の中から、何かを見つけ出してください。私も応援しますよ、ホントに。

あ、「本」の話、有り難うございます。先ず一冊売約済み、ですね(爆)

いつもコメント、有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年04月19日 13:16
はじめまして。いつも興味深く読ませていただいています。
これはもう最新の記事ではありませんが、とても感じ入るものが多かったので、初めてコメントさせていただきます。

私たちは現在、夫の実家から車で20分くらいのアパートに住んでいます。
夫の両親はそのまた両親との同居で非常に苦労したらしく、嫁の私にも非常によくしてくれます。夫は長男ですが、「長男だから…」という言い方は絶対にしません。おかげで私たちはとても快適に暮らしています。
でも、今の関係が良好だからこそ、同居が怖いです。
親子といっても生活はもう別、お互い健康なうちは別居でいいんだなと、ここを拝見して思いました。

私の実家は九州で、今は両親2人だけで暮らしています。
今のところ健康ですが、両親がこれからどうなるのかは心配の種です。私は関東で結婚、弟夫婦は実家と同じ県内の別の市に住んでいます。
いずれ親の介護や相続の問題が持ちあがってくるでしょう。その時になってみないと分からない部分もありますが、私は遠方に嫁いでしまったので、介護も難しいし相続も放棄するしかないように思います。
ただここを拝見して、たとえ同居してなくても親の近くにいてくれている弟夫婦に感謝しないといけないなと思わされました。
自分がなかなか帰ってやれる距離ではないので…。
もしも将来、弟夫婦が両親との同居を快諾してくれることがあったら、親の肩だけ持つのではなくて冷静な目で見守りたいと思います。
Posted by あかさたな at 2004年04月21日 08:38
あかさたなさん、こんばんは

とても温かなコメントを頂きまして、心から感謝いたしております。

あかさたなさんからのコメントに対しましては、後ほど改めてゆっくりご返事させて頂きたいと存じます。出かけて戻ってきて、少々体調が優れないものですから。どうぞお許しください。

いつもお読み頂いている由、本当に有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年04月21日 22:52
あかさたなさん、おはようございます。

ゆっくりコメントを拝読させて頂きました。

私の書き方が、ご相談を受けているわけでもないのに「回答」のような文面になってしまいますが、どうぞご了承ください。

ご主人さまが、「長男だから」と仰らないのと、そのご両親さまが苦労をなさっていることから、仮りに同居なさることになったとしても、ご心配には及ばないかと思いました。ですが、念には念を入れ、「タイミング」と「理由」にだけは気を付けてくださいね。これは、どちらが優位に立つか、という問題ではなく、トラブルを未然に防ぐための知恵です。

それとは別に、今、あかさたなさんのご両親が九州で、ご自身が関東にお住まいだから、ご両親はよほど折合いが悪くない限り弟さん夫婦との同居になるのでしょう。弟さんの仕事の関係と、ご両親が、生まれ育った郷里を離れようとはなさらないでしょうから。

私は自分の時は、「うちで老後のお世話をしても(うちのが)一切相続は受けない」、と宣言していましたが、客観的に見れば、「両親の老後の世話をした子供が全部相続しても良いもの」、と考えています。ただし、ご両親のお世話をどの程度したのか、にもよります。寝込むことなく亡くなられた場合と、何年も寝たきりになった場合とでは、必然的に重さが変わってくると思います。あとは、ご両親の性格による苦労の度合いとかも。本当なら、こっちが「要らない」と言ったとしても、「いえいえ、それはいけません」と言わなければおかしいものですが、うちの義妹たちは、「あらそう」どころか、「全部持ってったら承知しないからね」、ですもんね(苦笑)
「何かあったら、お姉ちゃんとこだけで頑張らなくても、私たちも近くに居るんだから遠慮なく声を掛けてね」、って、どうして言えないものなのか、情けなくなりました。
「お互いを思いやる心があるかどうか、が総て」、と言えます。

いずれにしろ、複雑な要素が絡み合ってくるものだから、もし、同居を始めるなら、他の兄弟姉妹と事前に腹を割ってよく話し合いをしなければならないものでしょう。実の子供たちは良いとして、連れ合いの方もいらっしゃるわけですから尚のことです。もちろん、「こういう場合はどっちが何割」なんて話ではありません。

私は、中途半端に財産遺されるのが一番嫌ですね。無ければ無いで良いし、どうせならドーンと遺しといてもらいたいものです(爆)

あかさたなさんの文面から、ご両親に対する思いやりと、弟さん夫婦へのご配慮が感じられて、こちらまで嬉しくなりました。

コメント、本当に有り難うございました。
Posted by poohpapa at 2004年04月22日 11:32
poohpapaさん、体調が思わしくない中、心のこもったレスを
どうもありがとうございました。
あえて話題にすることもなかったことですが、私の心の中にもやもやとあったことを思いがけなく聞いていただき、心の準備ができたように思います。
これからも楽しみに拝見させていただきますね。
Posted by あかさたな at 2004年04月23日 21:45
あかさたなさん、こんばんは

お節介なことばかり申し述べまして大変失礼をいたしました。自分と同じ過ちをして欲しくないので、ついつい余計な話をしてしまいました。失敗談なら捨てるほどありますので、もし私の体験程度で宜しければ、何なりとお声をかけてください。
ン?これって、歳とったということなのかな・・・?^^;

ご丁寧に有り難うございました。これからもどうぞよろしくお願いします。
Posted by poohpapa at 2004年04月23日 23:14
初めまして。ここを見つけてからpoohpapaさんの
お人柄に引かれ、過去のコラムも遡って読ませて頂いてます。
もう一年近く前のコラムにコメントさせて頂いてよいものか
迷いましたが、どうしても気になって書かせて頂きました。

文中で、ご自分のご両親には何も親孝行ができなかったと
悔やんでおられましたが、けしてそうではないと思ったのです。
ご両親のお言葉や、poohpapaさんが義理のご両親に良くして
差し上げたことをお話になった時に、「良いことをしたね」と
喜んでくださってた事等に、表れていると思います。

ご両親は、ご自分たちがpoohpapaさんに何かしてもらったり
する事を期待されたりしなかったのでは?
まあ奇麗事を言うようですが、
poohpapaさんが優しい気持ちで嫌な人たちにも誠心誠意
接して上げられるようなお人であるというと言うことは
そういう息子に生み育てたという、
親としての勲章になると思います。
poohpapaさんがどこかに書いていらっしゃったように、
ハード面ではなくソフト面での価値といいますか・・
また、「モノやカネではなく、ハートが大事」ってことですよね。

しかし、前の奥様といい、そのご両親といい、すばらしく
価値観の違う方たちと過ごされて、切磋琢磨されたのですね・・
智に働いても角が立たず、情に棹差しても流されないpoohpapaさんがうらやましい今日この頃です。
お身体にお気をつけてお過ごしくださいますよう。
Posted by しーさー at 2005年01月18日 15:33
しーさーさん、こんばんは

いえいえ、流れに逆らって必死で踏ん張って生きるのは疲れます^_^;

離婚に関しては、うちの両親が生きていたなら、きっと悲しんだと思いますし、さぞかし叱られたことだろうな、と思います。

たまにしか田舎に帰れないこともあって、帰るとすぐ親父が元妻を町のパチンコ屋に連れて行くのですね。親父はそれを何より楽しみにしていたようです。6人兄弟の中で私が一番可愛がられていたので、その嫁もまた可愛いと思っていてくれたのでしょう。

若い頃は夫婦喧嘩をして、頭にきて自分の実家に電話すると、親からは決まって「それは○○さんが正しい。お前が間違っとるがや」、と言われたものでした。理由に関係なく、です。「ちゃんと俺の言い分を聞いてくれよ」、と不満に思いながらも、「やり方が上手いな」、と感心したものでした。

自分が義父になったなら、私はうちの親と同じことをするつもりです。間違っても、自分の子供のかたをもたないようにしようと思っています。と同時に、私が両親から教わったことは、私なりに自分の子供達にも伝えていこうと考えています。

とは言っても、私も生身の人間なので、時と場合によっては(気持ちの上で)見返りを求めることもありますし、適当に意地悪をしたりすることもあって、いくつになっても発展途上なんですね。しーさーさんからお褒め頂くほどの人間にはなれていないのですよ、本当に。ですから、優しくて大甘な評価を頂けると嬉しい反面、気恥ずかしく思います。

過去ログまで遡ってお読み頂いていることも大変嬉しく存じます。本当に有り難うございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

しーさーさんもお体ご自愛くださいね。
Posted by poohpapa at 2005年01月18日 21:08
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