2004年06月21日

家主さんニューヨークへ行く

昨日、4時半起きで、ある家主さんのお見送りに行ってきた。その家主さんは日本人であるが、アメリカの永住権を取得していて、ニューヨークに移住すべく出発したのだ。

4年前までニューヨークで日本料理店やクラブを経営していたが、経営はご主人に任せて一旦帰国し、しばらく日本で暮らすことになって当社でアパートを紹介させてもらった。その後、1フロア1世帯ずつくらいの大きさの3階建ての中古ビルを即金で購入し、自身が3階に住んで、2階を住居、1階を店舗、さらに4階として1ルームを増築して貸すことになり、アパートを紹介したご縁で、私に管理を任せてくださることになった。

年齢は私より若いこの家主さんを、私は心から大切にしたいと思っている。
もちろん、それには理由がある。

家主さんはビルを買い取った後、知人から紹介された工務店に依頼して改築工事をすることになったが、その工務店は前金で全額の1200万を受け取って工事を始めたものの、工事途中で近所から「構造上の不備」をチクられて工事が完全にストップしてしまった。にも拘わらず、工務店は工事代金を既に他に流用しているため返還してもらうこともできず、4階部分の増築も諦め、本来なら半額くらいでできる内容の改装工事へと計画変更を余儀なくされた。弁護士にも相談したが、それしか道が無かったのである。もちろん、その工務店を紹介した知人が責任を取ってくれることも無かった。

工事途中で募集を開始したところ、すぐに住居部分への申し込みが入った。
2階を貸すつもりだったが、工事との絡みで家主さんが2階に下りて3階を貸すことになった。お客さんはもちろん、その方が良いから喜んでくれた。
で、今度は1階である。1階は元々はガレージであった。それを改装して店舗にしようと考えていたが、何をやっても繁盛するような場所ではない。私は、居室にしてペット可で貸すことを提案した。家主さんはその提案を受け入れてくれたが、問題もあった。8畳の洋間に6畳の台所、新品のエアコンが2台付いて、風呂トイレ別、追炊き付き、収納スペースもたっぷりあって、照明やシステムキッチン等の什器は全て新しいから新築同然で、中央線「立川」駅から徒歩10分で6万5千円という安さだが・・・、居室に窓が無い。
元々がガレージだからであり、真っ暗なのである。

すると、家主さんは、「私が1階に下ります。お客さんに2階を使ってもらいましょう」、と言う。3階から2階、そして今度は2階から1階へ移る、と言うのだ。15年も賃貸の仲介をしているが、こんなことは初めてである。家主さんは、「だって、ビジネスでしょう。家主がいいトコ使ってたんではお客さんはいつまで経っても決まらないわよ」、と言い切る。頭で理解していても、誰にでも出来ることではない。もの凄く感激した。

幸い、1階はすぐにお客さんがついたので、家主さんが1階に下りることはなかったが、その後すぐに米国永住の話である。生粋の日本人ではあっても、家主さんには「日本の水」は合わなかったのだろうか。笑顔を絶やさない人であるが、ご苦労を重ねていらっしゃったのはよく分かる。どんなに人から裏切られても、「一方的に相手を責める」なんてことはなさらず、相手の気持ちや立場を思いやる人である。こういう人は裏切れない。

2階の入居者もすでに決まっていて、家主さんが渡米してリフォームが完了すると、すぐ引っ越してくることになっている。渡米前に入居者が決まってホッとした。

家主さんは、渡米後のマンション管理は全面的に私に任せてくださった。
「文書なんか要らないわよ」と言って、細かな「管理契約書」を交わすこともせず、「全部お任せしますから」、「はい、引き受けました」、という口約束あるのみだから、怖いと言えば怖い。そこにあるのは互いの信頼関係からくる「阿吽」の呼吸だけである。物件の様子を見ることが出来ない家主さんが心配することのないよう気を配るつもりである。

たまに日本にはお帰りになるが、私なんかの仕事をよく理解してくださる家主さんが遠くに行ってしまうのは、無性に寂しい。これからのやり取りはほとんどメールになる。

私の見送りは立川駅のホームまでだったが、本当は成田まで行きたい思いだった。
感情移入している訳ではないが、動き始めた電車の中と外からお互いが見えなくなるまで手を振っての別れは、縁起でもないが、なんだか「今生の別れ」のように思えた。

家主さんとは、私が数年のうちにニューヨークを訪れる約束を交わしている。
もちろん、約束は必ず守る。
posted by poohpapa at 06:00| エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする