2004年12月14日

私にとっての恩師 (前編)

「悪徳」ブログをいつもお読み頂いているnniさんのサイトを巡回していて、心温まる記事に辿り着いた。

先ずはそちらをご覧頂きたいと思う。

で、私も中学時代に素晴らしい先生に出会うことが出来た。私にとっては恥ずかしい話でもある。少々長いので3部(前編、中編、後編)に分けることになるし、続けてアップしないで飛び飛びになるかも知れない。

さて、私が中学一年の時の担任は、その年に大学を出たばかりの新米教師であった。その顔は、希望に胸膨らませて入学してきた新一年生の夢を一瞬で破壊するのに充分なインパクトがあった。河童にもガマ蛙にも似ている。例えて言うなら、「筑波山から下りて来た四六のガマが、途中国道を横切ろうとして積載オーバーのダンプに轢かれてペッチャンコになったまま3日3晩天日で乾かされたような顔」、という感じだった。生徒は親愛の情からではなく小馬鹿にして、陰では「河童」と呼んでいた。

私の同級生にN君という少し知能の発達が遅れた生徒がいて、私も含めていつも適当に虐めていた。N君は成績も悪いし、宿題をやってくることもなく、年中忘れ物をする。当時、学級委員だった私は、友人に、「俺なら一発で忘れ物をしないようにしてみせる」、と豪語して、やったことは背中に貼紙をして校内を一周させる、というものだった。

放課後、N君を呼んで、背中に「私は忘れ物の王様です」、とマジックで書いた紙を貼り、校内を一周させたのである。「人間、恥をかけば懲りる」、という単純な発想であった。ふだんコラムで、ナベツネや橋龍のことをボロクソ書いているが、当時の私の傲慢さはこの2人の比ではない。まるで「傲慢」が詰襟を着て歩いているようなものだった。

N君が教室を出発してしばらくすると担任が教室に入ってきて、「Nの背中に貼紙をして歩かせたのは○○か」と聴く。「そうです」と答えると、担任は悲しそうな顔をしてこう言う。「お前にも俺にも、そんなことをする権利はないぞ」と、それだけ言って教室から出て行った。私は腹の中で「だったら忘れ物をさせなくしてみろよ」くらいに思っていたから、担任の言葉の意味など理解しようとはせず、考えを変えることもなかった。

N君は私が苛めても苛めても私のことを悪く思っていないようで、どういう訳か私を避けない。だから私も、「酷いことをしている」という意識が希薄だった。皆んな小馬鹿にはしていても誰もN君のことを嫌っていなかったし、3学期になって特殊学級というものが出来て、N君がそこに入ることになった時には、クラスのみんながショックを受けていた。

貼紙事件の数日後、中間試験の前日のこと、同級生は早めに帰宅していたが、私は校庭でバスケットのフリースローの練習をして遊んでいた。下校時刻を過ぎて周りが薄暗くなり始めると、私の教室に灯りが点いた。こんな時間に誰だろう、と、窓の下に近づいて様子を窺うと、担任とN君が机を挟んで向き合っていた。

担任はN君に一生懸命数学を教えていた。いや、教えているのはとても数学というレベルのものでなく、まさに算数であった。「こういう時は先ず( )の中を計算するんだったろ。( )の中の4と7を足したら幾つになる?」、という具合である。時間を掛けて丁寧に、何度でも根気良く教えていたのだ。N君はそれでも理解できなかったに違いないが、担任はN君のペースに合わせていた。他の先生たちは皆、とっくに帰宅している。

N君は試験では、○×問題や四択問題で正解することはあっても、記述問題や計算問題で正解することは決してなかったから、担任はきっと、自分の力で一問でも正解させることでN君に自信を付けさせてあげよう、という思いだったのであろう。

2人の会話を聞きながら、私は窓の下で泣いた。その時初めて、自分がN君にしたことを後悔した。担任があの時、私に何を伝えたかったのか、ようやく分かった。

そのN君は中学卒業後、大工さんになったと風の便りに聞いた。嬉しかった。

ところで、それで担任を尊敬するようになったのか、というと、実はまだである。少し見方を変えたことは事実だが、尊敬するまでには至らなかった。この後、一学年が8クラスもある田舎のマンモス中学で、私が中心になって起こした騒ぎが前代未聞の出来事へと発展していくことになる。私が中学2年の春、担任も同じであった。

(つづく)
posted by poohpapa at 06:00| Comment(6) | TrackBack(0) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさま おはようございます

Cyberです。
待っておりましたです。 癒し系のお話。
中編楽しみにしております。

ちなみに私の中学校は、1学年で12クラス有りました。
少子化の今となっては考えられませんね(笑と焦)
Posted by Cyber at 2004年12月14日 09:46
Cyberさん、こんばんは

え?これ、癒し系?
私は「恥晒し系」くらいに思ってるんですけど(爆)

私の中学も3年上級までは1学年10クラスあったと思いますね。生徒数が多いと、運動会も修学旅行も楽しいものですよね。

ところで、この恩師は本当に「教師の鑑」のような人でした。

次回の続編をどうぞお楽しみに!(^_-)-☆
Posted by poohpapa at 2004年12月14日 19:23
ワクワク、楽しみです。

そういえばわたしの一学年上は16クラス。
移動教室というのがあって、体育や音楽であいた教室を転々とさまよった記憶があります。

小学校3回、中学3回、公立高校2回の転校歴の私でしたが思い出して見ると数々のドラマがありました。正直言って思い出したくなかったのですが考えようによっては宝物ですね・・。

そんな意味でもここは私にとって活力剤です。
Posted by at 2004年12月15日 00:50
こんばんは。なんだかアクセスが多いなぁとは思っていたのですが、こちらをのぞいてびっくり@_@
思わず風呂入って寝ようと思っていたのにコーヒー入れ始めてしまいました(笑。

あと 心温まるエントリーなんてないのになぁ と心底思いました(笑。web clip記事ですねー。

で、つづきが激しく気になります。気長に待ちたいと思います^^わくわく。

いつも楽しみにしております。今後ともよろしくです。
# 寒くなりましたのでご自愛ください うちはもー大変です;;
Posted by nni at 2004年12月15日 02:23
桜さん、おはようございます

桜さんのサイトこそ、私にとっては「癒し系」なんですよ(*^^)v

「活力剤」と仰って頂けるのは嬉しいのですが、過去にはこんなことも・・・、

「悪徳」コラムをいつも気に入って読んでくださってた女性がいて、ある記事で、私がその方の考えとは反する意見を書いたら、「そんなことを言う人だとは思わなかった。朝からとても落ち込んでいます」、と自サイトで書いていて、そこに、別の人から「元々そういう人なんですよ」とコメントが入ってたりして、アッタマにきたことがあります^_^;

桜さん、そんな方ではないですよね?(爆)

ところで、上には上があるものですね。1学年16クラスですか、凄いなア。私は狭い家に大家族で暮らしていたので、賑やかなのが好きでプライバシーなんか要らない人間だし、生徒数が多いの大歓迎なんですよ。クラス数は田舎に行くほど多くなるものでしょうね。その分、遠くから登校する生徒もいて、通学の往き帰りにもドラマがあるんですよね。

学校を出た直後は「嫌な思い出」の方が多くて、そういう話題に触れられるのは辛かったりしましたが、今は笑い話に変えられるようになりました。歳をとって丸くなった、のではなく、ズルくなったんですね、きっと^_^;

温かなコメント、有り難うございました。
さっき、熟睡しているさとひろの代わりにゴミ出しに行って寒さを実感してきました。秋田の寒さは想像もつきませんが、桜さんも風邪など召さないようお気をつけください。
Posted by poohpapa at 2004年12月15日 06:20
nniさん、おはようございます

事前連絡なしで大変失礼を致しました(懺悔)
でもでも、美味しいコーヒーを飲んで頂けたなら嬉しいです。

nniさんのおかげで素敵な記事に出会えて感謝しております。私の記事の方はあまり格調高くはありませんので、比較されたりすると辛いのですが^_^;

こちらこそ、これからもどうぞ宜しくお願いします。
Posted by poohpapa at 2004年12月15日 07:27
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