2004年12月20日

私にとっての恩師 (後編)

中学卒業後も、年賀状のやり取りは続けさせて頂いて、帰省時にはたまに母校やご自宅を訪問してはいたが、先生の本当の凄さを知ったのは、中学卒業後25年も経ってからのことである。理由は、「ベトナム戦争」と「ユーゴスラビアの内戦」であった。

私が中学1年の秋、放課後、同級生数人と教室でダベっているところに先生が入ってきた。にやにや笑いながら私たちにこう質問する。「お前らベトナム戦争、どっちが勝つと思うか」、と。私は自信満々に答えた。「そりゃあアメリカに決まっとるが」、と。

で、名古屋弁は語尾が汚いので、ここからは標準語に翻訳して書くことにする(笑)

「どうしてそう思う?」
「だって、軍事力が圧倒的に違うし、アメリカは核だって持ってるし」
「ふふん、お前らの考えることはそこまでのことだな。いいか、アメリカは絶対に勝てんぞ。アメリカは核は持ってるけど使えない。アメリカが核を使ってみろ、国際社会から孤立するから絶対に使えないんだよ。そうすると、ベトナムの国土の7割近くがジャングルだから当然ゲリラ戦になる。ゲリラ戦になれば土地を知り尽くした地元のベトナム人には勝てる訳がない。だいいち、彼らは死ぬことを恐れてないから、最後の一人になっても降伏はしない。見とってみろ、アメリカは絶対に勝てないから」

戦争末期、アメリカは大規模な北爆と枯葉剤散布に打って出たが、それでも北は堕ちなかった。ベトナム戦争は75年に終結し、結果は先生が10年も前に予想した通りだった。先生はベトナム戦争初期の段階で既に「アメリカの負け」を予測していたのだ。

そして、もう一つが「ユーゴスラビアの内戦」である。こっちの予言はもっと凄かった。

やはり放課後に教室でたむろしていると、先生がひょっこり入ってきて、「ユーゴスラビアの大統領は誰だか知ってるか」、と聞くので、私が「チトーでしょ」と答えると、「おお、知ってたか。じゃあ、ユーゴスラビアがどんな国か知ってるか」、と畳みかける。私は大統領の名前しか知らないから、何も答えられないでいると、嬉しそうに解説してくれた。

「ユーゴという国は、6つの地域、3つの宗教、5つの民族から成り立っていて、本来は一つの国に纏まる筈が無く、チトーのカリスマ性だけで纏まっている不安定な国家だから、チトーが死んだら紛争は避けられず、必ず内戦が勃発する」、という予言であった。

先生がユーゴスラビアの将来を予測したのが65年のことで、チトー大統領が亡くなったのが80年、紛争が勃発したのが91年のことである。四半世紀も前から的確にユーゴ状況を把握し、将来を予言していたことになる。日本に数いる国際政治評論家や政治家で、これらを先生と同じ時期に的確に予測していた人物が果たしていただろうか。

イギリスの故チャーチル元首相は、晩年、記者団に対して、「君たちが平均寿命まで生きられたなら、君たちは社会主義の崩壊を確実に目にすることが出来るだろう」、と言い残している。チャーチル自身はその予言の結果を確かめることなく他界したが、ものの見事に的中している。先生の予言はそれに匹敵するほどの内容だった。日本にチャーチルのような政治家がいたであろうか。今の日本の政治家など1年先も読めやしない。

私は今でも、何か大きな事件が起きる度に「先生なら何と仰るかな」といつも考えるようにしている。先生の答えを予測して客観的に考えることで「大きな判断ミス」をしないで済んでいるし予測もよく当たっている。

先生は私たちの学年を送り出した後、同級生の誰かに、「俺がこの後どれだけ卒業生を送り出したとしても、○○(私)とKとYだけは絶対に忘れないだろう」、と仰ったとか。とても光栄なことであるが、裏を返せば、それだけ「手を焼かせた」ということだろう。

実は先生が定年を迎える前から、「退職なさったら一緒に旅行でも行きませんか」、とお誘いしていてOKの返事も頂いていたが、その矢先に地域の区長になられて、おまけに私大の付属高校で非常勤講師もしていらっしゃるので、実現はまだ先になりそうだ。

行き先は、互いに縁(ゆかり)のある「ベトナム」になるかも知れない。
posted by poohpapa at 06:00| Comment(12) | TrackBack(1) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もこういう先生がいたら、尊敬してしまいます。
先見の明があるというより、
報道や世論にまどわされず、物事の本質を見て、
自分で判断をされているということだと思います。

以前、サリンを街中にまいた事件の時、
オウム真理教の犯行だったと判明したニュースを見て、
父が「報道をそのまま信じてはいけない典型だな」
と、つぶやいたのが忘れられません。

この先生のような視点を持てるようになりたいです。
ここのブログで色々な視点を見せていただけるのを楽しみにしています。
Posted by 三田 at 2004年12月20日 09:50
三田さん、おはようございます

うちの会社の現社長も、私にとても大きな影響を与えていますが、「青少年の人格形成期」に出会っている点を考えれば、先生は私に一番大きな影響力を与えた方だと思います。国際社会や国内で大きな出来事がある度に、先生に電話してご意見を伺ったり、自分で「先生だったら・・・」と考えたりしています。

余談ですが、以前母校を訪問した時に職員室の真ん中で、先生に、「有り難い教え子でしょ?教師冥利に尽きますよね、こういう生徒が一人いればあとの教え子は要らんでしょう」、と言って、「馬鹿野郎ッ!」、と怒鳴られました(爆)

その時に他の先生方にも聞こえるように、「教師やってて、卒業して1年以上経った生徒からの年賀状が1枚も来ないようなら、そんな人は教師を辞めたほうがいいでしょう」、とも言い切って、でも職員室の中は大爆笑でしたけど。

ところで、「松本サリン事件」で第一発見者を疑うような報道が流れた時、私も「へえ、そうなんだ」、と思った口でした。三田さんのお父さんのお言葉は本当に「重い」ですね。立派なお父さんでいらっしゃいますね。

早々にコメント、有り難うございます。
これからもどうぞ宜しくお願いします。
Posted by poohpapa at 2004年12月20日 10:42
はじめまして。Poohpapaさん。
ちょうど今日コメントされた三田さんにすすめられて、お邪魔させて頂いています。
肩の力がぬけて、いい感じのblogですね。
とても勉強になります。
それにしても、いい恩師ですね。私も小学時代の先生の一言で大きな転機をむかえた経験があります。
いまでも尊敬している先生です。
いいblogですね。これからも頑張って下さい。
Posted by すいしょう at 2004年12月20日 16:42
すいしょうさん、こんにちは

お褒め頂いて恐縮です。どうも有り難うございます。三田さんにもいつも温かなコメントを頂戴しているんですよ(^^♪

私は良い先生に恵まれて本当に幸せでした。高校時代にも良い先生に出会っていまして、その先生のこともいつか記事にさせて頂こうと思っています。

教師という職業は、善きにつけ悪しきにつけ、人の人生に影響を与えられる職業だから、私なんかからすればとても羨ましい仕事ですね。

すいしょうさんからのお褒めの言葉を励みにこれからも頑張ります。
コメント、本当に有り難うございました。
Posted by poohpapa at 2004年12月20日 17:13
早速のお返事ありがとうございます。
教師がうらやましい、というのは全く同感です。
自分も、いろんな先生にお世話になってきたので、自分も何らかの形で恩返しがしたい、子供の教育(っていうとおこがましいですけど)に携わりたいって夢をもってます。
Poohpapaさんのblogはみんなに夢や希望をあたえるblogですから、一種の教科書あるいは学校みたいなものですね。
これからも頑張って下さい。
Posted by すいしょう at 2004年12月20日 17:24
すいしょうさん、みたび、こんばんは

いえいえ、けっこう独善的で毒のあるblogでもありますので、お気づきの点がありましたらどうぞご遠慮なくご指摘ください(^^♪

私の知らないところで、きっと恨まれてたりしてるんだろうな、とも思っています、本当に(笑)
Posted by poohpapa at 2004年12月20日 17:38
こんばんは。
なんだか壮大なお話になって、深々と読ませていただきました。(笑
良い意味、先生も先生だし生徒も生徒ですね!!
確かに二度とお目にかかれぬほどのお方と思います。

転校生の私は先生の数も人の数倍多く、忘却のかなたの先生も多々・・・。
一人として影響を与えてくれた先生はいなかった。寂し・・・。

道標足るものをもてなかったあの頃を思い出し先生の真の姿とは何ぞや、それを自覚している先生は何処・・・と今、息子に悔いのない道を歩んで欲しいと思ってアドバイスしても当の本人は何処吹く風。
でも私の体験を語っていますが、良く聞いてくれます。「あ、そ。」といいながらも。

余談ですが、弟の名は「ちとー」です。漢字2文字ですが。良くチトー大統領のことが話題になりましたが、本人には関係なかったようでした。
Posted by at 2004年12月20日 23:47
桜さん、おはようございます

たぶん、子供が親の苦労や偉大さ(?)を知るのは、ず??っと先のことですね、40、50になってからでしょう。ただ、お袋の「苦労や偉大さ」は早めに分かってもらえるようになりますが、親父のソレは死んでからになるみたいですね。ちょっと不公平かも^_^;

この先生とは細々とした日常的な問題でも、お互い常に真っ向からぶつかっていましたので信頼関係も出来てました。うちの中学は「対生徒」に関しては割合そういう先生が多かったですね。生徒の方も、気に入らない教師を「質問攻め」にして潰したりして(笑)
体育館の裏に呼んで袋叩きにするのではなく、「参りました」と言うまで質問を続けるんです。そうするためには自分も勉強しなければならない訳で、互いの利益になるんですよね。

そういう中学時代を送っていましたので、自分の子供たちの保護者会や授業参観に出て、サラリーマン化した(それ以下)最近の教師を見るにつけ失望していたものです。教師のレベルは相対的に見て明らかに年々レベルが下がっていると思います。

私は母校の職員室の真ん中でこうも言いました、

「本当に優秀なら教師なんかやらんでしょ!せいぜいクラスで3番目か4番目の奴が教師をやるんであって、そういうノが教師になった途端、『俺は今までに一度も間違いを犯したことはない』って顔して頭ごなしに生徒と接するから頭にくるんですよ」、と。

先生は、「まああああ、お前は本当に口が悪いなあ!」って怒ってましたけど、事実なんだからしょうがありません。

最近になって先生が、「お前らの頃は良かったよ、良くも悪くも反応があったから。今の生徒は全く反応が無くてなあ・・・」、と仰ってましたが、それは良く分かりますね。教師の質だけでなく、生徒の質も、何より親の質が下がってますモン。

またまた取り留めのないことをダラダラと書いてしまいました(懺悔)
もう歳ですね^_^;

あ、明日、予定を決行します(^_-)-☆
Posted by poohpapa at 2004年12月21日 05:48
Poohpapaさん、こんにちは??。
いい先生ですねえ・・・。
疑問を持つこと、質問することを許してくれる先生(学校)って案外少ないような気がします。でもでも、学校って本来そういう場なのではっっ・・とか思ってみたり・・・。

わたしは幸運なことに先生には恵まれ、小・中・高校時代も無体な先生(?)には当たりませんでした。本当に幸運ですね・・・自分では選べませんからね??(嘆息)。
一番印象に残っているのは、中学時代に担任だったおじいちゃんの国語の先生です。先生にとって我々は「孫」のよーなものだったらしく、「かわいいですね??(にこにこ)」と阿呆な我々の行動を暖かく見守ってくださるという感じでした(ちなみに、我々の学年は、「歴代ワースト3」に入ると言われるほど先生方の手を焼かせたようです)。
先生は、普段から生徒にも敬語を使われていました。「〇〇さん、前に出て書いてくださいますか」「教科書を読んでいただけますか」と、そのよーな感じで言われますので、こちらも「ははっ!書かせていただきます!」と謹んで板書させていただきました(笑)。呼びかけも「きみたち」か「あなたがた」でしたね。というわけで、TVなどで「おまえら!!」と(特に女性の)先生が言われているのを見ると、かなりびびりました。こっこわいっっ(^^;
先生が声を荒げたところを見たことはありませんし、授業も大変まじめでどちらかというとねむ??くなる方でしたが、生徒が暴れるようなことはありませんでした。大変平和で静かな、まさに「学舎」という雰囲気の授業でしたね。先生の人徳でしょうね??(そして経験と年齢と・・・若造にできる技ではないですね(汗))。
おそらく、生徒が暴れなかったのは、先生が、中学生のお子様といえど対等な一人の人間として尊重してくださったからでしょう。
まあ、うるさいとはいえ比較的おとなしい学校だったのでできたことかもしれませんが・・・。
しかし、どういう状況であれ、先生たる者にとって一番大切なのはその辺りではないかと思います。やはりそういうことは、される方は敏感に感じ取りますからね??。

し、しかし。本当に優秀なら教師なんかやらんでしょ!って!!
だめぢゃないですか??そんなほんとのことを言っては!!(爆)
教員採用試験は年々難しくなっているのに、なぜ先生の質は悪いままなのだろうと言っていたら、友人は一言、
「そりゃー選ぶ人がアレだから、選ばれるのもアレなのばかりになるわな??^^」と^^;;
まず、選ぶ立場にある人々を入れ変えなければ問題は解決しないということか!(爆)
しかも教育費はどんどん削られているし・・・^^;教育こそ最も削ってはいけない部分だと思うのですが、やはり一番無駄に見えるのでしょうね??。

あっ、親父様の苦労や偉大さ、しみじみ感じ入っておりますよ!社会人になってから特に、ですが・・この世で生きていくのはなかなか・・・。自分の信条を貫くのもなかなか本当に・・どろんどろん(T▽T)
Posted by うし at 2004年12月21日 17:05
うしさん、おはようございます

うしさんも良い学校を出られましたね。
最近の先生方は、PTAを恐れるあまり、生徒を叱ることに及び腰であったり、それがために真っ向から向かい合うことが無くなっているように感じます。

私の中学時代、ある先生が、「俺たちの子供の頃は、生徒を叱るのに殴ったりすると直ぐ親が家まで来て『よく叱ってくれました』、とお礼を言われたもんだよ。今の親は違うよ、『なんでうちの子供を殴ったのか』、と抗議に来るんだよ。それじゃ、まともな教育なんか出来ないだろうよ」、と、しみじみ仰ってました。

それから更に40年経っています。現状はもっと酷くなっています。

私も「体罰」に抗議しての授業ボイコットをしてはいましたが、基本的には「体罰肯定」なんです。

先生も生徒も、互いに逃げずに真正面に向き合う、そこから信頼関係も生まれてくるのですがねえ・・・。

よく、「教師の給料をもっと上げないと良い人材が集まらなくて質が悪くなる」、という意見も聞きますが、私はそれは違うと思いますね。そんなんで教師という職を選択するような人間に教師をして欲しくないですもん。

いつもながら脱線しまくりですみません(汗)

コメント、有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年12月22日 07:58
こんばんは、Poohpapaさま。

優しく、失敗を認める度量があり、先見の明がある。
すばらしい先生ですね!

ところで、今の先生ですが優秀タイプが先生になっているのが
問題かと考えております。

つまり、問題を起こさないようにこつこと努力してきたため、
問題に対応する能力が鍛えられていないのではないでしょうか。
(そのぶん、問題を起こさない能力や問題を先送りする能力が発達している・・・笑)

コンプレックスを克服した人、ドツボにはまった後にリカバリーした人、
若い時期にエネルギーがあって反抗し、いろんな経験をした人
が本当は先生になるべきかと

そうすれば、いろんな生徒にも自分の経験を元にして適切な対応ができると思います。
(問題を起こさない生徒は、そもそも、対応する必要がない・・・笑)

恩師の方も容貌のコンプレックスを克服して、このような
すばらしい先生になられたのかも、と考えてしまいました。

失礼な想像ですね、すみません。

それではまた。
Posted by 困ったちゃん at 2004年12月22日 20:58
困ったちゃんさん、おはようございます

いえ、本人は容貌にコンプレックスなどお持ちでないようで・・・^_^;

この恩師は、実は2浪して名古屋大学に入っているんですね。先生が仰るには、「2度目に失敗した時には母親も『どうにかなってしまうんじゃないか』、ともの凄く心配してた」、とのこと。私は、現役でスンナリ志望校に合格して挫折を知らないで教師になった人より、何度も苦汁を飲まされた経験がある人の方が教師には向いている、と思いますね。性格が屈折していたらお話になりませんが、いえ、高校の時にいたんですよ、そういうノが。

人の痛みが分かる、という点でも良い先生でした(しみじみ)

コメント、有り難うございます。
Posted by poohpapa at 2004年12月23日 06:20
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