2005年01月25日

トルコの旅 PART2 「初めてのイスラム圏への旅」

年末からのトルコへの旅で、昨年9月11日の米同時多発テロ以来、いやそれ以前から漠然といだいていたイスラム教に対する先入観や偏見のようなものがなくなり、浅くではあるがイスラム教に関する基本的な知識を得ることができた。
その意味では、トルコに来て良かった、と思った。

現地のジェミニツアーのガイドさん、ベルカンさんとフセインさんの説明が分かりやすく、正確で豊富な知識に裏打ちされた解説は、説得力充分であった。

国民の95%がイスラム教の信者ではあるが、他の中東諸国のイスラム教とは一線を画していること、イスラム教は本来破壊や戦争を戒めていること、厳しい戒律の中でもトルコでは一定の自由を認めていたり、偶像崇拝を禁じていても歴史や文化的遺産までも否定しているわけではない、ということ等々、理路整然と説明してくれた。

なかでも、「アメリカの同時多発テロはオサマ・ビン・ラディン一派の犯行、OKです。バーミヤンの遺跡をタリバンが破壊した、それもOKです(OK=事実と納得できる、の意)。彼らもイスラム教ではあります。でも、イスラム教とイスラム原理主義(過激派)は違います。世界中で流されるニュースのうちで、80%は正しいでしょう。でも、時として、ニュースはその国の政府の考え方が反映されたり、世論の受けを気にして、事実が曲げられて伝えられることがあります。皆さんは、ニュースを見て、そのまま信じてしまわないで、ご自身の頭で真実かどうか考えてください。悪いのは、イスラム教ではなく、宗教を政治の道具として利用したり、自分の富を築くために利用する一部の指導者達なのです」
との話は、まさに、我が意を得たり、の思いであったし、私がふだん自分の子供達に言い聞かせていること、そのものであった。
もちろん、ガイドさんの話は、どんな宗教にも当てはまることだと思う。

私は無信仰で、今後も何かを信仰することはないだろう。
罰当たりにも、「ワールド・トレード・センタービルに旅客機が突っ込むのを事前に止められなかった神様が、突っ込んだ後で何をしてくれるの?」くらいに思っているが、もともと他人の信仰をとやかく言う気はない。

大切なのは、相手の主義主張や信条をちゃんと聞く耳を持つことであって、どんな人と向き合った時でも、まず相手を認めることから始めるべきで、自分の主張はその後ですべきもの、と、この国で教えられたように思う。

ガイドさんの言葉の裏には、世界中で生活している同胞の方々に対する心からの気遣いが感じられた。

振り返って、旅をしていて、私達が海外で生活する邦人の立場を思いやることがどれだけあるだろうか。

せめて「旅の恥はかき捨て」だけは慎みたい、と、痛切に思う。




※ 2001年1月17日付け (某旅行会社のベストエッセイ賞受賞原稿;エヘン)
posted by poohpapa at 06:00| Comment(0) | TrackBack(1) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

ケマルパシャとかトルコの雑感
Excerpt: ダンボへ 以前なんかの話の折に、ケマル・パシャが偉大だとかそんな話をしたのを覚えているだろうか。パシャの行った、文字改革や女性解放がその時代としては先進的...
Weblog: くたばれ!さくらい
Tracked: 2005-01-25 14:15