ブログを開設して2年8ヶ月になるが、個人的には「これが一番記録しておきたい話」なので、何回かに分けて詳細に書こうと思う。
私の「初恋の人」はこの女性だが、物心ついてから、ということで言えば、絶対に「悦ちゃん」である。私の中学時代からの同級生たちは私のことを本名では呼ばずに、未だに「悦ちゃん」とか「悦子」とか呼ぶ。それで何の違和感もなく通じてしまうのだから、友情というのは面白い。
中学1年の時、先輩から「僕の好きな人はあの人だよ」と、少し遠くから教えられて初めて悦ちゃんを見た時、心臓が止まるかと思うくらいの衝撃だった。顔立ちが整っていて、背は低めだけどプロポーションも良く、今のタレントで言うなら「富田靖子」ふうの美人で、それでも最初は「先輩の彼女(とまでは行ってなかったが)」なので、単に憧れていただけの存在でしかなかった。
後日、その彼女に冷やかし半分で、すれ違いざまに「さようなら」と声をかけると、無視されるものとばかり思っていたら「さようなら」と自然に挨拶が返ってきて、いっぺんで参ってしまった。
それからは、寝ても冷めても彼女のことばかり。住所を調べて次の正月に年賀状を出したら、ちゃんと返事も返ってきた。それで調子に乗って、思い切って、交際を申し込んでみると・・・、
「私たちはまだ中学生だから、特定の人とお付き合いすることは出来ません。友だちの一人として、ということならいいですよ」、との返事。それでは不足だが仕方ない。嫌だと言ったなら断られてしまう。「よろしくお願いします」と返事した。
相手は上級生だし、ふだんは接点はなく、デートも1〜2回くらいしかしていない。その時、「どうして僕と付き合ってもいい、と思ったの?」と訊いたら、とんでもない誤解があった。
悦ちゃんは、僕の成績が学年トップだと思っていて、「そんな優秀な人となら下級生であっても付き合ってもいいかな」と判断したんだとか。学年トップは私ではない。名前は似ているが別人である。後でバレるのも嫌だから正直に話したら気にも留めず笑ってくれた。
それと同じ誤解をしていた人物が他にも何人かいた。
そのうちの一人が、去年亡くなった私の母親である。
おふくろは「オレが通信簿を見たってナンも解からんで、○○が自分で知っとったらええ」と言っていて、テストや通信簿を見ることはなかったが、誰かから「オタクの○○君は学年で一番なんだってね」と聞かされて家に帰り、喜んでいたことがあった。逆ならいいけど、そういうのは真相を伝えにくくて迷惑な話である。親不孝になってしまうし。事実、私が真相を話したら、おふくろはちょっとガッカリしていた。もっとも、勉強はしてなくても、「そう誤解されるくらいの、そこそこの成績」ではあったのだが
2年後、悦ちゃんは一足先に県立半田高校に合格した。合格すると直ぐに手紙が来た。「これからは貴方にとって大切な一年だから、貴方が半田高校に合格するまで交際をお休みしましょう」、というものだった。それは非常にショックだった。私にとっては受験勉強などどうでもよく、彼女と付き合っていてもいなくても、どのみち受験勉強などする気は無かったから、そんな気遣いは無用だったのだ。受かっても経済的に通えない「滑り止め」の私立高校も一校も受験することはないし、落ちたら中卒で就職するつもりで「近所の電器屋さんに就職する話」を自分で決めてきていた。
今思えば、我ながら「実にしっかりしていた」と思う。中学生でありながら失敗した後の「身の振り方」まで考えていたのだから。そこまで考えるくらいなら「しっかり勉強すればよい」のであるが、とにかく「勉強は大嫌い」だったのだ。というか、「こんなもの、社会に出てから何の役にも立たない」と思っていたから、どうにもならない。ただ、今、もし中学生に戻れるものなら、必死こいて勉強をするとは思う。
で、私が高校受験に失敗すれば悦ちゃんとの交際も終わる。それでも受験勉強をする気は無かったから、悦ちゃんの気遣いは、私にとっては辛いものだった。たまには逢いたかったから・・・。逢いたくて逢いたくて、心臓が締め付けられるほど苦しく思う時もあったし。
だが、「嫌だ」とも言えないから申し出を飲むことにした。
(続く)