2013年03月12日

人は「忘れる」・・・

昨日は3.11からちょうど2年ということで、ここ立川市でも街頭に設置された拡声器から「本日は東日本大震災があった日です。2時46分になりましたらサイレンを鳴らしますので黙祷してくださるようお願いします」とのアナウンスが度々流されていた。たまたま買い物に行ったデパートでも同様のアナウンスが流れていたので、きっと手すきの店員さんたちは黙祷をしていたと思われる。

うちのと私は、その2時46分に家まで着けるかどうか微妙なタイミングだったが、家まであと少しの路上で黙祷開始のサイレンが鳴り始めた。道の脇に寄って立ち止まり、買い物袋を提げたまま黙祷を始めたのだが、その脇を自転車や歩行者が通り過ぎる気配は感じていた。そういうのは強制するものではないので、黙祷しない人たちを非難するつもりは無い。その日を覚えていて「しよう」と思う人がすれば良いとは思う。

ただ、こういう奴は赦せない。

黙祷している我々の後ろから車が迫ってくる気配がする。まあ、その時間にも車は動いていて「日本中の車が一時停止して黙祷する」なんてことは有り得ないし、大袈裟な話、それでは日本経済が停滞する。

で、後ろからゆっくり静かに迫ってきた車が、ちょうど我々の横に並んだ時のこと、





突然、その車から、「コケコッコー!」と鶏の鳴き声が流れた。

しかも大音響で音楽が鳴り、「新鮮な卵の移動販売でお邪魔しています」との無粋なアナウンスまで流れたから黙祷のサイレンがかき消されてしまい、黙祷の途中であったが仕方なく我々は黙祷をやめた。

無関心に通り過ぎるのならまだ赦せるが、たとえ悪意は無くても「邪魔をする」のは赦せない。せめて会社を出る前に「今日が何の日か」を確認するとか思い出すとかして、黙祷まではしないまでも「その時間になったら当然に営業をやめて騒音を出さないようにしよう」とは考えないものか。

車が少し前方で停まったので、運転していた社員に注意をしようと思ったのだが、運転席から降りてきたのは意外にも私よりかなり年上の「枯葉マーク」目前の女性だった。それで、注意するのを諦めた。

人は「忘れる」もの。ましてや、被災地から遠く離れていれば尚のこと。それは仕方ない。だが、同じ日本人として、「せめて被災地に真の復興の日が訪れるまでは3.11を風化させてはならない」と強く思った。



 コメントの返信、少々お待ちください。昨晩は「風邪の初期症状」で早めに寝てしまいました。
   陽気の変わり目につき、皆さんもお気をつけください。






posted by poohpapa at 06:41| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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