2013年04月30日

昨日は母校(中学)の同窓会

昨年から毎年、郷里でGWの4月29日に中学時代の学年同窓会が開かれることになったようだ。私は出席できなかったが日本中に散らばっている同窓生のうち50人以上が出席したようだ。私が卒業した年の同窓生は、たしか381人だったと思う。半世紀近くも経っていてそれだけ集まるのは凄いと思う。

みんな定年を過ぎてヒマもでき、懐かしさも手伝って集まるんだろけど、同窓会が開けるのは「音頭を取ってくれる人たちがいてこそ」だと思う。おそらくは、通信費などで足も出ていることだろう。

私は昨日は仕事であった。可愛い看護師さんの物件案内をしていて、歳とった仲間たちの顔を見るよりずっと元気がもらえて(田舎に帰らず)仕事するほうを選択して正解だったと思う(おいおい)

まあ、それは本音の冗談??だが、午後になって同窓会の会場から私の携帯に電話が入った。同窓生のY君からである。Y君は成績も学年でトップ、何より人柄が良い。スポーツにも秀でていたので彼を悪く言う同級生は一人もいない。成績が良い同級生の中にはクラスメイトを見下していた奴もいたけど、彼は間違ってもそんなことはしない。東京での高校の同窓会なんかでも劣等性の私のことを細かく気遣ってくれていたし。

Y君も東京で暮らしているのだが、墓参りを兼ねて帰省し出席していたようだった。「来年は墓参りがてら出席しろよ」と声を掛けてくれるが、帰れるかどうかは分からない。Y君のご両親も私の両親も同じ墓地に眠っている。Y君が帰れて私が帰れないワケがないのだが、こっちはまだリタイアしておらず現役である。その時が来て帰れる状況であれば是非参加したいと思う。

夕方になって恩師からも電話を頂いた。「Sがオマエに連絡したがっとるで、電話してやれや」とのこと。電話番号は分かるので近いうちに電話しようと思う。そういえば、Sとは苦い思い出がある。

前妻と交際中の頃、私の池袋のアパートでHの真っ最中にSが訪ねてきた。インターホンなんて洒落たものは付いておらず、いきなり部屋のドアをノックされて、居留守を使えば良かったのだが返事をしてしまったので慌てて布団を片付けて服を着た。だがそれなりに時間が掛かる。しばらく待たせてドアを開けると「うおっ、悪い時に来ちゃったなあ」とSに大笑いされたのだ。あの時は焦っていて、実は、前妻は洋服は着ていたけど下着は身に付けていなかった。今なら笑い話になるけど当時は必死だったたらーっ(汗)

夜、Y君に「気を付けて帰京して」とCメールを送ったら「今、帰るとこで、Oさんと一緒」との返事。

Oさんはクラスのマドンナ的な存在。小学3年の時には私も好きだったし、親友のK君が惚れてるのを知っていたから距離を置いていた。その経緯を本人は知らなかったと思うので、CメールでY君に送ってやった。ついでに「無事に送り届けてくれよ、手を出すなよ」と打ったけどY君は真面目だからそんな心配は無用だった。だいいち、私のイメージの中ではせいぜい女子高生どまりだけど、現実に会ってみれば「アンタ誰??」くらいに変貌しているかも知れない。ま、お互いさまなんだろうけど。

卒業後しばらくの時点では「顔を合わせたくない奴」もいたけど、もうそんな蟠り(わだかまり)も消えてなくなっていることだろう。だいいち、こっちは覚えていても向こうは忘れているだろうし・・・。

ちょっと心配なことがあって、Y君にも恩師にも聞きそびれてしまったが、おそらくは同級生の訃報なんかも入っているんじゃないだろうか、ということ。卒業後46年も経っているので先生方も何人かお亡くなりになっているようだし・・・。冗談抜きにして、いつか「恩師の墓参りツアー」など企画しても良いのかも。

それにしても友だちや仲間(もちろん恩師も)というのは有り難い。自分のことを気に掛けてくれる人がいる、というだけでも生きる励みになるものだし。仕事で、最近は身寄りのいないホームレスの人や生活保護受給者の方たちの部屋探しをする機会が多くなったが、「私はいつもあなたのことを気に掛けていますよ」という姿勢だけは伝えるようにしている。

さて、と、今年のGWは休まない業者が多いので私も今日は「ご出勤」である。早く岩手に帰りたい・・・わーい(嬉しい顔)
posted by poohpapa at 07:28| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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