2013年07月09日

今も気になっている、ある老婦人

ここ数日は猛暑日が続いているが、これは今から半年前の真冬の出来事。

夕方、駅前の銀行に行って戻ると、店の前に高齢のご婦人が立っていた。熱心に貼紙広告を見つめているが、遠目に見て、部屋探しするようにも見えないし、子供か孫の部屋探しの下調べに来たのかな、と思い、「こんにちは、お寒いですから宜しければ中にお入りください。資料のコピーなども差し上げますよ」と言うと、私に続いて店に入ってきた。椅子に掛けると、こう訊く。

「あそこの紙に書いてあるフレッツ光って何ですか?」、と。

70代半ばと思われるご婦人からいきなりそんな質問が出るとは思わなかったが、詳しく教えて差し上げた。私が「どなたの部屋探しですか?」と訊ねると、少し間をおいて、「私のなんです・・・」とのこと。

どう見ても働いているようには見えないし、「うわあ、貸して頂ける部屋なんて無いかも。困ったなあ・・・」と思ったが、理解してくださる家主さんを探せるかも知れないし、いちおう詳しく希望条件を伺ってみた。すると、老婦人の口から出たのは希望条件というより身の上話であった。

こう言ってはナンだが、どうせ暇な店である。歳相応の気品もあって人柄の良さそうなこの老婦人にとことん付き合うことにした。「差し支えなければ詳しくご事情をお聞かせ願えますか?」と言うと、老婦人は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。それによれば・・・、

今お住まいになっているのは持ち家やアパートではなく有料の老人ホームのような施設で、80歳近いご主人と何年もそこで暮らしていて、子供さんや身寄りはいない、とのこと。ホームの環境が過酷で「これならいっそ民間のアパートで暮らしたほうがマシ」と考えて部屋探しをしているワケでもない。ホームの管理人さんは優しい人で、「いつまでもいてくださいね」と仰ってくださっているし、月々の費用が支払えなくなったワケでもないらしい。ならばどうして??、と不思議に思っていたのだが・・・、実は、ご主人をホームに残して自分だけで一人暮らしを始めよう、ということだったのだ。

「主人とは結婚して50年以上になります。子供はいません。主人は大きな会社に勤めていましたが、頑固一徹な人で、家では私を自分の思い通りに動かそうとして、私の気持ちなど何も聞いてはくれませんでした。会社を定年で辞めて、僅かな貯えで今のホームに入ってからもずっと亭主関白で、私は逆らったりすることなど今まで一度も出来ませんでした。今になって、『私の人生って何だったんだろう』と思うようになりました。今からでも主人と離れて何か好きなことをしたい、好きなように生きてみたい、その為にはホームを出て一人で暮らそう、と考えました。それで、不動産屋さんの前に貼ってある広告を見ていました」

老婦人はご主人との離婚は考えていないようだった。財産がどうの、ということではなく、今からでも自分を取り戻したいと願っているだけ、だとよく解かった。よくある熟年離婚で「亭主が定年退職して給料を持って帰らなくなったなら用はない。財産分けで貰えるものを貰って好きに生きさせてもらおう」という身勝手な女どもとはまるで違っていて、ずっと我慢に我慢を重ねて耐えていたものが一気に沸騰したんだろう。

老婦人の身の上話は1時間以上に及んだが、私は苦ではなかった。勝手な言い分だけを延々聞かされていたなら「いいかげん帰ってくれ!」と腹も立つものだろうが、どの話もよく理解できるものだったから。私は若くてキレイなお姉さんと話すのも(同じ話を繰り返さない限り)お年寄りと話すのも好きである(*^^)v

一通り話して落ち着いた頃合いを計って、私はこう言った。互いに何を話したかは今もよく覚えている。

「お気持ちはよく解かりますよ。私なんかも、うちのにしょっちゅう『もう少し自由な時間が欲しい』と言われてますから。ご主人が頑固で奥様のことを気遣ってくれないのは、裏を返せば奥様に甘えていて、信頼している証、と言えなくもないかも知れません。ですが、そうであっても、奥様からすれば腹に据えかねることばかりだったことでしょうね。男はいくつになっても子供です。ご主人からすれば、いつも傍にいてくれる奥様がいなくなって初めて自分が今までしてきたことの現実を突きつけられることになります。それはいい気味かも知れませんが、失礼ながら、お互いにもうやり直すには歳を取りすぎていますし、きっと一人になったら寂しさが込み上げてくるのでは、と思います。私はこれが商売ですから、『部屋を探して』と言われれば頑張って探しますが、もう一度ゆっくり考えてみては如何でしょう。それでも『我慢できない』ということでしたらまたお越しになってください。部屋探しでなくても、私で良ければ愚痴でも何でも聞かせて頂きますので、いつでもご遠慮なくどうぞ」、と。

ご主人は典型的な「釣り上げた魚に餌はやらない」タイプの男なんだろう。再三書いているが、夫婦の間では全く逆でなければならないもの、つまり、釣り上げたからこそ餌を与えなければならないものなのだ。ご主人は情けないくらいに相手(奥様)の気持ちが考えられない人なんだろう。感謝することを知らないし、知っていても上手く表現することができなかったりして・・・。「よく今まで連れ添ってくれたもの」と感謝すべきなのだが、奥様が「ホームを出る」と伝えたなら逆上するかも知れない。もしその時が来たなら、奥様は最低限の身の回りのものだけ持って黙ってホームを出て行くんだろう・・・。寂しい話である。

老婦人は「今まで、誰かにこんなにいっぱい話を聞いてもらったのは初めてです。有り難うございました」と礼を言って帰っていった。こういうのは自分が経営者だからこそできるもの。もっと言うなら私にしかできないことかも知れない。歩合で働いているワケではないし、手数料になるかどうか、とか、いくら稼げるか、なんて考えなくてもいいから自分の判断と責任でできることだし。言うまでもなく、「AD付きますか?」などと当たり前のように訊いてくる営業マンや業者には絶対に無理であろう。

かっこよく言うなら「(人に使われていても)人間、50歳を過ぎたら利益の追求はほどほどにして自分の職責を通して社会に恩返ししながら生きていくべき」なんだと思う。「不動産業協会が公益法人」だなんて所詮は嘘っぱちの欺瞞で、私は時に、たった一人で公益法人をやっているようなもの、と自負している。ま、ただの自己満足かも知れないが・・・たらーっ(汗)


思い留まったのか、その後、老婦人は店に姿を見せない。どうしていらっしゃるか、気掛かりではある。







posted by poohpapa at 05:58| Comment(11) | お客さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
そういった関係の老夫婦であれば、そのご婦人が旅行とかで2〜3日ホームから離れるだけで、ご主人は堪えるかもしれませんね。
それで気付くきっかけにさえなれば、別居するまでには至らないで済みますし。
Posted by ハリケーン at 2013年07月09日 08:13
一昨日のTVドラマ「半澤直樹」も良かったが、優るとも劣らない良い話を読ませていただき、感謝します。
私事ながら、家内が、体調すぐれず診てもらった漢方医から「ご主人からのストレスが大変ねエ」と言われたようで、いやはやです。
Posted by kurama at 2013年07月09日 08:28
ハリケーンさん、おはようございます

たぶん、2〜3日の小旅行でさえ許さないのでは、と思いますね。要は、身の回りの世話をする人間がいなくなること自体が考えられなくて、「夫を置いて出掛けるなんてのは以ての外」なんだと思います。

たまに、奥さんが親族の結婚式や法事で泊りがけで出掛ける(帰省する)ことも許さない夫がいる、と聞くことがあります。うちのお客さんでも何人かいました。そういうタイプのご主人ではないでしょうか。

ハリケーンさんも、今のうちに餌をいっぱい与えておいたほうがいいですよ〜(^◇^)

Posted by poohpapa at 2013年07月09日 10:08
poohpapaさん
許可はいらないでしょう。
帰ってくる予定だけ、事後(出立後)に伝えればいいんです。
「以ての外」だけど「いないと困る」ということだけ解らせればいいので。
…これも体罰禁止に抵触する?
Posted by ハリケーン at 2013年07月09日 10:18
kuramaさん、おはようございます

奥様を診てくださった漢方医の先生、「ご主人からのストレスが大変ねエ」とは余計なことを・・・(^◇^)

奥様が診察を受けながら何をお話しになったんでしょう、問い詰めたほうがいいかもです(無責任*_*;)

お医者様も、診察をして患者の話を聞くだけで投薬せずに治療が済んでしまうことがあるでしょうし、不動産屋も、世間話をしていると部屋探ししなくてよくなることも度々あったりします。もちろん、無理に引越しを勧めたりはしません。時に、薬も出さず、部屋探しもせず、というのが一番の最善策だったりしますし、それが名医、いい業者だと思いますね。

奥様、どうぞお大事に♪
Posted by poohpapa at 2013年07月09日 10:19
ハリケーンさん、

黙って出かければ、それだけで逆上してしまうと思いますよ、こういう男性は・・・。うちのお客さんでもいますけど、自分が何をしたか、とか、間違ってないか、などは全く考えず攻撃してくる人は懲りないんですよ。ただ「相手が憎い」という一点で反省などしないし、謙虚さの欠片もないんです。なので、このご主人も「俺は何も悪いことはしていない。黙って出掛けるのは非常識。その所為で俺は迷惑した」と一方的に考えるだけでしょうね。何も聞かずにどつきまわすかも・・・。

この老婦人が、あと15年、いえ、せめて10年若ければ私の言うことも違ってくるものでしょうけど、遅すぎたように思えます。

もしかすると私は(思い留まらせる方向で)余計な話をしたのかも・・・。好きにさせてあげるほうが親切だったかも知れませんね。
Posted by poohpapa at 2013年07月09日 10:35
poohpapaさん

「話し合う」ことが前提であれば、このご婦人は残念ながら出口なしの可能性が高いですね。
たぶん別居も無理でしょう。
今まで「普通」だと思って夫婦で暮らしてきたことが、老人ホームで他の社会(家族)の情報を知って、「普通」じゃないことに気付いたのであれば、今後は「我慢」して余生を送るしかないと思います。
Posted by ハリケーン at 2013年07月09日 12:07
ハリケーンさん、こんにちは

これ、ハリケーンさんの(3通目のコメントで)仰る通りだと思います。出口なし、だと思いますし、老人ホームで他のご夫婦の様子を見て「自分たちは普通ではなかったんだ・・・」と気づいたんでしょうね。今までも、ご近所の人たちとの交流、無かったんでしょうかねえ・・・。

この老婦人が一時的にでも一人暮らしを始めるとして、申し込むとしても連帯保証人が立てられませんし、保証会社の審査が下りないと思います。なので、現実的には借りられるアパートはほとんど無いかも知れません。高齢化社会を迎えて、これが悲しい現実ですね。

部屋が借りられるかどうかより、この奥様の境遇が悲しいですね。
Posted by poohpapa at 2013年07月09日 12:19
kuramaさん、こんにちは

kuramaさんからのコメントにありました「半澤直樹」、気になって調べてみましたらなかなか面白そうですね。次回からは観させてもらいます。そんなドラマと比較して「優るとも劣らない」などとは身に余るお言葉、恐縮です(滝汗)

出演者の皆さんも私の好きな方たちばかりで、危うく知らずに終わってしまうところでした。本当に有り難うございましたm(_)m
Posted by poohpapa at 2013年07月09日 12:34
まるでうちの母親の状況に似た御婦人ですな。
最近特に父親の横柄さを口にしています。
80過ぎの老人に直せと行っても無駄なので私が聴いています。

この御婦人とすれば聴いてくれるだけでも心は晴れるでしょうから
人助けと思って聴いてあげてください。
多分、離婚や別居は考えては見ても実行は伴わないと思いますが。

Posted by あなたの嫌いな通りすがり at 2013年07月09日 22:03
あなたの嫌いな通りすがりさん、おはようございます

こういったお年寄りの愚痴や身の上話を聞いて差し上げるのも不動産屋の仕事のうち、と私は思いますね。仰るように、誰かに話せばそれだけで少しは気が晴れるもの、それでいいんでしょう。

私も、離婚や別居まではいかないと思います。私に話したことで何がしかガス抜きできたことでしょうし。今頃はきっと、「ホームを出よう」と思ったことも無かったかのように元の人生の続きを歩んでいらっしゃることでしょう。自己満足かも知れませんが、私も「いい仕事」をさせて頂きました(*^^)v

Posted by poohpapa at 2013年07月10日 05:14
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