2013年11月06日

やや遅めの新米の季節

うちはお米はスーパーなどでは買わない。岩手の実家で義父が定年退職後に小さな田圃を買い取って自給自足をしていて、食べきれないであろう分を送って頂いている。作柄の悪い年もあるので毎年というワケにはいかないが、新米が獲れると30キロ送ってくださる。最初の30キロは頂いていて、その先の追加分は義父といえども代金を払っている。もちろん、タダでも快く送って頂けるのだろうが、ふだん「お小遣い」など差し上げていないからちょうどいい口実になる。実家のほうでも通帳など確認していないようで、送金しなくても気付かないくらいだが、だからといって惚けるつもりも無い。

実家の米は無農薬(使っていても必要最少限)で、天日で1ヶ月も乾燥させているから本当に美味しい。

その新米を、毎年30キロ送らせて頂いているお客さんが一人いる。以前も書いたが、ある町で現在は生活保護を受けて暮らしている老婦人Tさんである。10年ほど前、当社で管理するアパートに20代後半の一人娘と入居してきたが、程なくして娘さんは脳腫瘍で亡くなっている。ご主人はそのずっと前に他界。持ち前の明るい性格で友人も多かったが、自分も周りも歳を取っているから段々と減っている。

現在は市会議員の勧めで当社の管理アパートから都営住宅に移られたが、その後で電話したら、「月末になると生活費が足りなくなるんで、三度の食事は塩むすびで過ごしてるよ。福祉のお世話で生きさせてもらってるから贅沢は言えないからさ。それでも感謝しないと・・・」と言っていた。僅かに残っている預金の通帳も全て役所に渡しているような馬鹿正直な人である。

その市の生活保護費は一定でなく人によって差があるらしい。基準があって、というのでなく、窓口で大声を出す人が多く貰っているようだ。理不尽な話で、Tさんに「私が役所に行って話をつけてきてあげようか」と言うと、「そんなことされちゃうとあちこちに迷惑が掛かるからいいよ〜」と固辞する。

退去時の敷金清算の際には「市のお世話になってるから私が貰うワケにはいかない。市で管理してる通帳に振り込んで」と言っていたが、「生活保護を受けてても、それくらいのヘソクリが無ければイザという時に困るんだから現金で持ってなさいよ」と強く言い聞かせて現金でお返しした、なんてこともあった。

以前は千葉で酒屋をやっていて、生活費が足りなくなってカネを借りに来た近所の人に快く貸してあげたりもしていたようだが、それでも、近くにディスカウントの酒量販店ができると、みんな少しでも安く買おうとしてビールの箱を抱えて店の前を通っていったりしていたとか・・・。さぞかし寂しかったことだろう。

そんな人だから「毎年、新米の季節が来たら30キロお送りしよう」と決めたのだ。ただ単に気の毒なお年寄りは他にも何人もいるが、私が送っているのはTさんだけ。全員にしていたら破産してしまうし・・・。

先日、「届いたよ」と電話があった。「来週あたり挨拶に伺いたいんだけど行っていいかなあ」と訊くので、「来なくていいよ。皺くちゃの顔なんか見たくもないし、俺、これでも忙しいから来ても店にいないよ」と言ってやった。いつものように「行く」「来ないでくれ」の応酬を繰り返していたが、「手ぶらで来るなら来てもいいけど、何か持ってくるなら店に入れないよ」ということで、来ることだけは了解した。

私からすれば、Tさんを「人生の善行と悪行の帳尻合わせ」に使わせてもらっているだけのこと。何度も書いているが、「人間、50歳を過ぎたら自分の職責を通して社会に恩返しをする」のが理想的な生き方。それくらいのことで差し引き0にはならないだろうが、無理せず出来ることをすれば良い、と思っている。

歳を取ってきて「寂しいこと」はいろいろあるだろうけど、周りに自分のことを気に掛けてくれている人がいる、ということが何よりの励みと希望に繋がるもの、と私が信じているから、ということもある。

何より、Tさんは私に「この人のお役に立ちたい」と思わせる人である。Tさんには「実家の両親がいつまで米作りをしていられるか分からないし、作柄が悪くて送れない年もあるかも知れないけど、これからもずっと送らせてもらうからね」と伝えてある。

そして、これも「ご縁」、である。私のことを嫌ったり恨んだり軽蔑している人もいる、と知っているけど、それも「そういうご縁」であって仕方ない。たいていは自分は反省することなく一方的に非難してくるが、互いに、せっかくの出会いを「良いご縁」に出来なかっただけのことなんだろう。

私はここで強く訴えたい。

私が優しく思い遣るのは、けっしてキレイなお姉さんばかりではない、ということ。努々誤解なきようわーい(嬉しい顔)


posted by poohpapa at 07:16| Comment(8) | お客さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさん、おはようございます。

良い話でございます。でもね、お米を送ったのが諸事情があって生活が大変な「キレイお姉さん」だったら、お礼に「来ないでくれ」と言えるでしょうか。私は「手ぶらで来るなら来てもいいけど、その時は...」などど、下衆な想像をする人間です(笑)
Posted by バラキ at 2013年11月06日 07:54
バラキさん、おはようございます

これ、ご高齢のご婦人だから「うちのが文句言わない」ワケでして、どんな事情があって理由をつけたとしても、キレイなお姉さんだったら揉めますよね。

もちろん、その下心があるなら米など送らず現ナマで勝負します(*^^)v

実は、Tさんよりもっと恵まれない高齢者の方は何人かいらっしゃいます。私がTさんだけにしているのは、Tさんにはハートがあるから、なんですね。ま、一人くらい「いい不動産屋に当たった」と思ってくれる人がいてもいいかな、と思ってますし・・・。自己満足なだけでしょうけど^_^;
Posted by poohpapa at 2013年11月06日 08:17
おはようございます poohpapa様。

Tさんのお話はいつも心洗われるような内容ですね。

ところで新米ということで思い出しましたが、昨年、竹田恒泰さんのお話をテレビで見て
自分も「新嘗祭」推進運動に秘かに加わっています。

と言っても、たんに新米は11月23日以降に食べるようにしているだけですが・・・

自分はそこまで天皇推進派でも右寄りの人でもないつもりですが、米文化は日本人のアイデンティティに係わるモノでもあるので、こういう風習は伝えていく方が良いものだと感じたのがきっかけです。
(竹田さんのお話は少し天皇のお話に偏っていましたが)

poohpapa様も、もし差し支えなければ、新嘗祭推進運動にご協力ください。

と言ってもあくまで自己申告の世界ですが・・・
Posted by タスク at 2013年11月06日 11:27
タスクさん、こんにちは

Tさん、まだまだ元気ですが、周りの人が「歯が抜けるように」一人また一人と消えていくと、一気に弱っていくかなあ、と心配しています。昔育ち、昔気質の「日本人の良心」のような人ですから。

新嘗祭推進運動、どんな内容でしょうか?

私自身、右でも左でもありませんが賛同できるものであれば参加させて頂きます。ふだん、中韓をコテンパンに書いているので超右寄りと誤解されていますが、中国や韓国を嫌う=右寄り、ということではないと思っています。私は単に中韓とそれらの国に媚を売っている民主党が大嫌いなだけ。それと政治思想は別なんですけどね。だいいち、自民党の中にも嫌いな政治家はいっぱいいますし・・・。

こんど教えてください。あ、後で検索して調べてみます。

Posted by poohpapa at 2013年11月06日 11:45
ご質問にお答え致します。

と言っても、自分も伝聞によるところが多少まじっておりますので、間違いがございましたらすみません。

新嘗祭は、11月23日に行われる宮中祭事で、所謂収穫祭です。
五穀豊穣を感謝し、祭事後その年の新米を初めて天皇がお口になさるとのことです。

なので、それに習って私達も11月23日まで新米を我慢すると言うだけものです。

ただ竹田恒泰さん曰く、これをどんどん広める啓蒙を行って、ゆくゆくは日本の誰もが知る大きな祭りにしたいとのことです。

ということで推進運動と言っても、新米を11月23日まで我慢するだけのモノです。

色々と想像を駆り立てたようでしたが、大した事無くて申し訳ございません。

でもこういう小さなことから日本の伝統は守られているような気がしますし、
食べ物を与えてくれる様々なことに感謝(八百万の神ではないですが)するきっかけにもなるようで、自分は結構気に入っています。

以上、ご理解頂けたら幸いです。
Posted by タスク at 2013年11月06日 23:20
タスクさん、おはようございます

有り難うございます。日本人らしくて「よい祭り」ですね。食べ物や五穀豊穣に感謝する思いは大切ですね。問題は・・・、11月23日まで実家から届いた米を使わずにいられるかどうか、だと思います。

今年も「新米が届く前に一度無洗米でも買うようかなあ・・・」と思ってたくらいのギリギリのタイミングで、かと言って、その為に別に米を買って繋ぐ、ということも非現実的で出来ないかなあ、と・・・。

以前の米が11月23日まで持ちそうだったら参加してみます。趣旨自体はとても素晴らしいので。

新嘗祭・・・、言葉だけは知っていましたが、そういうものだったんですね。

ところで、竹田恒泰さんて、今、華原朋美ちゃんと噂になってる人ですよね。竹田さんより、朋ちゃんに幸せになってもらいたいものですね。彼女、一途だから(^^♪
Posted by poohpapa at 2013年11月07日 06:55
おはようございます。

自己満足でいいんじゃないでしょうか。
よほどの高徳な人物でもない限り、自分の生活を持ち崩してでも他人を助けようなんてことは、思っていたとしても実行できません。
好意を受けた人が幸せになって、好意を施した人が満足すれば、それで充分。
少なくとも2人は幸せになります。

新嘗祭の期日固定というのは、現実に即してないですね。
「政治=祭祀」だった時代の名残でしょうけど。
期日に歩み寄るなら生産者側が出荷日を変えるくらいかな。
Posted by ハリケーン at 2013年11月07日 08:01
ハリケーンさん、おはようございます

私も、自己満足でいいかな、と思いますね。私が何かしたことで喜んでくださる人がいる・・・、それだけで十分だと思っています。

Tさん、私のお袋や、その周りにいた人たちと雰囲気が似ているんですよ。接していると妙に懐かしくなります。ふだん、年齢差に関係なくボロクソ言っていて、それも赦して頂いています。けっして、「米を送ってもらってるから我慢しよ」なんて思いはさせてないとは思ってますが・・・^_^;

私のお袋よりはずっと若いですし、私の年齢に近い、というか一回りくらいしか違いませんが、親孝行の真似事をさせてもらっています。ま、ほんと、ご縁ですね。

たしかに、私もTさんから幸せをもらっています。そういう関係は嬉しいものですね。
Posted by poohpapa at 2013年11月08日 06:09
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