言論の自由と言うけれども、この法律のいうところの「言論の自由」とは国家権力に対してのものであり、すべて一般の人に向けられたものでないことは、少し勉強をした人には分ることです。特定の個人に対して、何を言ってもいいなんていうことは無いのです。
私を「不勉強な奴」と言いたいのだろうが、とことん勘違いをしているようだ。私は言論の自由を振りかざして「個人批判」しているワケではない。だいいち村野氏は能力の有無は別にして卑しくも業界団体の支部長、言わば半公人である。私が批判しているのは村野氏のプライベートではなく支部長としての資質や言動である。個人のブログといえども支部長としてのブログで書かれていれば支部長という立場での発言になる。
もちろん、そうであっても特定の人物を「馬鹿」だの「無能」などと言うべきでない、とは承知しているが、この軽薄な男に対しては言わずにおかれない。断っておくが、私が厳しく当たる相手は自分より目上(立場が上)の人に対してだけであって、自分より弱い立場の人を個人攻撃したりはしない。
今から2年ほど前、自身のブログで私についてこんな記事を書いている。既に削除しているようだが、
休みが終わったらいろいろあるのでしょう・・・
花の命は短いもので、我が家の庭先の牡丹も盛りを過ぎたようです。
今日、とあるルートから、宅建協会の新支部長のリストを頂きました。どうやら過半の支部長さんが交代のようです。そうして2年後も過半の人が交代となるとすれば、私のように3期目だと言ってるようなものは「錯誤者」というのか、「何を考えてるんだアイツは・・・」というようなことをそろそろ言われても仕方がないことになります。
まあ、いずれにしても「いつまでも、崖っぷちの枯れ枝にしがみついている」ようなことだけはしないようにしたいと思います。
この休みの間に、いろいろ考えてみたいと思います。
しかし、こんな会員がいる支部の運営は大変だと思います。自分ではそんなのやりたくない、オレは「長」なんかやるつもりは無い、向いていない、出来ないよと言いつつ、ブログでは言いたい放題。これじゃ自分だけを安全圏に置いて、団塊の世代の良くある「異議申し立て」主義で世を渡る無責任者にすぎませんね。。。やってこなかったヤツの代表みたいなもんでしょう。文句ばかり言ってんじゃねよ・・・です。それをまた取り上げるG新聞社もどうなのよ?ですね。監査役なんか頼むのやめとけ!ですね。今日は、オマケ付きでした。。。
以前も書いたが、「こんな会員」のところにリンクが貼ってあって、クリックすると私の記事が出るようになっていた。この記事で、村野氏の人格や頭の程度、支部長としての資質など全て浮き出てくる。
支部長ともなれば様々な人からの批判に晒されることも有り得るし、それなりの覚悟も必要であろう。覚悟がないなら支部長など引き受けなければ良い。「こんな会員がいる支部の運営は大変だと思います」と同情しているのだから、誰からも異論が出ず楽に支部運営できるのが理想だと考えていることになるし、私の記事を表面しか読んでいないと分かる。批判するならちゃんと読んでからにすべきだろう。もっとも、読解力がないのは村野氏のブログの内容からもよく伝わってくるから熟読しても同じだろうけど。
私ならあの程度の文章力ならブログなどやらない。こう言ってはナンだが、グルメや子育ての記事をアップしている主婦のほうが遥かに美しい文章を書いている。好き好んで恥を晒す神経が解からない。
私からの批判を受けて、「お説ご尤も」と言いながら何ら謝罪の言葉は述べていないことでも人間性が解かろうというもの。遠距離ではないのだし、相手が誰だか分かっているのだから私ならお詫びに伺う。何より、記事を消して「無かったことにしている」のが笑える。「表現の自由」について高尚な意見を述べているが、知能は小学生レベルなんだろう。
村野氏は過去にも短絡的な「思い込み」だけで某会社に強烈なクレームを申し立てて、後で誤解だと解かったことがあったようである。その際も、おそらくはマトモに謝罪などしていないだろう。
たしかに、村野氏が言うように「言論の自由」には責任が伴う。一歩間違えば(度を越せば)名誉毀損で訴訟沙汰にもなるだろう。私はそれも覚悟して書いている。酔っ払って人様のブログにコメントするようなこともしないし。
村野氏の最初の私に対する批判記事は「バカ」などという表現を超えているもの。ただ、私も、バカに応戦したのはマズかったかも、と反省しているが

うちのにも「うちはカネが無いけど、そのうち名誉毀損で訴えられて家財を持っていかれることもあるかも知れないから覚悟はしておいてくれ」とも言ってある。名誉毀損で裁判になれば「言ってることが正しいか」でなく、日本の法律では間違いなく私が負ける。それが解かっていてもやらなければならない時がある。無責任に言い放っているのと刺し違える覚悟で言っているのとではまるで違うもの。オブラートに包んで話していては埒が明かない相手もいるし。ましてや私が対峙しているのは協会の役員で、私は平の会員なんだから。
訴訟となれば失うものも大きいが、役員たちが何をやってきたか、(すべきことなのに)何をしなかったか、業界で横行する不法行為なども嫌でも明るみに出ることになる。マスコミも腰が引けていて業界の不正をなかなか取り上げようとはしないから、受け身という形であっても、裁判も一つの方法だろう。
「バカの種類もいろいろあることも分りましたので、アゲアシはとらないで欲しいですね。。。」ともあるが、村野氏が記事で「反対ても、署名活動にあまり協力的でない人も、法案が通ってしまえば『士』になってしまうんです。そう言っている人のうちどのくらいの人がその資格を返上するのか楽しみです。。。」と言っているのに対して私が「どうして『呼称変更の請願署名に非協力的 ⇒ 呼称が変わったら資格を返上して当然』ということになるのか説明してもらいたいもの」と批判していることを指して言っているのだろうが、それを「アゲアシを取られた」と捉えている・・・、支部長の発言としては、あれほどお粗末で軽率な発言は無いモノ。私は「アゲアシを取っている」のでなく、「間違いを正している」だけである。
ほんと、バカにもいろんな種類があるようだ。村野氏同様、私も金箔付きのバカである。ただ、クソの役にも立たないバカである村野氏と違って、私は消費者や同業者の役に立っているバカ、ということ。ADなんかを問題にして役員を突き上げているから、ADが不法行為と認められたら困る業者もいるだろうけど、長い目で見れば業者の利益に適うもので、不法な利益に頼らずに経営すべく対案も示している。
私が言っていること、やっていることは、私にとって何の得にもならないどころか損にしかならないもので、私を動かしているのは使命感だけ。村野氏はブログで「良く考えていただきたいのはこの業界を担う次代の若き人達のために今の我々が何が出来るかということを考えたときに」だの「次代の人達がより良き環境の中で不動産という仕事を出来るようにするのが業界の先輩と言われる我々の仕事だと思うのです」などと尤もらしいことを言っているが、私がふだんから書いている内容そのもの。オマエがそんなこと考えたことあるのか、と訊きたいくらい。
そんな毒にも薬にもならない人物でもお仲間さんはいるようで、私も南多摩支部だけ除外せず(と言っても立川支部は除いたが)全支部にFAXを送っていたのだが、村野氏に「手紙が来てるよ」と電話した支部長もいたようである。真に仲間なのか内心は小馬鹿にしていたのかは分からないが、まあ「同病 相哀れむ」でないことを願いたいものである。
馬鹿@「低脳」=脳の発達が普通より遅れており、知能の働きが劣って見える様子(人)。
馬鹿A「白知」=知能の程度が非常に低い様子(人)。
馬鹿B「愚昧」=おろかで道理に暗いこと。また、そのさま。
馬鹿C「暗愚」=物事の是非を判断する力がなく、愚かなこと。また、そのさま。
馬鹿D「単細胞」=考え方が一面的で単純な人。物事をあまり深く考えないたちの人。
今回は?
えっと・・・、複数回答でもよければ、BCDが当て嵌まるかと・・・。
凄いですね、どうやって調べたんでしょう?
単なる聖蹟桜ヶ丘の不動産屋オヤジの飲み歩き(檀家まわり)日記ならば、たとえ文章が面白くなくても、本人の自由だと思います。チラシの裏にでも書いてれば良いような、誰も読まないblogってたくさんあります。でも、タイトルが支部長となっていて、その活動内容も報告?しているならば、個人のblogじゃないです。支部長を名乗るならば、それなりの品位と内容が求められます。そこがご理解いただけてないようで。
ジブリのアニメで「耳をすませば」という名作があります。その舞台は聖蹟桜ヶ丘で、駅、坂、町並みがリアルに描かれています。京王電鉄の本社があって、デパートもある、知る人ぞ知る町なのですが、なぜだか住んでみたいと思うような場所ではありません。そんな土地の不動産屋なので、肩書きが大事なんでしょうね。
村野氏は公と私の区別がついていないんだと思います。本部で聞いてきた裏の情報なんかを無責任に思わせぶりにブログに書いていますが、内容は意味不明ですしクソの役にも立ちません。
自分のブログで何ら確認も取らずに私を非難していましたが、あれは支部長という立場での発言になります。であるなら、誤解や間違いがあったならちゃんと謝罪すべきです。
「こんな会員がいる支部の運営は大変」という方向に話が行っちゃってて、支部長の職責が何たるかも解かっていません。本部と支部を往復するのが支部長の務め、くらいの感覚なんでしょう。
私がふだん言ってることをパクッているかのような意見を言ってますが、「本当にそう思っているなら、やることは違うだろ!?」という話です。村野氏が言えば噴飯モノの悪い冗談にしかなりません。
他の支部の支部長が本気で村野氏の意見を支持しているのか、からかっているのか、は私には不明ですが、こんな奴の言ってることを本気で支持しているような支部長なら、程度は推して知るべしですね。ただの飲み仲間程度の付き合いではないかと思いますが。
こいつ、支部長を降りても役職から完全に離れるのでなく、支部で何らかの役員には就いていることでしょう。南多摩支部の前途は不安ですね、私には関係ありませんが。
こいつ、アホな処世術を身に付けています。人から反論や非難を受けると、さも受け入れたかのように「お説ご尤も」と認めながら謝罪はしないで逆風が治まるのを待つ、というもの。
計算違いだったのは私が「執念深くて徹底抗戦する男だった」ということですね。それによってどんどん恥の上塗りをすることになりました。傷口が小さなうちに適切に処置しておけば良かったものを、処置を誤って放置までしていたのですから最早「致命傷」です。バカにつける薬はありませんし。
たしかに、親がちゃんと教育や躾をしていなかったんでしょうね。親に恥をかかせていることにもなりますが、そんな認識も無いでしょうね。目の前の、しかも上っ面しか見えてませんから。
ここまで言われても聞き流すしかできないでしょうね。そういう処世術しか持ち合わせてませんから。
村野氏の書かれていることは、「こんな会員…」も「次代の人達…」も多分全て真剣に本人が思っていることではないでしょうか。
本人はいたって真面目に非の打ちどころのない支部長を務めている、と信じているのでしょう。
今まで自分の行動に不安や疑問を抱かなかった環境は非常に羨ましいですが、「裸の王様」路線を突っ走っているのは問題です。
立場上周りの迷惑も感じ取れなくてはいけませんね。
難しいと思いますが。
自分の行動に自信を持っているので、「よそ様に迷惑をかけた」とも「自分が恥を晒している」とも思っていないでしょう。
人間には「自分が信じている」ことを疑うということは、他人から忠告されたとしても極めて難しいので、態度や行動が改まることなないと思います。
「無垢な善意」(少なくとも当人はそう思っている。)からくる迷惑な行動は、非常に性質が悪いのですよ。(合掌(-人-)ナムー
村野氏、4日にまた自身のブログ「ほろ酔ゐ支部長『聖蹟桜ヶ丘&飯田橋』日記」で遠回しに私を批判していますね。今度は先輩の言葉を借りて、であります。
(石坂)氏は、土俵に上がらず(役員にもならず)文句を言う人を「バカ」と言っていたんですね。。。
だそうです。役員とかになってないで文句を言う奴のほうこそバカ、と言いたいようです。そうではなくて、何も支部運営に協力しないで年会費だけ払っている会員の言葉であっても、汲むべきは汲まなければなりません。ましてや私は支部運営に協力していなかった、なんてことはありませんから。つまり、村野氏は「誰が正しいか、でなく、何が正しいか」という観点で判断することができない人間なんですね。とてもじゃないですが支部長の器ではありません。
<<支部理事にさせて頂き、広報委員長・共済会運営委員長・多摩ブロック担当理事・組織委員長・総務委員長・専務理事2期・副支部長2期・支部長3期といろいろなことを経験させていただきました。
??です。役職に就いていた=お役に立った、ではありません。それ、雑用をしていたに過ぎません。
なんでそんな簡単なことが解からないのか・・・、バカだからですね。
言いたいことがあれば先輩の言葉を引用して都合よく利用せず、自分の言葉で言えば良いのです。
たぶん、私の記事を読んでいる村野氏の知人のほとんどは「かなり手厳しいけど当たってるわ」と思っているでしょうね。ただし、本人がそれに気づくことは一生無いと思いますが。