2014年05月19日

「ごんぎつね」を読んだ小学生の読書感想文が物議を醸しているとか・・・

誰もが小学生の頃、国語の授業で新美南吉の「ごんぎつね」を読んだことがあると思う。私の最も好きな童話で、うちには2種類の(挿絵画家が違う)「ごんぎつね」の絵本がある。どちらのタイプの絵も捨て難い魅力があって、私の宝物になっている。

たいていは読み終えた後「ごんが可哀想」と涙するものだろうが、全く違う現実的な見方をする小学生が現れた。「ごんは撃たれて当然である」という感想文を書いていて、それが物議を醸しているとか。

私は「そういう感想もアリ」だと思う。同じ文章を読んで皆が皆「同じ感想」を持ったとしたならそのほうが怖いし、絶対多数と違う感想を一人だけ持ったとしても、べつに異端児ということでもない。そういう感想も受け入れられる度量が周りの大人には必要だろう。その小学生、実にしっかりしている。ただし、私の子供でなくて良かった、とも思う。ガキの頃から合理的に物事を判断するようでは可愛げが無いしわーい(嬉しい顔)

そういう感覚や価値観は、子供から大人に成長する過程で両親とか先生、友人や先輩後輩、仲間たちに揉まれて失敗や挫折を繰り返しながら少しずつ変わっていって形成されるもの。小さなうちからショートカットして現実的になっているのでは末恐ろしい、とは思うが。

その小学生、逆に大人になったら「ごんが可哀想」と思っているかも知れない。

実は私の場合も絶対多数と同じ読後感であって、今も読む度に涙しているが、一方で「陰でこそこそ罪滅ぼしをしていたごんも悪い」とは思っている。奥ゆかしいのは日本人の美徳だが、常に謙虚に遠慮して(必要があったかどうかは別にして)ずっと罪滅ぼしをしていた結果が今の対中韓関係だとも言える。

いつか、ごん(日本)が兵十(中韓)にズドンと撃たれてお仕舞い、なんて時が来ないとも限らない。そうなりつつあるし・・・。どこの国も、国民性には長短あるもの。良くも悪くもそれが日本なんだろう。

歳をとって様々な経験を重ねてきた今は、「ごんぎつね」は人生の縮図、人生は不条理な出来事の連続、塊りであって、童話でありながら「ごんぎつね」ほど人生を端的に表現している物語はないと思える。他にあるとしたなら、大きく飛んで、時代小説の「鬼平犯科帳」くらいのものか。

日本人ならみんな小学校で読んだ「ごんぎつね」、この機会に新たな視点で読み直すのもいいだろう。

そうだ・・・、田舎の中学の同窓会には今年も出そびれてしまったが、近いうちに同窓会に参加しがてら、私の両親と2区画隣の新美南吉の墓にお参りしてこよう。


posted by poohpapa at 06:45| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさん、おはようございます。

これもネットで話題になっていますが、幼稚園か小学校での学芸会「ごんぎつね」を見に行った親の感想。最近の学校での劇は複数の児童が「兵十」や「ごん」を演じます。なので、感動的なラストが大虐殺シーンとなってしまい、これはちょっと違うのではないかと(笑)

「いたずら狐のレッテルを張られた「ごん」はこそこそと罪滅ぼしするしか方法はなかった」ことが分かれば感想が変わるかも。「この前はごめんなさい」って置き手紙できないですから。
Posted by バラキ at 2014年05月19日 07:33
バラキさん、おはようございます

ごんがいっぱいいて大量虐殺・・・、めちゃくちやですね(*^^)v

なんか、最近の学芸会、何人もお姫様がいたりして、もともとのストーリーなんか大きく損なわれてますもんね。そういうのも人権がらみかも知れませんが、間違ってますよね。教育になりませんし。

徒競走で予めタイムを計っておいてタイム順に並ばせて走らせる・・・、そういうことで大差が付かなくなるのと同じですね。そういう時しか輝けない子供の権利を奪っていいのか、という話です。

私も高校時代、ごんと同じ立場になったことがあります。悪意を持った先輩(恋敵)が相手でしたが。私は皆が知らないところで役立っていましたが何もしていないと批判を受けまして、それ以来、自分がしたことはハッキリ伝えるようにしています。あ・・・、南多摩支部の村野氏から受けている批判もですね。

ところで、「ごんが兵十に撃たれてしまったのは仕方ないことではあるけど、人間はそういう不条理なことをしながら生きているもの。相手の立場や気持ちに配慮することが大切」と教えなければ・・・。もっとも、「不条理」なんて言葉は子供には理解できないでしょうから、解かりやすく、ですね^_^;

Posted by poohpapa at 2014年05月19日 08:47
おはようございます。
帰ってきました。世の中はまったく変わってませんね。
アットホームも予想通りの苦しい、言い訳で終始していたようですし、
日高屋は近くにありませんが、幸楽苑は少し離れた国道沿いにあります。
幸楽苑は何度か行きましたが、昔の中華そば、というものを大事にしている
ようです。ラーメンだけだと安いが、トッピングを増やすと、高くなって
しまします。
南吉のごんきつね、あの子狐が手袋を買いにいく話は、良かったです。母狐
は昔、人間に酷い目にあわされたようで、それが対蹠的なシーンでした。
若くして亡くなったのは残念です。もしもっと長生きしておれば、偉大な
人物になったのかもしれません。日本的な童話ですきですね。
半田市とは知りませんでした。
Posted by たか at 2014年05月19日 10:07
たかさん、お疲れ様でした&先日は有り難うございました

日本一「ラーメンが高い」といわれる立川に暮らしていますので、トッピングや餃子を頼んで代金が高くなっても全然「高い」と思いませんね。他が高すぎるんでしょうね。

幸楽苑は良心的な企業ですね。比べるのが間違いでしょうけど、創業当時の理念を忘れ去って利益に走るようになったアットホーム社とはえらい違いです。ずっと大切に守り続けているものがある企業は残りますね。消費者も応援したくなりますし。

ところで、子狐が手袋を買いに行く話は「ごんぎつね」ではなく「手ぶくろを買いに」ですね。どちらも名作です。作者の新美南吉は私の中学と高校の先輩にあたります。わりと最近まで郷里でもそんなに重要視されていなかったのですが、ここ20年くらいでしょうか、どの出版社の小学校の教科書にも載せられるようになって、ですね。地元には立派な記念館もできました。

うちの代々の先祖が眠る墓とは直ぐ並びにお墓がありますので、いつも墓参りの際には新美南吉のお墓にも手を合わせています。郷土の誇りですね。そういう先輩がいてくれて幸せに思います。



Posted by poohpapa at 2014年05月19日 10:33
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]