私の街で、定期的に行われている「市長と語ろう」という企画がある。テーマは四つに分かれているが、昨日はそのうち福祉に関するものだったので、生活保護について市長と意見交換すべく出掛けた。
現在の市長は2期目。前職は市の収入役で、最初に立候補した時は私の店にも徒歩で挨拶に訪れた。人柄も悪そうではなかったから二度の選挙で私も現市長に投票していたのだが、次は入れないだろう。
元々がそういう人だったのか、市長の座に就いて変わったのか、は分からない。直感的に「誠実さや気配りに欠ける人なのかな・・・」と思えたからである。理由は後で述べる。
「市長と語ろう」には毎回30人くらいの市民が参加しているようで、時間は13時から14時30分までの1時間半。当然ながら市長の挨拶から始まったのだが・・・、市長の挨拶はキッチリ15分。司会者は「お一人様1〜2分でお願いします」と言っている。参加した市民は発言したくて来ている人ばかり。実際に質疑した人は半分もいなかったが、それは「言い出しそびれたから」であって、「ただ様子を見に来た人」はいないもの。全員が発言して市長が回答したなら到底一時間半で足りるものではない。
なのに、市長の挨拶だけで15分・・・。始まって一時間ほどは他の参加者の発言を聞いていたが、私が挙手をして、先ず「我々庶民がこのような機会を頂いて市長と親しく語ることが出来ることに感謝しています」と伝えた後で、本題に入る前に「市長の挨拶は長いのでは。いろいろお話し頂きましたが私の頭には(長すぎて)何も入っていません」と率直に言ったところ、「私は挨拶をしているのではなく説明をしているのです。他の回でもこのくらいは説明させてもらっています」との答え。
ふ〜ん、そうなんだ・・・。相手は素人なんだから口頭で説明して飲み込めるものではない。実績をアピールするなら印刷して渡したほうがいいのに・・・、だいいち時間がないワケだし・・・、と思った。
で、個別の案件で意見を交わす場ではないから、二つに絞って質問した。
一つ目は「立川市が多摩地区でこんなに生活保護率が高いのは何故だと思いますか」というもの。それに対する市長の回答にはガッカリした。質疑応答の場ではないので反論はしなかったが。
「私としては、立川が他の町に比べてそれだけ住みやすいからだと思いたいですね」
私の努力によって立川市が住みやすい町になっているから生活保護を希望する者が集まってくる、という話で、そんなことまで実績にすり替えている・・・。もちろん、私が求めているのはそんな回答ではない。
現在、立川市の生活保護世帯は23世帯に一世帯の割合。つまり、22世帯で生活保護家庭一世帯を支えている、という現状。財政が逼迫しているのに「住みよい町になっているから集ってくる」などと喜んでいる場合ではない。町は住みよくしなければならないが、それは生活保護受給者だけの為ではない。
次いで、「先日、生活福祉課の課長と係長、他に職員二人と話した際に、『生活保護で支給している家賃を一割は削減できますよ』と話したのですが、それについて誰も『詳しく教えてください』と言いませんでしたが、どうしてだと思われますか?」と質問した。それに対する市長の回答は、
「それは私も訊いてほしかったと思いますね」というもの・・・。他人事、である。
私が訊いているのは「訊かなかったのは何故だと思うか」ということ。そんなの正解は解かっているが。
市の職員からすれば「所詮は人の銭、税金。余計なことを言わないでくれ。そんなことで仕事が増えたらつまらないし、やったって自分の実績にはならないんだから」というのが本音だろう。
会場に集った市民には「もし皆さんに私が『皆さんが納めている税金が一割削減できますよ』と言ったなら、皆さん『それ、どういうことですか?』と必ず訊きますよね。市の職員は『生活保護の家賃として支払っている分が6500万も浮く』と言われても何の反応も示さないんですよ」と話した。
会合が終わった後で福祉保険部の部長とも話をしたが、部長も「さっきの話、聞かせてください」とは言わなかった。訊かなかったから話しもしなかった。市の職員には上から下まで全くコスト意識が無い
で、市長の本音がよく分かる出来事があった。他の人なら気にならないことだろうが私には気になった。2時半きっかりに「市長と語ろう」は終了したのだが、市長による閉会の挨拶の後(そちらは短かったが)市長は市民の席の真ん中の通路をサッサと歩いて会場を後にしたのだ。???、である。
この会合は「市民の声を聞くのが目的」のハズ。ならば、せめて30分くらいは会場に残って、「時間が短くて発言できなかった方や、まだまだ言い足りないことがおありの方もいらっしゃるでしょう。私はしばらくここにいますので、ご遠慮なく声を掛けてください」とやるべきであろう。
言いたいことがあっても会場の雰囲気に飲まれたり、言い出せないでいた人もいると思う。そういう隠れた声を聞く努力をしないでいて、どうして「市長と語ろう」と言えるのか。大切なのは終了後、である。
当たり障りの無い質問にはちゃんと答えているが、痛い質問にははぐらかして答えない・・・。
定時きっかりに市民の間をサッサと帰っていく市長の後姿がこの会合の本質を全て物語っていた。所詮は選挙対策のパフォーマンスでしかない。市長も職員もこんなでは「肝心なところに手が届く行政」は期待できないに違いない。市長以下「何を言っても無駄」ということが解かったのが収穫ではあった。
帰宅後に、田舎で市の職員をしていた親友に電話すると、「そんなのは最初から分かっとったがや。こっちでも『市長と語ろう』はやっとるけどあんなもんはタダの選挙対策だわ。言うと落胆するだろうと思って言わへんかったけどそんなモンだわ」とのこと。元々期待はしていなかったけど税金の無駄遣い、厳密に言えば私的流用と言えなくもない。その地位にある人の特権みたいなものだから罪には問えないが。
次の市長選挙、対立候補でそこそこの人物がいたならその候補者に、いないようなら棄権するだろう。
多摩地区の住民としては、最近の立川市の商業施設の開発(IKEA、ららぽーと)はうらやましく思っています。企業(東芝、NEC、サントリー)や競馬場からの税収があると思われる府中市の駅前開発は遅々として進んでいません。そんな市の長なので、企業や役所との打ち合わせが忙しく、庶民と語る時間はないのでしょう。そのような会合を開催さえしておけば、内容は別にして実績になりますよね。
私の実家がある筑豊には受給率が15%以上の町があります(福岡県は全国第4位)。炭坑閉山後(かなり昔ですが)、仕事を失った人々がそのまま住んでいるとう背景はあるかもしれませんが、働く気がないのでは?と思います(親子三代生活保護なんて異常です)。本当に生活に困っている人を助ける制度は必要だと思いますが、他人の迷惑になるような人は支えたくないですね。
IKEAは連日3万人ほどの集客があるようですね。ららぽーとはこれからですが、私としては、コストコの話が頓挫してしまったのが寂しいですね。IKEAは・・・、年に一度くらいしか使いませんし。
昨日の会合で、私は「不動産業者の目から見て、生活保護受給者の半分は不正受給と思われます。それは、私だけの印象ではなく、他の業者さんも皆、同じ意見ですよ」とも伝えましたが、(時間が無いからだけでないと思いますが)市長以下、部長クラスが何人もいて、誰も反応しませんでしたね。
不正受給を減らして本当に支援が必要な人のために使おう、なんて気は無さそうですね。表面的なやりとりで終始していて、職員にも休日出勤手当てが支払われるでしょうから、税金の無駄遣いです。誰のための「市長と語ろう」なのか、市民の為でなく市長の為でしかないでしょう。
基本的に、人間性はそう簡単には変わるものではないので、そもそも人柄は良くなかったのかも・・・。
来年が市長選挙なのかな、対立候補が出てきたら是非選挙事務所に話しに行ってみようと思います。生活保護の不正受給削減を争点や公約の一つにしたなら、けっこう票が集まるのでは、と思いますね。それくらい、昨日の「市長と語ろう」にはガッカリしています。
立川市・・・、財政的には他市と比べたならさほど苦しくはないのかも知れませんが、腐ってますよ。
役人は法律に従って作業しているので、政治家にそうさせる立法を期待するのは正しいと思います。
したがって、立川市長のようにかわすのは本来の政治家の仕事を疎かにしているように思えます。
まぁ「市長と語ろう」なので相手は上から目線で適当にいなすことにはなるのでしょうけど。
できれば「市長候補と語ろう」という催しがいいんでしょうね。
>私はしばらくここにいますので、ご遠慮なく声を掛けてください
擁護するわけではないですが、まぁこれはちょっと無理な気がしますけど…
きっとそんなことしても評価されるより、「市長って暇なんだなぁ」とか一斉に叩かれると思いますよ。
実際は「会場の都合」(抑えた時間と予算)が大きいのでしょうけど。
まあ「市長候補と語ろう」だと立会演説会や政策討論会みたいになってしまいそうですが(*^^)v
市長がその場に残っても「ヒマなんだなあ」と非難する人はいないと思いますね。私は誰に対しても物怖じしないでハッキリ意見を言いますが、そういう人ばかりではないですし、言いたくても言い出せない人もいる、という前提で「語る会」を開くべき、と思います。
実は、やってくる市民の顔ぶれはいつも同じなんだそうです。だいたいが市報の片隅に告知が載っていても、「では行ってみようか」とはほとんどの人が思わないもの。
でもって、上から目線、とまでは言わないまでも、対等とは思っていない雰囲気は漂ってますね。
休日に「市長と語ろう」をやるなら、会場を30分余計に押さえてリラックスした場で本音の会話を交わす時間を用意したほうがいいと思いますね。私が市長ならそうします。立候補はしませんが(*^^)v
「市長と語ろう」なんて、その為に顔を売る機会なのでしょう。
葬式の時、知らない市長や議員から電報がとどきますね。
<<市民の方は真剣なのに市長さんは適当な感じが伝わりますね(*_*;
「市長と語ろう」は、市長からした意義(狙い)と、市民の考える意義(願い)が違っているんですね。次の選挙には出馬しない、という市長であるなら話は別ですが。
ただね、出席する市民の顔ぶれの大半はいつも同じのようですから、どこまで選挙対策になることやら、とは思います。私なんかは不動産協会(立川支部)から睨まれていますから影響力はありませんが、出席者である30名くらいが市長を好きになっても、同じ数以上の不支持者を生じさせることくらいは出来ます。市長は読み違えている、気付いていない、と思いますね。
私の印象では、市長はどうも「いろんな意味で勘違いしているな」「典型的な勘違い男だな」と思いました。謙虚さも感じられませんから。「市長と語ろう」は税金を使っておおっぴらに選挙運動が出来るせっかくのチャンスなんですから、もっと上手く使えばいいのに・・・、と思いましたね。
関わらなければ気が付かないで済んだ話かも知れませんし、どこの市でも似たようなものかも知れませんが、立川市は市長以下市職員のレベルが低いですね。生活保護不正受給に対しても「真剣に取り組もう」という意欲が全く感じられませんから。
こんな奴らを食わせていかなければならないのは納得いきませんので、来年からはどこかの市に上限一杯まで「ふるさと納税」します。その市が立川以上に腐っていてもかまいません。
現市長、よほどの対抗馬が出ない限り、または大きな不祥事が表沙汰にならない限りは再選されるでしょうけど、個人的にはあまり人柄が良いとは思えないので、次回は対立候補に入れるか棄権します。そう決めました。つまり、私にとっては「市長と語ろう」は逆効果でしかなかったことになりますね。