2014年09月06日

ケチと節約のちがい

分かりきったことではありますが、いつもの msn.に、こんな記事がありましたのでご紹介。


ケチは不快!? 「ケチ」と「節約」のちがいはコレだった!

貯金をするためには、お金を稼ぐだけでなく、「節約」も大事。でも、度をこえると「ケチ」に見られることも? では一体、どこまでが「節約」で、どこからが「ケチ」なのでしょうか。この2つのちがいについて、働く女子の意見を聞きました。

■必要なのに出さないのがケチ

・「必要な所まで削るのがケチで、不要な部分を削るのが節約だと思う」(32歳/医療・福祉/専門職)

・「ケチは、必要なときやみんなで出し合わないといけないときでも出し惜しみをする」(27歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

目的を持って、お金の使い道をきちんと考えて行動するのは、節約。一方、お金を使わないこと自体が目的になってしまっているのが、ケチ。そのため、後者は必要経費すらも出さない傾向があるようです。

■まわりから見て、ケチは不快、節約は賢い

・「他人が見てみっともないと思うこともやるかどうか」(27歳/機械・精密機器/技術職)

・「他人に迷惑をかけたり、不快にさせなかったら節約の範囲内だと思う」(27歳/ホテル・旅行・アミューズメント/販売職・サービス系)

・「ケチは付き合っている友人にマイナスの印象を与えることで、節約は賢いと思ってもらえること」(25歳/小売店/販売職・サービス系)

まわりをドン引きさせたり、その場の空気を壊したりするレベルになると、節約ではなくケチと捉えられます。節約も、他人に迷惑をかけない程度にとどめておくのが最低限のマナー。

■他人のためにお金を使える人は節約家

・「人のために使え、自分の生活は節度をもつ人が節約だと思います。ケチは人にお金を使えない人」(32歳/生保・損保/事務系専門職)

・「ケチは人のためにお金を使わない。節約は自分のためには節制し、他人のためにはそれなりに使う」(31歳/不動産/事務系専門職)

自分だけでなく、誰かのために使うお金も出し惜しみするのが、ケチの特徴。自分にはできるだけお金を使わない生活をしていても、時には他人のためにお金を使える人でありたいですね。

ケチと節約のちがい、納得する部分も多かったのではないでしょうか。自分では節約しているつもりでも、もしかしたら、まわりからはケチだと思われている、なんてこともあるかもしれません。賢い節約を心がけたいものですね。



それぞれの意見や指摘、言えてますね。とくに、「必要な所まで削るのがケチで、不要な部分を削るのが節約だと思う」というご指摘、実に端的に「節約とケチの違い」を表現していると思います。

私がこれらの意見に一つ付け加えるなら・・・、

節約は自分の家の中でするもの、ケチは外でするもの。同じことであっても家の中でやれば節約、外でやればケチ、ということ。職場は家の中と同じ、仕事を離れた同僚との付き合いは外、だと考えます。

で、「その人間の本質」を知るためには、何をして幾ら稼いでいるか、ではなく、稼いだ(得た)おカネをどう使っているか、を見れば一番よく解かる、と思います。

以前も書いていますが、

解かりやすく言うと、どれだけ有名になって億万長者になっていたとしても、ここ、というところで出し惜しみするような人間は偉くはない、ということで、3.11東日本大震災の際、みのもんたや島田紳助が寄付をした話はどこからも聞こえてきません。同じ業界で一線から身を引いていた久米宏が2億円寄付したのは聞きましたが。みのもんたと島田紳助が「匿名で何億も寄付していた」なんてことは有り得ません。何故なら、多額の寄付をしていながら黙っていられるような人間ではないでしょうから。

私は、稼ぎは少ないですけど、カネの使い方、活かし方は心得ているつもりでいます。一方で節約して一方でパアッっと使う繰り返し。貯金する気もありません。カネは使わなければ戻ってもきませんし。

ただし、若い頃は何かの目標の為に節約して貯金をする、というのは大切なこと。逆に、歳をとってからなおチマチマ貯金したり資産作りに励むのは愚かでしかないと思いますね。子供の為に、という人もいるでしょうけど、自分が何百億の資産があっても、子供には「一息つけるくらいのカネ」を遺せば十分です。配偶者には「自分が死んでも生活に困らないようにしておいてあげたい」とは思いますが。

いずれにしても、自分の余生で使い切れないほどのカネを得ていたなら、それを生きてるうちにどう役立てるかを考えるべきでしょう。「豊かさ」や「ゆとり」はカネや資産の有無とは全く関係ありませんしね。

国際連合の人間開発報告書によると、世界の85人の富豪が、35億人分に相当する財産をもっているとか。つまり、たった85人で世界の富の半分を占有しているワケで、もちろん、才能に恵まれたり血の滲むような苦労をしているのでしょうが、不公平と言えば不公平な話。だから紛争も戦争も起こるし、人の弱さに浸け込む宗教が発展するものでしょう。


って、こういう価値観や人生観、「貧乏人の僻み」とも言いますがわーい(嬉しい顔)





posted by poohpapa at 06:42| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさん、おはようございます。

パソコン創世記からの成功者として、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)がいます。彼の資産は7兆円以上と言われています。フロッピーディスクの時代からパソコンになじんでいる私は、彼の業績は認めますが、技術力・想像力があったとは思えず、あんまり好きじゃないです。でも、実質引退後の彼の慈善事業や新技術開発への投資は尊敬します。全財産の半分以上は寄付しているはずです。個人的に興味深い分野は安全性を高めた小型の原子炉と、着用感がほとんどないコンドーム開発。欧米は富豪になればこのような寄付が義務となり、しなければ非難の対象となります。

日本人って寄付(チャリティー)が苦手なんだなと24時間テレビをみていて思います。出演者がギャラをもらうなんて欧米ではあり得ない事ですが、暗黙の了解として受け取っています。でも、アイドルが出る事でお金が集まるから良いのではないかとも言われています。それと、集まったお金を使うシステムもまだまだ確立されていないのではないかと、震災の時思いました。

お金を奇麗に使う、そんな人になりたいのですが、私はまだまだです。
Posted by バラキ at 2014年09月06日 09:56
バラキさん、おはようございます

アメリカの実業家で財をなした人はたいてい個人で慈善事業に大金を寄付しますね。大学や病院、建築物に名前がついていることも多いですね。日本の実業家は大儲けしても大金を寄付するなんてことはあまり無いようで、それは稼ぐ額の違い、寄付している人もいるんでしょうが日本人特有の奥ゆかしさで自分からは言わない、名前をつけて後世に示す、なんてことは好まないからなんでしょう。

もし「みのもんた」や「島田紳助」なんかがアメリカ人だったりアメリカで生活していたなら袋叩き、村八分に遭っていることでしょうね。日本人にはどうも「富の分配」という概念が乏しいように思います。教育が影響しているんでしょう。

私は不動産屋をしていて、農村地帯はともかく、都市部で最初に「これは私の土地」だとどうやって認めたんだろう、と常々不思議に思っています。農村部は庄屋がいたので解かりやすいのですが、その庄屋にしたって、どうやって田圃などを「俺のもの」と独占したものか。ま、腕力なんでしょうね・・・。

庄屋の制度が崩壊して小作民にそのまま土地が与えられたようですが、首都圏ではそれを住宅地にして転売して(昔は虐げられていた)農民が一生遊んで暮らせるカネを得た、なんて話はよく聞きますし。そういう人たちが売り上げの一部を社会福祉に寄付した、なんて話は皆無ですね。

24時間テレビなんかは出演しているタレントは「ノーギャラ」でなきゃおかしいと思いますね。ギャラが出ても「全部寄付させてもらいます」がスジでしょう。24時間テレビ、私は絶対に観ません。

そうそう、富の分配、と言えば、本来はそうあるべき共産主義の国「中国」では分配どころか一部指導層による独占が行われていて、あろうことかそれを海外に移している・・・、中国は必ず崩壊すると思いますね。共産党の指導部は国民を舐めていますけど。

カネに対しては常にキレイでありたい、と思いますね。
Posted by poohpapa at 2014年09月07日 06:46
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]