先日の記事での家主さんと退去者の敷金精算の件、結局、家主さんが「日割りはけっこうですから」と仰って、13日分46800円を免除してくださったのだが、清算完了後に退去者から電話があった。
「敷金は236000円ではなかったか」、との問い合わせである。
賃料は前回の更新時に118000円から108000円に値下げしていて、その際(敷金は今の家賃に対して○ヶ月だから)×2で2万円返金している。仮に返金していなかったとしても、日割りを免除してくれたのに「計算が違うのでは?」と言われたら寂しいものがある。
たしかに、「あれ?何か変・・・、スッキリしないな・・・」と思ったことをそのまま放置しておくのは気持ち悪いことだとは思う。私なんかも重度の健忘症だから「昨日契約に来たお客さんの顔も名前も思い出せない」なんてことはよく有るし、それで半日くらい悶々としていたりもする。歯の隙間にモノが挟まったようで実に気持ち悪いものだ。
「事情はどうあれきっちり精算して当たり前」というお考えの方も多いとは思うが、家主さんが聞いたなら「なんだかな〜」の話であろう。
私としては、できることなら、こう言って欲しかった。
「家主さんにご配慮頂いているので、間違いだった場合でも、差額を返してください、ということではありません。ただ自分の中で何となくモヤモヤして気持ちが悪いので確認しておきたいだけなんですが」
そう言ってくれれば、たいていの人は何度も経験していることだから、そういう心情はよく解かるだろうし気持ちがいい。きっと本人もそのつもりだったとは思うが、言わなければ伝わらない。だいいち、そうは言われても、間違いがあれば修正して追加返金するのだし。
こういう記憶違いの話はけっこう多く、聞いて気分がいい話ではないので、とくに間違いが無ければいちいち家主さんに伝えたりしない。
「自分が得することだけしか頭に無い」などとと思われるのも不本意なものであるから、「予めの断り」というのは重要なもの、だと思う。
「言葉というものは、余計でも足りなくてもイケないもの」、である。
いつも楽しみにしております。
これ、本当にそう思います。
つくづく。
まったく。
本当に。
自分の思った事感じた事を表わす、っていうのは良い事です。大事でもあるし。
でも、「表わし方」が非常に問題ですよね。
内容はもちろんの事、単語も、語調も、声のトーンも。
相手の感情を思いやる、という点でも大事ですが、自分を守る為にも有効なんですよね。(姑息か?いいや賢いと言ってくだされ・・・・はぅ_| ̄|○)
自分の感じた事推測した事が間違っているかもしれない、その時の逃げ道にもなるのにその場で思った事をそのまま相手にぶつける人がなんと多い事か。
で、相手から指摘されて自分の立場がなくなって恥をかいたり逆切れする。
もう・・・なにをかやいわんやです・・・
コメント欄が開放されていたのに今気が付きました・・・
私も思い込みが激しいな^^;
はい、こそっとコメント欄を開放しております^_^;
そうなんですよね、自分の主張、言いたいことを、先ずぶつけてくる人がけっこういますが、ほんの少しの気配りと思いやりで、言われた側の気持ちも全く違ってくるものですよね。そういうことで、よく寂しい思いをしています。
相手の気持ちに無頓着なんですね。それだけ、今の人はゆとりがなくなっているのかも知れません。
ところで、葉山猫さんの最新記事に、コメントを入れようかどしようか迷っていて、何度も書いては消し、を繰り返しています(^^ゞ
決断できたらコメントさせて頂きますね。
いつも有り難うございます。