2015年11月22日

昨日の記事の続報

本日の深夜、昨日の記事に関連した 「 NPO法人百人の会 」 のメルマガが届きましたので、アップする記事の予定を変更して紹介させて頂きます。ぜひ、多くの方に知って頂きたいと思います。


『民族の防波堤』

三ヶ根には千島列島の北の端、占守島守備隊の慰霊碑「士魂の碑」があります。

池田末男大佐は愛知県豊橋市のご出身であり、三ヶ根山に部隊の立派な碑があります。士魂の碑です。十一連隊の11をあわせると士になるのでこの隊を士魂隊と名付けたと聞いています。


士魂の碑の説明書きにはこのように記載があります。


戦車第十一連隊士魂の碑

戦車隊の神様 池田末男大佐率いる士魂部隊への感謝

戦車第十一連隊(士魂部隊)の連隊長として北千島占守島でソ連(ロシア)軍を打ち破った池田末男大佐は、明治三十三年地元豊橋で生まれた。旧制豊橋中学(現時習館高校)を卒業。陸士第34期。

昭和十六年、八月陸軍中佐に昇進、昭和十九年七月、満州陸軍学校校長代理に就任。学徒兵として陸軍学校で薫陶を受けた作家司馬遼太郎氏は大佐へ寄せる篤き思いを「風塵抄」の中で披瀝している。

昭和二十年、一月、戦車第十一連隊長として占守島に着任。同年六月、陸軍大佐に昇進。厳寒の占守島でも変わらず自分の下着の洗濯を当番兵にさせず、すべて、自分で洗濯するなど、常に部下を気遣われたという。部下思いの大佐への、将兵たちの信望は非常に厚いものがあった。

終戦三日後の八月十八日未明、隊員たちが武装解除への準備を進め、故郷帰還への喜びを語り合っていたその時、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連は、無法にも島に侵攻、大挙上陸してきた。侵攻してきた部隊は欧州東部戦線でドイツを打ち破ってきた歴戦の部隊であった。

島の要御、四嶺山に雲集したソ連軍を前に、その殲滅を決意した池田大佐は部下を集めて問うた。

「諸氏は赤穂浪士となって、恥を忍んで将来に仇を報ぜんとするか、或いは、白虎隊となり、玉砕をもって『民族の防波堤』となって後世に問わんとするか。赤穂浪士たらんとするものは一歩前へ出よ。白虎隊とならんとする者は手を挙げよ」と。

この言葉が終わるや、歓声と共に皆の手が挙がったという。

『池田連隊はこれより敵中に突入せんとす。祖国の弥栄を祈る』


師団司令部に打電するや、池田大佐を先頭に士魂部隊の戦車群は四嶺山山麓のソ連軍めがけて殺到した。日の丸の鉢巻に日章旗を片手に掲げ、戦車の砲塔にまたがって先頭を進む白いワイシャツの池田大佐の姿に日本軍の将兵皆感激したと伝えられている。

士魂部隊を始めとする日本軍守備隊は厳しい戦闘の末、ついに上陸軍を撃退した。

ソ連軍の死傷者は数千名に上り、損害は極めて多きかった。

ソ連共産党機関紙イズベスチアは社説で「占守島の戦いは満州・朝鮮における戦闘よりはるかに損害が甚大であった。八月十八日はソ連人民の悲しみのひである。」と述べている。


一方池田大佐(戦死後少将)はじめ、士魂部隊の精鋭九十六名の勇士達も壮絶な戦死を遂げた。

ソ連はこの侵攻にあたり、終戦直後の日本軍の隙を突いて占守島を踏み台に全千島列島と北海道本島まで一気に占領しようとの野望を抱いていた事が戦後明らかになった。

しかし、占守島で手痛い打撃を被ったソ連はその野望を断念せざるをえなかった。

歴史に「もし」があるとするならば、もし日本軍が占守島の戦闘で敗れていたり、戦闘をせずにソ連の軍門に下っていたら、北海道はソ連に分断占領され、ドイツや朝鮮半島と同様日本国民が途端の苦しみを味わうことになっていたであろう。

戦後七十年近くを経て顧みるに、大戦が終結した昭和二十年八月十五日、その三日後にソ連によってなされた無法な侵攻に対し、自らの命を顧みず、勇躍敵を撃退した池田大佐率いる士魂部隊の活躍はかけがえの無い日本の国土(北海道)と日本国民を守るという、正に『民族の防波堤』としての役割を十二分に果たして下さったものと断言できよう。

改めて池田大佐はじめ士魂部隊の全将兵の皆様に感謝の意を表させて頂くと共にこの戦で亡くなられた全てのご英霊並びに戦後ソ連(ロシア)による無謀なシベリア強制抑留で異国の地に無念の死を遂げられた部隊の方に対しまして心からご冥福をお祈り申し上げます。

平成二十六年二月十一日(建国記念の碑)


記載と掲示板設置は、歴史研究家であり三ヶ根霊園清掃奉仕会の杉浦明俊さんであります。自費で作られました。


ソ連は少なくとも留萌以北をもらわねば日本の独立を認めないとサンフランシスコ条約にも同意しないままである。彼らには当然樺太や全千島の領有権などは無い。無論北方領土の所有権などはあるはずも無い。日本共産党ですらその主張である。


かくまでに尊き戦をなしてくださった先人に対して慰霊鎮魂を為すのは今に生きるものの責務ではあるまいか。   以上。


以上の文は愛知の教育を考える会通信9月号に載せました。名古屋の神谷様はその生存者で毎月月命日に参拝してくださっていましたが二年前に冥界に旅立たれました。私共は毎月第二土曜の朝九時よりこの碑の前に集まり清掃奉仕をしています。

杉田謙一



ロシアは「終戦は8月15日ではない。それは日本が勝手に言っていること」と主張していて、終戦後に条約を破って日本(北方領土)に攻め入った自分たちの立場を正当化しています。中国も、南京事件を針小棒大に騒いで事実が疑わしい内容の記念館まで建てています。日本人がそれに対抗して「〇〇像」を世界各地に建てたり、「〇〇記念館」を建てる、なんてことは国民性として有り得ませんが、せめて教科書には載せるべき、と思いますね。

同時に、イラン・イラク戦争の際、トルコがイラクに救援機を飛ばして在留邦人を救出してくださったことも教科書に載せるべきです。トルコは遥か昔の「エルトゥールル号難破」での日本の対応に感謝して、教科書に載せて子供たちに教えているのですから。逆に日本が教えないのは恥ずかしいことです。

もちろん、戦争を美化するつもりはありません。ただ、日本人として最低限、「命を賭して祖国を護ろうとしてくれた方々」に対する感謝は忘れてはならないと思います。


で、池上さんの番組、第一回の再放送を昨日の昼間に流してました。その中で思ったのですが、

韓国の朴大統領が「過去の歴史を直視しない者は将来についても(ゴチャゴチャ)」と言ってますが、あれは旧東ドイツ大統領の演説をパクったものだったようで、朴だけにパクるのが上手い(さぶっ)

ドイツは「我々の罪を永遠に謝罪し続ける」と言っていて、それも朴大統領は自分たちに都合よく解釈しているようですが、ドイツがそう言えるのは、そう言ったからといって近隣諸国は「だからずっとカネよこせ」とは言わないのが分かっているから安心して言えるだけの話。韓国も中国も、未来永劫「赦す気」は無いのですから、同じようなこと、言えるワケがありません。暴力団と同じですもんね。

ま、どんな事実が聞けるのか番組に期待していますが・・・、池上さんの番組だからといって内容をそのまま受け止めず、自分の頭でよく考えて判断したいとは思います。


posted by poohpapa at 06:52| Comment(8) | 連絡事項 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
誤送しましたすみません。

おはようございますpoohpapaさん
「尊き戦をなしてくださった先人に対して慰霊鎮魂を為すのは今に生きるものの責務ではあるまいか」

過去戦争で亡くなられた軍人・民間人の方々には頭が下がる思いです。
こういう話題は書き出すと山のようになりますが、
すべては上記の一言に集約されると思います。
何でもかんでも日本が加害者という軽佻浮薄の愚民どもには
腹立たしいを通り越して怒りが湧いてきます。
いつかまた、靖国神社には先人たちに感謝の気持ちで参拝しようと思っています。
Posted by トントン at 2015年11月22日 09:30
ためになる記事をアップしていただきありがとうございます。
リアルの世界でもネットの世界でも売国奴を監視していく所存です。
引き続きよろしくお願いいたします。
Posted by ファンです at 2015年11月22日 09:44
トントンさん、こんばんは

私事で恐縮ですが、ここ数日、自律神経失調症の症状がしつこく出てまして、返信が遅くなってすみません。うちのがベストセラーになっているCD付きの「自律神経失調症の本」をアマゾンで買ってくれたので、そんなのを聴いていたりします。

さて、まだ番組の本編を観たワケではありませんが、終わったハズの戦争から2日遅れで参戦してきたロシアを死力を尽くして打ち破った占守島の戦いで、もし日本が戦わずして退却していたり敗けていたなら、北海道の半分は失っていたかも知れない、というのは物凄いことで、私たちは先人に対してどれだけ感謝しても感謝しきれません。それにつけても、昔からロシアのやり口は汚いですね ( `ー´)ノ

なのに、後世の日本人に史実を全く伝えない・・・、馬鹿な話です。戦争の悲惨さは学校では習いません。悲惨さを伝えないでどうして平和の尊さを教えることが出来るのでしょう。生まれた時から平和を享受していて本当の平和の有り難さを知らない奴らが闇雲に「戦争反対」だの「戦争法案だ」と言って騒いでいます。

今の平和が、どれだけの人々の犠牲の上に成り立っているか、忘れてはいけませんよね。そう言うと、デモに参加している若者は「だから反対してる」と言うものでしょうけど。

タイムスリップが可能であるなら、一度あいつらを尼港事件や占守島の戦闘の現場に連れて行きたいものです。かく言う私も、子供の頃から、もし「特攻隊員として明日、敵艦に体当たりしろ」と言われたなら絶対に無理、だと思ってました。当時「学徒動員」で特攻隊員にさせられていたら嫌も応もなく志願させられたかもしれませんが。

当時の若者たちがどんな思いで敵艦に突っ込んでいったのか・・・、日本人なら忘れてはいけないことだと思います。せめて「折に触れて」くらいは思い出さなければ・・・。

ところで、私も近いうちに、と言うか、暖かくなったら再び靖国神社に参拝したいと思っています。遊就館もまたゆっくり見学したいです。パール判事の石碑にも手を合わせたいです、日本にとっては恩人ですから。
Posted by poohpapa at 2015年11月22日 18:49
ファンですさん、こんばんは

<< ためになる記事をアップしていただきありがとうございます。

いえいえ、私はただ「こういう番組をやるよ」と紹介しただけですから ^^;

ネットで検索すると、国会議員の誰がどういう考え方なのか、が判るサイトがありますね。例えば「外国人参政権に賛成か反対か」とか、反日度がポイントで出てきたりとか。見てると面白いですね。

中には「これでナンで安倍内閣の閣僚をやってんだ!?」という議員もいます。「お友達内閣だ」などと批判されたくないからかも知れませんが、「だったら断れよ」と言いたくなります。今の閣僚の中では河野太郎なんかとんでもな・・・、やめとこ (^◇^)
Posted by poohpapa at 2015年11月22日 18:55
>終戦後に条約を破って

日ソ中立条約の期間中に、ソ連軍が条約を勝手に破って宣戦布告し、満州に侵入したのは確かポツダム宣言受諾前のですね。
これは歴史の授業でも習った記憶があります。

一方、アメリカがクズ鉄の輸出をやめなければ、ナチスが勝手に条約を破ってソ連に侵攻した際に、日本も同調して対ソ開戦していた可能性は高いです。
資源を国内で調達できない国は外交でも不利ですね。
Posted by ハリケーン at 2015年11月24日 10:53
ハリケーンさん、おはようございます

なるほど・・・、ポツダム宣言受諾前に侵攻してきた、というのであれば、時期としてはロシア側の主張も一理ありますね。ただ、一方的に条約を破棄してきた、という手続き上で問題が無かったかどうか、は別でしょうけど・・・。

ま、そんなこと言ってても、そういう道理だとか常識だとか吹っ飛ぶのが戦争というものでしょうから、日本がどんなに理路整然とロシアに返還を求めても「はい、すみません」と言って返してくれるワケがありません。それが戦争ですもんね。

資源もですが、食料もです。私は、ある意味、国内で生産した食料で国民が食べていける上限が、その国の適性人口だと思っています。海外で生産された安い商品を買おうとせず、高くても日本国内で作られた国産品を買うことで日本経済が回ってくれるなら、国際社会は赦さないでしょうけど、そのほうがいいかと・・・。

資源を輸入するのは仕方ないですけどね。って、例外を設けると矛盾しちゃいますね。

昔は海外との貿易無しで国が成り立ってたワケで、国民が貧しさを受け入れられるかどうかに掛かっていますが、それはもう無理ですもんね。贅沢に慣れちゃってるから・・・。

脱線しますが、貧富の格差を改善する劇的な経済の法則を考え付いたなら、確実にノーベル経済学賞でしょうね。もっとも、平和賞も文学賞も経済学賞も、ノーベル賞に無くていい、と思います。理系の三賞だけで十分ですよね。理系の賞は成果がハッキリ判るものだから(本来は)誰からも文句は出ないでしょうけど、平和・文学・経済はねえ・・・。
Posted by poohpapa at 2015年11月25日 06:45
poohpapa さま


大変勉強になりました。
Posted by ポニー at 2015年11月27日 07:56
ポニーさん、おはようございます

実は、メルマガではもっと詳しく経緯が書かれていました。番組では突っ込みが足らなかったように思います。それと、ロシア人の反応・・・、教育は大切ですね。

韓国や中国もそうですが、幼い時からそう擦り込まれれば信じて疑わなくなるものでしょう。日本も海外に真実を発信しなければなりません。ただし、日本がいくら真実を伝えようとしても、他国は「反省していない」と決めつけますよね。手遅れなんですよ。

ウソも100回言い続ければ真実になる。それは言ってる方も聞いてる方も、ですね。
Posted by poohpapa at 2015年11月27日 08:17
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