2015年12月22日

「思想信条の自由」の前に、これは「気違い」

msn.から、こんなニュースが・・・、

国歌「君が代」不起立で減給処分は適法 58歳教諭の訴えを棄却

 卒業式で君が代を起立斉唱しなかったことを理由に減給処分を科したのは違法だとして、大阪府立支援学校の教諭、奥野泰孝さん(58)が府に処分取り消しなどを求めた訴訟の判決が21日、大阪地裁であり、内藤裕之裁判長は原告の請求を棄却した。

 大阪府では橋下徹氏が知事だった平成23年6月に、府内公立学校の教職員に、行事の際の国歌の起立斉唱を義務づける全国初の「国旗国歌条例」が施行。訴訟で原告側は同条例が「思想・良心の自由を侵害している」として違憲・違法性を訴えていた。

 判決によると、奥野さんは平成25年3月にあった同校の卒業式で、キリスト教徒であることなどを理由に国歌の起立斉唱をしなかった。前年の卒業式でも不起立を理由に戒告処分を受けており、府は「違反行為を繰り返した」として、より重い減給1カ月の懲戒処分としていた。

 判決理由で内藤裁判長は過去の最高裁判例に基づき「公立学校の式典における国歌の起立斉唱は慣例上の儀礼的所作で、個人の思想・良心の自由を直ちには制約しない」と判示。起立斉唱を求めた校長の職務命令や、その根拠となった同条例の違法性を否定した。

 減給処分についても「卒業式の受け付け業務を放棄して勝手に式場に立ち入り、上司の退場指示にも従わなかった」として重すぎるとはいえないと述べ、適法と結論づけた。

 府教委によると、府条例施行後に処分された教職員は戒告処分54人▽減給処分2人。これまでに延べ12人が処分取り消しを求める訴訟を起こしている。



こんなのが教師をしているようじゃ子供たちが可哀想だ。以前に、立川市の隣の国立市でも公立小学校の教師が国旗掲揚や国歌斉唱の指示に従わず処分を受けたことを「不当だ」と提訴していたっけ。

キリスト教徒であることを理由に・・・、って、言ってることが意味不明。君が代の歌詞の中に「反キリスト」とか「アラーを讃える」内容があったっけ??

減俸1ヶ月はむしろ非常に軽い処分で、こんな気違いは解雇でもいいくらい。子供たちの将来の為にならないのだから。58歳にもなって社会常識が理解できないかねえ・・・、この男の親の顔が見たい。

このブログの読み手さんにはキリスト教の方もいらっしゃるだろうけど、私はあらゆる宗教の中でキリスト教が一番嫌いである。独善的で、昔から権力闘争に明け暮れている宗教でしかないから。

以前も書いたが・・・、

ヨーロッパを旅すると必ず教会に連れて行かれる。歴史的建造物であるのと美術品が展示されているからで、それ自体は構わない。だが、世界の歴史を見れば最も他の宗教に対して排他的なのはキリスト教である。それはイスラム教なんかの比ではない。だいたいがキリストの教えが正しくて信徒が厳格に守っているならアメリカは世界中で戦争を起こしたりはしないもの。最後は人だから戦争が起きている。

最近は立川駅の北口のコンコースに、キリスト教の宣伝に立っている怪しい年寄りがいる。「キリストを信じれば永遠の命が与えられ、信じないものは地獄に落ちる」と拡声器を使ってテープで延々と流している。元々人の心の弱さに付け入るのが宗教で、基本的に「オレオレ詐欺」と何ら変わりない。

(無理な話だが)「信ずる者も信じない者も、キリストは救います」と言うならともかく、信ずる者だけを救うならキリストの了見は狭い。もっとも、この男がキリストの教えを勘違いしているだけかも知れないが、とかく特定の宗教を信仰している人は「人の話、違う考え方」を理解しようとはしないもの。

話が逸れるが、自衛隊は「自衛隊の存在を認めてくれている人も反対する人も、どちらも援けるのが自衛隊」なんだとか。災害発生時に救援に行って、「念のため伺いますが、あなたは自衛隊の存在を認めますか、認めませんか?」などとは訊かないもの。だから災害が起きた時には神様になる。

時代劇「眠狂四郎」のセリフにあるとおり、「神が人を造ったのでなく、人が神を造った」のだ。私は死後に地獄に落ちても結構である。どうせそんなものは無く、みんな「死ねば無」なのだから。天国も地獄も、「そう思ってなきゃやってられない人間が作ったもの」でしかないから。

で、本題の教師、自身が小学校から教育を受け直したほうが良さそうだ。いや、病院に行くべきだろう。

再度言うが、どんな宗教も「最後は人」、つまり人がやっていることである。だから私は信仰を持たない。ただし、他人がどんな信仰を持とうが構わない。私に勧めてきさえしなければよいだけのことだ。



posted by poohpapa at 06:07| Comment(12) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさんおはようございます。


君が代を起立斉唱は、思想・良心の自由を侵害しているのです。って本当?
どこからそういった発想がでるのが不思議です。

災害発生時に救援に行って、「私は自衛隊の存在を認めません」といって、救
助拒否する人っていないでしょうね。たぶん、遅い!て騒ぐのでしょう。

この人物って、日本人ではないのでしょうねぇ。。でもこういう人物が福祉
が、、、とか日本国に一番負担をかけたりするのでしょう。
Posted by たか at 2015年12月22日 08:11
たかさん、おはようございます

君が代を起立斉唱は、思想・良心の自由を侵害・・・、

こういう奴って、仲間とカラオケに行って歌うのを強要されたら訴えるんでしょうね。

災害発生時に救援に行って拒絶したケース、一度だけありましたね。川の中州でバーベキューやってて、氾濫しそうになって救助ヘリが行ったら「頼んでねえだろうが!」と救急隊員を怒鳴りつけた馬鹿が。私なら「ああ、そうですか」と言って帰っちゃいますが、コイツら、「そんなこと言ってやっても帰れないだろ」と踏んでるんですね。

自衛隊に対しても同じで「安保法案は戦争法案」と騒いでいる奴も同じでしょう。たいていが、感謝するどころか「遅い」だのなんだの言って騒ぐんでしょうね。

国も地方も、福祉で破綻しますよね、このまま行けば。もとい、大阪から、ですね。
Posted by poohpapa at 2015年12月22日 08:53
ほんと
宗教信じるのは勝手だけれど、どうして他人に押しつけるんですかね。
歴史的にみても、他人に強制しようとするから諍いになるんですよね。

そういう人に限って、「憲法9条のおかげで日本の平和は保たれている」だって。
屋山さんが書いていたけれど、そんなこと救われるなら、「台風は来ないでくれ」って憲法に書けばいいよね。

Posted by ピーちゃんの身元引受人 at 2015年12月22日 08:56
ピーちゃんの身元引受人さん、おはようございます

自分が信じるのは勝手ですが、人に押し付けようとしたり「自分の宗教こそが正しくて、人の宗教は邪教」と決めつけるのが間違いですね。

それと、憲法9条で国が護れるなら国防予算は要りませんよね。その分を災害の復興や教育や景気回復に使えば日本はさぞかし暮らしやすくなるでしょう。仰るように、憲法に「戦争や台風や地震は辞退する」と謳えば済む話です。それが出来ないからどこの国も軍隊を持っています。スイスでさえ、ですね。

護憲派は9条にノーベル平和賞を獲らせることで改憲への足枷にしようとしています。ま、オバマですら「核廃絶」と寝言を言っただけでノーベル平和賞ですから、反故にしたところで何の問題もありませんが。
Posted by poohpapa at 2015年12月22日 09:14
キリスト教全く関係ないじゃん。
統一協会の人じゃないの?

で、poohpapaさんはディスってますけど、キリスト教というか信仰はそんな悪でもないですよ。
「科学的に証明」されているものだけが、人間の生活を豊かにするのではないので。
「神様がいない」というのは、「サンタさんなんているわけないじゃん」「小説や映画は空想の嘘ばっかり」…と言うのと同じ夢のない話じゃないですか。
「いる」か「いないか」なんてのは「いる」ことが確認されるまでわからないので、演繹的に「そんなのいません」と考えるのは科学的ではありません。
シュレディンガー式に言えば、「いる」確率も「いない」確率も50%です。

で、元々宗教の発端は、共同生活するための規範づくりに他ならないので、万事「法」を原理主義的に適用して情状酌量を認めない社会であれば不要かもしれません。
何の揺らぎもない生活は窮屈でつまらないと思いますよ。
ただ、そこには宗教だけはいらないという人がいても納得できますが、必要だと思う人も必ずいるので、そこは両者折り合わなくてはいけないでしょう。
宗教に嫌悪感を抱く原因の布教活動ですが、宗教の発端からそこを目的としているので(キリスト教であれば反ユダヤ原理主義の活動、仏教であれば反カースト制度の活動など)、そこに拘泥する信者がいてもしょうがないかなぁと思ってます。
勧誘されると面倒臭いですけど。
特に相手は善意だったりするので…^^;)

歴史的に見て、宗教=政治の時代(正真正銘の祭り事ですね)は、民族の富国強兵=他民族の吸収=その民族の宗教(政治体制)の破壊なので、他宗教に排他的になるのは洋の東西を問わずどの宗教でも一緒です。
キリスト教もいろんな宗教を吸収してきているので(たとえばハロウィンみたいな行事)、オリジナルのユダヤ教(旧約聖書)よりは排他的ではない気がしますが。

私は死ぬのが怖いので死後の世界にも夢を持っていたいのですよ。
私が先に死んで天国があれば(まぁ私のようなほぼ聖人は天国行きでしょう)、なんとかして伝えにくるのでよろしく。(笑
Posted by ハリケーン@クリスチャン at 2015年12月22日 10:33
これねぇ・・・ほんとキチ〇イですよねぇ。もし仮にキリスト教徒が君が代斉唱を禁じていたとしたら日本は基本的に多宗教文化にはなっていなかったハズです。
どんな神を信仰することも止められていないから好きに布教活動をしてもいいけどルールやしきたりを守らないならそれは教職者ではないです。
だって教師がイスラム教徒だったら給食に出た豚肉を食べない?それは個人の自由で食べなきゃいいよ。だけど「給食に豚肉を出すとは何事か?!」って言ったらおかしいじゃんよー
そもそも「君が代斉唱」に国家的な意識が働いてるとは思えないし今となっては  習慣  のひとつじゃんね。

頻度が少ないものだから特別なようにも感じるかもしれないけど朝起きておはようっていうのと私は変わらないと思うわ。

でもノースコリアの将軍様をたたえる歌を入学式に歌えって言われたらそれは拒否するw
Posted by はなくろ at 2015年12月22日 16:15
poohpapa さんこんばんわ。
まあ自分の思想信条に合わないからと国旗を嫌うのは自由ですが、
公の場で、しかも公務員という職業でありながら、
こういうことをやらかすなんてガキ以下の発想ですな。
こういう輩が支援学級とはいえ、教員ということが恐ろしい。

しかし、日本という国は平和ですな。
よその国なら、公の場で自分とこの国旗に対してこんな態度とったりしたら
命がありませんわ。
日本でも150年前なら愛国の志士に簡単に斬り殺されているでしょう。
この奥野泰孝とかいう奴には、命まで賭けているような覚悟はない。
それだけに腹立たしさがよけいに募ります。


Posted by トントン at 2015年12月22日 19:20
ハリケーンさん、おはようございます

実のところ、ハリケーンさんがクリスチャンである、ということはコロッと忘れておりました。私からすると、ハリケーンさんはクリスチャンには見えないもので・・・、ほんと。

宗教にも良い点があるのは解かります。ですが、世の中の戦争、太古の昔からほとんど宗教の勢力争いが原因で、領土や資源の獲得より、根本的には宗教戦争、だと思うのです。

話が逸れますが、アメリカは自分たちの、今も根深くある人種差別には目を瞑り、勝手な正義や大義を振りかざして他国の内政に干渉して戦争に関与しています。度々書いていますが、そのことで同盟国である日本が戦争に巻き込まれるようなことがあったとしても、それでも日本はアメリカと同盟を結んでいたほうが良い、と思いますが、基本的に日本を卑下して差別しているのは間違いないでしょう。その根底にあるのが、全部ではないにしても宗教だと思うのですよ。

アメリカからすれば、日本はイスラム教でないだけマシ、というくらいのものでしょうね。

私は、キリスト教の中で、カトリックでないもう一方のプロテスタントのほうにより強い嫌悪感を持っています。戒律の緩い「ナンちゃってクリスチャン」としか思えませんので。私の周りのクリスチャンを見ていると、ついつい「あんた、それでもクリスチャン?」と言いたくなる人、いっぱいいます。つまりは、欲には勝てない人ばかりで。もちろん、それはキリスト教に限ったことではありませんが。

この地球上で、もし人類が全員一つの宗教の信者になったとしたら、どうなるでしょうね。宗教戦争は無くなるけど内部の権力闘争は起きますよね。殺人も窃盗も無くなったりはしません。石川五右衛門ではありませんが、「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」です。どんなに崇高な宗教が存在していたとしても、最後は人、なんです。

人間、死んだら無、ですよ。あの世なんてありません。天国だの地獄だの、宗教家が作った嘘でしかありません。私は地獄行きで結構です。もしも天国や地獄があったとして、私が閻魔様の前に立ったなら、きっと「地獄に迎えるか天国に送り返すか」悩むことでしょうね。私はそういう人生を送っています。だから(いろいろあっても)楽しいのです。

ま、私のほうが先に逝きますから、あの世があったら「どんなところか」ブログで報告しますね (*^_^*)

Posted by poohpapa at 2015年12月23日 06:26
はなくろさん、おはようございます

<<だって教師がイスラム教徒だったら給食に出た豚肉を食べない?それは個人の自由で食べなきゃいいよ。だけど「給食に豚肉を出すとは何事か?!」って言ったらおかしいじゃんよー

実に解かり易い例えですね。その例えで言うと、この教師からすれば「豚肉を無理やり食べさせられた」と言いたいのでしょうけど、豚肉が好きな人、つまり、国家として「君が代」を歌える人、歌いたい人もいる、ということには思い至っていませんね。自分の主義主張が通らなくて減俸になったからと訴訟まで起こす・・・。生徒の気持ちになったこと、無いでしょうね。

卒業式で国旗の掲揚をするな、というのもねえ、どこからそんな思想が出てくることやら・・・。こんなのに教わってる子供たちが可哀想です。生徒は先生を選べませんから。

これが、「国にイチャモンつけてカネをぶんどってやろう」と思っているなら(やってることの良し悪しは別にして)正常ですが、本気で「人権が侵害された」と思っているなら気違いですね。そして、こんなのを支援する奴らも同じ種類の気違いです。

私なんかがゴチャゴチャ言わなくても、大半の国民は呆れていることでしょう。


Posted by poohpapa at 2015年12月23日 06:42
トントンさん、おはようございます

いくら思想信条の自由が認められている、と言っても、何でもかんでも人権で護ってしまうのは行き過ぎですね。それでは社会の秩序が保てなくなりますもん。

私はスポーツの大会で、競技が始まる前の国歌斉唱で、自国や相手国の国家に敬意を表さないチームや選手、応援しません。かつて、サッカーの三浦知良選手が馬鹿な左巻き記者から「どうして君が代を歌うのか」と訊かれて、「国歌に敬意を表せない者が相手国の選手に敬意を表せますか?」と反論したことがあって、記者の馬鹿っぷりもですが、三浦知良選手の人柄にも惚れましたね。

ボクシングの世界戦でも、よく、自分の国や相手選手の国の国歌が流れている間じゅう体を動かしてる選手がいますが、「こいつ、敗けろ!」と思ってしまいます。

ところで、三浦知良選手、小児癌の抗癌剤の副作用で苦しむ子供たちを応援するためにスキンヘッドでプレーしたこともあって、「男だなあ・・・」と感動しました。

この気違い教師、三浦知良選手とは真逆の人間性です。思想信条は自由ですが、それを表現する場、とくに公の場には配慮が必要ですもんね。ましてや、ゴリ押ししようとして訴訟まで起こすなら、真っ赤っかな他所の国に行けば?、と言いたくなりますね。
Posted by poohpapa at 2015年12月23日 07:01
>最後は人

なのですが、子供が道徳や社会規範を身につけるために「嘘」は必須ではないですが有効な手段ですよね。
そこに宗教がかかわる比率は大きいと思います。
「因果応報」「嘘をついたら泥棒になる」「夜口笛を吹くと悪いことが起きる」…みんな嘘っぱちですが子供を躾けるには有効でしょう。

選民思想のユダヤ教に反発したキリストや生まれで身分の決まるカースト制に反発したブッダ、どちらも元々は宗教家ではなく革命家でしょうね。
時代がプロパガンダには「宗教」の力を借りないと、となっただけでしょう。
元々被差別側に近いキリストよりもヒエラルキーの頂点にいた王子様のブッダの方が凄いですけどね。

で、日本にもある迷信や中国から来た暦なんかも、「くだらない」と切り捨てるのはそういう人もいていいと思いますが、生活にプラスの潤いがあればいいじゃないですか。
キリスト教やイスラム教はおろか、モルモン教や統一協会だって例外なく認められていいと思います。

>歌いたい人もいる、ということには思い至っていませんね

まさにこれ。
ヒットラーやエド・ゲインがキリスト教徒であっても、アメリカがキリスト教主体の国(一応信仰は自由)であっても「キリスト教」が悪いことにはならないんですよね。
ちなみに原理主義的なクリスチャンはプロテスタントに多いですね。
Posted by ハリケーン at 2015年12月24日 12:14
ハリケーンさん、おはようございます

たしかに、子供を躾けるのには宗教的な考え方を取り入れるのは凄く有効ですね。

「泥棒をしたら、運が悪ければ警察に掴まって、刑法235条により10年以下の懲役、又は50万円以下の罰金に処せられるから、そういうことはしちゃいけないんだよ」と言うより、「人のモノを盗んだりすると神様が見ていて死んだら地獄に行かされるんだよ」と言うほうが分かりやすいし説得力がありますもんね。

ある家主さんから、「私は信仰を持たない人は基本的に信用しません。どんな宗教であれ、信仰を持っていたなら悪いことはしないもの、と思っていますから」と言われたことがあります。一理ありますが、私の「最後は人(がしていること)」という考え方とは違います。皆が信仰を持っていたならこの世から犯罪が無くなる、戦争も起きない、というなら話は別ですが。信仰を持っている人だって犯罪を犯すことがあるワケで、そういう場合に「信心が足りない」と批判して片付ける人もいて、何だかなあ〜、であります。

<<ちなみに原理主義的なクリスチャンはプロテスタントに多いですね。

私もそう思います。自身に対して厳しい戒律を課すカトリックに対して、厳しい戒律を嫌がる人を対象に枝分かれして信者獲得を目指してきたのがプロテスタント。単に、各教会のトップを神父と呼ぶか牧師と呼ぶか、の違いでなく、中身も大きく違うと思います。

もっと言うなら、聖書を自分たちに都合よく解釈しているのがプロテスタント、だと思います。元妻の妹がそうでしたし、仲違いしている同級生のB君も、昔、死ぬほど好きだった悦ちゃんも、プロテスタントのペンテコステ派であります (*´ω`)

なお、ハリケーンさんがカトリックかプロテスタントか知らずに返信を書いております。


Posted by poohpapa at 2015年12月25日 06:35
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