2016年07月22日

巨星(巨泉)墜つ

私が知る限り、あんなに幸せな人生を送った人はいない、と思う。時代の寵児であって好き勝手に82歳まで生きて、若くて美しい奥様を頂いて、いろんな体験をして、惜しまれて死んでいく・・・、これ以上は望めない最高の生き方ではあったと思うが・・・、悲しいかな、人間、死んだらお仕舞い。

尊敬する部分もあるが、巨泉氏に対しては、二つ「ん?」という場面に出会ったことがある。

以前も書いたが、

ある番組で外国の人気俳優を呼んだ際、通訳もいたのだが少しは英語ができる巨泉氏が、結局一度も通訳を介さず(通訳の出番が無いまま)コーナーを終えてしまった。その時に「この男はダメだな」と思った。プロを呼んだのなら、例え直接話したほうが番組進行的には早くて多くの質問ができたとしても、プロに通訳して頂くべきだったのではなかろうか。通訳の男性、横で「困ったような顔」をしていた。

自分で試みるなら、冒頭で「私も少し英語を齧っているので、今日は専門家の方にお越し頂いていますがなるだけ自分で会話をしたいと思います。難しい部分が出てきた時には助けて頂きたいと存じますので宜しくお願いします」と言っておけば通訳の方の顔も立つし不自然な感じもしなかったと思う。冒頭で「断り」を入れないなら、終わった後に一言通訳の方にお詫びするのでも良かったかな、とも。

もう一つは、ニュージーランドを旅した時に、巨泉氏の経営する土産物店の従業員の女性がホテルに訪ねてきて我々に「お店にお越し頂けないでしょうか。一人でも二人でも、何も買って頂かなくてもかまいません。どうかお願いします」と悲愴な表情で何度も言っていた。我々はツアーで、相当にハードスケジュールだったので、クライストチャーチのホテルに到着した時には全員が疲労困憊していて、可哀想とは思っても、体力的に「これから再び出掛ける」というのはとても無理だったから一人も応じなかった。

あの時の女性、巨泉氏がその店にいたかどうかは不明だが、店に戻って「一人も呼べなかったのはどういうことか」と叱責されていたであろう。表情に恐怖が浮かんでいたから。私個人は、疲れていたこともあるけど、「従業員にここまでさせる店で買い物したくない」という思いが強かった。巨泉氏の方針なのか、売り上げが落ちていて店長の判断で発破を掛けていたのかは不明だが、それ以来、巨泉氏に好感が持てなくなった。

自分だけは幸せな人生を歩んだ人、というのが私の巨泉氏への印象。

ただ、巨泉氏のレベルには遠く及ばないけど、もしかすると私もそうなりそう・・・(*´ω`)

posted by poohpapa at 05:24| Comment(8) | 芸能・アイドル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕はカナダで巨泉さんのお店に行ったことがあります。
高かったので、何も買わなかったけど。

トータルとして幸せな方だったんだろうと思いますね。
わがままを押し通した人生。
でも、議員を身勝手に辞めたのは無責任でいただけない。
Posted by ピーちゃんの身元引受人 at 2016年07月22日 09:09
爺もこの方は好きになれない方でした。
マルチタレントの走りなのでしょうが、
知ったか振りが多く、今はやりの
政治解説者みたいですね。

カナダにもOKストアという
日本人観光客相手の店を
各地に出していましたが
欲しくなる様な物は置いてありませんでした。

昔の農協さんの団体相手みたいな店でした。
Posted by わんこ at 2016年07月22日 09:11
ピーちゃんの身元引受人さん、おはようございます

<<でも、議員を身勝手に辞めたのは無責任でいただけない。

ありましたねえ・・・。あれは有権者を馬鹿にした行為ですね。ちゃんと説明してなかったし・・・。

総じて、ただ自分の好きなように生きて、あまり周りに気配りしてなかった、と言えますね。
Posted by poohpapa at 2016年07月22日 09:15
わんこさん、おはようございます

たしかに、テレビの申し子、という感じでしたね。「こんなもの要らない」という番組で自動車の自賠責保険を取り上げていた時は「よく言ってくれた」とは思いましたけど・・・。でも、結局は何も変わってないですけど、今も・・・。影響力は無かったのでしょうかね。

同じ番組に出演しているタレントを呼び捨てにしたりして、そういうポリシーからということで私は気になりませんでしたが、基本的に横柄で傲慢な人なんでしょう。タレント相手ならかまいませんが、番組のスタッフなんかには裏でキツく当たってたんじゃないでしょうか・・・。知ったかぶりも多かったですね。

って、亡くなった人を批判するのは気が引けますが、亡くなったからといって掌を返して「いい人を亡くしました」などと心と違うことを言うほうが嫌なので・・・、すみません。

巨泉氏の店・・・、私は行ってませんが、たぶん「いいものを安く提供する店」でなく、「有名人の巨泉氏の店、という付加価値を付けて高く売ってる店」じゃないのかな、と思っています。

逆に、香港でジャッキー・チェンの店に行きましたが、高くは無かったですね。バッグを買いました。

そうだ、巨泉氏の店の名前、OKストアでしたね、思い出しました (^◇^)


Posted by poohpapa at 2016年07月22日 09:28
poohpapaさんへ
永六輔に、続いて巨泉も鬼籍に入り、左巻きお花畑の巨人二人が消え去りました。
百田尚樹氏の講演をyoutubeで見たことがあるのですが、その中で’大東亜戦争で一番犠牲を出したのは大正生まれだ、僕の親父もそうなのでその記憶が残っているうちにと思って永遠のゼロを書いた’と言っていました。
前述の二人は昭和一ケタの生まれです、終戦時は10歳前後で兵役は逃れられたわけですが、どうしてこんな真逆の思想に犯されたのかと思います。
やはり終戦後の教育でしょうかね、それまでの教科書を墨で真っ黒に塗って真逆の教育をされた世代ですから、それがトラウマになったのかも知れません。
まさに’雀百まで踊りを忘れず’ですね。
彼らほどの文化人さえその縛りから抜け出せないとは、幼い時の教育の怖さ、重要さを感じますね。

Posted by ボース at 2016年07月22日 09:33
ボースさん、こんにちは

永さんはラジオなんかで話してるのを聴いてるとさほど左巻きという感じはしませんでしたが、交流している人たちの顔ぶれを見るとビックリしてしまいますね。そのもっと上を行ってるのが吉永小百合さんでして・・・、私はサユリストではありませんが、彼女が共産党の機関紙なんかで対談しているのを読んで、正直、「この人、政治的な発言はしないほうがいいのに・・・」と思いました。

巨泉氏の冠番組「こんなもの要らない」は、まさに民主党の「仕分け」の手本になっていたような番組で私は好きでした。議員になったのは良いとして、「この世界で自分ができることは無いな」と感じたんでしょうかね、直ぐに辞めてしまったのは。自分を選んでくれた有権者のことは何も考えないところが巨泉氏らしいと言うか何と言うか・・・。

で、二人が教育を受けた頃、というのはまさに「自虐教育」の真っただ中で、戦争で肉親を亡くしていれば染まってしまうのもむべなるかな、と思いますね。そういう世代から教育を受けていたのが今の教師(主任より上のクラス)で、教科書問題もそうですが、どんなに正しい歴史を教えようとしても聞く耳を持たなければどうにもなりませんね。

ほんと、教育は大切ですね、家でも学校でも。
Posted by poohpapa at 2016年07月22日 14:14
通訳が出た番組、覚えています。
確か、通訳の方はサングラスをしていたので、結局は、自分が英語ができて、通訳無しで対応できることを示したい、「やらせ」ではなかったか、と思います。
Posted by Occhan at 2016年07月30日 08:29
Occhanさん、おはようございます

ご覧になってらっしゃいましたか、あれは配慮に欠けてましたね。たぶん、まだあの時点では自分の英語力に不安を持っていたんだと思います。だからプロを呼んでいたのでしょう。ならば、最初に断りがあるべきですね。あれでは通訳の方のメンツを潰してしまいますもん。

「楽できて良かったね」にはなりませんよね。時代の寵児ではあったと思います。それは、ホリエモンの10倍くらいに相当するでしょう。でも、観ていて、なぜか常に不快感が残りましたね。
Posted by poohpapa at 2016年07月31日 05:26
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