2016年11月12日

割れる弁護士会の見解

一昨日11日に7ヶ月半ぶりに死刑が執行されたことを受け、弁護士会が声明を出している。

声明は相反する価値観のもので、日弁連(死刑制度廃止を訴える側)の声明に関する記事はこちら

いっぽう犯罪被害者の立場から死刑制度存続を支持する弁護士グループに関するニュースはこちら

私は、「(仮釈放なしの)終身刑を設けて死刑を廃止する」のには反対である。被害者側の感情もだが、拘置所の中で自然死を迎えるまで生かしておく意味が解からない。一人の死刑囚を生かしておくためにどれだけの費用が掛かるのか、食事代だけでは済まず、おそらくは何やかやで年間に200万以上は掛かるのではなかろうか。今、日本では死刑が確定している129名の死刑囚が執行を待っている状態とか。仮に年間3億として、それだけの税金を投入するなら、真っ当に生きていて助けを必要とする人に使ったほうが遥かにいい。

今日現在の死刑確定囚は129名(最高裁に判決訂正を申し立て中の被告、執行停止中の死刑囚を含む)で、現在、94名が再審請求中なんだとか。129名の確定囚のうち94人も冤罪の疑いがあるハズもなく、おそらくは本人より弁護士のほうが死刑そのものを避けるために減刑させるべく動いているのだろう。確定したのに法律に則って速やかに執行しないからそういうことになる。

それに今回の死刑囚は裁判員裁判で死刑が確定しているのだから、それで執行しないのなら裁判員制度の意義が揺らぐことになる。素人に辛い決断を迫っておきながら確定しても執行しないのは不条理。

他の先進国が死刑制度を無くす方向で動いているとしても日本には関係ない。他国からそのことでとやかく言われる筋合いも無い。死刑制度に反対している弁護士・・・、アホだと思う。





posted by poohpapa at 07:29| Comment(27) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
poohpapaさんへ
すっかり冬ですね、昨日ダウンを出しました。風邪は万病の元、お互い気を付けましょう。
さて、僕が気にする事はないのですが、人権派弁護士のなりあいはどうなっているのでしょうかね?
最近弁護士の収入が落ち込んでいるとの報道を見ましたが、あんなに勉強して、報われないとはちょっと可哀想になってきます。
需要と供給の関係で、これからアメリカのような訴訟社会になるとの予想から法科大学院設立など法曹関係者の乱造が原因だと思います。
30年前のバブルも、通産官僚のオフィスビルの不足予想がきっかけで発生しました。
官僚の誤った予想で人生を狂わされた人が多く居ます、これも同じような経緯を辿っているのでしょう。
以前から膨大な六法全書を記憶するような勉強が何のためになるのか、書いてあることをなんでわざわざ覚えなければならないのか、不思議に思っていました。
最近は試験内容が変わってきているのかどうか知りませんけどね。
僕はこのままだと弁護士の世話にならずに人生を送れそうですが、訴訟まみれの友人を知っています、何事にも運不運があるように、弁護士も当たりはずれがあるようで、無能にあたれば目も当てられないそうです。
弁護士は地域の弁護士会に入らなければ営業できないそうです、これってある意味規制ですよね、何の意味があるのかな?。
この規制をなくせば弁護士も自由な意見が言えて、法曹界ももっと風通しが良くなると思うのですが、誰も声をあげませんね。
弁護士の中にも、まともな意見をお持ちの方もたくさんいるようで安心しました、弁護士と言えば慰安婦や光市事件の弁護士を思い出してしまい暗い気持ちになりがちでした。
Posted by ボース at 2016年11月12日 09:12
ボースさん、おはようございます

私は、「人権」という言葉に一種のアレルギーを持っています。人権というものの下に、家賃を滞納していても居座っていられたり、給食費を払ってなくても子供が給食を食べられる、そんな不条理はありませんもん。何かのやむを得ない事情があって、であれば致し方ないのですが、それにしたって誠実に、一定の手続きを踏んで、でなければならないと思います。今の「人権」は法律や社会のルールを守らない人間を保護しているだけですね。

死刑制度にしても、殺された人の失われた人権はどうなるのか、殺した側の人権だけが手厚く護られていいハズがありません。私も、こういう「死刑制度反対」の弁護士が話題に上る度に、光市の母子殺害事件の犯人側のY弁護士を思い出します。社会正義より自己の主義主張を優先しているのですから、とてもじゃないですが弁護士と呼べる代物ではありません。私はクズだと思っています。

で、刑が確定したなら速やかに執行してほしいです。これ、たまに時代劇でありますが、もし拘置所で火災が起きたら死刑囚を緊急事態ということで檻から出してしまうんでしょうかね?。ちゃんと(防火、という意味でなく)二重三重の安全策を講じているんでしょうか、気になります。

私も何人かの弁護士と付き合いがありますが、本当にピンからキリまで、ですね。昔の難しい司法試験を通った人が腕がいいとは限りませんし。腕が悪い弁護士は淘汰されるのは致し方ないでしょうね。

依頼するほうも、手術してもらう主治医を選ぶかのように弁護士を選ぶ必要がありますね。そういう「名医を紹介する」ようなクチコミサイトが弁護士に関してもあるといいのですが・・・。

弁護士会が死刑制度廃止の声明を出した時には「世も末」くらいに思いましたが、存続に賛成する弁護士さんが声を上げてくれたことでホッといたしました。

ところで、ボースさんも体調維持にお気を付け下さいね。いつも気に掛けてくださって有り難うございます。

Posted by poohpapa at 2016年11月12日 09:45
poohpapaさんへ
最近変なお方が沸いているようですね、ご苦労なことです。
この類の意見を見ていると、勤務時代を思い出します。
何か問題が起こると、この類の人は総論と言うか抽象的な文言で文句を言い出します。
共通して言えることは’俺は高所的な立場で物事を判断しているんだ、お前らとは違うんだ’と言う発想です、廻りの誰もそんな能力は認めていないんですけどね。
そこで’具体的な問題点をあげろよ、そうしないと対処のしようがないだろう’と言うと関係ない事で反論してきて、収拾がつかなくなってきます。
最後に’権限やるから、お前やってみろ’と言うと必ずしり込みして黙ります。
今回の人も’深い’を連発していますが、具体的に何がどう浅いのか指摘していませんよね。
最後にpoohpapaさんを負けた人間と断定されているようですが、僕に言わせると小さいなりにも(言い過ぎかな?)一国一城の主で、定年は自分で決められ、好きなような勤務形態をとることができ、海外旅行もでき生活に心配がない、僕に言わせれば人生の大勝利者です。
そんなpoohpapaさんをけなす、ゴリさんはどんな成功者なのでしょうかね?
Posted by ボース at 2016年11月12日 11:36
ボースさん、こんばんは

もし宜しければ、明日、店にお電話を頂けますでしょうか?

何時でもかまいません。もしくは、メールアドレスを入れて一文字だけでもかまいませんのでコメントしてみて頂けますでしょうか?。アドレスは表示されませんので大丈夫です。

宜しくお願いします。
Posted by poohpapa at 2016年11月12日 19:46
ボースさんへ

いましたよねー。どっかのブログに同じような方が。

自分の知識をひけらかして、上から目線で支離滅裂に屁理屈、論理のすり替えをして相手を論破しようと躍起になっていた人が。

そのブログはいつの間にか消滅してしまいましたが。
Posted by Occhan at 2016年11月12日 20:29
Occhanさん、おはようございます

<< そのブログはいつの間にか消滅してしまいましたが。

あ、はい、私も気を付けます (^◇^)
Posted by poohpapa at 2016年11月13日 06:54
色々な方から死刑反対論はありますが、マトモな弁護士の主張は、
単に人権尊重、というわけではありません。
袴田事件その他の冤罪での死刑確定が実際にあり、
「人が人を裁く」
この、人が行う、ということに100%の瑕疵がないとはいいきれない、
という冤罪のおそれが、死刑反対にたつマトモな論者の意見です。

これについては、なかなか反論が難しいと思います。
Posted by 通りすがり at 2016年11月14日 00:16
通りすがりさん、おはようございます

もちろん、冤罪で死刑にしてしまう、ということはあってはならないことですし、人間のすることですから間違いも起きるでしょう。過去には冤罪で死刑に処せられた人もいたかもしれません。

ですが、十分な証拠調べもして、証拠も本人の自供もあり、客観的に見て間違いなく本人の犯行だと判っている件まで「死刑反対」と言うほうが怖いですね。何百件に一件は冤罪の可能性もあるものでしょうけど、本人が自供を覆したり証拠や証人の証言の信ぴょう性に疑問が出てきた場合に審理をやり直す、執行を延期する、ということで良いと思いますね。

ま、中には、死刑が怖くなって自供を覆す真犯人、なんてのもあるかとは思いますが。そこまで警察や裁判所の信用性を疑ってしまったら日本の司法制度や警察権は崩壊してしまいます。私も、正直、警察は信用していませんけどね、本音では。

冤罪(の可能性)があるから、死刑に反対、というのはマトモな意見のようでいて、味噌もクソも一緒にしているこじ付けの理論だと思います。冤罪でない死刑の執行まで反対しているのですから。死刑に反対するのでなく、冤罪を防止する制度や仕組みを提案するならともかく、やみくもに100%間違いのない件の死刑執行まで含めて死刑制度に反対する弁護士がマトモとは思えません。

冤罪を防ぐ、というのと死刑制度は別の問題です。もっと言ってしまえば、冤罪で死刑になる人が何百人に一人いたとしても、それでも死刑制度は必要です。年間に6000人ほどが交通事故で亡くなっていて、中には事故の巻き添えで何の関係もない人が不条理にも命を奪われることも多々あります。それでも「世の中から車を無くせ」と叫ぶ人はいませんよね。同じ不条理なのに。

「冤罪で死刑になるケースがある(かもしれない)から死刑に反対」ではなく「何百件に一件の冤罪の可能性があっても死刑は必要」だと私は思っています。

Posted by poohpapa at 2016年11月14日 06:43
poohpapaさんおはようさまです

さっき、通りすがりさんに少し反論しようかと思っていましたら
poohpapa氏が先に書かれていて、私が思っていることと同様の
内容でした。(さすがpoohpapa氏の表現力はなかなかです)
同じ重犯罪事件でも本人の自供・客観的証拠・第三者の目撃など
完全に揃っているケースが多数あるわけで、こういう場合は
冤罪になど成りようがない。
人が人を裁くことが問題なら法廷そのものがすべて否定されなければ
いけない。
故意に殺人を犯すということは、被害者の人権を全否定する行為であるから、
犯人の人権も全否定されるのが当然だと思っています。
なぜ犯人の人権だけが守られなければいけないのか、一部の死刑廃止論者の
考えが自分にはさっぱり理解できません。


Posted by トコロテン at 2016年11月14日 07:10
飯塚事件。過去と言いきれるほど昔話ではありません。
この年の死刑判決は多めで50件弱。
結構な高率です。
制度のあり方についてはお考えに同意しますが、そう簡単にできないから反対でおられる方がいるのだと思います。
Posted by 通りすがり at 2016年11月14日 07:25
トコロテンさん、おはようございます

いえいえ、トコロテンさんのご意見のほうが理路整然としてますね、本当に。有り難うございます。

冤罪を案ずることと、明らかに間違いのない判決による死刑まで含めて死刑制度に反対するのとは全く次元が違う話ですもんね。「冤罪が起きる可能性がある、だから死刑制度に反対」と言うなら、明らかに冤罪でない死刑の執行は許されていいハズですが・・・。死刑制度に反対する弁護士の論理はそもそも入り口からして破綻していると思いますね。

今回はトコロテンさんと見解が一致していて良かった(ほっ)
Posted by poohpapa at 2016年11月14日 07:30
通りすがりさん、再び、おはようございます

ご丁寧なコメント、有り難うございます。

問題は、弁護士会(会長)が「冤罪の恐れがあるから執行してしまっては取り返しがつかないことが起きる」という趣旨で死刑制度に反対していることでして、ならば「明らかに冤罪の恐れが無い確定囚」は死刑を執行してもいいですか?、という話になることですね。

弁護士会の会長の話は論理が破綻しています。冤罪では無くて死刑が執行されなかったり、死刑の代わりに終身刑が設けられて自然死するまで生き永らえることが出来てしまったら、被害者や遺族の人権はどうなるのでしょう?。それだと加害者の人権ばかりが重視されて不公平ですよね。

日本人的な感覚ではそういうのが赦せないんだと思います。もちろん、私もそうです。

弁護士会は冤罪が起きないような取り組みや提案をすべきで、死刑制度に反対するのは間違ってますね。明らかに冤罪でない死刑の執行も含めて反対するのであれば、その根拠を示さなければなりません。

法によって人が人の命を奪うなんてことが赦されていいのか、という話も、じゃあ人を殺した人はどうなの、という話になります。私なんかは、子供を餓死させた親なんかは刑務所で同じ思いをさせればいい、そういう処罰があっていい、と思っているくらいです。人を一人殺したら死刑、それでもいいくらいです。最近の判決は甘いです。犯人の更生の余地なんて考えなくてもいいでしょう。

冤罪が起こり得る可能性があったとしても、死刑制度は必要なものだと思いますよ。
Posted by poohpapa at 2016年11月14日 08:04
「死刑反対」のモチベーションは冤罪なのでしょうか?
私の認識と違ったのでそういう考え方もあるのか、と思いました。(実際の人権弁護士の主張は一切知りませんので、あくまで個人的な意見です。)

>法によって人が人の命を奪うなんてことが赦されていいのか

ここですよね。
言いかえると、「理由が明確ならば人を殺していいのか?」、あるいは「国家は人を殺す権利があるのか?」ということになるのだと思います。
これは非常に難しい問題ですが、冤罪や更生の可能性よりずっと上流のことなので、ここを明確にしないと冤罪や更生の議論は無駄になります。

個人的には死刑には反対しないのですが、心理学的に“罰”は抑止力になりにくいということはわかってきているので、復讐刑や正義刑として死刑を認めるというのは、やられたら倍返しだ的な日本人の美徳を損なうあっち系民族の考えに近くて、死刑制度は被害者の心情に寄り添えば個人的には納得できますが法治国家としてはきちんと機能しているとは言えないような気もします。

国民の義務を果たしていない(果たせない、じゃないですよ)国民に日本国としての人権はあるのか?
Posted by ハリケーン at 2016年11月14日 08:41
私は死刑が確定した受刑者が罪を認めていて操作や証拠に不審な点が無い、そして近親者が死刑を望んでいる場合は死刑を執行するっていうのはどうかなって思います。
最初から無罪を主張していたり親族が「絶対にそんなことする人じゃない」って言ってる人はやはりもっと慎重に捜査しなきゃいけないと思うし。
人の生きてきた軌跡っていうのはまわりの人に何らかの影響を与えているはずですしその人たちが擁護しないような人なら生かしておく価値は無いのかなと。むしろ模範囚で出てこられても困るって家族だっているでしょうしね。
陪審員制度 にちょっと似てる部分はあるかもしれないけど、客観的に人や罪を裁くのと感情的に捌くのでは公平性がないように思うけど、その人がどう生きて来たかを知っている人がその事件を見るっていうのはある意味公平なんじゃないかな・・・

でもそれだと天涯孤独な人が不利になるから無理ですね(;><)
Posted by はなくろ at 2016年11月14日 12:05
poohpapaさんへ
まともな議論に戻っているようなので一言。
以前何かで読んだことがあるのですが、この死刑制度と言うのは仇討ちを国が代行することによって復讐の連鎖を断ち切るためのものだと言う一面もあるそうです。
被害者家族にとって加害者を同じ目に会わせてやりたいと思うのは、至極当然なことで、それを国が代わって行ってくれるからこそ、思いとどまれるのだと思います。
最近の科学捜査の進展で冤罪の確率はかなり減っています、賛成の方々が言われるように、犯行が疑いのない場合は法律に照らして粛々と実施されるべきだと思うのですが気弱な法務大臣が多いのかなかなかサインしませんよね。
執行されると、いちいちマスコミが報じますよね、何か意図があるのでしょうか?、それが法務大臣に対するプレッシャーになっているように思えます。
もう一つうがった物の見方で下品きわまりない意見ですが、弁護士にとって加害者は裁判があるので金になるけど被害者は金にならないと言う見方です。
生きていれば再審請求など裁判の可能性があり金になりますが死刑になればそこでおわりですから反対していると言うものです。
以前死刑反対の弁護士が家族を殺されて死刑賛成に回ったことがありますが、これが全てを物語っています。
Posted by ボース at 2016年11月14日 14:50
ハリケーンさん、おはようございます

主たる論点が、「法によって人が人の命を奪うなんてことが赦されていいのか」だとすると、ですよ、

法による死刑でも人の命を奪うことが赦されないのなら、それでも人を殺してしまった人間に対する刑罰はもっと重くていい、とは思いませんか?

「たとえ法律であっても人が人の命を奪うことは赦されない」として死刑が廃止されたとするなら、身勝手な理由で人を残虐に殺した人間のしたことは完全に法律のラインを越えてますよね。法律でも赦さないことをしているのですから。

国家にも人を殺す権利が無いのに人を殺した・・・、なのに終身刑・・・、おかしくありませんかね。

私も、死刑制度は犯罪の抑止力にはなり得ない、と思っています。江戸時代のように処刑を見世物にしない限り抑止力にはならないでしょう。もっと言うなら、それでも限定的な効果にしかならないと思いますけど。人を殺す時は、おそらく極限状態だったり全く無責任だったり、そもそもが心神耗弱や精神異常の状態なんだと思いますね。そんな時に処刑の様子を思い浮かべる人はいませんよね。自分だけは捕まらない、とみんな思ってるんじゃないでしょうか。後先なんて考えてませんよね。

なので、犯罪抑止力を持たせるため、としたなら意味は無いと思いますね。それより、税金の無駄、そして、刑期を終えて、あるいは恩赦などで20年くらいして娑婆に出てきて再び凶悪な殺人事件が起きたなら、誰が責任を取るのですか、殺された人の人権はどうなるのですか、という話になります。

コンクリート詰め女子高校生殺人事件の犯人たち、数年で出てきて凶悪犯罪を起こしてますよね。娑婆に戻すならよくよく見極めないといけません。被害者は一切の人権や将来を理不尽に奪われたのに、加害者の人権は守られる・・・、そんなのは公正とは言えません。だから死刑は必要です。

日本人の多くが死刑制度の存続を求めるのはそういうことですよね。「国家(人)が人の命を奪っていいのか」・・・、いいんです。当たり前です。

ハリケーンさんが死刑制度に反対しているワケでないのを承知して書いています、悪しからず。

Posted by poohpapa at 2016年11月15日 07:12
はなくろさん、おはようございます

そうですよね、証拠も自供も揃っていて、疑いようのない案件で被害者遺族も望んでいるなら法律に従って死刑に処すべきだと思いますね。死刑が執行されて初めてご遺族にとっての事件は(とりあえず)終わるように思います。もちろん、心に受けた深い傷はけっして癒えることはないと思いますが。

そういう間違いのない確定囚をいつまでも執行しないでいるといろんな方面に悪い影響が出ます。死刑制度に反対する人たちが間違いない確定囚の件まで「冤罪の可能性が・・・」とか言い出しますし。

<<人の生きてきた軌跡っていうのはまわりの人に何らかの影響を与えているはずですしその人たちが擁護しないような人なら生かしておく価値は無いのかなと。むしろ模範囚で出てこられても困るって家族だっているでしょうしね。

それ、同感です。加害者の親族からしてみても「出てきてもらっては困る」という奴はいるでしょうね。

裁判員裁判については、素人の客観的な判断を裁判に取り入れることも狙いのようですが、市民はマスコミなんかが伝える事件のセンセーショナルな特集に意見を左右されることもあるでしょうし、重大事件で死刑判決が出たならトラウマにもなるでしょうから、私は裁判員裁判にはあまり賛成ではないですね。感情的にはならずに冷静に証拠などを積み重ねて判断できる裁判官が決めればいいこと、だと思います。アメリカの陪審員制度のほうがまだいいみたい。

その人のことをよく知っている人が証言台に立つのは賛成です。仰るように、天涯孤独な人は気の毒ですが、それも含めて、裁判の判決はその人の生き様が大きく関係してきますが、仕方ないですね。
Posted by poohpapa at 2016年11月15日 08:02
道義的な社会規範の根っ子にあるのは「自分がやられたら嫌なことは人にするな」と言うことだと思います。
「やられたらやり返す」というのはこれに矛盾してますね。
被害者に成り変わって国家が復讐します、ということの是非はここに係わってくると思います。

刑罰が絶対的応報論で定義されるのであれば、ハンムラビ法典のような復讐法(目には目をってやつですね)で問題ないのですが、過失を含む場合の処理が問題になるような気がします。
一方、目的刑として刑罰に犯罪を抑止させる機能としては、心理学的に否定されているような気もします。
じゃあどうするんだ…

キチガイが一定の割合で社会にいることは防止できないので、安全な社会で暮らすためにはそこは排除したいと個人的には思っていますが、それを判断する機関(裁判所なり、精神病院なり)は神様ではないので正しい線引きを期待するのは無理ではないでしょうか。
というような考えで「死刑反対」している人が一定の割合でいるということだと思います。(死刑反対の人の意見を真剣に聞いていないので知りませんけど…^^;)

…というと、無違反者になにがしかの報奨を与えて、キチガイはどっかで隔離して社会奉仕(個人的にはぶっ殺…)。
※社会奉仕=高濃度放射能除染とか海外で地雷除去作業とか。
財源は贅沢税とかで。
Posted by ハリケーン at 2016年11月15日 08:27
ボースさん、おはようございます

<<この死刑制度と言うのは仇討ちを国が代行することによって復讐の連鎖を断ち切るためのものだと言う一面もあるそうです。

そうですね、私もそういう話は聞いています。私なんかは「仇討ち」を認めてもらいたいくらいですし、「目には目を」でいいように思うのです。ま、法治国家としてはそれは間違い、と言うなら、国が代理して恨みを晴らしてくれるのはとてもいいことだと思います。

過去には「宗教的な信念から死刑執行命令書にサインしない」「自身の主義としてサインできない」という法務大臣が何人かいましたが、「だったら法務大臣を受けるなよ、法務大臣が法律を守らなくてどうすんだよ」といつも思ってました。民主党政権時は最悪でしたね。

で、刑が執行されるとマスコミがいちいち報道しますが、国民は(死刑制度に賛成であっても)知りたくないニュースで、そういうのをわざわざ流すことで「死刑は無い方がいい」という方向に向かわせる意識操作のように思えます。被害者のご遺族にだけ連絡が行けばいいように思います。

本音では、そういうニュースを流すくらいなら執行の(直前までの)模様を流せ、と言いたいくらいです。もちろん、国民の皆がトラウマになるでしょうからマズイでしょうけど。携帯のニュースでも流れてくるんですよね。auは朝日新聞と提携しているから尚更でしょうけど。

被害者はカネにならない、というのは分かりますね、たしかにそうですね。

「以前死刑反対の弁護士が家族を殺されて死刑賛成に回った」というのは情けない話で、自分がそういう立場に立ってみないと被害者や遺族の気持ちが解からなかったのか、と言いたくなります。想像力の致命的な欠如と言えますね。

死刑制度を批判するより、法律を遵守するのが弁護士の立ち位置ではないのか、と思いますが・・・。
Posted by poohpapa at 2016年11月15日 08:54
ハリケーンさん、こんにちは

<<道義的な社会規範の根っ子にあるのは「自分がやられたら嫌なことは人にするな」と言うことだと思います。

う〜ん、「自分がやられて嫌なことを人にしない」ということなら犯罪者を刑務所にも入れられませんよね。「自分がやられたら嫌なことは人にするな」というのと死刑制度は別の話だと思います。矛盾していません。あくまで、したことに対する罰を与えるワケで、その最高刑が死刑、というだけのこと。

裁判所と言えども間違いはおきますし、警察の捜査の上では間違いや見込み違いは稀ではないでしょうけど、だからと言って、死刑制度反対で「賛成している人がいかにも人権を考えない人たち」であるかのように自分たちの意見を主張するのは間違っています。死刑制度に反対する意見もあっていいとは思いますが、弁護士会の7割が反対しているのは異常です。

法治国家で、法律で飯を食っている人たちが「法律を否定する」ようなものですもんね。

私なんかは肉親を殺されても「犯人を死刑にしないで」と言っている人、頭がおかしいと思います。アメリカでいましたよね、肉親を殺されて自分も頭に大怪我をしていながら裁判で「死刑にしないで」と叫んでいた女性。ま、そこまで行けば本気の主張と言えますが。

犯罪者に、高濃度放射能除染とか海外で地雷除去作業を社会奉仕でさせる案は大賛成です。


Posted by poohpapa at 2016年11月15日 12:28
犯罪者を刑務所に入れるのは矛盾しないでしょう。
社会規範に反する人はその社会から弾かれるというだけです。
キチガイには復讐刑(したことに対しての罰)より隔離がいいかな、と思ってます。
Posted by ハリケーン at 2016年11月16日 08:19
ハリケーンさん、おはようございます

まあ、理屈はともかく(じゃいけないか)、死刑制度は必要です。国が人を殺してもいいのです。戦争で敵の国の人を殺すよりもっと大義名分が立ちますね。

<<キチガイには復讐刑(したことに対しての罰)より隔離がいいかな、と思ってます。

私は、キチガイであっても復讐刑のほうがいいなあ・・・。
Posted by poohpapa at 2016年11月16日 08:27
如鐶无端。

私も、自分の子どもが被害者なら、自分のもつすべてを使って相手を殺しますよ。
心底残念なことに、金もコネも権力も身近にあり、犯罪者の開示など容易なことが、警察や権力への失望の元です。
加えて、村木事務次官の件で白日にさらされたような捏造が、検察ですら普通であること。

現代においても、冤罪で死刑になった飯塚事件のようなことを思えば、その母であったなら、何を恨み、殺しにいけばいいのか。最高裁判事か、法務大臣か。

母上の苦悩を思えば、論点がずれている人がいるとしても、廃止論者にも一定の理がある。その点では、聖徳太子のお言葉とおり、に思えるというまでです。

年の瀬に侘しい話題ですね。台湾ではオークラのパイナップルケーキをお土産にどうぞ。
Posted by 通りすがり at 2016年12月29日 19:07
通りすがりさん、おはようございます

我が子がどういう死に方をしたのか、ということにもよりますが、残忍でいたぶられるような殺され方をしたなら私も報復するかも知れません。昔はそれが認められていたのに、近代国家、法治国家になったら認められなくなりました。仕方ないのでしょうが、なんか、悔しくさえ思います。

人間のすることですから、何百件に1件は冤罪での死刑も起こり得るかも知れませんが、それでも死刑制度は必要かと思いますね。明らかに犯人が判っていて疑いのない案件でも死刑反対というのはおかしいです。遺族が報復して同じ罪に問われないためにも、ですね。でもって、できれば死刑執行を公開してもらえると嬉しいですね。それでこそ抑止力が生じます。

「死刑反対」は弁護士会の総意ではないようなので、良識的な弁護士がいるのが救いです。

そうそう、オークラのパイナップルケーキ、食べてきます。美味しければお土産に・・・、あ、今回の旅行はどこにも土産を買って帰らないことにしてたんだ・・・(^◇^)

で、お願いがあります。トップページにも記していますが、HNを名乗ってコメントして頂けると有り難いです。どうぞ宜しくお願いします。


Posted by poohpapa at 2016年12月30日 09:11
「人権」を恒久的な物として扱うから、基本的人権に胡坐をかき声大きく権利を主張する悪質な人間が出てくるのだと思います。
生活保護にしても、過去に犯罪を犯していたりした者に「平等」に保護を与える
納税義務・勤労の義務を怠っていた者や、故意に偽っていた者に「平等」に与える

「人間は平等だ」と言いますが、生まれた瞬間に公衆便所に捨てられる赤子も、資本家の長男として、リーマンの次男として、生活保護受給中の母の腹にいる子もいます
人間は平等では無い事を皆知っているのに、理想だけを掲げるから歪が生まれるのです、「信じて居れば夢は叶う」と誰かが無責任に歌い金を得る事と事実は違う事を皆知っています。

〇過去に性犯罪や殺人を犯した者や、納税の義務を一定量行っていない者
 博打的な商売の失敗を行い生存競争に負けた者
〇病気や、ただ産んだだけの親、ネグレクトや傷害を持って後天的に困窮している者

この二者が「平等」に保護を受ける事自体、「変」な事なのに
誰も「人権」を減点制度にするとは言い出しません。
一定量の刑事罰や詐欺、横領に至るまで、判決に応じた点数を付けマイナス換算し
マイナス値が「この数値」の場合は生活保護や基礎年金が変動しますよ位で良いと思います、「厚生する機会が減る」との考え方もありますが、その域の人は厚生しない事の方が圧倒的に多いのですから、再犯等を考慮して権利を奪う方が抑制になるかもしれません。
Posted by 田舎民 at 2016年12月31日 13:51
「人権」を恒久的な物として扱うから、基本的人権に胡坐をかき声大きく権利を主張する悪質な人間が出てくるのだと思います。
生活保護にしても、過去に犯罪を犯していたりした者に「平等」に保護を与える
納税義務・勤労の義務を怠っていた者や、故意に偽っていた者に「平等」に与える
「人間は平等だ」と言いますが、生まれた瞬間に公衆便所に捨てられる赤子も、資本家の長男として、リーマンの次男として、生活保護受給中の母の腹にいる子もいます
人間は平等では無い事を皆知っているのに、理想だけを掲げるから歪が生まれるのです、「信じて居れば夢は叶う」と誰かが無責任に歌い金を得る事と事実は違う事を皆知っています。
〇過去に性犯罪や殺人を犯した者や、納税の義務を一定量行っていない者
 博打的な商売の失敗を行い生存競争に負けた者
〇病気や、ただ産んだだけの親、ネグレクトや傷害を持って後天的に困窮している者
この二者が「平等」に保護を受ける事自体、「変」な事なのに誰も「人権」を減点制度にするとは言い出しません。一定量の刑事罰や詐欺、横領に至るまで、判決に応じた点数を付けマイナス換算し、マイナス値が「この数値」の場合は生活保護や基礎年金が変動しますよ位で良いと思います、「厚生する機会が減る」との考え方もありますが、その域の人は厚生しない事の方が圧倒的に多いのですから、再犯等を考慮して権利を奪う方が抑制になるかもしれません。
Posted by 田舎民 at 2016年12月31日 13:52
田舎民さん、再び、こんにちは

人間、全て平等なんてことはありません。あの自由と人権の国アメリカでさえ世界最悪の差別と偏見の国ですもん。人間、生まれた時から不平等は厳然としてあるものですね。平等はただの建前です。

真面目に働いて人様に迷惑を掛けずに生きている人間と、働けるのに働かず福祉を食い物にして権利ばかりを主張している輩と、同じ権利があるハズがありませんよね。困ったことに、そういうズルい人間を支援する者どもがいて、しかも声が大きくてしつこくて、時にマトモな人たちが負けてしまうのが問題なのです。ただし、そういう不条理や不合理があって、それが人間社会というものですね。

世の中、「人権」「生活権」「居住権」「平等」「動物愛護」などなど、言われたら否定しにくいものを盾にとって自らの権利を主張する者のなんと多いことか。そういう汚い人間を多く見ているもので私は「人権」という言葉にはアレルギーを持っています。人権を主張できる者と、できるハズのない者が当然にいるものでしょうけど、同じに扱うことが当然、正しい、という風潮には納得いきません。

本題に戻って・・・、刑務所に入れて長期間自由を奪う罰を与えたところで反省もしないし更生する見込みのない者は多いでしょうから、単に刑期を務め上げたかどうかでなくきっちり反省しているかどうかを見極めて娑婆に出すようなシステムができると良いのですが・・・、ま、理想論でしょうね。

再犯率が高かったり凶悪犯罪を犯した人間が出所する際にはGPSチップを埋め込むとか、居住先の所轄の警察署交番には連絡が行くとかしてもらいたいものです。「それも含めて刑罰」で良い、と思うのですよ。

少なくとも、自分は「人権」などという言葉で武装するような人間にはなりたくないですね。




Posted by poohpapa at 2017年01月02日 17:11
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