夕方、うちのに用があって電話すると・・・、

「駅前に買い物に行かなくちゃならない理由ができちゃった・・・」と言う。いつもは「買い物に行かずに済めば行かなくてもいいや・・・」と言うのだが、「どうしても行く」という雰囲気。

理由は、「やかんの底に穴が開いたみたいで水漏れしてるから」とのこと。なんでも、岩手から東京に出てきた際、お母さんが田舎から送ってくれたやかんとかで、30年間ずっと使っていたらしい。いろんな思い出、というか、思い入れがあるだろうな。

仕事を終えて、一緒に、先ずフロム中武のニトリに行ったのだが、どうもピンとくるやかんが無い。ほとんどが笛吹ケトルで、うちは笛吹でなくていいから選択肢が狭くなる。あとは容量の問題。うちが求めているのは2リットルのやかん。それより小さくても大きくても使い勝手が悪くなる。

見ると、1.5リットルの上が2.4リットルとか2.5リットルになっていて、念のため、向かいの loft も見てみることに。そちらはもっと選択肢が狭かった。仕方なく、少し戻ってドンキでも見た。ちょうど良い大きさのがあって、持ち手も使いやすそうだが笛吹ケトル・・・。

私からすると、笛吹ケトルの欠点は「注ぎ口が大きくて直線的で短い」ということ。なので注ぐ時の微調節が利くかどうかがやや不安。デザインや機能性はニトリや loft のものより良さそうだが、うちのが「笛吹は選択肢に無かったからニトリでよく見てなかったから、もう一度ニトリを見たい」とのことで結論は持ち越し。置いてある商品はどこも、「笛吹」8:「普通のやかん」2、の割合。選択肢は笛吹のほうが多い。で、ニトリを再度見て、良いのが無ければドンキに戻って「さっき見たやかん」を買うことに。

2000円もしないやかん一つにそこまで拘るのは、毎日、ほとんど朝昼晩と使うものだし、今までのやかんも30年も使ってきたもので、もしかすると(うちのが)死ぬまで使うことになるものだから。

私も、今まではデジカメなんかで新製品が出ると買い換えて、今まで使っていたものは誰かにあげたりしていたが、ここんとこ断捨離を僅かずつだが進めているし、うちのの影響で「道具は壊れるまで使う」という主義に変わりつつある。モノによっては「修理してまで使うかどうか微妙」というものもあるが、道具そのものや作った人への感謝から、とにかく使い込む主義に変わってきた。

私は何でも新しいモノに買い替えているか、というと、そうでもなく、思い出の品は今も大切にしている。今から50年以上前、高校に合格した時に兄貴たちがおカネを出し合って贈ってくれた腕時計は手入れして今も動くし、いや、それを普段から使っていないと意味が無いか・・・。

コレクションも、私が死ねば「ただのガラクタ」だし、「それらを好き」な人で私より若い人にあげようと思うのだが・・・、人間、一瞬先は何が起きるか判らないから、私より若くても私より先に死なないとも限らない。まあ、遺すのは私が死んでからで良いだろう。

さて、やかん、結局はドンキで見たものに決めて、フロム中武の地下のマルエツで食材を購入した後でドンキに寄って購入。2人とも「なんか、やかん一つ探すだけで凄く疲れたね」との感想。だから大事に使うと思う。