2018年09月02日

嬉しいご連絡

昨日、某アパートに更新通知書を届けに行く途中、携帯が鳴った。

画面で発信者を見ると、母校の半田高校からであった。掛けてきてくださったのは、夏休み中に私が「50年前の学校祭のパンフレットが出てきたのですが、ご入用でしょうか?」と問い合わせた際に対応してくださったN先生であった。パンフとお菓子(蜂蜜太郎)をお送りしたのは1週間ほど前だったが、学校は夏休み中で、新学期が始まった昨日、無事にそれぞれの担当者や生徒会執行部に届き、そのお礼の電話である。

N先生、事務的な話し方や声でなく、誠実なお人柄が伝わってきて、「思い切って電話してみて良かった」と心から思えた。私がお送りした資料を心から喜んでくださっているのが声のトーンで伝わってくるのだ。あれで本当は「余計なゴミを増やしゃがって!」と思っていたとしたら日本一の営業マンになれることだろう (^◇^)

電話を頂いたついでに、こんなことを訊いてみた。「私たちがいた頃、新聞室(部室)で、半高新聞の第一号をお茶の缶に入れて保管していましたが、まだありますでしょうか?」と。

50年前の話で、半高新聞の第一号はそれより更に遡ること数十年・・・、校舎の建て替えや部室の移動などで行方不明になっていても不思議ではない。人も(長くて3年で)入れ替わるのだし・・・。

すると、N先生、「少々お待ちください。担当者に確認して折り返しお電話します」とのことで、直ぐに電話が掛かってきた。「半高新聞の第一号、ありました。もうずいぶん変質していますが、私の目の前に今、コピーがあります」と仰る。感動モノである。我々がいた時も、ここに「半高新聞の第一号が保管されている」と認識していたワケでなく、「この缶、なんだろうね・・・」くらいに思っていて、開けてみたら第一号だった、というくらいの話で、保管していたのでなく、そのへんに置いていただけ。ゴミに紛れて棄てられていてもおかしくない話。私が送った50年前の学校祭のパンフより遥かに貴重な資料である。

9月9日、およそ50年ぶりに「半高新聞の第一号」に再会できるかも。

うちのが、「おとうちゃんは母校に対する思い入れが強いね〜、そういうの、珍しいと思う。私なんか何も無いから」と言っていて、たしかに、普通はそうだと思う。高校より前の中学時代の恩師や仲間と今も交流があるし、小学校卒業と同時に引っ越してしまった同級生とは今も年賀状でのお付き合いがある。最初に就職した会社の上司(先輩)の方とも年賀状は欠かさない。

では、高校時代が楽しかったのか、と言えば、逆である。いい思い出のほうが少なくて、嫌な思い出のほうが圧倒的に多い。一生付き合っていける友人も多くできたが、劣等生の私にとっては居心地が悪かったから。ただ、それはそれ、自己責任だと思っているし、後輩が有名になったり成功したニュースを聞くと嬉しいもの。

先日も同級生と電話で話していて、私と違って優等生で、嫌な思いなどしていないだろうな、と思っていたのだが・・・、母校に対して私以上に蟠りがあるみたい。人はみんな人知れず「いろんな事情や経緯」があって、他人には理解しがたかったりするもの。私の周りにも、一見すると明るくて幸せそうで実は心に闇を持っている、なんて人も何人かいる。気付いたとしても、とくに相談を受けていなければ触れないようにするのが最善なんだろう。私は相手の心の中にズケズケ入っていってしまうけど (こら)

たまに、「そんなのが苦労なの?」と思えてしまうケースもあって、大して苦労もしていないのに「どうして私ばかりがこんな苦労を・・・」と思い込んでいたりして・・・。代表的なのが、私の長姉である。6人兄弟の一番上で、末っ子の私とは20歳も離れている。物心ついた時には家にいなかったから何の思い出も無い。この「逆のケース」は本当に面倒臭い。苦労をしても身に着いていない人、本音では、姉弟でも付き合いたくはない。人は誰も不条理と向き合いながら生きているものなんだから。

話が横道に逸れたが、ま、私が大切にしているのは、良くも悪くも「思い出」だけ。母校や後輩に対して思い入れが強いワケではないのかも。なので、1週間後の9月9日に母校の柊祭を観に行くのは、思い出を掘り返しに行くのが目的。その後は、たぶん二度と母校を訪問しないことになると思う。



posted by poohpapa at 06:35| Comment(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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