沢田研二が埼玉アリーナでの公演を「主催者側が9000人集めると言っていたのに7000人しか集まっていないから」とドタキャンした件を、いろんなワイドショーで取り上げているが、どこも沢田研二を擁護するかのような発言ばかり。私からすれば「7000人しか集まっていない」のでなく「7000人も集まってくれている」なのだが、それほどに、遠くから駆け付けてきてくださるファンもいるのにドタキャンできる神経が解からない。
7000人、と言えば、生活保護率が東京都で1位2位を争う立川市の生活保護者数(約5500人)より多い。私の高校時代の全校生徒数が1450人で、毎月曜に運動場で行われる朝礼には1400人くらいの生徒が出ていたハズで、段に上がって生徒と向き合った時に「けっこう生徒がいるもんだ」と思ったけど、そのちょうど5倍・・・、そんなにいたら圧倒される。比較する例えがおかしいだろうけど、ま、それくらい凄い数である。
だいたいが、「プロなら、たとえ観客が一人でもやれよ」と言いたい。観客の数云々、と言っているが、他人様のサイトで「沢田研二が原発反対の活動をしていて、コンサートでもやっているから会場の使用を止められた、という話もありますよ」と教えて頂いたが、それだとドタキャンになるタイミングで「使わせない」と言ったことになるから、それが原因であったとしても一番の理由はやはり観客数か。
多くのコメンテーターが「気持ちは解かる」と擁護していて、地方から来たファンも「赦せる、また頑張って」と言っていたりして、「こいつら、馬鹿か!?」と言いたくなった。誰も厳しい意見を言わないのが不思議だ。「カメラの前で正直に理由を語ったのは評価できる」などと言ってるMCもいて、「評価なんかできるかい、そんなもん!」である。こいつらみんな(何かあって)「明日は我が身かも」と心配しているのか。
これ、主催者側がコンサートのチケットを売り出して、それを購入した人がいれば、沢田研二本人も含めた主催者とチケットを購入した人との間に「契約関係」が成立している、と考えられる。やるかやらないか、は本人の気分次第、でなく「やらなければならない」もので、やらなければ契約違反、と考えるのが妥当だと思う。ドタキャンを喰らったファンが集団訴訟でも起こせばいい。ま、ファンはやらないだろうけど。
我々の業界で言えば、賃貸借の契約も済ませて契約金も支払っていて、それで貸主から「やっぱ、や〜めた。貸さないよ」と言われるようなもの。有り得ない話なのだが、芸能界ではアリということか。
昔、松竹新喜劇に藤山寛美(女優藤山直美のお父さん)という伝説の役者がいて、自分の公演の当日券を購入するために朝早くから並んでくれているファンのところに必ず出向いて、一人一人と握手してお礼を言っていたという・・・。この沢田研二のコンサートのドタキャンのニュースを見た時、うちのに「これ、沢田研二が皆の前に出ていって、一人一人に握手してお詫びを言えばいいのにね」と話した。保存してなどいないだろうけれど、藤山寛美の爪の垢でも煎じて飲め、と言いたいくらい。
「ゴメンで済めば警察は要らない」、である。元々そんなに好きな歌手ではなかったが、この件で益々嫌いになった。奥歯に物が挟まったかのように腰が引けた意見しか言わない奴らも、である。
契約上の理由のため、本コンサートは中止させていただきます。
会場周辺に集まった人達に告げられようです。?契約上って?9000人の予定が7000人だったからって?。
人気のない歌手や下手な落語家なんか、いつも会場はスカスカ、ここで逃げたら終わりなので彼らは頑張るでしょうが、沢田研二の場合はあきれてしまいましたね。
スカスカの状態でやりたくない、といっていたが、前に寄れば7000人もの大人数だからかなりの人です。
まあ、大スターだった過去の栄光が忘れられない年寄りなんでしょう。もう、昔の事をいっても誰も感心がありません。
裏方の人達のことも考えたことがないのでしょうか?会場の設営、照明、スピーカー、アンプなど、また、一緒に出る予定のバンドのギター、ドラムなどの演奏者など
情けない老人ですね。
全く同感ですね。たかさんが仰るように、会場まで来てくれたファンだけでなく、裏方の人たちの努力なんかも無になってしまうし、「その分の対価を払えばいいんだろ」にはなりませんよね。
ほんと、7000人て、前に詰めれば凄い数ですよね。たかさんの町の全人口に匹敵しますもん(おい
吉本の若手芸人が、「収容人数200人くらいの会場で、観客2人という時もあったけどやりましたよ」と言っていて、そりゃあそうだと思います。コンサートと漫才は違うかも知れませんが、例え観客が一人しか来なくても、チケットがどんなに売れ残っていても、来てくれた人や裏方さんにまで敬意を払うのが真のプロじゃないかな、と思います。
うちらの業界で言えば、「風呂無し2万のアパートの仲介なんかやってられない」 「ADが付いてない物件なんか紹介しない」と言ってるようなものですね。今はそっちのほうが多いか・・・(はぁ
ファンの声も「赦します」というのばかり取り上げてますが、中には「冗談じゃない!」という怒りの声もあったのでは、と思います。マスコミは好き勝手に編集しますから ( `ー´)ノ
流石に21世紀では、いっぱいになるわけないと思うけど。(´・ω・`)
7000人も集まったというのが、私にとっては驚きですよ。
沢田研二は、
「僕は(自身に)白旗を上げたのではなく、情熱の赤い旗を上げた。」
とか言ってたらしいけど、これ「赤い旗」って純粋にあの赤旗ですよね。
革命の旗なので情熱なのでしょうが…(  ̄っ ̄)ムゥ
武道館とか東京ドームとか、そんな会場でコンサートをやろうとしたら「満員にならない」のは目に見えていますよね。人気の絶頂期ならイザ知らず・・・。会場選びからして間違ってますね。
私も、沢田研二のコンサートで7000人も集まったことのほうがむしろ驚きでした。
<<「僕は(自身に)白旗を上げたのではなく、情熱の赤い旗を上げた。」
これ、何が言いたいんでしょう・・・。何色の旗を上げようが、ダメなものはダメなんですよ。「過去の栄光」ほど老後の人生にとって邪魔なものはありませんよね。
アーティスト側からしたら数ある公演のひとつかもしれないけど、会場に集まる人はそれぞれの思いの詰まった1日であったはずなのにね。一期一会を大切に考えてもらえないなんてちょっと悲しいなぁ・・・
もしかしたらもう高齢でこれが最後って思っていたファンもいたかもしれないのに。
まぁ私は彼のファンではないからとやかく言うべきじゃないのかもしれませんけどね。
私は、沢田研二クラスの過去の人がスーパーアリーナとか武道館、東京ドームをいっぱいにできる、なんて、ハナから思っていないのです。だから、このニュースを聞いた時、なんでドタキャンしたの?、という思いより、なんでスーパーアリーナだったの?、という思いでしたね。
<<アーティスト側からしたら数ある公演のひとつかもしれないけど、会場に集まる人はそれぞれの思いの詰まった1日であったはずなのにね。
そうなんです。この場合は自分の考えより、おカネを払ってきてくれたファンの思いを大切にしなければならないもの、それが解かってなくて、「今回はファンの方に甘えさせて頂きました」なんて能天気なことを言っているのですから呆れます。そこは甘えるところじゃないだろ!?、と・・・。
沢田研二は年に66回もコンサートを開いてるみたいで、80歳くらいまでやりそうですね。稼げるうちに稼いでおこう、ということなのかなあ。コンサートの回数、ゆずより多いかも知れませんね。
ファンじゃなくても大いに発言なさってください、ファンより公平な見方が出来るでしょうから。
しかしそれ以上に、そのような人物をファンとして慕う人が7000人もいることを嘆くべきなのか悩むところです。
された仕打ちを考えると気の毒だとは思うんですけどね。
そうですよね、子供じゃないのですから ( `ー´)ノ
それにも増して呆れるのは、そんな大人げない行動を赦してしまうファン(?)が大勢いることです。ワイドショーでは好意的な意見ばかり取り上げていて、本当かなあ、と思ってしまいました。私だったら「責任者を出せ!」になるもの、信じられません。
ファンだけでなくワイドショーのコメンテーターやMCも苦言を呈することが無いのですよ。相手によっては「これでもか」というくらい寄って集ってコテンパンに叩くくせに・・・。なんででしょうね。
本文にも書きましたが、せめてファンの前に現れて、一人ひとりと握手してお詫びを言えば良かったのに、と思います。手はボロボロになって腫れるでしょうけど・・・。ま、それが出来るくらいならドタキャンはしないでしょうね。お詫びの言葉は口にしていても本音では「悪い」と思ってなさそうですし。
もしも、主催者と沢田さんとの契約の中に、観客が7000人以下であれば興行を中止するという条項があれば、責められるべきは沢田さんではなく主催者になりますね。
チケットの発売時にはそのことが分かっているはずですから、この興行は観客が7000人以下であれば中止になりますと、アナウンスができたはずです。
逆に、契約にその条項がないとするならば、沢田さんの都合で興行が中止となりますので、違約金条項が効いてきます。
少しの意地を通すだけで、下手をすれば彼は一夜にして億単位の借金持ち。
そんな選択をとるでしょうか。
で、ここまでの話しは全て「沢田さんの発言が真実だ」という前提のことになります。
世間一般では、関係者の話しが食い違う場合、誰か一人が本当のことを言っているということがありますが、これが芸能界の場合は「全員が嘘をついている」ということが日常茶飯事で起こります 笑
2018年の興行はこれまで普通に行ってきていますから、芸能界のトラブルのほぼ100%を占める利権者間の金銭配分(契約関係や権利関係)で揉めたという可能性は低いと思います。
2018年〜2019年の会場を追って見ていくと、さいたまスーパーアリーナだけキャパシティが異様に大きいですね。
となると、もうこれは埋まらないことが想定済み、埋めようとする意思がない、いやいやそもそも最初から興行をするつもりがない、と想像が膨らんでいきます。
実際は、リハーサルも会場設営も行っていないのでないでしょうか 苦笑
つまりは、最初からキャンセルありきの宣伝ゲームだったのではないかなと。
なるほど・・・、まことに失礼ながら、相変わらず深い理解力でいらっしゃいますね。
たしかに、リハーサルをやったようには思えませんし、どの時点で「やらない」と決めていたんでしょう。
契約上の問題として「最初からキャンセルありき」とかだと(自分の意思であったとしても)チケットを買わされて会場まで足を運んだファンは「いい面の皮」にされたことになりますね。
主催者も、まさかに「この公演は観客が9000名に達しない場合は中止になることがあります」とは言えないまでも、そういう可能性に関しては諮詢しておく必要がありますね。ですが、7000名の観客でも、沢田研二が公演をやろうと思えばできたワケで、それをしなかったことでは同罪かと。
沢田研二と主催者との契約とは別に、(主催者とでなく)沢田研二とファンとの間にも契約が発生している、と考えられますから、少なくとも主催者とファン(チケットを買って、来てくださった人)の契約と、沢田研二とファンとの間の契約は分けて考える必要があるかと思います。沢田研二と主催者の契約上のトラブルにファンを巻き込むのは如何なものかと・・・。
沢田研二と主催者の間で「話が違う」ということがあってキャンセルするなら、ドタキャンされたファンに対する損害は主催者と沢田研二とで共同で補償すべきかと思います。ファンが「赦します、頑張って」などと甘やかすからこんな理不尽なドタキャンが起きるし、そのことで「俺は大物」と勘違いさせたりして。
私は「物事には常に相手があること」と思っていますので、我々の仕事の上でも一方的な都合を押し付けたり、押し付けられる事態が無いよう気を遣っております。家主さんと私どもの間のトラブルはお客さんには関係ない話ですし、お客さんと私どものトラブルは家主さんには関係ない話で、それぞれを巻き込まないようにするのは不動産屋として当たり前ですもんね。もちろん、3者間のトラブルもありますけど。
今回のケース、沢田研二は主催者と後で話を付ければいい話で、会場に来てくれた7000名ものファンのそれぞれの事情や思いを無視していい話にはならないと私は思うのですよ。
ネットのニュースで、中将タカノリというミュージシャンが沢田研二を擁護して「日本はアーティストに対するリスペクトが足りない」などと述べていますが、勘違いもいいところで、馬鹿野郎です。それに関しては近々記事を書くかもですが。
いずれにしろ、もっと早くに中止をアナウンスできたハズですから、ドタキャンにしたのは他の狙いがあったかもですね。そうなると、ファンは沢田研二と主催者の宣伝に利用されただけだったりして・・・。
やっぱり、赦せませんね、このドタキャンは ( `ー´)ノ